虹色レッサー ~波であり粒であるもの~
アルケミーとケミストリーは同じ言葉がルーツだって知ってました?
これに気づいてパパとママに話したら、すごく驚かれちゃいました。
「錬金術=アルケミー」と聞くと、物騒な人体実験とか変な化け物とか、どんなに頑張っても金なんてできない話しとかをイメージしちゃうのは私だけですか?
「化学=ケミストリー」は原子を番号順に並べた周期表、複数の原子が結合した分子構造、この世にあるすべての物質、新素材や薬品の発明まで、現代科学の大きな一ジャンルですよね。
全然違うようで「物質とは結局何?」と探求し続けてきた学問と考えれば「なるほど」って思いませんか?
ちなみに「さらにその先、原子の中は実際にはどうなっているの? って探求したのが素粒子だよ」ってパパやママが教えてくれました。
あ、自己紹介が遅くなりました、私は小学三年の女の子、瑛理奈といいます。学校ではよく男の子たちからラブレターやらプレゼントやらをもらうので、自分で言うのもなんだけど、とてももてる方です。
同い年の女の子たちの中では背も高く肌の色もとても白く……と一つひとつ説明するよりも、「クォーターだから」と言う方が伝わりやすいですかね。
父方の祖母がイギリス人で、私の遺伝子の四分の一はこのスコットランド系の青い瞳のリディアおばあちゃんから引き継いでいるのです。
私のくせっ毛の髪を梳かしつけながら、母がよく「西洋の絵画から抜け出したお姫様みたい」とほめてくれます。内心すごく嬉しいのに、
「グランマみたいに私も青い瞳ならよかったな」と、つい無いものねだりして、
「そう? 疲れやすくてたいへんらしいわよ。パパと同じ真っ黒でよかったじゃない」
よく、そういった会話になったりします。
あ、私の母=沙由理さんは、ストレートな黒髪が似合う日本人形みたいな印象の人です。
私は母よりもおばあちゃん似、つまり父親似なのかと思います。
三年なのに五年生くらいに見えるほど大柄だし見た目でいろいろ目立ちすぎて、多くの女の子たちからは、あんまりうけがよくありません。
男の子たちも体格だけじゃなく考え方や発言とかがなんだか幼く見えて、教室にはなんだか居場所が無い感じで、放課後はすぐに父や母の仕事場=研究所に入り浸っていることが多いです。
父も母も素粒子物理学者で、同じ研究所の職員なんだそうです。
父=遥輝さんは少し髪の色が金髪と赤茶色の間のような変わった色をしてます。
そんな関係で私は物心つく前から、家族といる時もよく科学の話しをします。
「素粒子とか研究しててどんなことが分かったの?」
「そうだね、じゃあ今日は「反物質」って話しをしてあげるよ」嬉しそうな父の声、
「いいわね、「対消滅」や「ブラックホール」の生成とかも話してあげて」母もすぐにのってくる。
「え、なになに? どういうことなの?」
「この世のすべての物質にはそれと鏡で映したみたいな「反物質」ってものが存在するんだ。
それでね、その二つがぶつかると「対消滅」といって跡形もなくきれいさっぱり無くなってしまうんだ」
「え、それってアインシュタインとかのあの有名な式とか、質量とか何かが保存されないとおかしいんじゃないの?」
「おお、よく知ってるね。核分裂や核融合とかでもそうだけど、無くなった質量は、膨大なエネルギーとなって放出されるんだ」
「ふぅーん、物質が消えてエネルギーに、え? じゃそのエネルギーは?」
「そう、そのエネルギーを一か所に留めることで人工的な小型のブラックホームをつくり出して宇宙船のエンジンにするなんてSFが有ったりするんだ」
「そうか、楽しそうね」
時間が許す限り、ずっと私が「なぜ?」「なに?」と聞きまくっちゃうけど、だってそうでしょ! これってどんな絵本やおとぎ話より、ずっとワクワクするんだもの。
またある日には、父と母の仕事について質問したら、すごい事してて、何度も何度も質問してわかった事を私なりに書いてみるね。
