目標
お茶会からの帰り道、俺は複雑な心境で石畳を歩いていた。
「なあご主人」
リリアーヌが俺の顔を覗き込んできた。
「さっきの貴族の坊ちゃんみたいにアタシたちのことを探ってくる奴がこれからも出てくるかもしれねぇな。やっぱりさっさと王都に行って、グレイザードをぶっ殺した方がいいんじゃねぇか?」
来た……まただ……
この復讐一直線の思考回路。俺が少しでも感傷に浸っているとこれだ。
だが今日の俺は今までとは違う。俺はもう逃げない。
リーダーとしてこの状況を打開してみせる。
俺は立ち止まり真剣な表情で二人に向き直った。
「リリアーヌ。セシリア。よく聞いてくれ」
俺のただならぬ雰囲気に二人はゴクリと喉を鳴らす。
「お前たちの復讐の意志は固い。それは俺も理解している。だがな、復讐を成し遂げるには何が必要か分かるか?」
人差し指を立ててビシッと二人を指す。
「力……ですか?」
セシリアがおずおずと答える。
「情報だろ?」
リリアーヌが腕を組んで言う。
「それももちろん重要だ。だがもっと根本的なものが欠けている」
俺は勿体ぶるように間を置いた。
「それは…………金だ」
「「金?」」
二人の声が綺麗にハモった
「そうだ 金だ! 復讐には金がかかるんだ!」
畳みかけるように力説。
「考えてもみろ。王都マルセールに行くには旅費がいるだろう? 武器や防具を新調するのにも金がいる。情報を買うのにも金がいる。潜伏するためのアジトを借りるのにも金がいるんだ! 金がなければ何も始まらない!」
我ながら完璧な論理展開だ。
復讐という非現実的な目標を金という極めて現実的な問題にすり替える。
これぞ俺の得意とする論点ずらしの術だ。
「それに今の俺たちの資金じゃ心許ないだろう? リーディア夫人からの報酬はあったがそれはあくまで緊急用の資金だ。もっと潤沢な資金がなければ、長期的な活動は不可能だ」
懐から金貨袋を取り出しジャラリと鳴らしてみせる。
その音は二人の心を揺さぶるには十分だったようだ。
「……確かにご主人の言う通りかもしれねぇな」
リリアーヌが腕を組み唸る。
「復讐も金がなきゃできねぇか……」
「ええ。ご主人様のおっしゃる通りです。計画を遂行するためにはまず盤石な基盤を築く必要があります。そのためには資金の確保は最優先事項と言えるでしょう」
セシリアも納得したように頷いた。
よし! 作戦は成功だ!
俺は内心でガッツポーズを決めながらも、あくまで冷静なリーダーを装う。
「そういうことだ だから俺たちはまずこのイリシアで金を稼ぐ! 目標はそうだな……金貨1000枚! それだけあれば当面の活動資金としては十分だろう!」
俺は景気よく目標をぶち上げた。
金貨1000枚がどれほどの価値なのか俺自身よく分かっていないが、ハッタリは大事だ。
「金貨1000枚……!」
「途方もない額だな……」
二人はその額に圧倒されているようだ。
「だが俺たちならやれる! 俺たちの実力があればどんな依頼だってこなせるはずだ! そうだろう?」
そして二人の肩を力強く叩いた。
「……おう! やってやろうじゃねぇか!」
リリアーヌの目に再び闘志の炎が宿る。
「はい! ご主人様!」
セシリアも力強く頷いた。
こうして俺の巧みな誘導によって、俺たちの当面の目標は「復讐」から「金稼ぎ」へと見事にシフトした。俺のハーレム計画はまた一歩前進したと言っていいだろう。
金を稼ぐという大義名分があれば、しばらくは危険な復讐計画から距離を置くことができる。
その間に俺は二人の心をがっちりと掴み、復讐なんて馬鹿らしくなるほどの幸せな毎日を提供するのだ。
俺は意気揚々とギルドへと向かう。
さあどんな依頼で金を稼いでやろうか。
俺の頭の中はもはやバラ色のハーレム計画でいっぱいだった。
その先にどんな困難が待ち受けているのかも知らずに。




