言えないまま過ごす時間
私たちは変わらず会っていた。
カフェに入って、くだらない話をして、ふざけて笑って。
でもその中に、私だけが知っている“気配”が、確実にあった。
彼のツイートをすると、決まって現れる鍵アカウントの気配。
見えない引用、見えないリプライ。
通知も何も来ないのに、そこに″誰か″がいると、はっきりわかる。
最初は偶然だと思っていた。
ただのバグ。気のせい。――そう思いたかった。
けど、違った。
あの“誰か”は、確かに毎回そこにいた。
私が彼とのやりとりを表に出すたびに、すぐに反応してくる。
まるで、私たちの距離に釘を刺すように。
でも、それを彼には言わなかった。
言えば、きっと彼は何かを背負ってしまうと思った。
彼女の存在を、あえて忘れてるような彼の気持ちに、水を差したくなかった。
私はただ、黙っていた。
⸻
着信音は、今日も鳴る。
通知の震えが、テーブル越しに伝わってくる。
彼はそれを無視する。
一瞬画面を見て、伏せる。それだけ。
まるで、音なんてなかったかのように。
私も何も聞かない。
「誰から?」なんて、もう聞くこともやめた。
彼は優しいから、私の前では笑ってくれる。
ふざけたノリでくだらない話を繰り返して、私を楽しませてくれる。
でも、その笑いの下に、本当は何かがあることを私は知っている。
⸻
彼女の話をすると、彼の空気が一変する。
ふざけるのをやめて、トーンが落ちて、
「別れたいんだけどさ」って、いつものセリフが出る。
何回も聞いた。
でもその先は、いつも同じだった。
「別れたいけど、話にならないんだよね」
「情で切れないっていうか……もう疲れる」
そんなふうに言って、視線をそらす。
私はその度に、どこか息をひそめるように黙った。
彼の中にはまだ“終わってないもの”がある。
その終わらせられない″誰か″が、私の方を見てる――そんな気がしてならなかった。
⸻
見えない視線に、見えない声。
SNS越しの“誰か”の反応。
彼は知らない。
たぶん、今も何も知らないまま。
知ってほしくないわけじゃない。
でも、知ってしまえば、何かが変わってしまいそうで。
だから私は、何も言わず、彼の隣で笑ってる。
笑いながら、ずっと、心の奥でざわついている。
つづく