『地球温暖化を根本的に解決できる設備』をつくってるんだって。
・地上の施設と静止軌道を回る宇宙ステーションが連携
・セラオンという今世紀になって新発見された粒子から「セラ・コア」が作られる
※セラオンのセラ=Seraは人の名前ではなくラテン語の熱という意味
・この「セラ・コア」は熱をほとんどロス無く電気に変えてくれる
・地上施設では都市部やいろんな場所の熱を「セラ・コア」が冷却してくれる
・「セラ・コア」で冷却=熱を注入するとそれとほぼ等価の電気エネルギーに変換
地上施設は一切燃料のいらない発電所・兼・冷却設備
・「セラ・コア」のもう一つの性質は、大量の光子を浴びると初期化される
フォトンにより励起状態は解除され電子が蓄積される
つまり、キンキンに冷えて、しかも充電完了の状態となる
・宇宙ステーションでは太陽光を真空でそのまま受け止めてエネルギーとする
・コヒーレント光(波が揃っている光)無色透明なレーザーを地上に向けて照射
ざっとこんな感じ。
熱が原子それ自体の振動だって知って、セラオンの事が分かった気がするの。
ある日、パパとママに、「どうして二人は知り合ったの? どうして結婚したの?」って聞いたのね、そしたら、パパ=遥輝さんから、長い長い驚きの話しが返ってきたの。
ここからは、パパから聞いた言葉そのままで記録しておくね。
私、野々村遥輝は、メンバー数人とはいえ、研究開発チームのリーダーを任されるようになって三年、それなりに頑張ってきたつもりである。
なのに突然に他社チームと合同プロジェクトに切り替えると、そしてあろうことか新たなリーダーは、本日のこの初回ミーティングの様子で自分か相手企業のリーダーかどちらかを指名する……などと言われ、どんな相手かも知らされないまま、かなりむかむかしながら合同ミーティングの場に向かった。
まずは全体を見渡して自分から話しはじめる。
「皆さん集まって頂いた様なので、早速ミーティングを開始します」
みんなの挨拶が終わるなり、
「貴社と当社は同じセラオンを研究してきた、いわば競合・競争相手なわけで、しかも既に当社のチームで最終テスト段階までこぎつけています。この時期に合同というのは、正直驚きしかない。貴社ではどうお考えですか?」
相手チームのリーダーと思しき恰幅の良い男性に目を向けた。
「最終テストとは、何を指して最終とおっしゃっていますか、弊社ではすでに七十二回のテストを実施しており、そのうち三つは研究室外のフィールド・テストも含まれています」
文字通り睨みつけながら、そう言い返してきたのは、その男性の隣に座ったやけにスラっとしたストレートな黒髪が印象的な女性だ。
こちらが一方的にリードしようとしたことか? 言葉通り論点か? それとも、リーダーと認識されなかったことに対して? いずれにしても既にこちらを苛立たしくにらみつけているというこの事実はもはや変わらない。
かわいそうに、最初に目を向けた男性は、大きな体を前にしっかりかがめて縮こまって明らかに申し訳なさそうにしている。
やはり発言した女性の方が向こうのチームのリーダーらしい。
そんなことを考えていると、ふいに「ドン」っというような、それでいて「ふさっ」としたような不思議な感触の塊が肩に乗ってきた。かなり重い。
さらにそいつは、まとわりついて人懐っこく頬にスリスリ、フカフカの毛をこすりつけてきている。
肌の感覚や重みや生き物の体温と思しき温もりからそう感じているが、そこに目をやっても何も見えない、会議室のガラス・パーティションにうっすら映る自分の姿にも、何も映っていない。
だけど、なんとなく服の首筋や肩が不自然にペタッとくぼみ、自分の姿勢も何となくその重みに耐えているとわかるような、まっすぐ立っているのとはちょっと違う状態。
あきらかにそいつはそこにいるのだ。
どこから入ってきた? 会議中にこんな場所に、誰かが連れてきたのか?
