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それから私は、お母さんやおばあちゃんに教わりながら家事を手伝ったり、シゼグや弟たちに村やその周辺を案内してもらったり、時にはシゼグに村の若者たちの集いに連れていってもらったりして、毎日を楽しく過ごした。
大して役にはたたなかったけれど、シゼグに連れられて畑に行って、ちょっとだけ畑仕事も手伝った。本当は、私に畑仕事を手伝ってもらいたかったんじゃなくて、自慢の畑や、そこで自分が働く姿を私に見せてくれたかっただけみたい。
丹精こめた畑の土やジャガイモを、誇りを持ってとつとつと語るシゼグは、地に足の着いた自信に満ちて男らしく、ちょっとカッコよかった。――不細工だけど。
シゼグと二人で、おばあちゃんが作ってくれたお弁当を持って、山にきのこ採りにも行った。畑仕事と同様、きのこ採りは半分は口実で、本当は、シゼグと二人きりのピクニックみたいなものだった。大半の時間を、シゼグに景色のいいところを案内してもらったり、二人で草の上に並んで座ってお弁当を食べながらおしゃべりしたりして、それでも、一応、きのこや木の実をカゴいっぱい採って帰った。
きのこ採りも木の実集めも、楽しかった。
それはたぶん、シゼグと一緒だったから。
シゼグは、本当にいい人だ。――不細工だけど。
若者たちの集まりは、畑仕事が終わった夕方に開かれる。場所は、村で一軒だけの酒場<女神の杯>亭。シゼグの曾おじいちゃんの代からずっとあって、村の集会場的な役割も果たして親しまれている店なんだそうだ。
そこで、こないだの村全体での歓迎会の他に、若いものだけ集めた歓迎会を開くんだといって、シゼグは私を連れ出した。
大勢の若者や娘たちが好奇心丸出しで私を取り囲み、いろいろ質問攻めにした後は、もう昔からの友達であるかのようにいきなり普通に打ち解けて、これはいつも通りの仲間の集いで私もそこにいるのが当たり前だという風に、ごく普通に盛り上がり始めた。
私のそばに群がってこようとするとする若者たちはシゼグが蹴散らかしたので、そのうち、私のテーブルには女の子ばかり集まった。若者たちは、シゼグに引っ張っていかれた別のテーブルで、お酒を飲んでいる。
シゼグは大声で私との出会いを自慢して、みんなを羨ましがらせて得意になってるみたいだった。裸の私を見つけたというところでは、周りの若者たちが怒号に近い悲鳴を上げて、シゼグにとびかかって首を絞める真似をしたりしてる。
あの時は、この世界で目覚めたばかりで、心がまだ新しい姿や世界に適応してなかったから別に恥ずかしいとも思わなかったけど、今にして思えば、私、シゼグに裸見られてるのよね……。しかも、胸とかを隠しもしないで、シゼグの前にぼんやり突っ立ってたんだっけ。今さらながら、恥ずかしいかも。
男たちがテーブルからいなくなると、女の子たちは私に向って身を乗り出し、ひそひそと訊いてきた。
「ねえ、ねえ、テル、シゼグに口説かれたりしてない?」
みんなの目が爛々と輝いて、口元には押さえきれない微笑が漂っている。
ちょっと困って、両手に包んだ甘い香草茶のカップに目を落としたまま、
「えっ……別に……」と応えると、みんなは、予想通りだとか予想が外れたとか、賭けに勝ったとか負けたとか、ひとしきりきゃらきゃらとはしゃいでから、また声を潜めて、身を乗り出してきた。
「じゃあ、これから絶対口説かれるわよ! シゼグ、惚れっぽいから。しかも、面食いだから。あなたみたいな奇麗な子だったら、惚れないわけないから」
「ていうか、あれは絶対、もう惚れてるって!」
笑いを含んだ声で、ひそひそと囁いてくる。
「あなた、シゼグのこと、どう思う?」
「えっ……。いい人だなって……」
目を見交わして、おかしくてたまらないように吹き出す娘たち。
