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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女と僕

作者: トマト

僕が両親と住んでいる僕のアパートの屋上。

そこはバルコニーのように整備されており、誰でも立ち寄れる場所になっていた。

僕は嫌なことがあった日の夜はそこで空を見上げてぼーっとしている。

今日もいつものように空を見上げるため、屋上に来たのだが、そこには珍しく先客がいた。

屋上の端に立ち、下を見下ろしている少女。

誰が見ても死のうとしているのが分かるこの状況で僕は何を考えたのか思ってもいない言葉をかける。

「あの、死ぬ気なら君の残りの人生、僕に撮らせてくれないか!」

僕の台詞を聞いた彼女の笑顔が僕の人生を狂わせてくれたんだ。


「じゃあ、まず何個か質問してもいいですか?

何で死のうと思ったの?」

僕は彼女を自分の部屋に連れてきた。

もちろん女の子を自分の部屋にあげるなんて初めてだ。

自分の部屋で女の子と2人きりでしかもその相手が美少女ときたら色々と想像してしまうのが男の性だろう。

しかし、その状況に全く相応しくない質問を僕は彼女に投げかけた。

様々な意味で心拍数が上がっている僕は興奮を抑えながらその答えを待っていると、彼女は少し笑いながらに質問に答えた。

「まぁ、落ち着きなよ。

まずは私の名前とか、年齢とかから聞いた方がいいんじゃないかな?

