61話︰ソラだよ〜、清十郎だ
秘密基地内にある清十郎の部屋の縁側。
そこは唯衣によって、気温や天気、日照時間までもが設定されていた。
寒くもなく、暑くもなく陽に当たることも出来れば、日陰に移ることも出来る。
周りに仲間達がおらず、静かなこともソラ的にポイントが高かった。
ソラはこの場所を甚く気に入っていた。何だったら縁側はもう自分の縄張りだとすら思っている。
『(ソラくん、戦いの準備をしてください)』
今日もお気に入りの日向ぼっこをしていると唯衣ママから念話が届く。
心地よく瞼が重いが唯衣ママの指示を無視する訳にはいかない。
清十郎の二の舞いはごめんだ。
清十郎は何をしたのか分からないが下手をしたらしく、唯衣ママとモコ姉ちゃんに叱られた後、1日中震えていた。
よっぽど、怖い目にあったんだと思う。
それを思うと寝ている訳にはいかないと日向ぼっこがまだ足りない躰を伸ばしながら指示を待つ。
『ソラくん、今から転移するので目の前の敵を倒してね』
ウォン!(わかった!)
視界が一転するとそこは縁側とは正反対なコンクリートに囲まれた室内。
自然との調和を全く感じない空間はソラの好みに合わない。
『ソラくん、目の前にいる者が敵だよ』
ウォン?(あれを倒せば良いの?)
『そうよ、目の前にいるのは颯夜パパの敵』
ウォン!?(颯夜パパの敵!?)
普段の性格はおっとりとしていて、マイペースなソラは颯夜や唯衣、颯夜の母親と父親にも可愛がられ、よく櫛で梳かれている。
特に自分が甘えたい時に甘えさせてくれる颯夜のことがソラは大好きだった。
そんなソラの毛並みは常にサラサラのフワフワだ。
そのソラの毛並みが颯夜パパの敵と聞いて、一瞬で逆立つ。それは戦闘形態に移行した現れだった。
『上手に倒せたらソラくんの為に縁側を増やしても良いって颯夜パパが言ってたわよ』
そして、唯衣ママのひと言がソラに発破を掛ける。
ソラは戸惑う敵に構うこともなく、口に全魔力を集中させる。
この技は颯夜がソラだけに教えた特別な技。
颯夜はソラに内緒だぞと言ったが当然、唯衣は知っている。
口に集まる魔力は集約と収束とを繰り返す。その度に魔力の光は強まっていく。
ソラの属性は光。
極限まで圧縮された光の魔力は太陽かと思わせる輝きを放ちながら全てのものを消し去ろうとする。
闇ギルドの幹部の男はその光景をただただ見ているしかなかった。
それもそのはず、男は力ではなく頭とゴマすりを使って幹部にまでのし上がったのだ。
目の前の光景に身体は震え、膝は初心者が初めてスラックラインに立った時のように激しく揺れていた。
ウオォーン!!(収束ロマン砲!!)
ソラが放った収束ロマン砲は男を一瞬で消し去り、ダンジョンの壁すらもいとも容易く貫通していく。
その光はどこまで続いたのか。ダンジョンの壁に大穴を開けたソラは風通しが良くなったと満足そうだった。
後日、その光は他県でも確認出来たという。
『ソラくん、お疲れ様。縁側に転移させるからまた日向ぼっこしててね』
ウォン!(はーい!)
▼
清十郎は敵の幹部と相対していた。相手の獲物は脇差しと同じ長さの刃物。(短剣です)
その獲物を逆手に持ち、構える男を見て清十郎は忍だと当たりをつける。
「其方、忍の者か」
「はぁ?何でお前に職業を言わなきゃならねぇんだ!」
忍だと当たりをつけたのに秘密裏に活動するにはそぐわない言動に清十郎は眉を顰める。
「そのような態度で隠密活動が務まるのか?」
「さっきからごちゃごちゃと訳わかんねぇこと抜かしてんじゃねぇぞ!コラァ!」
自己主張の強い言葉使い。まるで隠そうともしない気配。その男からは影に忍ぶ者の心得を感じなかった。
忍の心得といえば、冷静沈着な精神力(不動心)、任務遂行への強い意志(仁・義・忠・信)、「忍」の字の如く「耐え忍ぶ」精神、そして世界的に人気な某有名忍者漫画を心のバイブルとして重んじ心身の鍛錬を積み重ねた生き方。
だがこの男からはどれも感じない。それともこれは自分を惑わす為の演技なのか…。清十郎は本気で考えていた。
「まあいい、我に求められていることは敵を始末すること。敵の内情を詮索するは奥方様と御館様の領分」
細かい事を考えるのを放棄した清十郎は大鬼の金棒を構える。
「言葉は扱えるが言ってる事がわかんねぇところは所詮はモンスターと言ったところか!それともお前のご主人様の教え方が悪いんじゃないのか!」
男の言葉が清十郎の怒髪天をつく。
「・・・貴様。言って良いことと悪いことの区別もつかぬ愚か者か」
赤黒い闘気が清十郎を包み、猛獣を思わせる瞳が紅く染まる。
そして、清十郎の姿も変化する。
元々、鍛えられた身体は筋肉が膨れ上がり、身長すらも伸びて背丈は3メートルほどに。
額の左右にあった角も太く長くなり、より禍々しさが増す。
これが清十郎の奥の手、鬼神化である。
また、鬼神化したことにより、清十郎はその身に鬼神覇気を纏う。
「あ、悪鬼!?」
幹部の男が言うように清十郎の見た目はまさに物語などによく出てくる鬼そのもの。
「貴様は知らぬようだから教えてやる」
狂気に満ちた眼光、一段と低くなった清十郎の声は男の肝を潰すのに充分だった。
空間に収まり切らない狂気の圧力が男を威圧する。
「ひぃ、ひぃ〜」
ズシンッ!ズシンッ!ズシンッ!
清十郎が一歩を踏み出す度にその重量でビルの床が悲鳴を上げる。
「く、くるなぁ〜!」
「我が主たる奥方様、御館様は混沌を司る神。あの方々を愚弄する者は万死に値する!」
鬼の形相をする清十郎が持つ大鬼の金棒が共鳴し巨大化する。
巨大化した大鬼の金棒は訓練室の天井を突き破り、建物を破壊しながら振り下ろされる。
「鬼神剛力無双撃!!」
「や、やめ・・・」
ドゴォォォン!!!
その威力は訓練室の床を破壊するに留まらず、その下の階もまたその下の階をも破壊する。
そして、清十郎も自身の攻撃で足場をも壊した反動で階下へと落下していくのであった。
普段はおっとりマイペースなソラだけどやる時はやる子なんです。
清十郎の鬼神化はまだ短時間のみ。




