EP 2
幸運の妖精ラッキ君と牛舎便
ポポロ・マートの開店から数日が過ぎ、経営は順調そのものだった。
24時間営業の灯りは、夜の街道を行く旅人にとってオアシスとなり、ホットスナックの匂いは冒険者の胃袋を掴んで離さない。
だが、ポポロ村の財務大臣(自称)、ニャングルの野望はそこで終わらなかった。
「ダイチはん、ちょっと店番頼むわ。ワテ、新事業の『視察』に行ってくるさかい」
「新事業? お前、またなんか企んでるのか?」
レジ打ちの手を休めて尋ねる俺に、ニャングルはニヤリと笑った。
「『観光』や。コンビニに来た客を、そのまま村の観光名所に流し込んで、骨の髄まで……いや、財布の底まで楽しんでもらうんや!」
嫌な予感しかしない。
俺は休憩時間を使い、ニャングルの後を追って店の裏手にあるロックバイソンの牛舎へと向かった。
牛舎の前には、立派な幌をつけた観光馬車……いや、牛車が停まっていた。
そして、その横には——。
「……なんだ、アレ」
俺は絶句した。
牛車の横に、身長160センチくらいの、微妙に薄汚れたピンク色の着ぐるみが突っ立っていたのだ。
背中には針金と布で作った安っぽい羽根。頭には触覚。
目は死んだ魚のように黒く塗りつぶされている。
そこへちょうど、ポポロ・マートで買い物を終えた身なりの良い商人風の客が通りかかった。
ニャングルが滑るように近寄る。
「へいらっしゃい! ポポロ村名物、ロックバイソン観光牛舎便はいかがでっかー!」
「ん? 観光か。まあ、少し時間はあるが……」
客は興味を示したが、すぐにその視線が「アレ」に釘付けになった。
「……あの、この妖精みたいなの何ですか?」
客が指差した先には、微動だにしない着ぐるみ。
ニャングルはオーバーリアクションで驚いてみせた。
「あら〜お客様、お目が高い! 見えはりましたか!? お客様は只者ではない!」
「えっ?」
「これは幸運の妖精、ラッキ君ですわ!」
「こ、幸運の妖精……?」
「そうですわ! 普通の人には見えへんのですけど、お客様には見えた! つまり、あんたはんは選ばれし強運の持ち主っちゅうことですわ!」
嘘つけ。誰がどう見ても、そこに「いる」だろ。
だが、客はまんざらでもない顔をした。
「そ、そうなんですか!? いやー、俺ってそんなに凄いのか?」
「凄いでんがな! このラッキ君が付いた牛舎を借りたお客様は、間違いなく幸運になりますわ! 商売繁盛、家内安全、なんでもござれや!」
「やった! そんな事が起きるんっすか!」
客が食いついた。チョロい。
ニャングルは扇子で口元を隠し、俺の方を見て小声で言った。
(そうでんがな! 今、この設定を決めましたからな)
聞こえてるぞ! 今決めたのかよ!
「……今!?」
客も少し不審に思ったようだ。
ニャングルは畳み掛けるように言った。
「あ、せっかくなんでラッキ君との記念写真撮りましょうか!?」
「いらんわ!!」
客が即答で拒否した。至極真っ当な反応だ。あんな不気味な着ぐるみと写真を撮りたくはないだろう。
ニャングルは笑顔のまま、俺に耳打ちした。
「ちなみに中身は40歳の男性、村人Aさんです」
夢がない!
しかも村人Aさん、普段は真面目に畑仕事してるおじさんじゃないか。何やらされてんだ。
すると、着ぐるみのラッキ君が一歩前に出た。
「よろしくお願いしますだぁ」
「いや声!!」
客がツッコんだ。
低く、渋く、そして訛りのあるおっさんの声だった。妖精の概念が崩壊する。
ニャングルは何食わぬ顔で続ける。
「本日は特別サービス! ラッキ君は助手席に同乗いたしますわ」
「なんで!?」
「幸運の向きを微調整するためですわ」
「なにそのスピリチュアル機能!」
客が引いている。だが、ニャングルは逃がさない。
「なお、妖精同伴プランになりますので、料金はプラス3,000円でっすわ」
「金取るんかい!?」
当然のように追加料金を請求した。
客が渋い顔をする。
「いや、同乗とかいいんで……普通の観光だけで……」
ニャングルは一瞬で真顔になり、ニチャァ……と粘着質な笑みを浮かべた。
「あ! やっぱりラッキ君と記念写真お撮りしまひょか? それとも同乗プランにしますか?」
「いや、だからいらんて言うてるやろ!!」
「……そうですかぁ。ちなみに、ラッキ君の加護を断ったお客様は、だいたい帰りの馬車で事故りますんや……」
「えっ」
「この前のお客様も、断った直後にワイバーンに襲われて……可哀想に……」
脅迫だ。完全に脅迫だ。
客の顔色が青ざめる。
「の、乗ります! 同伴プランで! 撮ってください!!」
「まいどありー! はい、チーズ!」
客は引きつった笑顔で、ラッキ君と並んだ。
ラッキ君が、着ぐるみの手でピースサインを作る。
「ピースの角度は45度が運気上がります」
「やかましいわ!」
渋いおっさん声のアドバイスに、客がキレ気味に叫んだ。
撮影を終え、客とラッキ君を乗せた牛車が動き出す。
ガタゴトと揺れる牛車の上で、ラッキ君が口元のメッシュ部分を押さえた。
「デコボコな道なんで、ちょっと酔いますぅ」
「弱いな!! 妖精なのに三半規管弱いな!!」
牛車は客の叫び声を乗せて、村の奥へと消えていった。
残されたのは、満面の笑みで3,000円を数えるニャングルと、呆然とする俺だけ。
「……お土産にこの『幸運の壺』なんてどうっすか!? 幸運になりまっせ!」
ニャングルはすでに次の客を見つけて、怪しい壺を売り込み始めていた。
その様子を、物陰から見ていた人物がいた。
俺が持っていた『ルチアナ・ブック』の画面越しに、ジャージ姿の女神ルチアナがポテチを齧りながら呟く。
『……あの猫、いつか刺されるわよ』
「そうだな。俺もそう思う」
俺は深く頷いた。
これは観光じゃない。ただの恐喝だ。
ふと横を見ると、村長のキャルルが立っていた。
彼女なら、この暴挙を止めてくれるはずだ。
「おいキャルル、あれはさすがにマズイんじゃ……」
キャルルは明後日の方向を見ながら、ヒュ〜♪ と口笛を吹いた。
「……おい」
「あ、あら! 良いお天気ですねダイチさん! 私、あっちの畑の様子を見てきますー!」
彼女はウサギのような速さで逃亡した。
……そうか。あの着ぐるみを作ったのも、村人Aさんにお小遣いを渡して雇ったのも、全部村ぐるみの犯行だったのか。
ポポロ村の闇は深い。
俺はスローライフへの道が、また一歩遠のいたことを悟った。
――そして、そんな詐欺まがいの平和な日常すらも吹き飛ばす、「本当の災害」が近づいていることに、俺たちはまだ気づいていなかった。