君の名前とかも教えてもらいたいし。

あとさ、これって撮り終わったら誰かに見せる予定あるんだっけ?」答えが返ってこないどころか、逆に質問をされてしまう。

僕は少し戸惑いながらも質問に答える。

「あ、ごめん。僕は津曲奎輔。17歳です。

この映像は誰かに見せると思う。

その相手が家族か、友達か、知らない人かは分からないけど。

それが僕の生きていける理由になる気がするから。」

自己紹介は何事もなく終えたが、彼女の質問にはうまく答えられなかった。

他人の死を利用して、他人から評価を受けようとしている事を自覚していたから。

そんな浅ましい自分が嫌で、それでも自分に嘘はつけなくて、そんな気持ちを表現できる言葉を僕は持ち合わせていなかった。

そんな僕の葛藤している顔を見た彼女は更に笑みを深めて、改めて答えてくれた。

「ははっ、君は面白いね。分かった、質問に答えるよ。

その前に自己紹介からしようか。

私は石川美里。歳は18歳。君より一つお姉さんだね。

それで、私が死のうとした理由か。簡単に言えばこの世界で生きていくのが嫌になったってのだけど、そんな答えじゃつまらないよね。

ちょっと長くなるけど聞いてもらおうかな。」

先程までとは違い彼女の表情に少し翳りが見えたことが僕の胸を締め上げる。

僕は彼女の優れた容姿と明るい表情に夢中でこの現実をきちんと理解していなかった。

僕だって死にたいと口にしたことがある。

テストで悪い点を取った時、告白して振られた時、クラスメイトの前で思いっきり転けた時、全てあげればキリがない程軽々しく口にしていた。

でも、彼女は違う。

彼女はあの時僕がいなかったら屋上から飛び降りて死んでいたんだ。

彼女の表情を見て、これから話を聞くことの重みに気がついてしまった。

話を聞いてしまえばもう彼女と僕の人生は完全に絡み合い、二度と解けることは無い。

そうなった時、僕は彼女の死を受け入れることが出来るだろうか。

そんな事を今更ながら考えている僕をよそに彼女は話し始めてしまった。

「私は昔から明るい子って言われてきたんだ。

家族からも友達からも。

自分でもそれは自覚していたし、そう言われることが嬉しかった。

学校に通うようになってからも誰にでも愛想良く、どんな人とも喋るようにしていたんだ。

自分で言うのもなんだけど、常にクラスの中心で人気者だったと思う。

他人と話すことは好きだったし、チヤホヤされるのは心地よかったし、何よりそんな自分の事が好きだった。

だから、私はこの性格を変える必要はないと思っていたし、変えるつもりもなかった。

あ、割と男子からも人気だったんだよ。

中学生の時には彼氏がいたこともあるしね。」

そう言う彼女の表情はその明るい性格を表したような笑顔だった。

整った容姿とその屈託のない笑顔はとても魅力的でついつい見張れてしまいそうになる。

「あの頃の私は何でも上手くいくと思ってた。

スポーツは少し苦手だったけど、勉強は出来てたし、毎日学校に行くのがとても楽しくて。

それにお父さんとお母さんも優しくて、一人っ子だったけど寂しさを感じることなんてなかった。

私はこの日常が当たり前だと思っていたし、これからも同じように続くと思ってた。

でも、違ったんだ。

それまではたまたま運が良かっただけ。

この世の中はそんなに優しく出来ていないのに勘違いしちゃってたんだ。」

今度の笑顔は先程とは違い、自らを嘲り笑うようなものだった。

「私はここから少し離れた高校に行くことになったんだ。

そこの制服が可愛くて。

知ってる人なんて誰もいなかったけど、また新しい友達ができると思うと楽しみで仕方なかった。

入学してからはすぐに友達も出来て、バイトも初めて、それまでとはまた違った生活になったけど、毎日充実してて本当に楽しかった。

今思えば恥ずかしいけど、青春してるなって自分で思ってたんだよ。」

所々で茶目っ気を交えて話す彼女の姿を見て、僕は何故死のうとしていたのか不思議に思った。

優れた容姿を持ち、人付き合いも上手く、話も上手な彼女が何故死のうとしていたのか。

僕はついに興味を持ってしまった。

彼女が死ぬ理由に。

そしてその好奇心は彼女の言葉ですぐに満たされた。

「それからしばらくして、私は1人の男の子に告白された。

その子は同級生だったんだけどらかっこよくて、スポーツも出来る人気者だったんだけど、私は彼のこと良く知らなかったからとりあえず友達からって断った。

それから彼と話すようになったんだけど、本当にいい子でさ一緒に帰ったり、遊びに行ったりしているうちに私も好きになってた。

そして、私は彼に告白して付き合うことになったんだけどそれが気に食わない子逹がいた。

彼はモテたから私以外にも彼のこと好きな子が何人かいたみたいでさ。

それからだったんだ。

私はちょっとした嫌がらせを受けるようになった。

本当ペンがないとか消しゴムがないとか、そんな何気ないもので全然気にしてなかったんだけど、その態度がまた気に食わなかったみたいでついに直接言われたんだ。

あんた、誰にでも好かれるようにヘラヘラして、気持ち悪いよって。

今までそんなの言われた事なかったからすごくショックで、しばらく落ち込んだんだけど気にしても仕方ないっていつも通り過ごすことにしたんだ。

でも、その日から何だか周りの目がいつもより冷たい気がして、何か悪口言われてる気がして、嫌われてるんじゃないかって思うようになっちゃって、学校に行くのがめちゃくちゃ怖くなった。

