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 男は、シゼグと名乗った。近所に住む農夫であるらしい。歳は二十歳だそうだ。ヘタすると三十前くらいかと思ってた……。顔も体格もゴツいから老けて見えるけど、言われてみれば、笑った顔なんか、確かに若い。

 どうやら、これから、私を自分の家に連れて行ってくれるらしい。

 もし今回の私の物語が恋愛ものだとしたら、この男が相手なんだろうか。出来ればもうちょっとカッコいい男がいいなあ……。だって、恋愛もので相手がコレって、いくらなんでもありえないんじゃないだろうか。

 この人が今から連れて行ってくれる先が、麗しの王子様や凛々しいナイトが待ってる素敵なお城だったりするとは思えないけれど、せめて、この人に、もう少しマシな顔のお兄さんか弟がいるとか……いや、この人の兄弟じゃ、お兄さんだろうと弟だろうと、たいして期待出来そうにないよね……。じゃあ、実はこの人のお隣にカッコいい青年が住んでて、そっちが私のお相手だ……なんて、そんな都合のいいことは無いかなあ。


 シゼグは、私にこれまでの記憶が無く、あの場所に居た理由も分からない、覚えていないと知ると、私を〈マレビト〉というものであると断言した。

 シゼグの説明によると この世界には、昔から、時々、他所の世界から人がやってくるんだそうだ。

 それも、必ず今頃の、秋のお祭りの前後の季節に、私が居たあの場所で見つかるものと決まっているんだということで、何か、見つかる時期と場所が決まってるキノコとか山菜とかみたい。

 で、ここの人たちは、そういう人を〈マレビト〉と呼んで、村を挙げて大歓迎するらしい。

 なんでも、〈マレビト〉は、村に恵みをもたらす幸運の使者ということになっていて、〈マレビト〉を見つけた家には特に幸運が訪れると言われているとのこと。

 昔は、〈マレビト〉の訪れが何百年も途絶えていたけれど、シゼグの曾おじいさんたちの代に数百年ぶりの〈マレビト〉が来て以来、〈マレビト〉の住む別の世界との通路が開いたのか(と、シゼグが言った)、また、時々〈マレビト〉が訪れるようになったとのこと。

 だから、今頃の季節になると、我こそは〈マレビト〉の第一発見者になりたいと願う村人たちが、時々、あの場所を見回りに行くのだそうだ。


「でさ、今日、俺、何か虫の知らせみたいなのを感じた気がして、なんとなくここを覗きに来てみたんだよ。それで本当に〈マレビト〉を見つけるなんて、俺にも運が向いてきたなあ!」と喜んで、以前に〈マレビト〉を見つけた家で息子に嫁が来たとか年寄りの持病が治ったとか野菜が品評会で賞を取ったなどの噂話を嬉々として数え上げるシゼグに、なんだか申し訳なくなった。

 だって、私、確かに他所の世界から来たんだとは思うけど、この人たちが思ってる〈マレビト〉とは違うかもしれない……。その人たちの世界じゃなくて、また別のところから来たのかも。

 たぶん、私には、この人に幸運をもたらす力なんか、無い。

 でも、違うなんて言えない。今ここで、この人に放り出されてしまったら、私、どこにも行くあてがないもの……。


 そんなことを思いながら、借り物の大きな上着に包まって歩く私に、シゼグは、粗野な大声で、ひっきりなしに話しかけてくる。


「ねえ、さ、寒くない? 大丈夫? 服、もう一枚貸そうか? 俺は別に裸でも平気だから。歩いてれば全然寒くないから。ほんとに大丈夫? 家についたら、風呂に入んなよ。俺のばあちゃん、魔法使えるんだ。だから、いつでもすぐにお湯出せるよ。

 あ、あんたは〈マレビト〉だから知らないだろうけど、この村でも、もう、魔法が使える人はほとんどいないんだ。昔、俺の曾じいちゃんなんかの時代には、誰でも魔法が使えたんだけど、その世代から後は、生まれた子供はみんなほどんと魔法が使えなくて、だんだん、魔法が使えるのは年寄りだけになってさ。今、魔法が使える年寄りは、もう、村に何人もいないんだ。その年寄りたちが死んだら、もう、この世界に魔法が使える人はいなくなるんじゃないかな。魔法が使えるうちのばあちゃんは、村の宝で、うちの自慢さ。ああ、もちろん、魔法が使えなくたって、年寄りは村の宝だけどな。

