36話︰君の名は
「さあ、夏休みについて話し合おう!」
微妙な空気を断ち切る為に声を張上げる。
『マスター、それより私に名前を下さい。』
「わかった」
俺の頑張りを断ち切って、ここまで粘られては観念して名前を考える。
「唯衣はどうだ?」
この名前に意味はない。思いつきと単に響きと呼びやすいかなと思ったからだ。
『唯衣・・・マスター、ありがとうございます。これからは唯衣ちゃんって呼んでくださいね』
「良かったわね!唯衣ちゃん!」
『はい!』
余程嬉しかったのか、スキップしながら俺が座るソファーの周りを回り出す。なんの儀式だ?
その光景を両親は優しい目で見ているが不意に口を開く。
「颯夜、もっと早く名前付けてあげなきゃ駄目よ」
「そうだぞ、颯夜」
唯衣の愛らしい行動を見て、両親は完全に絆された気がする。
そもそも今では姿があるがちょっと前までは声だけだったんだよ。それだけで名前を付けろとか難易度高いわ。
唯衣は気が済んだのかなぜか俺の隣に座る。そして、当然のように俺は緊張で身体が固くなる。
だってね、唯衣の見た目って夜な夜なのあの人なんだよ。
男子高校生が耐えれるのかって・・・無理だろ。
「颯夜、緊張してないで早く予定を聞かせない」
完全に俺を見て、楽しんでいる母親に苛つく。
『マスター、予定ですがひとつ提案があります。』
こんな近くに居られては唯衣を直視出来そうにないので前を向いたまま聞く。
「なんだ」
「ふふふ」「くっくっく」
マジ、両親が苛つくんですけどぉ!
『この場所から程近いダンジョンで氾濫の予兆があります。マスターの能力にはうってつけだと思います。また、大幅にレベルを上げるチャンスです。』
唯衣の言う通り、俺の戦闘スタイルは待ち構えてこそ冴えるカウンタータイプ。しかも、無敵と思える秘密基地まである。
正直、氾濫なんてニュースで見た事があるくらいで実際に経験したことはない。
だが唯衣が勧めて、今まで悪い方向に行ったことがないこと、レベルが上げられることを考えるとやってみる価値はあると思える。
「解った!そこに行く。氾濫までどれくらいの猶予があるんだ?」
『はい、およそ2日です。』
「善は急げだ」
こうして、夏休み一発目の予定が急遽決まり、移動することなった。
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目的のダンジョンは県を跨いだ、富山県の端にある。
そこは道路など通っていない山の中にあり、自然の中を徒歩で移動するには時間が掛かり過ぎるので今回も影移動で進む。
ポツンと◯◯家もビックリなまさに秘境だ。
強行軍で移動に費やすこと1日。目的のダンジョンに辿り着いた。
山肌にポッカリと口を開いた洞窟型ダンジョン。
周辺は氾濫の予兆を感じて、逃げ出したのか生物の気配を全く感じない。
また洞窟型ダンジョンかよと思う反面、今のところ1番罠術が活用できるのが洞窟型でもある。
型にハマれば、強いビルドと言えるが・・・ダンジョン特化ビルドとでも名乗ろうかな。
有名漫画で例えるなら具現化系能力者になるのかな?
『マスター、時間もあまりないので進みませんか』
しょうもないことを考えていると頭に唯衣の声が響く。
言い忘れていたが秘密基地が2個目のダンジョンコアを吸収したことでレベルは最大になっている。
レベル最大になったことで補助強化機能というものが増えて、ベースAI先生が唯衣になり、秘密基地外でも会話が出来るようになった。
ちなみに唯衣自体も秘密基地の外に出れるようになったが外での活動限界は3分と言っていた。
どこのヒーローだよ…。
『そのヒーローのことは学習しましたので姿を変えることは可能ですよ』
はい!ならなくて大丈夫です。くれぐれもなったら不味いので気をつけて!
『マスター、それはフリというやつですか?』
説明の途中なのでちょっと、黙ってて下さい。
これが今の秘密基地の現状だ。
秘密基地の機能
・ダンジョン地図
・透過機能
・転移機能 (20ヶ所まで)
・図書機能
・生成機能
・拡張機能
・購買機能 (5倍〜500倍高)
・合成機能
・治療機能 (回復カプセル×1)
・補助強化機能
こんな感じで俺自身も罠術のレベルが上がり、ギロチンが追加された。
なんともまた使いどころに困りそうな罠だが使い熟してみせる。
説明しながらダンジョンの中を歩いているがモンスターが見当たらない。
まるで津波がくる前に潮が引く現象に似ている。
『マスター、このダンジョンの規模が判明しました。地下40階層、保有魔力量は約一億DP。推定されるモンスター発生数は約30万匹です。』
「・・・」
唯衣がまたとんでもないことをサラッと言った気がした。
「まず、どうやって調べたんですか?」
『このダンジョンにハッキングしただけです。』
新事実発覚!!ダンジョンはハッキング出来る!
『マスター、一応言っておきますがハッキング出来るのは私だけです。』ひょっこり。
このセリフを言うだけにわざわざ秘密基地から顔を出して、グーサインしなくても大丈夫です。
「それも秘密基地のレベルが上がった影響なんだよね・・・」
『そうです、マスター。』
他にも聞きたいことはあったけど、なんかもういいや・・・開き直ろう。
「迎え討つのに適した場所はあるか?」
『はい、案内します。』
案内に従い進んだ先はダンジョンの入り口から然程離れていない、幾重もの通路がひとつにまとまり合流する場所。
モンスターは必ずこの道を通らなくては外に出れない場所だ。
『マスター、氾濫が始まりました。第1波の到着までおよそ1時間半です。数はおよそ5万ほどです。』
知らせを聞き、罠の設置位置を考える。今回は一度の発動では消えない永続発動方式にする。
そして、ステータスポイントが530ポイントあるので270ポイントを消費して、罠術のレベルを10にした。
これで罠の設置数は最大で20個になり、地雷の罠も覚えた。。
なのでフルに活用して罠を連動させ、最小努力で最大効果を狙う算段だ。
合流地点から見える通路は4つ。どれも幅3メートル、高さも3メートル程。
まずはそれぞれの通路の出口から奥に10メートルの位置に新登場の地雷を仕掛ける。
その地雷の位置から1メートルほど距離を開けて、落とし穴を仕掛ける。
落とし穴のサイズは縦3×横3メートル。深さは5メートルが限界だったので限界まで深くした。これで罠8個。
地雷、落とし穴の次にトラバサミを並ぶように仕掛ける。これで罠の数は計12個。
トラバサミの次に槍の罠をこれも並ぶように仕掛ける。これで罠の数は計16個。
槍の罠に続けて、こちらも新登場のギロチンを設置する。これで設置できる数は尽きた。
だがこれではまだ甘いと考える。
なので最後に仕掛けたギロチンから通路の出口までスパイダーネット(斬)を張れるだけ張り巡らせていく。
「よしっ!」
これでも足りなければ、毒魔法の出番だ。モコも居るし、両親もなんだがやる気になっていたので何とかなるだろう。
最悪、秘密基地に逃げれば問題ないからね。
迎え討つ準備が出来た俺は今のうちに腹ごしらえをする為に秘密基地へと戻るのであった。
後にこの戦いが元で颯夜はとんでもない厨二奥義を生み出す切っ掛けになるのだがそれはまだ先の話だ。