私ってさ、親も優しくて、友達にも恵まれてて、だから分かってなかった。

でも、初めて人の悪意に触れてしまった。

それで気付いたんだ。

他人から向けられる悪意の怖さに。

私は今まで鈍感で気付いてなかっただけでさ、多分どんな人でも悪意を向けられてるんだ。

優しくたって、容姿が整ってたって、本当にいい人だって

それは嫉妬かもしれないし、怒りかもしれないし、見下して馬鹿にしてるだけなのかもしれないけど、色々な人から色々な悪意を向けられる可能性がある。

だから、私もそうなるのは当たり前なんだけどさ。

でも、私はそれまで知らなかったから、そしてそれに気付いてしまったから、怖くなった。

そうなってしまってからは何をしていても周りの目が気になるようになったんだ。

昨日まで普通に話していた友達も、仲のいい先輩も、優しい先生も、家族でさえ全くの別人に見えるようになって、他人と関わる事ができなくなった。

それからは学校に行く日が減って、家から出る日が減って、人と話す時間が減って、私は1人になったんだ。

それでも私は平気だと思ってた。

他人と関わるのは怖いからそれなら1人の方がマシだって。

家族はもちろん、学校のクラスメイトや近所の同級生など私を心配してくれる人が大勢いたんだけどその人達と会うこともしなかったし家族との会話もほとんどなくなった。

私がそうしたから、私が望んだ通りに1人になる事ができた。

でもさ、それが辛かったんだ。

それでいいと思ってた。1人でも平気と思ってた。

私は孤独を望んでいた。

なのに、その孤独に耐える事が出来なくなった。

誰とも関わらず、たった1人で生きていけるほど人間は強く出来ていないって分かったんだ。

自分から望んで孤独になったくせに、いざそうなると耐えられないって情けなさすぎるけどね。

それからはひたすら考えた。

私はこれからどうするべきか。

他人は怖くて、人と関わることは出来なくて、でも孤独には耐えられない。

そんな私がこれからこの世界で生きていけるのかって。

生きていたとして、それに何か意味があるのかって。

私はその意味が見つけられなかった。

多分、私はもうダメなんだよ。

人間の怖さを知ってしまったから、そしてその恐怖に立ち向かう勇気を持つことはもう出来ないから、この世界では生きていけないんだ。

このまま何の意味もなく生きていたって親にも迷惑かけちゃうしね。

だから、私は死ぬ。

君が私を撮り終わったら必ず死ぬよ。

ごめんね、長くなっちゃって。

上手く伝わったかは分からないけど、私なりに一生懸命話したからさ。

あとは君が上手に編集してね。」

彼女は軽くウインクして、笑っていた。

だが僕はそれに反応する余裕はなく、彼女から聞いた死の理由について無言で考え込んでしまう。

僕は正直もっと何か大きな理由があって、死のうとしていると思っていた。

それは具体的な例えがあるわけではないがもっと壮絶で辛い事があったんだろうと。

だけど、違った。

たった1人の嫉妬で、その1人の言葉だけで彼女はここまで追い詰められて、自らの存在価値を失って、生きる事を止めようとしている。

人によっては大したことは無いと笑い飛ばすような、それの何が辛いのかと疑問符を浮かべられるようなことだ。

同じような経験をしている人はきっと少なく無い事だとも思う。

でも、彼女は人の悪意に触れる事がなかったからこそその怖さをより感じてしまったんだろう。

僕はそんな彼女の死がより純粋なものであると感じてしまった。

この世のほとんどの人は他人からの悪意に触れた事があるし自らも他人に悪意を向けた事があるだろう。

その悪意はただ少し意地悪をしよういう小さなものから、他人を殺そうとする程巨大なものなど様々であるが、悪意を持った人はその要因となった相手にその悪意を向けるように出来ている。

彼女にはそれが無かったんだ。

運悪く他人から悪意を向けらた事がなくて、純粋だった故に他人に悪意を向けた事がなくて、だからこそ初めて知った悪意に耐えられなかった。

そして、彼女が初めて人の悪意に触れて、しかもその恐怖を理解できてしまう年齢であったことが彼女の不運だ。

でも、僕はそんな彼女の純粋さが、その恐怖に怯える無垢な心が僕には酷く美しく見えた。

そしてその美しさを全ての人間に伝える事が僕の生きる意味になると改めて自覚した。

「ありがとう、じゃあ次の質問いいかな?」

僕は彼女の話には触れず、ただ質問をする。

この美しい映像に僕の汚い感情は必要ないからだ。

「え、リアクションなしなの?

