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母との約束

『高校三年間の間にデビューできなかったら、きっぱりと漫画家なんて

くだらない夢はあきらめて、地元で就職しなさい。それが嫌なら家を継ぎ

なさい。私達も若くないんだしアンタは長女なんだからね』


それが母と交わした約束だった―——。


その間、三年間は私が漫画を描き続けていても、そのせいで成績が落ちても

母は何も言わず、多少の事には目をつぶってくれていた。


でも、私はその条件に『うん』とも『はい』とも返事をしなかった。

母の条件に『Yes』の答えを出したら、条件を呑んだことになると

思ったからだ。

自分の画力とストーリーに自信がなかったわけではない。

むしろ、野心はあった。期限付きの夢だから私の青春を

すべて漫画に注いできたといってもいいだろう。

だけど、もしも漫画家になれなかったら、私は何を夢見て目指せばいいのか

わからなくなると思ったから……だから、私は母との約束を忠実に守り、

この三年間、必死で漫画を描き続けてきた。


三年の間に漫画家デビューを果たし、卒業後は憧れの街、東京へ上京し

売れっ子漫画家として大好きな漫画を描き続ける。

『くだらない夢』だと根っから否定した母に鼻高々にして家を出るはずだった。


なのに、現実はそう上手くいくわけもなく…、


約束の期限が差し迫ってきているのに、未だ閉ざされた壁を必死になって

よじ登ろうと もがいている。


そして、もう逃げ場がないところまで刻々と確実にタイムリミットは

迫って来ていたのだーーー。


進路も決まっていないのに、私はこれからどうすればいいのだろうか……。



 屋上から眺める青空を仰ぎ、12月だとは思えないほどに浴びる風はやけに

暖かく、青空に浮かぶ白雲は流れるように自由に泳いでいた。

私もあんな風に自由に泳げたら、どんなに気持ちいいだろうか。


何もかも捨てて自由に生きられたら、人生やり直せるのかなあ……


そんな勇気も度胸もないくせに、あと一歩が踏み出せない、、、


このままいけば おそらく私の人生は母の言う通り決められたレールの上を呆然と

進んで行くだけだ。平凡で何の刺激もないまま歳をとり、いつの間にかそんな

毎日に満足している。



そして、その時、私はきっとこう思うだろう……。


『あの時、もしも漫画家をあきらめなかったら、今頃、私はどんな人生を歩んで

いたのだろう…』


季節ときの流れが経てば経つほど、その事が現実となり、多分、後悔だけが

心の片隅に残っている。


この先の人生なんて何一つわからないし、5年後、10年後、私がどんな人生を

歩んでいるのかなんて、予想もできないけど、このまま何も変わらなければ

私は現状維持のままで『まあ、いいか』で楽な方へと逃げている。


恋や青春。夢も(はかな)く散り、みんなと弾けた思い出さえも何一つも

心に残らず、高校生活もあっけなく幕を閉じるだろう――――――——。


でも、後悔だけはしたくないーーー。

そう思っているのに、何をどうすればいいのか、もうわかんないよ、、、。



お願い……

誰か、私をここから救い出して、、、

心が締め付けられるようにギシギシと痛む。

屋上を囲むフェンスに顔を伏せて、一人立ち竦む。

俯く視線の先には灰色のコンクリート地面がぼんやりと映っていた。


ガタンーーー。


屋上のドアが開き、近づいてくる足音にさえ気づかず、ただ、この時の私は

これからの人生をどう生きていこうかと、曇ったままの思考回路でフル回転

させても答えを見つけることができなくて、必死にジタバタしているだけだった。


「お前らしくねーじゃん」

隣で聞こえたハルの声にふと、顔を上げる。

「ハル……」

見上げた視線の先に景色を眺めるハルの横顔が映る。

「今更、なにジタバタもがいてんの? 那波や会長と張りあってどうすんだよ」

そう言って、ハルはこっちに視線を向けて優しい眼差しで笑う。

「だって……。進路が決まってる2人が羨ましいんだもん。しょうがないじゃん」

だけど、私はいつだって そんな 可愛げもない言葉しか出てこない。

「お前の夢は大学に行くことか? それとも、普通に就職すること?」

「ちがうよ……」

「じゃ、何?」

「漫画家だよ。漫画家になって東京に上京したい」

それは私の中で明確であり、日に日にその想いは強くなっていた。

でも、私には才能がないーーー。どんなに努力しても結果が全てだと

思い知らされた。面白くていい作品だと思っても結果を出さなきゃ

意味なんてない。

「ーーーそれに、お母さんとの約束もあるし……結局、私は茶畑を継ぐ

運命にあるんだよ」

「お前って、意外と素直なんだ」

「え?」

「だって、そうじゃん。父さんに期待されて茶畑継がなきゃいけないって

思ってさ、一人で考えて頭回らなくなって、落ち込んでたら世話ねーつうの」

「だいたいね、ハルがいいかげんだから悪いんじゃん…。全部、その……」

「何? 言いたいことあるんだろ? 全部、言えよ。聞くから」

「ハルは長男だしさ、ハルが茶畑継げばいいじゃん!!」

思わず声を大きく張り上げた。心に溜まっていたウップンを吐き出した。

それに、私に期待されても重いだけだ。

「ごめんな、アオ…。やっぱ、俺のせいだよな?」

不意に頭をグシャって撫でられてドキッとした。

恋愛経験もなく、しかも男の子に頭を撫でられるなんて漫画の世界だけだと

