屋上、夕暮れの端の記憶
風が、フェンスの向こうから吹き抜けた。
わたしの頬をかすめ、咲夜の髪をやさしくほどいていく。
その瞬間だけ、夕陽の中に彼女の笑みがちらりと光った。
幻のようで、それでも確かに、あたたかかった。
「ねぇ、もしさ」
彼女の声が、少しだけ震えていた。
「もし、別の世界があるなら――私たち、また会えると思う?」
問いかけは、風の音にまぎれて形を失った。
でも、その響きだけが、胸の奥で何度も繰り返される。
夕陽の光は、まぶしさよりも柔らかく感じた。
痛みの中にも、どこか救いのような温度があった。
何かを言おうとしたけれど、喉の奥で言葉がほどけていく。
代わりに、わたしはフェンス越しにそっと手を伸ばした。
彼女も、わずかに動いた気がした。
風がふたりの間をすり抜け、
その境目だけが静かに揺れていた。
夕焼けが街を包むころ、
屋上の影はゆっくりと重なって――やがて、見分けがつかなくなった。
ーー
風が止んだ瞬間、世界が裏返った気がした。
フェンスの向こうにいたはずの彼女が、今は私を見上げている。
「ねぇ、どこへ行くの?」
その声が、自分のものだと気づくまでに少し時間がかかった。
私は笑っていた。
悲しみでも、諦めでもない。
ただ、風の中に自分の存在を感じたから――それだけだった。
沈みゆく太陽が、もう一度だけこちらを照らす。
その光の向こうで、誰かの記憶が目を覚ました。




