32話︰大いなる勘違い
岐阜県奥飛騨にある天然岩のダンジョン。そこの地下10階以降にはミノタウロスが現れる。
俺は今、その地下10階フロアボスの扉の前にいる。
これまで幾千幾度もフロアボスには挑んできた。すみません、見栄張って鯖読みました。はい、3回だけです。
だけど、目の前にある扉はどの扉よりも重厚な造りになっていた。
その造りはひと言でいって、ただならぬ雰囲気。
少し前の俺なら尻込みして、ひとまず挑むのはやめていただろう。だが今の俺は違う。
俺には心強い相棒のモコがいる。何より、正攻法以外なら誰にも負けないと自負する秘密基地がある。
あれ?カッコよく言ったつもりだったけど、情けなく聞こえるのは気のせいか?
隣を見れば、モコが早く牛肉ステーキ食べたいから早くしろと言っている。
ワゥウン!(ちょっと、アタシを食いしん坊みたいに言わないで!)
俺はモコに急かされるように重い扉を押し開く。
フロアボス戦ということでいつもの戦法でいく。自分、外法使いなんで・・・。
フロアボスはベースAI先生の考察からミノタウロスと判明している。
黒い靄が発生し、一箇所に集まる。今回も盤石の布陣を敷くべく、罠を設置しようとするが黒い靄の塊が大きい。言い直そう、馬鹿でかい…。
黒い靄は俺の背丈をゆうに超えて、どこまで成長するのか口を開けて見上げてしまう。
下手したら、天井まで届くのではと思った黒い靄はビルの3階から4階に相当する約10メートルほどの高さで止まり、弾けるように吹き飛ぶと巨人と見間違うモンスターが出現する。
ブモモォォオオォーー!!!
鼓膜が破れるほどの咆哮、急いで手で耳を塞ぐが振動が空間を激しく揺らすのを身体で感じた。
その姿は牛の頭に王冠を被り、肉体は荒縄を何重にも重ねたような筋肉に覆われ、面積の少ない鎧は絶対たる自負を現し、下半身は正に闘牛を彷彿とさせ、蹄は力強く大地を踏み締め、地面に亀裂が入る。
手には断ち切れないものはないのではと思う程、極大なハルバートが握られていた。
軽く振るだけで部屋の端から5分の1にまで届くと思われる攻撃範囲、ハルバートから生まれる風圧が突風となり、立っているのもやっとだ。
『マスター、お逃げ下さい。牛魔帝はランクSSのモンスターです。』
ベースAI先生の声は秘密基地内に虚しく響く。
その威圧感、存在感はまるで今まで見たモンスターとはかけ離れており、まるで別次元の生物、未知なる脅威が体現したかのようだった。
「こ、これがミノタウロス・・・すげぇ」
勘違いである。絶対にしたら駄目な大いなる勘違いである。
《不屈の精神が発動しました。》
この世界にダンジョンが発生してから約50年。その間、名前に王を冠するモンスターが観測されたのは僅かに4度のみ。
いずれも国や大都市が壊滅もしくは消滅し、未だ一体も討伐には至っていない。
各国、探索者協会はそのモンスター4体を災害級と定め、戦うことは愚か半径5km以内に近付くことさえ禁じた。
それほどまでに災害級に指定されたモンスターは圧倒的な戦闘能力を有しており、人類にとって脅威以外の何ものでもなかった為、刺激して被害が広がらないようにと名目を立てた。
実際は自分たちに災害が降り掛からないようにしただけなのだが…。
なのに颯夜は自分でいうところの主人公補正で災害級を引き当ててしまった。不運なことに・・・。
過去に出会ったモンスターの中でもこいつは圧倒的なほどの別格なのはひと目で解った。そんな相手に出会ったら普通なら撤退するだろう。
それでも不思議と今までと比べものにならない程の力が自分の中から湧き上がるのを感じ、やる気に満ちていた。
不屈の精神、窮地に陥れば陥るほど能力が上昇する効果が颯夜をフルスピードで強化していく。
言い換えれば、それほどまでに実力差があった。
「モコ!影の中から攻めろ!無理はするな!」
ウォン!
立ち向かう姿勢を見せる颯夜を見て、牛魔帝はかかって来いと言わんばに不敵に笑う。
先制攻撃は俺。前脚の2本に向かって、トラバサミを設置発動させる。
ガッ!ガッ!
