復讐代行サービス・リョウマ事務所
俺の目の前で、美少女二人がとんでもなく物騒な復讐計画を立てていた。
キラキラした瞳で、満面の笑みで、これから始まる殺戮の算段をつけている。
いや待て。落ち着け俺。俺の夢はどこへ行った。
奴隷ハーレムを作って、毎日をとろけるように甘く過ごすはずじゃなかったのか。
朝は小鳥のさえずりの代わりに美少女の「ご主人様、朝ですよ」で目覚め、昼は木漏れ日の下で膝枕をしてもらい、夜は……夜はまあ、その、なんだ。色々とこう、男の夢が詰まった展開があるはずだったんだ。
それがどうだ。
「オーガ皆殺し」「国王ぶっ殺し」
血なまぐさい単語しか聞こえてこない。
聞こえてくるのは、ファンタジー世界の冒険譚というより、裏社会の抗争ドキュメンタリーで使われそうな単語ばかり。
俺のハーレム計画は開始五分で崩壊の危機に瀕していた。
「いやいやいや、ちょっと待って二人とも」
俺は慌てて二人の間に割って入る。
このままじゃ本当に殺し合いが始まってしまう。
「ご主人様? どうしたんですか、そんなに慌てて」
「そうだぞご主人。アタシたちの覚悟はもう決まったんだ」
セシリアとリリアーヌが、心底不思議そうな、純真無垢な顔で俺を見つめてくる。その汚れなき瞳が、逆に俺の下心まみれの心を鋭く抉ってくるようだった。
「気持ちは分かる。二人とも辛い思いをしたんだもんな。でも、いきなり国王を殺しに行くとか、オーガを滅ぼすとか、それは無謀だって」
「でも!」
「まあ聞けって」
俺はリリアーヌをなだめる。
「相手は一国の王様なんだろ? 城には屈強な兵士が昼も夜も警備しているだろうし、強い魔法使いだっているかもしれない。そんな場所に何の策もなしに正面から突っ込んでどうする? 簡単には近づくことすらできないはずだ。まずは情報収集から始めないと、話にならない」
「情報収集……」
「そう。どんな警備体制なのか、王様がどんな人物なのか、弱点はないのか。そういうのをしっかり調べ上げてから計画を立てるべきだ。オーガの件も同じ。どこにどれくらいの数がいるのか、リーダーは誰なのか。何も知らずに突っ込んでも返り討ちにあうだけだぞ」
我ながらもっともらしいことを言っていると思う。だが本音は時間稼ぎだ。
口から出てくる言葉は、まるで歴戦の傭兵か策士のようだ。
だがその本音は九割九分、ただの時間稼ぎに過ぎない。この燃え盛るような復讐の炎が少しでも鎮火してくれれば、という淡い、あまりにも淡い期待を込めて。
俺の説得が効いたのか、二人は少しだけ冷静さを取り戻したようだった。
「……確かに、ご主人の言う通りかもしれない。アタシは前、頭に血が上って突っ込んでいって失敗したしな」
「ボクも……オーガの強さしか知らなかった。もっと詳しく調べる必要があるかも」
よし、いいぞ。その調子だ。
このまま穏便な方向に話を持っていければ……。
「分かりました! ご主人様の言う通りにします!」
「アタシもだ! さすがご主人、頼りになるな!」
セシリアとリリアーヌが、再びキラキラとした、尊敬の念に満ちた瞳を俺に向ける。
ただし、その輝きの種類は、俺が望んでいたものとは決定的に異なっていた。それは、愛らしいペットが飼い主に向けるようなものではなく、「我らが復讐を成功へと導く、頼れるリーダー」を見る目だった。
…………
違う。そうじゃない。
俺が求めているのは尊敬じゃなくて、もっとこう……依存とか、そういう類の感情なんだが。
「そ、そうか。じゃあ、まずは街に出て情報収集だな」
俺は引きつった笑みを浮かべながらそう言うしかなかった。
こうして、俺の甘美なる奴隷ハーレム計画は、いつの間にか「復讐代行サービス・リョウマ事務所」へと、その看板を知らないうちに掛け替えてしまったのだった。