どうして私は
彼が「別れたよ」と言ったのは、通話から一週間くらい経った頃だった。
特別な前置きもなかった。
唐突に、でもどこか軽く笑いながら、彼は言った。
「ちゃんと話して終わらせた。疲れたけど、もう終わったから」
その声を聞いた瞬間、胸の奥がじん、と熱くなった。
ああ、やっとだ。
やっと彼が、彼女から解放された。
もう、通知音に怯えることも、誰かの気配にざわつくこともない。
これからは、堂々と隣にいられる。
ちゃんと、彼と向き合える。
……そのはずだった。
⸻
だけど私は、どうしてか彼を避けるようになった。
メッセージの返信は遅くなったし、
前みたいに「会いたい」とも言わなくなった。
彼から「次いつ会える?」と聞かれても、
「忙しくて」と曖昧に濁した。
ほんとは、会いたかった。
会って、ちゃんと、心から笑いたかった。
でも――
私は今、彼に近づくのが、怖かった。
⸻
今までは、「彼女がいる彼」として隣にいた。
その“制限”があったからこそ、
踏み込みすぎないように距離を取れていたし、
“友達以上”を装いながら、勝手に安心していられた。
でももう、彼は自由だ。
私も、彼とちゃんと向き合える状況にいる。
それなのに、私は――今さら怖くなっていた。
彼の隣に立つ覚悟なんて、私にはなかったのかもしれない。
ずっと「彼女がいるからしょうがない」って自分に言い訳していた。
選ばれなくても、選ばれるフリができていた。
でも今、目の前に本当の“選ばれる可能性”が差し出されたとき、
私は自分の気持ちに正面から向き合うことを避けている。
なんて、ずるいんだろう。
⸻
前までは私から連絡する関係だったのに、ある曜日にだけ彼から連絡が来るようになった。
「おつかれ」「今日火曜日」
そう、出会った頃に私が距離を保つようにしたいいと言ったあの約束。
私だけが守ってたんじゃない、彼もちゃんとずっと覚えててくれたんだ、胸が締めつけられる。
いつも向こうからは来なかった、それで良かった、私だけが追いかけるこの感じが好きだった。
返事をしたくなる。
でも、返したらまた一歩、彼に近づいてしまう気がして――
私は既読だけをつけて、スマホを伏せた。
“彼の隣にいられるチャンス”を、私は今、
自分の手で拒んでいる。
⸻
好きなのに、近づけない。
一緒にいたいのに、素直になれない。
自分が一番、自分を苦しめている。
“こんなに好きなのに、どうして?”
自問自答のループが止まらない。
彼が自由になった今、私はもう、
自分の「不安」や「怖さ」のせいにするしかなくなった。
彼は、ちゃんと選んでくれた。
私を、選ぼうとしてくれた。
それでも、私は。
――まだ、自分にその価値があるとは思えていない。
つづく