トラバサミは蹄に僅かに食い込むが硬質な音を上げるだけで脚に届かず、トラバサミの口が締まり切らない。
クラシックなトラバサミでは通じない気はしていたので次の手を打つ。
「槍の罠!×2」
ガッ!ガッ!
やはり蹄は硬く、貫くことは愚か槍の矛すら確認出来なかった。
めげることなく、次の手を打つ。
「スパイダーネット(斬)!×2」
回り込みながら放ったスパイダーネットは下半身の胴体に当たるが表面の皮に傷をつけるだけでダメージはない。
寧ろ胴体には蜘蛛の巣柄の模様が出来て、刈り込みを入れたようでより厳つく見える。
影に潜ったモコも影魔導のシャドウスパイクを発動。
後ろ脚のくるぶし辺りに尖端が僅かに刺さるが牛魔帝は小枝など気にならないといった感じで微動だにしない。
俺達が攻め倦ねいていると牛魔帝が口を開く。
「もう終わりか・・・つまらぬ」
まさかモンスターが喋るなど、露ほども思っていなかった俺は目ん玉が飛び出るくらいビックリする。
「ならば我がハルバートの一撃、受けてみよ!」
ハルバートを両手で上段に構えるとゆうに高さ15メートルを越え、天井に当たるのではと思える高さから俺目掛けて、振り下ろす。
咄嗟に蜘蛛の糸を部屋の壁に貼り付け、力の限り引きつつ横に全力で移動する。
ドゴォォーン!
俺が居た場所は爆発が起こったようにクレーターが出来上がり、同時に衝撃で礫が飛散する。
何とか横に移動したことで直撃は避けたが背中に大量の礫を受け、肺の空気が強制的に出された。
「ぐっはっ!?」
《不屈の精神の効果が上限に達しました。》
《限界突破が発動。不屈の精神の効果上限を突破します。》
「ふむ、避けたか・・・」
背後からの衝撃で前のめりに倒れた俺は痛む背中を無視して、立ち上がる。
口の中には鉄の味が広がり、どこか分からないが出血している状況を伝える。
「まだ、立てるか…ならばっ!」
次は俺のターンって言いたいが背中が痛くて言えない。そして、奴のターンは終わらない。
牛魔帝の後方ではモコが心配そうに俺を見つめている。
「モコ、隠れてろぉ!」
大声を出すだけで肺が痛む。
牛魔帝はハルバートを横向きに構えると薙ぎ払うように大振りする。
「くそがぁ!」
痛む背中のせいで上手く動けず、大声で肺が痛もうが悪態をつかずにはおれず、スパイダーストリングに頼る。
真上の天井に向けて、発射し天井に張り付いた瞬間に収束するイメージをすれば、上に向かって俺の身体が急速に浮き上がる。
ぶっつけ本番だったが上手くいって良かった。
「うおぉぉ!?」
牛魔帝が繰り出したハルバートの風圧で空中にいた俺は錐揉み状態になる。
一難去ってまた一難。それでも無様に天井付近へとなんとか辿り着く。
牛魔帝は興が乗ってきたのか今度はハルバートを連続で振り回してくる。
ブゥン!ブゥン!ブゥン!
「俺のターンはまだかよっ!くそっ!」
悪態を吐きつつ、俺も次から次へとスパイダーストリングを天井に放ち、ギリギリで空中を移動していく。
この時の俺はまさに某ヒーローの蜘蛛男のような動きだった。
『いいえ、マスター。某ヒーローというよりターザンでした。』ベースAI先生後日談
流石に空中では秘密基地を発動することも出来ず、死に物狂いでハルバートから逃げる俺は牛魔帝の死角を偶然見つける。
上から見なければ、気付くことはなかった。
「ちょこまかと!人間風情がぁ!」
振り回わされるハルバートをギリギリで避けて、死角に飛び込みたいが振り回されるハルバートはどんどんと速度を上げていく。
ブォン!ブォン!ブォン!
「しまったっ!?」
慣れない空中機動で俺と繋がっていたスパイダーストリングがハルバートに切られ、空中に投げ出される。
「その胴体!真っ二つにしてくれるわ!」
牛魔帝は俺に狙いを定めて、ハルバートを構える。
ウォォーン!!
俺の窮地を察したモコが影から飛び出し、牛魔帝に向かって決死の攻撃を仕掛ける。
「邪魔だっ!犬ごときがぁ!」
飛び掛かったモコは牛魔帝の片腕で振り払われ、壁に激突する。
キャーン!?
「モコォー!」