せっかく一生懸命話したのに。」

少し頬を膨らましながら不満を垂らす彼女。

その表情に高鳴る胸を押さえて質問を続ける。

「うん、ごめんね。じゃあ、質問するよ。

君はいつ死ぬの?」

多分、これからの人生でこれ以上残酷な言葉を発することはないだろう。

それほどに酷く、重い言葉を僕の口から放ったのだ。

言ったそばから身体中から様々な警告が発せられた。

手足が震え、呼吸が速まり、体の中から汗が噴き出る。

心が中から捻れているような感覚に陥ってしまう。

しかし、彼女の表情を見逃すわけにはいかないと意識を強く持ちながら彼女を見た。

そこには先程とは別人ではないかと思うほどに暗く、重い目でこちらを見ている彼女がいた。

その表情はこれまでとは違った危険な美しさを含んでおり、それを見た僕の目からは自然と涙が溢れる。

しかし、その表情はすぐに変えられ、今度は可愛らしい満面の笑みで僕にこう告げた。

「1週間後の同じ時間、私は死ぬ。」

こうして僕と彼女の死で繋がれた不思議な関係が始まったのである。

彼女と別れてから、僕は後悔と絶望に沈んでいた。

僕の安易な考えのせいで彼女の美しい人生に僕という不純物が混ざってしまったから。

彼女の人生に僕は必要ないものなのに。

あの時出会わずに彼女が死んでいればどれほど美しい死であっただろうか。

それを想像するだけで、自らの愚行に心底腹が立つ。

しかし、僕はまだ彼女の死への決意を鈍らせるほどの存在にはなっていないのは救いである。

だから、僕は決めた。

彼女を最後まで美しいまま死なせると。


彼女の死を止めた翌日、僕の部屋に再び彼女がやってきた。

昨日とは違い化粧をし、服装も整えている彼女はとても魅力的であり、ついつい見惚れてしまった。

そんな僕の姿を見た彼女はすぐにニヤニヤして話しかけてくる。

「ねぇ、君は分かりやすいね。

私の事、可愛いって思ったでしょ?すごく顔に出てたよ。」

自分がどんな表情をしていたか想像して、唇を強めに噛んだ。

僕は彼女の人生に踏み込んでしまってはいけないと昨日決めたのに。

でも、彼女の笑顔は僕の覚悟を容易に打ち砕いてしまうほど

に魅力的で、本気で死を望んでいる人間なのかと疑ってしまう。

彼女は僕が見惚れていた事が嬉しいのか、まだこちらを見ながらニヤニヤしていた。

僕はそんな彼女を無視しながら準備を進める。

「じゃあ、行こうか。」

準備を終え、僕が声をかけると彼女は素早く立ち上がり元気よく玄関へ向かった。

そして玄関の前でこちらを振り返り、元気よくこちらに言葉を放つ。

「よし、奎輔!

改めてよろしくね。私が死ぬまで、私の事綺麗にとってね。」

任せたと言わんばかりに親指を立てた拳をこちらに向けている。

「うん、絶対に綺麗に撮ってみせるよ。」

それは彼女に向けた言葉なのか、それとも自分に向けた言葉なのか、僕自身にも分からなかった。

今日はまさに雲ひとつない快晴と言える天気であった。

まだ肌寒いと思い長袖を着て方がこの天気だと暑さに負けてしまいそうである。

そんな事を思っている僕をよそに彼女は清々しい笑顔で歩いていた。

家から出てなかったため、その肌は白く、髪の毛も長めであるが、それがまた彼女の純粋さと儚さを表現しているようで彼女をつい目で追ってしまう。

そんな自分を叱責して本来の目的である撮影に意識を戻して歩きながら彼女は質問する。

「今日は外に出ても平気なの?」

何気ない質問だが、きっと彼女の心には深く突き刺さり傷を抉るものだろう。

しかし、僕にはそれを聞く義務がある。

自分の心にも奔る痛みを無視しながら彼女の横顔を見つめた。

そんな僕の心配なと知ったことではないと彼女は全く気にしていない様子で僕の質問に答える。

「んー、大丈夫みたい。

私はさ、これまで他人への恐怖で家から出れなくなってた。

外の世界の人達は他人への悪意を常に持っているって思ってしまってたから。

でも、君は出会ってから私が話をしている間一度も私に悪意を向けてこなかった。

ただ、自分のためだけに私の死を撮ろうとしてるのがすごく伝わってきたんだ。

君はきっと私があの時死のうとしてなかったら、私の存在に興味を持つこともなかったでしょ?

多分、他の人達も私に興味なんて持ってない。

そう思ったら外に出れたんだ。

君のおかげだよ。」

こちらにウインクしながら歩いていく彼女の姿を見て、僕はそんな事ないと言いそうになる頭を殴りつけ、その言葉を打ち消した。

その後、先程の言葉と彼女の軽い足取りに僕は焦りを覚える。

彼女の死への決意が、美しい人生の終わりが僕のせいで穢され始めていると実感してしまったから。

「ねぇ、何してるの?

