腹が減っては戦はできぬ
さて、俺の脳内で鳴り響いていた勝利のファンファーレは、無慈悲なレコードの針飛びのようにぷつりと途絶えた。目の前では、先ほどまで妖精と女豹のファッションショーが繰り広げられていたはずの空間が、いつの間にか物騒な軍事装備の性能評価会へと変貌を遂げている。
俺の淡い、あまりにも淡い砂糖菓子のような期待は、無慈悲にもコンクリートの地面に叩きつけられ、粉々に砕け散った。どうやらこの二人、その思考回路のOSは完全に「リベンジ」で最適化されてしまっているらしい。
もはやハーレム王の気前の良さなどではなく、完全に厄介な案件を抱え込んでしまった哀れなパトロンのそれであった。
復讐代行業者、改め、復讐コーディネーター、いや、もはや復讐プランナー兼スポンサー兼ファッションアドバイザーとでも名乗るべきか。肩書きだけがやたらと増えていく。
店の外に出ると、西に傾きかけた太陽が、王都の街並みをオレンジ色に染め上げていた。新しい服に身を包んだ二人は、道行く人々の視線を少なからず集めている。
当然だろう。これほどの美少女が二人もいれば、どんな聖人君子でも目で追ってしまうというものだ。
「わあ……なんだか、みんなが見てる気がします……」
「当たり前だ。アタシたち、結構イケてるからな」
セシリアが恥ずかしそうに俺の袖を引く一方で、リリアーヌは胸を張って、むしろその視線を楽しんでいるかのようだ。この対照的な反応もまた、実に味わい深い。
うん実にいい。このまま、このまま平和な日常の刺激に心を奪われてくれ。復讐なんていう後ろ向きな感情は、この賑やかな街の喧騒の中に溶かしてしまえばいいのだ。
「腹が、減ったな」
俺は二人の意識をさらに別の方向へ向けるべく、わざとらしく腹を押さえて言った。
「腹が減っては戦はできぬ、と言うだろう? まずは腹ごしらえだ。美味いものを食いに行くぞ」
もちろん、これも作戦の一環だ。
名付けて「満腹中枢刺激による復讐心減退作戦」。空腹は人を攻撃的にさせる。ならば、その逆もまた然り。極上の料理で彼女たちの胃袋を満たし、幸せホルモンで脳内をジャックしてしまえば、オーガだの国王だの、どうでもよくなるに違いない。完璧な作戦だ。我ながら冴えている。
「本当ですか!? 奴隷市場に来てから、まともなもの、何も食べてなくて……」
「アタシもだ。干からびたパンと泥水みたいなスープだけだったからな……」
二人の目が、今度は食べ物を求める子犬のようにキラキラと輝き始めた。よし、食いついた。この流れ、完全に俺のペースだ。
俺は鼻を利かせて見つけた、少しばかり値は張りそうだが、いかにも美味そうな匂いを漂わせている食堂の扉を開けた。木と煉瓦を基調とした温かみのある内装で、店内は食事を楽しむ客たちの陽気な笑い声で満ちている。
こういう場所だ。こういう、平和と幸福が凝縮されたような空間こそが、彼女たちの凍てついた心を溶かすのに必要なのだ。
席に着きメニューを眺める。そこには、見たこともない料理の名前がずらりと並んでいた。
「好きなものを頼んでいいぞ。遠慮はいらん」
「え、でも……」
「いいから。俺の命令だ」
俺がそう言うと、二人は恐る恐る、しかし興味津々な様子でメニューを指さし始めた。ローストチキン、チーズたっぷりのグラタン、魚介のスープ、そしてデザートには甘いパイ。注文した料理が次々とテーブルに運ばれてくるたびに、二人は「わあ……」とか「おお……」とか、感嘆の声を漏らす。
そして食事が始まった。
それはもう見事なまでの食べっぷりだった。
セシリアは、普段の物静かな様子からは想像もつかないほど、大きな口でチキンに齧り付いている。その頬はリスのように膨らみ、口の周りにはソースがついていたが、本人は全く気付いていない。
リリアーヌも、熱々のグラタンをふーふーと冷ましながら、夢中でスプーンを口に運んでいる。その瞳は真剣そのもので、まるで長年の宿敵と対峙しているかのようだ。
どれだけの間まともな食事にありつけていなかったのだろうか。
その姿を見ていると、俺の胸の奥が、ちくりと痛んだ。下心満載で奴隷を買ったはずの俺の中に、確かに親心のような、あるいは保護者のような感情が芽生え始めているのを感じる。この子たちには、ただ、幸せになってほしい。美味しいものをたくさん食べて、綺麗な服を着て、毎日笑って過ごしてほしい。
そう、それでいい。それがいいんだ。
俺は満足げに食事を進める二人を眺めながら、自分のカップに注がれたエールをくいと呷った。
ハーレム計画も、あながち悪いものではない。こういう、穏やかで満ち足りた時間こそが、俺の求めていたものなのだから。