思っていた私は意外に逞しい手指の骨格にハルも男の子だったんだなあ…と、

今まで感じた事のない感覚にハルの新しい顔を見た気がして、何だか

くすぐったい違和感を感じた。

「もう、髪が乱れるから」

普段の私はボサボサの髪で少々 寝癖があっても平気な顔をして学校に行っていた

くせに、咄嗟にハルの手を払いのけた。イタズラに笑う顔が余裕丸出しで、余計に

腹立つが憎めない奴だ。

「ねぇ、ハルの夢って何?」

面と向かって改めて聞くのは初めてかもしれない。

「俺の夢?」

「うん。ずっと、一緒にいたけど聞いたことなかったと思って…」

「俺は単純よ。好きな子の夢を一緒に応援することが、今、俺が一番、

やりたいことかな…」

ハルって意外と単純かも……。

「え、ハルって好きな子いたの?」

……っていうか、ハルに好きな子がいたなんて知らなかったーーー。

何でも話せる唯一の異性だと思ってたけど、ハルも心の中では色々と悩んだり

考えたりしてたんだ。

「ねぇ、誰よ? 同じ学校の子?」

「まだナイショ」

「チェッ……ケチだな……」

「お前にもきっといると思うよ」

「え?」

「走り出したら止まらなくなるほど追いかけずにはいられなくなるような……

そんな人が……」

「それって運命の人ってこと?」

ハルはそんな人と巡り会えたんだ。ちょっと、羨ましいかも……。

「運命とは…ちょっと違うけど……。でも、瞬きするのを忘れるくらい

夢中になれる相手かな。彼女を見ているだけで幸せなんだわ、俺(笑)」

ハルはほっこりとした笑みを浮べて笑う。

「……」

少年の笑顔だーーー。

その優しい眼差しで爽やかに微笑むハルの笑顔を一瞬、呆然と見惚れていた。


ハルは女子達の間でもちょっとした人気がある。


ハルに言うと、すぐその気になって天狗になるから、あえて私は言っていない。

それどころか真逆の言葉でネチネチと追い詰めて、ネガティブ思考の言動しか

できない私はまるであまのじゃくと同じだ。


(こりゃ、バレたら怒られるかも……)


でも、ハルのことだから私がワザワザ言わなくても気づいてると思いうし、

それに何度も女子から告白されているとこを見たことあるし、まあ…ハルは

その度に断っていたけど……。


きっとハルは追いかけたくなるような子に巡り合えたんだね。


「ハル……よかったね。私、ハルのこと応援するから」

「そりゃ、どうも……ってか、俺の事よりまず自分の事を考えろよ」

「うん…そうだけど……」

「お前らしく、残りの高校生活を楽しめばいいんじゃねぇ?」

「ハルは余裕だね……」

「お前には俺が余裕に見えるの? そうでもないけど……」

「え……」

「だって、もったいないじゃん。高校生活なんてたった一度きりなんだよ。

青春は今しかできないってこと。悩んだって前には進めないだろ?」

「うん……」

「アオはアオのやりたいことを貫き通せばいいんだよ。単純なことじゃん」

「ハルーーー」


なんだか、体が軽くなった。ふわっと、雲の上にいるみたいだ。


先の事なんてわかんない。卒業後、私がどんな道に進んでいるのかなんて

わかんないけど、最後まで自分がやりたいことをやり抜き通す。


夢はあきらめたら その時点で終わりだーーー。


でも、自分自身で終止符を打たなかったら……心があきらめなかったら

この青空に浮かぶ白雲と同じように形が変わっていったとしても、

夢は永遠に続いていくーーー。


そして、違う夢を見つけていけるはずだと思うーーーーー。


夢とか人の想いには賞味期限なんてないーーー


もしも賞味期限があるとすれば、その時は私が創作活動を止めた時だと思う。


「ハル、ありがとね。ちょっと楽になったかも……」

酸素が通い始めたみたいだ。ちゃんと息ができるーーー。


「アオ、教室、戻ろうか……」

差し出すハルの手を取る。

「もう、授業始まってるね」

「授業サボって屋上にいたことも、きっと何年後かには青春の中のメモリアルとして

残ってんじゃね?」

「かもねー(笑)」

「アオ…」

「ん……?」

「もしも、卒業後、お前が漫画家デビューできなかった時はーーーー」

「……え!?」


耳元でハルが囁く―――ーーー。



ハルの吐息がほんのり温かくて、そっちにばっかり気に取られていて、あまりよく聞こえなかったーーー。


でも、ハルの言葉が心の中にずっと染みついていたのはは確かなことだった。


残響のように頭の中でぐるぐると回っている。


握ったハルの手は温かくて優しく私を包んでくれていた。

ハルの横顔に呆然と見惚れる私の頬はきっと薄紅色に火照っているだろう。

だけど、この感情は『恋』とか『好き』とかそんな感情ではない。

心拍数が上昇しているのはハルの意外な行動に驚いているだけで、

しかも、この至近距離じゃ……。女の子なら誰だって、ぽわっ…と、頬も赤くなるし

動揺もするだろう……。

だから、決して恋愛感情ではない。


『もしも、卒業後、お前が漫画家デビューできなかった時はーーーーー』


『ーーー俺がお前を東京へ連れて行くーーー。一緒に上京しようぜ』


その言葉の隠された本当の意味を知る予知もなく、とにかく私はただハルの言葉が嬉しくて、解放された涙腺が緩む事を我慢するのが精一杯だった。


ハル‥‥‥


そして、この時の私はこれから実行しようと

しているハルの計画にさえ全く気づいて

いなかったのだったーーー。











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