ちゃんと撮ってくれないと、せっかく出かけた意味がないでしょ。」

つい足が止まってしまった僕を見た彼女はこっちへ来いと手を振っている。

その手につられて歩き出す僕の目の奥には彼女への新たな感情が映し出されていた。

それからしばらく歩いて、今日の目的地である浜辺に着いた。

「いやー、ここに来るのはいつぶりかな。

今日は天気がいいから絶好の海水浴日和だね。」

そんな事を言うが、彼女は海に入るつもりは毛頭ないと言わんばかりに靴を脱ごうとはしなかった。

もちろん僕も海に入るつもりはなかったため、2人で近くの日陰に座り海を眺めた。

今日は平日のため、僕達以外に人の姿はなかった。

彼女は何をするでもなくぼーっと海を眺め、僕はその彼女の姿をただただ撮影している。

時折風が吹き、彼女が顰めっ面を見せるがその表情すらも魅力的なものである。

カメラを向けているだけでしっかりと成果を残してくれる彼女には感謝の気持ちとしてアイスクリームを奢って、2人で並んで食べる。

その時間は僕にとって決して忘れることのない時間となった。

それからまた海を眺めて、他愛もない話をする彼女の姿を撮りながら帰路に着いた。

僕達が帰る頃にはちょうど日も落ちてきて、昼間とは違う表情の太陽が優しく僕達を照らしていた。

「今日はありがとう。

明日もまた君の家に行くからよろしくね。」

別れ際に放たれた彼女の言葉に頷いて僕も自宅へ戻った。

ベッドへ入り、眠りにつく前に思い出すのはもちろん彼女のことである。

彼女が死ぬまであと6日。

この6日で彼女の全てを撮影し、そして美しい死を迎えさせる事が出来るのか。

いや、やらなきゃならないんだ。

それが僕の義務であり、責任だから。

「今日は山に登ろう」

彼女の服装は昨日とは全く違うスポーティなものであった。

昨日は海、今日は山とありきたりすぎる考えに呆れたような笑いをこぼしてしまう。

「あ、今君は私の事を馬鹿にしたね。

どうせ昨日は海で今日は山って単純なやつとでも思ったんでしょ?

そうだよ、単純で何が悪い!」

頬を膨らませながら顔を背ける彼女。

「ごめん、すぐに準備するからちょっと待ってて。」

すぐに謝罪し彼女の機嫌をとりながら僕は準備を始める。

僕達が登るのは初心者向けの登山道が整備されており、比較的登りやすいと有名な山だ。

だが、登りやすいだけで山であることには変わりない。

途中までは難なく登っていた彼女も今は汗を滲ませて、息を切らしている。

そんな彼女を逃さぬようにカメラに収めながら僕も横を歩いていく。

しばらく登り、僕も息が切れて来た頃頂上が見えてきた。

疲れたと顔に書いてあった彼女であったが、その看板を見て笑顔が戻ってくる。

そして、無事に頂上に着いた僕達は近くの岩場に腰をかけた。

そこまで高い山ではないものの、周囲には景色を遮るものはなくその景色は心に染みるものがあった。

それは彼女も同じだったようで、少し感慨深いよう表情をしている。

その表情と景色が相まって、美しい絵を見ているようであった。

次の日、いつもの時間に起きた僕はしっかり筋肉痛になっていた。

そこまで疲れはないと思っていたが体はしっかりと悲鳴を上げていたようだ。

それは彼女も同じだったようで動くのも辛いため、部屋に来て欲しいと連絡があった。

僕は言われた通りに彼女の自宅へ向かい、インターホンを押す。

すると、寝巻きのまま辛そうな顔の彼女が僕を出迎えてくれた。

「君はまだ私より元気そうだね。

この頃運動を全くしてなかったから、そのツケが回ってきたんだろうね。」

そう言いながら僕を部屋の中へ入るよう促す。

何気に女の子の家に入るのは初めての経験であり、少し緊張しながら部屋に入った。

彼女の部屋はとても綺麗であり、きちんと整理されていた。

しかし、僕にはそれが酷く殺風景に見えてしまう。

本当に必要最低限のものしかなく、制服や鞄、教科書などは見受けられない。

恐らく、高校は彼女が初めて人に悪意を向けられた場所であり、最大の恐怖になっているからだろう。

僕は彼女の部屋にもカメラを向けて、一通り撮って回る。

「女の子の部屋を撮ってるなんて、何か変態みたいだね。

これ、私が訴えれば勝てるんじゃないかな?」

そんな笑えない冗談を無視しながら、寝巻きの彼女にカメラを向けると、反応せずに黙って撮影している僕を、彼女はベッドに腰掛け、ニヤニヤしながら見つめていた。

その姿も妙に様になっていて、自然と体が引き寄せられそうになるがグッとこらえて何事もないように撮影を続けた。

それからは彼女の何気ない話を聞きながら、2人で過ごす。そんな彼女とともに過ごす時間が僕にとっても大切な時間になってしまっている事実に気付きながらも、僕は必死に目を逸らして、気づいていないふりをして、何気ない時間を過ごすのだった。

