60話︰いったい何者
「さあ、殺し合おう!あの時の続きだ」
言い切ると同時に陣内陽輝の身体から圧倒的な闘気が溢れ出す。
その圧力に押されて、幹部連中達は動くことが出来ないでいた。
「な、何をしているお前達!さっさとこいつらを片付けろぉ!!」
ダンジョンマスター黒腹の言葉で幹部が動くよりも早く、唯衣が先手を取る。
『(颯夜、ここでは乱戦になって戦い辛いので個別に戦いやすい場所に転移させます)』
唯衣の言葉を理解するよりも早く、陣内陽輝とダンジョンマスター黒腹の姿がフッと消えてなくなる。
そして、幹部連中も一人また一人と姿を消していき、モコも転移させられ部屋に残るのは唯衣と俺、幹部の2人だけとなった。
「な、何をした貴様ら!?」
『これから死に逝く者に言っても意味はないでしょ?』
マスクで顔が隠れているとはいえ、美少女の雰囲気を持つ唯衣が言うとなんとも言えない恐ろしさがある。
それは幹部2人も思ったのか二の句を告げられずにいた。
『(颯夜、私もこれから1人を連れて転移するからその後は「あれ」を使ってね)』
それだけ言うと唯衣も転移で消えていった。取り残された俺とテイマーと思われる男は無言で見つめ合っていた。
「お前達はいったい何者だ?」
最近、どこかで聞いたようなフレーズだ。
「さっきの女の子の言葉を聞いていなかったのか?死に逝く運命のお前に言ったところで無駄だろ」
「・・・ちっ!」
俺は二番煎じの台詞を放つと王威を発動して、今話の最後の台詞を言う。
「さあ、見せてもらおうか。貴様の最期を」
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「な、なんだ!?一体何が起こったんだ」
颯夜達がダンジョンマスターの部屋に転移し、1番最初に叫んだ男はビルダンジョン内にある訓練室に自分がいることに気付いた。
「・・・ここは訓練室か」
男は今日行われる予定だった取り引きの打ち合わせの為にボスがいる部屋で他の幹部達と話し合いをしている途中だった。
そこに突然、謎の集団が現れボスが陣内陽輝と叫び、その伝説と呼ばれる脅威を目の当たりにして、身体が竦み恐怖する。
自分達が敵に回した相手の強大さに今更ながら気付かされていたのだ。
ケンカを売ってはいけない相手に売ってしまったと、どうして訓練室に跳ばされたのか分からないが自分はボスの部屋に今から戻るべきか躊躇していると訓練室に変化が起きる。
訓練室の中央に見たことがない魔法陣が現れ、そこからは背丈2メートルを超える鬼人が現れる。
「しかと承りました。奥方様」
鬼人は何かを呟くとその人間とは違う獰猛な猛獣に近いと思わせる鋭い瞳で男を見据えてくる。
時代錯誤を思わせるその風体。一撃でも食らえば死を連想させる大金棒。
どういう理屈かは解らないが自分はこの鬼人と戦わなければならないと本能が訴えていた。
「我は最近、影が薄くてな…。奥方様から授けられたこの機会は挽回するのに売ってつけなのだ。だからお主には悪いがここで死んでもらう!」
それだけ言い切る清十郎の顔には凶悪な牙が覗き見えた。
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闇ギルドの幹部の1人である男はこの日、退屈な取り引きを前にして煩わしいと感じていた。
それは自分が幹部とはいえ、これまで戦闘を主に生業として実力で今の地位を築いたという自負があったからだ。
それなのに今日、行われる探索者協会との取り引きは一方的に終わると予想されていた。
なぜならこちらには探索者協会の会長の孫が人質としていることが楽観的な思考へと誘っていたのだ。
他の幹部連中は自分達に有利な取り引きだと思い込み、少しでも点を稼ごうとボスに取り引きは自分に任せてくれと売り込んでいる。
そんな同僚に嫌気が差しながらくだらないマウントの取り合いや相手を見下す奴らを見て、うんざりしていた。
だがそんな退屈な時間は唐突に終わりを告げる。
通常、幹部しか入れないボスの部屋に謎の集団が現れる。
その中でもひとり。1番歳を重ねていると思われる奴が前に出た瞬間、ボスが驚愕の叫びを上げ、その名を聞いて俺は武者震いした。
前に出てきた男はかの有名な陣内陽輝。
生ける伝説だ。そして、闇ギルドに関わる者なら誰もが恐れ対峙したくないと考える男だった。
「さあ、殺し合おう」
だがそう言う陣内陽輝の目に自分は写っていなかった。そのことが男の矜持を酷く傷つける。
陣内陽輝を振り向かせてみせる。いや、振り向かせるだけでは足りない。
この俺を無視したことを後悔させてやる。
そう決意した男の視界は一転し、ビルダンジョン内にいくつもある訓練室のひとつへと替わっていた。
グゥルルルゥ!
背後から聞こえた獣の唸り声に咄嗟に振り返り距離を取る。
そこには気品に溢れ、余裕の態度をとる漆黒の狼が座っていた。
唸り声を聞くまで自分は気付けなかった。不意打ちされていれば、負けていたかもしれない。
なのに攻撃を仕掛ける訳でもなく、余裕を見せる態度が男の逆鱗に触れる。
「貴様もかぁ!獣の分際で!俺を舐めるなぁ!」
訓練室に怒声が響くがモコはどこ吹く風といった具合に腰を上げて、男を見定める。
ガァルルゥ!(大したことないわね!)
モコは鼻で男を笑うとスイッチが切り替わるように雰囲気が激変する。
「っ!?」
そこにいるのは颯夜から可愛い可愛いと撫でられているモコではない。
世界に混沌を振り撒く、迷宮喰いの相棒。
混沌を纏いし漆黒の獣だった。
バトルパート突入!