「そうよ、シゼグはいい人よ、ちょっと暴れん坊だけど」
「……えっ、暴れん坊なの?」
「あ、暴れるっていったって、女の子に手を上げたりはしないから大丈夫よ。あ、ほら、ああいうこと」
娘が差し示すほうを見ると、シゼグと隣の席の若者が、いきなり立ち上がって襟首を掴みあってい
た。
「なにを! やるか! よし、外に出ろ!」
「おおっ、やるぞ! 外に出ろ!」
あっけにとられているうちに、二人は憤然と酒場を出て行った。
他の若者たちは、全く気にせず、「おお、がんばれよ~」なんて笑いながら二人を見送って、わいわいがやがやと楽しげに飲み食いを続けている。
「ちょ、あれ……止めなくていいの?」
恐る恐る訊ねると、娘たちは爆笑した。
「大丈夫、大丈夫、いつものことだから!」
「でね、あなた絶対、そのうちシゼグに口説かれるけど、シゼグ、いい人だから、はっきり断れば潔く引くから。でも、鈍感で無神経だから、断る時は、ほんとにはっきり言わなきゃだめよ。あいまいに愛想笑いしながら言葉を濁したりしたら、絶対察してくれないで、ずいずい押してくるから」
「けっこう強引に何でも自分に都合良く解釈するから、ひっぱたかれるまで、迷惑がられてることに気がつかないわよ!」
みんなクスクス笑っている。きっと、この中の誰かが、それを経験したんだろうな。シゼグ、かわいそ……。
でも、シゼグは、確かに乱暴者なのかもしれないし、ちょっと粗野な感じではあるけれども、無神経なんかじゃないと思う。
私はまだ、シゼグと知り合って、みんなより短い時間しか経ってないけど、きっと、みんなよりシゼグのことをよく知っている。シゼグは、細やかな心配りが出来る人だ。
山を歩く時には、いつも歩調に気を配ってくれた。私が寒かったり疲れたりしていないか、いつも気にかけてくれて、畑では、何も知らない私に何でも親切に丁寧に教えてくれて、上手くできなくても役に立たなくても絶対怒ったりしなかった。
今日だって、私を村に馴染ませ、女の子の友達を作ってくれようとして、こうして、集まりに連れてきてみんなに紹介してくれ、女の子たちの中に混ざれるような状況をさりげなく整えてくれている。
今までの記憶もなく、誰一人知る人もいない世界に突然放り込まれた私を、シゼグは、さりげなさを装いながら、陰に日向になにくれとなく気遣いつづけてくれてきた。口調は粗野でも、態度はいつも優しかった。
それも、私が――自分で言うのもなんだけど――奇麗な女の子だから下心があって、というんじゃない。いや、下心もあるのかもしれないけど、それだけじゃない。たぶんシゼグは、私が女の子じゃなくても、奇麗じゃなくても、同じ境遇でシゼグと出会ったら、同じように優しくしてくれただろう。その人の境遇を思いやって、その心細さを想像して、何の打算もなく優しさで包み込んであげられる、そういう人よ。
そうよ、私のシゼグは、無神経なんかじゃない!
家族思いだし、働き者で親切で、いったいこんな良い人が本当に世の中にいていいんだろうか、何かの間違いじゃないかってくらい、いい人よ。――不細工だけど。
表から、シゼグが戻ってきた。
さっき喧嘩をしていたらしい相手と、何事も無かったように肩なんか組んで、笑いながら。
そうして、何事も無かったように食事に戻る。みんなも、何事も無かったように、元通り、二人を迎え入れている。
でも、二人とも、服破れてるし、髪の毛ぼさぼさだし、あちこちに擦り傷出来てる。
あ~あ、服破って、お母さんに叱られるよ。
そう、シゼグは、無神経じゃない。……でも、鈍感なのは確かかもしれない。
女の子の中で、一人、みんながシゼグを笑って盛り上がってる時に、困ったような顔をして、シゼグの姿をちらちらと恥ずかしそうに盗み見てた子がいた。
今も、戻ってきたシゼグを、こっそり目で追ってる。擦り傷を見て、心配そうにしてる。
あの視線に、シゼグはきっと、ぜんぜん気づいてない。