すれ違いの静けさ
楽しいはずの時間だった。
私たちはよく笑ったし、他愛ない話で盛り上がることも多かった。
でも最近、少しだけ、彼の笑顔が遠くに見えるときがある。
距離が近いのに、心が追いつけないような瞬間がある。
ふざけた冗談に乗ってくれたり、笑いながらつっこんでくれる彼は、
相変わらず優しいままだ。
それでもふとした瞬間に、彼の目線がふわっと空を泳ぐことがあって――
私はその沈黙に、少しずつ敏感になっていった。
たとえば、会っていない日。
彼が何気なくしたツイートに、私がリプを返しても、
反応がいつもより少し遅いと、それだけで胸がざわつく。
「気のせいだよね」って、自分に言い聞かせる。
でもその“気のせい”が、前より確信に近づいてる気がして、
心のどこかで見ないふりをしている。
──本当に、私たちは“友達”でいられてる?
私は“友達”以上の言葉を出すつもりはない。
出せる勇気もない。
壊れるのが怖いから。
でも時々、彼が少し離れたところにいるような感覚に襲われて、
そのたびに胸の中で、「やっぱり私は、他の誰かと同じなんだ」って思ってしまう。
少し仲のいい友達。
たまたまタイミングが合って、気が合って、笑い合える存在。
でも、選ばれる存在じゃない。
⸻
彼の優しさは、本物だと思う。
私の前ではちゃんと笑ってくれるし、遊ぶ時間も作ってくれる。
話したこと、覚えててくれるし、くだらないことも真面目に返してくれる。
でもその優しさの中には、「選び取る」という強さがない。
彼は、何かを選ぶことで誰かを傷つけるのを、きっと恐れている。
そして私もまた、選ばれるのを恐れている。
選ばれたら、その瞬間から壊れる気がして。
だから、私たちは今日も“ちょうどいい距離”にいる。
少し近くて、でも一歩は踏み込まない距離。
⸻
だけど――
彼女からの着信は、まだ鳴り続けている。
その音は、もう私にとって“背景”じゃなくなっていた。
笑いながら聞こえてくるその振動音は、
私の心に静かに波紋を広げていく。
何も言わない私。
何も気づかない彼。
けれど確実に、私たちの間には、
言葉にできないすれ違いが静かに流れ込んでいた。
つづく