だけどなぜだろう? 不思議と恐怖も怒りもわいてこない。
突然現れたその得体のしれない獣? 謎の生き物に対して、無性に興味がわくような、またどこか慣れ親しんだ家族のような感覚、そんな心持ちにすらなっている自分がいる。
ふれる毛並みの心地よさをおもわず、じっくり堪能したくなる衝動を抑え、とにかく何事もなかったように急ぎ会議に集中した方がいい……そう思いなおして、先ほどからこちらをにらみつけている女性に向き直った。
「曖昧な言葉ではなく、私たちの仕事には」
彼女が話し始めたところで肩が軽くなった、見えないそいつが何の根拠もないのだけど、テーブルをジャンプして向こうにわたっていく、そんな情景が頭に浮かんだ。
「絶えず定数……うっ」
途中で彼女の言葉は不自然に途切れた、そいつが向こうへ行って、今度は彼女の肩に飛び乗ったのは明らかだ。
だが本体が見えないためか、その場の他のメンバーはみんな、急にいい淀んだ彼女の方に目をやっただけだ。
払い落とそうとするような体の動き、だがそれは途中でとまり、なぜか少しうっとりしたような表情になって少し首を傾けている。
やばい、僕もさっきそんな表情をしていたのだろうか。
一応会議は進み、プロジェクターを操作しようと手を伸ばした拍子に、おなじく手を伸ばしていた彼女の指先とぶつかった。
「こちらの会社の研究報告映像なんだからさ、手出さなくていいの……」彼女は口の中でぼそぼそ言ってるが充分聞こえているが、僕としてはその言葉を無視した。
今度はこちらの映像を映す必要が出て、もう一度プロジェクターに手を伸ばしたその先に、フワッと、そう、例の見えないあいつがそこにいるようだ。
みると、彼女の手も同じような高さで空中に浮いたまま止まっている。
周りの人たちには、二人それぞれがお互いを指さすような、その指先は数十センチの距離を開けて向き合っている状態に見えているだろう。
僕自身も目にはそう見えているのだが、感覚としては、明らかに一匹の何かを両方からタッチしている状況だと理解できる。
次の瞬間、頭の中に大量の言葉やイメージが流れ込んできた。
その中の特に印象的な一つに没入してみる。
二人で動物園に来ている。
レッサーパンダの檻の前で手をつないで談笑している、隣にいるのは、この彼女。
「黒の毛並みが君の髪の毛とよく似てフサフサだね」
「茶色の部分はあなたの胸毛みたい」
「なんだよそれ。うーん、金色のたてがみでライオンのがいいな」
「そんなにキラキラしてないし」
目の前で愛らしく動き回るレッサーパンダを、飽きることなくしばらく眺めていた。
会議室の目の前の彼女の方を見ると、何となく頬を赤らめて、さっと手を離した。
それを見てこちらも手を引っ込めた。
おいおい、どれを見てそうなった?
見えているのは二人の未来? 二人に関すること、それとこのプロジェクトのこと。
この共同研究がうまく進み、それと並行してふたりはとても深い中になって……そんな大量の情報を不思議な力でザブザブ頭に送り込まれて、一連のありえない事の連鎖からすると、どうやらみえない奴の仕業らしい、なんとなくフカフカの毛並みや動きから、そいつがレッサーパンダなんだろうと、何となくだが確信した。
会議は後半に差し掛かり、合同チームの細かいメンバー編成や、誰が全体の指揮をするかといった議題になった。
彼女と僕は、どちらから言い出すでもなく、休憩を提案した。
あれこれ理由をつけて二人だけ会議室に残った。
「見た?」
「いや、確かにいるけど、目には見えないの」
「あ、やっぱり? それ、レッサーパンダだよね」
「うん、で一緒にタッチしたんだよね。で、見た?」
「ああ大量に……」
どこに隠れていたのか、レッサーが僕の背中にドスン、前のめりになった瞬間に、彼女に両手でタッチする格好になった。
「わかったから」
そういいながら彼女が押し返したことで触れていた手が離れた。
「えっ」
「今あなたの気持ち、考えてることや貴方の過去や、大量に流れ込んできた」
「えっまじか、それって……」
今度はレッサーが彼女の背中をドンとやったようで、おもいっきりこちらに倒れこんできて、抱きかかえるような格好になった。
彼女のこれまでの過去の事や、好きなものや嬉しかったシーン、辛かった事など、大量の情報が流れ込んできた。
そして、すでにこちらに飛び切りの好意を持ってくれている事も。
「数十分前は睨んでましたけど」
思わず口に出したら、
「そっちだって」
顔を見合わせて、思わず二人でほぼ同時にクスッと吹き出してしまった。
その間にも、レッサーは二人の間を無限大マークを描くようにくるくる何度か回って、だんだんスピードを上げたと思うと、二人の間で、ぴたっと止まった。
そう、先ほどの情報の「その後」を知る必要がある。
だから二人きりになったのだ。
どちらからともなく、レッサーに手をかざした。
また大量の未来の記憶が流れ込んでくる。
仲良く談笑している二人の姿。
「素粒子とか実際には、粒子と波動と、どっちがより主体なんだと思う?」
「それってさ、親が子供に聞いちゃいけない質問と同じだよ」
「なによ、それ?」
「『パパとママどっちが好き?』とか『~どっちが偉いとおもう?』みたいなやつ~」
「それはたえずママの勝ちでしょ」
「ひでー、それ子供よりパパがグレるパターンだな」
違う、そんなことより、プロジェクトの未来は?