あれから数日、僕達は遊園地へ行ったり、動物園に行ったり、ありきたりな場所を2人で巡った。

もちろん、全て彼女の要望であり僕はただ付き従うだけ。

だが、その時間は紛れもなく他の大切な時間であり、忘れることの出来ない時間であった。

そんな彼女との時間を過ごすたびに、確実に彼女への感情が大きくなっている事を自覚していた。

そして明日は彼女が死ぬと決めた日である。

今日は珍しく彼女に呼び出されずに夜を迎えた。

ついに明日、彼女は自殺する。

それなのに僕は今日彼女に会わずに夜を迎えてしまっている。

それがとても不安で、とても恐くて、とにかく彼女に会いたくて。

でも、僕から彼女の行動に干渉してしまうことはきっと彼女の死を汚すことに繋がるから。

僕は抱えきれない不安と恐怖に押しつぶされながら人生で1番長い夜を過ごすのであった。

ついに日が登った。

もちろん、昨晩は眠れるはずもなく彼女からの連絡をただただ待つしかなかった。

今日、彼女は死ぬ。

先週と同じ時間ということは夜8時に死ぬということだ。

僕は今日の彼女の姿を一切逃すことなく撮影しなければならない。

しっかりと朝食をとり、飲みなれない栄養ドリンクを飲み、彼女からの連絡を待つ。

午後1時、昨晩から待ちに待った彼女からの連絡が来た。

今日の夜7時、あの場所で。

そうメッセージが届いており、それ以上は何もなかった。

僕も特にそれに返事を返すこともなく、ただ静かに約束の時間を待つのであった。

夜6時50分、僕が屋上に着くともうすでに彼女の姿があった。

「お、来たね!

前にここで会ったのはたった1週間なのに、すごく長い時間を過ごした気がするね。

それでさ、君に話したい事があってちょっと早くきてもらったんだけど聞いてもらえるかな?」

僕はその彼女の言葉に黙って頷く。

「あのさ、この前までの私は世の中の人全員悪意を持った怪物に見えてた。

でも、君に会って気付いたんだ。

世の中の人で私に興味がある人の方が少ないって。」

ゆっくりと話し出す彼女から僕は目が離せなくなる。

「君のおかげで私は凄く気が楽になった。

君は自分のために私を撮り始めたのかもしれないけど、その行動で私は本当に救われた。

前にさ、君は生きる理由が欲しいって言ってたよね。

私が君の生きる理由になるからさ、次は私が君を救うから。

だからさ、私の人生を君がもらってくれないかな?」

それは僕にとって、人生初の告白であった。

その言葉を聞いた僕はこれまで抑えていた感情が一気に溢れ出す。

僕はカメラを置いて、彼女にゆっくり近づいた。

その間も彼女の話は続く。

「あーあ、もっと簡単に伝えたかったんだけど、凄く遠回しになっちゃったから言い直すね。

私は君が好きになった。

君が私の生きる意味になってくれた。

だから、私と付き合ってください!」

僕に向けられたその笑顔は、これまでで最も自然で、僕だけに向けられたものだった。

そして、彼女がこれまで見せてきた笑顔の中で最も穢れていた。

手が届くところまで彼女に近づいた僕はそのまま彼女の首に手をかける。

そして、その思いっきり力を入れて締め上げた。

「ふざけるな。

死ぬって言っただろ!

何で君は穢れてしまったんだ!

僕のせいで、僕がいたから、僕がいなければ君は美しいまま死ねたのに。

君はこの世で最も美しい存在のままだったのに。

何で、そんな簡単に考えが変わるんだったら最初から死のうとするなよ!」

あの時、彼女がどう思っていたかは分からない。

でも、彼女が僕に向けた最後の表情は笑顔だった。

僕は自室へ戻ってからすぐに動画を編集し始めた。

彼女がこれまで残してくれた美しく、穢れのないものを僕以外の人達にも知ってもらうために。

そこにはもう、最初の頃の浅はかな気持ちなどなくただ純粋に彼女の姿を見せたいという気持ちしかなかった。

そして、それを編集し終えた僕は動画サイトへアップロードしてから再び彼女の元へ向かう。

変わらず屋上にいた彼女は美しいままだ。

僕はその姿を見て、心から安心した。

そして、彼女と共に僕の人生もここで終わった。

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