奴隷購入
俺の名は斎藤 龍馬。転生者だ。
ここは異世界で地球とは違う世界なのだ。
前世では結婚もできずに40歳になる前に病死してしまった。
それから神様とやらに出会い、違う世界……つまりこの世界へ転生してくれたのだ。
今の俺は20歳前後の身体になっているらしい。前世より若返った状態でこの世界にやってきたわけだ。
それからついでにとんでもないチート級のスキルも貰った。
だけどあまりにもやばいのでなるべく他の人には言わないことにしている。
とまぁ、これが今の俺の状況だ。
そして今は〝王都ウラヌス〟という場所に居る。
ここで俺はとある夢を叶えにやってきたわけだ。
それは――『奴隷ハーレム』だ!!
神様から貰ったスキルを使い、女の奴隷達を集めてハーレムを作る! それが俺の夢だ!
下心満載で何が悪い?
男ならこの気持ちが分かるはず。誰もが一度はハーレム気分を味わいたいと思ったはずだ。
女にチヤホヤされてモテたいと思うのは男の性だ。下心ない奴なんて奴が居たら、そいつはホ〇に違いない。
だからこそ俺もこのスキルを使って奴隷を集めるのが目的だ。
そんなわけで、奴隷が認められているこの国で奴隷を買うためにやってきたわけだ。
その日、俺は王都の裏通りにある奴隷市場にいた。
湿った石畳の匂いと、得体の知れない獣の匂い、そして人々の澱んだ熱気が混じり合った空気が鼻をつく。
薄汚れた天幕の下にはいくつもの檻が並べられ、中には様々な種族の者たちが力なく座り込んでいた。
彼らの瞳からは光が消え、ただ虚ろに宙を見つめているだけだった。
「よう旦那。何かお探しで?」
背後からぬるりとした声がした。
振り返ると、金歯をきらつかせた小太りの男が卑屈な笑みを浮かべて立っていた。ここの奴隷商人だ。
「ああ。安くていいのがあればと思ってな」
「安いので? 旦那、そりゃまた物好きだねぇ。安いってことは、それなりにワケありってもんですよ」
「構わん。むしろ、そういうのを探してる」
俺の言葉に、商人は怪訝な顔をしながらも、何かを察したようにニヤリと笑った。
「なるほどねぇ。旦那、お目が高い。それならとっておきの品がありまさぁ」
商人に連れて行かれたのは、市場の最も奥まった場所だった。
そこには他の檻とは別に、二つの小さな檻が置かれていた。
鼻を突く血と膿の匂いに、俺は思わず顔をしかめる。
「こいつらなんですがね。もうほとんど値がつかねえ代物でして。旦那みたいな物好きな方が現れなきゃ、そろそろ処分しようかと思ってたところです」
商人が指さした先の檻の中に、彼女たちはいた。
片方の檻には、エルフの少女が倒れていた。
美しい銀髪は汚れ、ところどころが焼け焦げている。服の隙間から覗く肌は痛々しい火傷で爛れ、片足はありえない方向に曲がっていた。
ピクリとも動かず、ただ浅い呼吸を繰り返しているだけ。その瞳は固く閉じられ、生気というものが一切感じられなかった。
もう片方の檻も、それに輪をかけて酷い状態だった。
獣人の少女だった。誇りであるはずの耳は片方が根元から引きちぎられ、片目は潰れて血肉がこびりついている。しなやかであるはずの手足も、右手は手首から先がなく、足は潰されて原形を留めていない。
彼女もまたぐったりと壁にもたれかかり、虚ろな瞳でこちらを見ていた。その瞳には何の感情も映っていなかった。
「どうです? ワケありですが、エルフの方は元がいいから、好事家なら高く買うかもしれやせん。獣人の方も、まあ、使い道はなくはねえ」
商人の下卑た笑い声がやけに耳障りだった。
俺は言葉を失っていた。
だが俺の能力があれば、どんな怪我も病も治せる。だからこそ、わざとこういう悲惨な状態の奴隷を狙っていた。安く手に入るし、助ければ恩義も感じてくれるだろうという打算もあった。
ハーレムを作るという、不純な動機でここに来たはずだった。
だが目の前の光景は、俺の浅はかな想像を遥かに超えていた。
これは「ワケあり」なんて言葉で片付けていいものじゃない。
ただただ、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
下心なんて、どこかへ消し飛んでいた。
ただ、この子たちを助けなければいけない。
そう強く思った。
「……この二人、買う」
俺は絞り出すように言った。
「へい、毎度あり! いやー、旦那みたいな人がいるから、この商売はやめられやせん!」
商人は汚い手で金貨を受け取ると、嬉々として檻の鍵を開けた。
俺は意識のないエルフを抱きかかえ、獣人には肩を貸して、その薄暗い市場を後にした。
腕の中に伝わるエルフのあまりの軽さと、肩にかかる獣人の小さな震えが、今もまだ、この手に残っているようだった。