いろいろミスやトラブルや、それを乗り越えてなんとか順調に進むプロジェクト、そして安定状態のセラオンを繰り返し確実に生成する手順まで実証する事に成功した。
まさにプロジェクトは大成功だ。
セラオンの生成過程では、ある二種類の重元素を均等に混合した気体と、それと同質同量の反物質を対衝突させる工程が必要となった。
そのため、このプロジェクトのもっとも大掛かりな設備は、反物質の貯水池ともいえるラムダ型光井戸の建設となった。
磁気格子層、光圧境界層、超高真空球殻(磁気バブル)の三層構造で反重元素混合プラズマを閉じ込める井戸である。
セラオン生成時には、一瞬虹色の綺麗な光が生まれ、若干の空間のねじれと時間の遅れを繰り返しながら、やがて無色透明なセラオンと大量の光子が流れ出す。
それらを触媒にぶつけ定着させることでセラ・コアが完成する。
数々の実験、数々の機材・装置の開発や微調整、膨大な手間をかけて、ついに目的は達成された。
プロジェクトは大成功である。
あとは実験室を出て、実際の社会で活用されるフェーズに入っていく。
国内だけではなく、様々な国や国際機関からも関係者を招待し、大々的な発表の場を設けることとなった。
発表当日が迫るにつれ、様々な企業や団体など、ひっきりなしに多くのお客さんも訪ねてくるようになる。
スタッフは、発表当日の為の映像撮影だとか、重要人物を設備にご案内したりだとか、バタバタして、管理や整備の手がルーズになってしまった。
そんなことで、発表会の前日、その事故は起こってしまう。
ラムダ型光井戸は、三層構造で反重元素混合プラズマを閉じ込める井戸であるが、側面から見る以外に、タワーの上層階から、井戸の中を上から覗き見たり、調整用に物質を投下できるようになっている。
井戸の上の蓋をずらせば、中を直接肉眼で見て、その色や様子を確認する事ができる。
撮影ポイントや見学ポイントとしては極上のスポットだ。
もっとも、何かを落下させでもしたら何兆円規模の大被害ともなる事から、スタッフの中でも一部のものしか、普段は立ち入れないようにしてある。
直前に明日の発表用映像に、誰かがこの井戸の直接の映像を撮影しに来て、慌ててふたを閉め忘れたようだ。
しかも一眼レフの蓋が、開けた井戸の淵に置き忘れられたままになっている。
それを見つけた沙由理が、手すりに手を掛けながら、カメラレンズの蓋を取ろうと体を井戸の方に乗り出した。
不幸なことに、手すりの根元が実験溶剤でもろくなっていて、簡単に根元からねじ曲がってしまった。
沙由理は、今にもねじ切れそうな手すり、その一本だけにぶら下がり、今にも転落寸前となってしまう。
僕は、すぐ下の階にいたが、上でひどい音がしたので駆け上がった。
さっきまでここにいたはずの沙由理がいない。とみると、今にも井戸の中に落ちてしまう寸前の状態だ。
あわてて何とか彼女の手をつかんだ。
ちょうどその瞬間、手すりの金属は、もろくなっていた根元からちぎれ、井戸に落ちて行った。間一髪で間に合ったようだ。
僕が掴んだ彼女の腕、反射的に彼女もこちらの手首をつかんでいる。
引き上げようと試みるが、こちらの左手が掴むべき手すりはもうない。
身体を床に広げ、左手を広げて、金属パネルの床の微妙な突起を抑えるような格好で、なんとか支えている。
このまま汗ばんでくると、支えきれなくなる。ふと、そんなことが頭をよぎる。
「手を放して」と言いながら、沙由理が自分の握った力を弱めようとしている。
「ダメだ、しっかり握って! 大丈夫、今引き上げるから、もう少しだけ頑張って。必ず助けるから!」
そう言い放って、おもいっきり引き上げようと力を入れる。
姿勢を変え、左腕も、右腕も、いろいろと試すが、持ち上げるには至らない。それどころか、汗をかき始めている。
彼女もその様子を察したのだろう。また何かを言おうとするので、こちらが先に、
「大丈夫、もうすぐ他のメンバーも気が付いて駆けつけるはずだから」と言ってみるが、明日の準備は終わったと、先にみんなはかえっていった事を思い出す。
