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復讐準備

 食事が一段落し、デザートのアップルパイに三人がかりで舌鼓を打っていた、その時だった。


「で、ご主人」

「ん?」


 平和な空間を切り裂くように、リリアーヌが口を開いた。


「腹も膨れたことだし、そろそろ本題に入ろうぜ。情報収集だが、具体的に何から始める? やっぱり、手っ取り早いのは酒場か? 荒くれ者が集まる場所には、裏の情報も流れ着きやすいって言うしな。この辺に傭兵ギルドみたいなのはないのか?」


 俺の脳内で、穏やかに流れていたカノンが、DJの無茶なスクラッチによって無残に引き裂かれた。

 来た。来てしまった。忘れた頃にやってくる、悪夢の議題が。


 それに追撃するように、セシリアもフォークを置き、真剣な眼差しで俺を見つめてきた。


「リリアーヌの言う通り、街の情報も必要ですが、少し違った方面からのアプローチが必要かもしれません。森に近い村の猟師や、林業ギルドのような場所があれば、彼らに話を聞くのが最も確実かと思いますが、どうでしょう、ご主人様?」


 違う。そうじゃない。

 なぜ美味しいものを食べて幸せな気分に浸っているこのタイミングで、そんな物騒な話になるんだ。空気というものを読んでくれ。俺の築き上げたこの完璧なまでの平和な雰囲気を、なぜ君たちは自ら破壊しにかかるんだ。


 俺は天を仰ぎたかった。しかし、ここは食堂の天井だ。仰いでも、年季の入った木の梁が見えるだけ。俺は内心で絶叫しながら、必死に平静を装って、口元に残っていたパイ生地をナプキンで拭った。


「待て待て待て、落ち着け二人とも。そんなに焦るな」


 俺はできるだけ威厳のある、頼れるリーダー然とした声色で二人を制止する。


「情報収集には何より金がかかる。それに今の俺たちのことを、この街で知る者は誰もいない。正体不明の奴らが嗅ぎ回っていたら、どうなる? 逆に怪しまれて、衛兵に捕まるのがオチだ」

「「う……」」

「だからまずはこの街で少しばかり『名を売る』必要がある。俺たちが何者で、決して怪しい存在ではないということを、周囲に知らしめるんだ」


 我ながらまたしてもっともらしいことを言ってのけた。これも時間稼ぎだ。名を売る、なんて具体的にどうするかなんて、何一つ考えていない。だがこの場を切り抜けるには、これくらいハッタリをかますしかない。


 案の定、リリアーヌが怪訝な顔で聞いてきた。


「名を売るって……具体的にどうするんだよ?」


 まずい。そこまで考えていなかった。

 俺の脳細胞が、CPU使用率120%で回転を始める。


 何か、何かいい手はないか。

 金が稼げて、街のことが分かって、二人の有り余る戦闘意欲を安全な方向で発散させられて、なおかつ、復讐という本来の目的から意識を逸らせるような、そんな都合のいい方法……


 あった。


「冒険者ギルドだ」


 俺はまるで最初から全て計算済みだったかのように、自信満々に言い放った。


「この街にもある冒険者ギルドが。そこに登録して、簡単な依頼でもこなすんだ。そうすれば、一石四鳥だ」

「一石四鳥?」


 もはや口から出まかせ。

 ひたすら言葉を並べまくってやる。


「そうだ。まず一つ、依頼をこなせば金が手に入る。今後の活動資金になる。二つ、街の人々と接することで、自然と情報が集まってくる。地理や有力者の情報もな。三つ、簡単な依頼で戦闘に慣れておけば、いざという時のためのいい訓練になる。そして四つ、これが一番重要だ。冒険者として実績を積めば、俺たちは『街に貢献する有益な存在』として認知される。そうなれば、誰も俺たちを怪しんだりしない。堂々と情報収集ができるようになる」


 完璧だ。完璧な理論武装だ。

 これなら、二人も納得せざるを得ないだろう。


 案の定、二人は俺の言葉に目を輝かせ始めた。


「なるほど……合理的だ。確かに、いきなり本丸を狙うより、まずは足場を固めるべきか」

「ご主人様の言う通りです。焦りは禁物、ですね。それに冒険者になれば、弱い人を助けることもできます。ボクたちがやろうとしていることとは違うかもしれないけど、誰かの力になれるのは、嬉しいです」


 セシリアの言葉に、俺は少しだけ救われたような気がした。

 そうだ、それでいいんだ。人助けの喜びを知れば、復讐なんていう虚しい行為に、心を囚われ続けることもなくなるかもしれない。


「よし、決まりだな! さすがご主人、頭が切れるぜ!」

「はい! これからがんばりましょうね、ご主人様!」


 二人が、尊敬と信頼に満ちた瞳で俺を見つめてくる。

 その瞳は、もはや「復讐を成功させるための頼れるリーダー」を見る目を通り越し、「我らが大義を成し遂げるための、偉大なる指導者」を見る目にクラスアップしていた。


 …………


 自分の提案がまたしても彼女たちの壮大なる復讐計画の一環として、完璧に、そして美しく組み込まれてしまったことに、ようやく気づいた。

 奴隷ハーレム計画は、いつの間にか「復讐のための冒険者ギルド活動計画」へと、その計画書を綺麗に書き換えられていたのだ。俺自身の、この手によって。


 こうして、俺の意思とは全く無関係のところで、俺たちの復讐準備(という名の、不本意極まりない冒険者生活)の幕が静かに、そして確実に上がってしまったのであった。


 俺はただ、女の子とイチャイチャしたかっただけなのに……


「どうしてこうなった……」


 小さい呟きは食堂の喧騒によってかき消されていった。

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