ピクニック
翌日。
イリシアの南に広がる広大な森林地帯に足を踏み入れていた。
不思議と俺の心は昨日までの曇り空が嘘のように、快晴だった。
なぜなら今日の俺たちの行動は、討伐任務ではない。採取任務だ。つまり、ピクニックだ。
美少女二人を連れて森でピクニック。これほど、俺のハーレム計画の理念に適した活動が他にあるだろうか。
いや、ない!
「空気が美味しいですね、ご主人様」
セシリアが深呼吸をしながら、気持ちよさそうに微笑む。木漏れ日が、彼女の銀色の髪をキラキラと輝かせている。
「へっ、こんなのアタシの村の森に比べりゃ、どうってことねぇぜ」
リリアーヌは、憎まれ口を叩きながらも、そのぴこぴこと動く獣の耳は、明らかに喜んでいる。
二人とも復讐人とは思えないほど明るい。
俺はそんな二人を眺めながら、内心でガッツポーズを決めていた。
そうだ。これだよ。俺が見たかったのは、こういう光景なんだ。
血なまぐさい戦いではなく、穏やかで平和な、この時間。
このピクニックを最大限に活用し、二人との親密度を、天元突破させてみせる。
「さて、と。まずはこの辺りで、軽く連携の訓練でもしておくか」
俺はあくまで「訓練」という名目を忘れない。
「セシリアは、周囲の気配を探る索敵魔法を。リリアーヌは、セシリアの指示に従って、目標地点まで音を立てずに移動する訓練だ。いいな?」
「はい!」
「おう!」
二人が真剣な表情で頷く。
俺はその間に背負っていた荷物から、こっそり用意しておいた特製のサンドイッチと、フルーツたっぷりのタルトを取り出した。もちろん昨日のうちに、街一番のパン屋で買っておいたものだ。これも必要経費である。
セシリアが目を閉じて、精神を集中させる。
「……北東、50メートルの位置にリスがいます。その先、100メートルの樫の木の上にも小動物が」
「よし。リリアーヌ、そのリスに気付かれずに背後を取ってみろ」
「任せとけ!」
リリアーヌが猫のようにしなやかな動きで、森の中を駆け抜けていく。その動きには一切の無駄がない。
俺はその光景を、満足げに眺めながらピクニックの準備を始めた。
訓練を終えた二人が戻ってくる頃には、そこには、完璧なピクニックランチがセッティングされていた。
「なっ……! ご主人、これ……!」
「おお……! 美味しそうです……!」
二人が、驚きに目を見開いている。
「フッ。腹が減っては、訓練もできんだろう? リーダーとして当然の配慮だ」
俺はあくまでクールに、そう言ってのけた。
「ご主人様……ボクたちの訓練の合間に、いつの間にこんな準備を……! なんて、手際がいいのかしら……!」
「腹ごしらえまで計算に入れた訓練計画だったってわけか……! 恐ろしい男だぜ、ご主人は……!」
やたら大げさに褒めてくる。
悪い気はしないからまぁいいけど。
サンドイッチを頬張り紅茶を飲み、和やかなピクニックは、順調に進んでいく。
俺はこのまま日が暮れるまで、ここで、二人と語り明かしたいと、心の底から願った。
だが現実は俺の甘い夢を、そう易々と許してはくれない。
「……ん?」
リリアーヌが不意に、鼻をひくつかせた。
「なんだか変な匂いがしねぇか? 血の匂いと……それから、鉄が錆びたような……」
その言葉に俺たちの間の、和やかな空気が一瞬で凍りついた。
セシリアも杖を握りしめ、警戒態勢に入る。
「……リリアーヌの言う通りです。この先から、邪悪な気配を感じます。それも、一つや二つではありません。かなりの数です」
まずい。
ハーレムピクニック計画が、暗雲に包まれ始めている。
俺は即座に、撤退を指示しようとした。
「よし! 今日の訓練はここまでだ! いったん街に戻――」
だが俺の言葉は無情にも、森の奥から聞こえてきた、断末魔の悲鳴によって、かき消された。
「ぎゃあああああっ!」
それは明らかに人間の悲鳴だった。
「くそっ!」
リリアーヌが舌打ちをして悲鳴がした方向へ、駆け出そうとする。
「待て! リリアーヌ! 罠かもしれない!」
俺は慌てて制止した。
だがリリアーヌは、俺の言葉など聞こえていないかのように、森の奥を睨みつけている。
「……見殺しには、できねぇ」
その瞳にはかつて奴隷市場で見せた、絶望の色が、一瞬、よぎったように見えた。
そうだ。こいつはそういう子だった。
自分と同じように、理不尽な暴力に苦しむ人間を、見過ごすことができない。
そういう優しくてそして、不器用な子だった。
俺は天を仰ぎ、マリアナ海溝よりも深く、そして、絶望的なため息をついた。
俺の俺だけの平和なハーレムピクニックはどうやらここで、終わりらしい。
「……行くぞ」
俺は短く、そう言った。
「ただし、無茶はするな。状況を確認してやばそうなら、すぐに撤退する。いいな?」
「……おう!」
「はい、ご主人様!」
二人の力強い返事を聞きながら、俺は、心の中で、血の涙を流していた。
俺の奴隷ハーレムへの道はどうしてこうも、茨の道なのだろうか。