「そうじゃないの……、もう充分だから、私だけで充分。
貴方は生きて、この研究を世に出して」すべてをあきらめたのか、この場の状況に似合わないほど穏やかな沙由理の言葉に、もう一度彼女の方を見返す。
さらに沙由理が言う、
「一緒にこの研究出来て、完成させられてよかった。結構楽しかったかも」
「ダメだ、待ってくれ、まだ何か方法が……」
そう言いかけて、井戸の中で虹色に輝く混合体の綺麗な光が目に飛び込んでくる。
忌々しいな、この状態で、なんでこんなに綺麗に輝いてやがるんだこいつは、そう思った瞬間に有る考えが頭に浮かんだ。
それをそのまま大声で口に出していた。
「反重原子の井戸なんて絶対に助からない。でもこの混合体なら、僕らが限りない試行の末に見つけ「虹色」となづけたこの混合体なら、「二人で」飛び込めばもしかしたら……」
「変なこと考えるものね」
「ああ、なんだかこれを見つけた時と、同じ手ごたえを感じてる」
「じゃあ、実験してみる?」
「だな」
今からやろうとしていることに比べたら、二人が交わした言葉は、驚くほど短い、だが二人にならわかるのだ、二人で話し合って様々な仮説を立て、毎度それはうまくいくのか正しいのか賭けをしながら取り組んできた。
今、身を賭しての実験をしてみたいというその衝動的な気持ちすら、共有できている。
「じゃ、実験開始だ」
「うん」
二人でダイブした。
落下の一瞬は永遠のように長く感じられた。
ただ薄れていく景色、
そのはずが、
自分たちが名付けたように、
虹色に、
そしてやがて、
真っ白な極限まで、
明るい光に包まれて……、
そんな中で、二人、
言葉によらず意識がつながっていく不思議な感覚。
その共通感覚をここではあえて言葉にすると、
「どこに行く?」
「どこかにいける?」
「二人でどこにでも?」
「なら当然、二人が出会ったあの会議室でしょ」
「だね、そこに戻れるなら、この事故は防げるかも……」
次の瞬間、僕らは黒と茶色の毛むくじゃらで、それでいて虹色で無色透明な「奴」になっていた。
目の前に二人と、プロジェクトのみんながいた。
ここまでが、パパから聞いた長い話。
ちょっと、ちゃんと私の質問に、答えてくれてないんですけど。
「ねえパパ、二人はどうして結婚したの? って質問の答えがそれ?」
「ああそうだよ、ちょっとステキだろ?」
「科学者のくせに、そんなおとぎ話みたいなこと言って私が喜ぶとでも?」
「いやいや、極めてシリアスに、現実なんだよ」
「そんなの、そのレッサーといまのパパとママと、世界線はどうなの? 適当すぎでしょ」
「ほう、そういう言葉もわかるんだね。ダイブした元の世界線にはもう二人はいない。別の世界線、つまり今私たちのいるこの世界に、こうしてパパもママも、レッサー君もいるのさ」
「えーっ、ひどーーい、ここにそのレッサー君? その仔もいるって言うの?」
「それがね、いるんだよ、君が生まれる時とかも、ずっとそばで応援してたよ」
「ねえ、ちょっとママも何とか言ってよ、パパひどいんだから」
「そうね、普通ならそう思うわよね。でも、そろそろあなたにもこの仔を紹介してもいいころかなってパパと話してたの」
「えーっ、ひどい! ママまで私にそんな話を……」
沙由理さんも遥輝さんも、私のこと子供だと思って、そんなおとぎ話みたいな話しをするなんて、ママもパパも、今日はいったいどうしたのかしら。
二人の顔を交互に見る、昔、クリスマスにサンタさんの話しをしていた時の、あの表情じゃなく、どちらもいつも科学の話しをしてる時とおんなじ顔で言うんだもんなぁ。
それじゃあ、私だってちょっと困らせちゃうんだから。
「ふぅん……じゃあ私に『パパとママどっちが好き?』って質問して」
「いや、それはダメなやつー」
「いいから」
「どっちが好き?」
「どっちもいや、レッサー君がいい」
言い切った私の肩に、ドスンと毛むくじゃらな何かが乗ってきた。
「ひゃあ!」
って、ちょっと同世代の子供たちがするみたいな変な声が出ちゃったじゃないの。
「あんた、本当にモフモフだね。見えないけど」