 ……みんな魔法が使えなくなり始めた頃は、いろいろと大変だったらしいぜ。誰でも魔法を使えた頃は、火も魔法でつけるし水も魔法で出すから、火を熾す道具とか井戸とか水道とか、ぜんぜん無くてな。でも、ちょうどその頃、都の偉い学者先生が『まっち』を発明して、みんなに広めてくれてさ。水も、家の庭に井戸掘ったり、山の湧き水や川の水を引いてきたり……。俺なんかは、最初からこれが普通だと思ってるから、別に不便だとも思わないけど、年寄りはよく、昔は便利だったって言ってるよ」


 私は、これまで行った事のあるはずのいろんな世界のことはいつも何一つ覚えていないんだけれど、みんなが普通に魔法を使う世界というのは、あまり普通ではないような気がする。


「どうして魔法が使えなくなったの?」と聞いてみたら、シゼグはあっさり答えた。


「さあ……。女神様のお考えだから、俺たちには理由なんか分からないよ。女神様の方針が変ったんじゃねえの?」


 ……方針、ねえ……。なんだかいいかげんな世界だなあ……。



 シゼグの家は、決して立派ではないけれど、小さな秋の花々に囲まれた、お伽話の挿絵ように愛らしい田舎屋だった。

 家族は、お父さん、お母さん、おばあちゃん、そして、弟が二人。下の弟は十歳、上の弟も、身体は大きいけどまだ十四歳だそうで、残念ながら、私と釣り合う年頃のハンサムな兄弟はいなかった。

 私はそこで、思いもよらなかったほどの暖かな歓待を受けた。

 どこの馬の骨とも分からない行き倒れの娘一人を、ここまで手放しで大歓迎してくれるなんて、なんて人の良い人たちだろう。いくらなんでも、人が良すぎるとしか思えない。


 その日から、私の、この村での、平和で幸せな生活が始まった。

 ハンサムなお兄さんもカッコいい隣人もいなかったけど、お父さんもお母さんもおばあちゃんも、とっても優しくて、まるで本当の娘のように私を可愛がってくれ、弟たちも、少しはにかみながら、何かと私に懐いてくる。

 この村では、たとえ〈マレビト〉でなくても、他所から来た人というのはとても珍しいらしく、そういう客人をもてなすことが出来るのはとても名誉なことなのだそうだ。弟たちは、そんな珍しい客人が自分の家にいるというのが得意で、嬉しくてたまらないらしく、下の弟のティードなんか、もう有頂天で、毎日がお祭りだというように浮かれまくっている。上の弟のミードが、時々、少し眩しそうな目で私を見るのがくすぐったい。そう、私は、今回、ずいぶんと奇麗な娘であるらしいのだ。

 私が自分の家に居ることが得意でならないのも、私を眩しそうな目で見るのも、シゼグも同じことだった。少しぎこちなく、何かと気遣ってくれる。

 シゼグは、とてもいい人だ。――不細工だけど。


 ここへ来てすぐ、私は村のみんなに引き合わされた。

 村の人たちは、シゼグの家族と同様に、何の躊躇も疑いも無くこぞって諸手をあげて私を大歓迎し、奪い合わんばかりに、寄ってたかって世話を焼こうとしてくれた。ちょっとどうかしてるんじゃないかってくらいの無防備で無遠慮な好意に、なんだかたじたじとしてしまった。なんて大らかで太っ腹な人たちなんだろう。やっぱり、いくらなんでも能天気すぎ、人が良すぎるとしか思えない。

 村を挙げての盛大な歓迎会まで開いてくれるという段になって、私は、心苦しさに耐え切れなくなり、シゼグに、自分はおそらく彼らの思う〈マレビト〉というものではないということ、自分には村に幸運をもたらす力などないということを恐る恐る打ち明けた。自分はそんな歓待には値しない、シゼグの家にも、きっと何の利益ももたらさないと。


 裏切られたと怒るかもと思ったら、シゼグは、真剣に悩んだ末の私の告白を、全く気にせず笑い飛ばした。


「そんなの、どうだっていいよ。〈マレビト〉であってもなくても、村に客人が来たり新しい仲間が加われば、歓迎するのは当たり前なんだから。それに、あんたは、今だってもう、村に十分幸せをもってきてくれてるよ。だって、あんたが来てくれたおかげで、今、村がこんなに楽しく活気付いてて、みんなで楽しい宴会が出来るんだもん。宴会を開く理由になってくれたってだけで、村中の人にとって、あんたは十分、幸運の使者さ!」


 シゼグから私の悩みを伝え聞いたお母さんやおばあちゃんも、

「あら、やだ、この子はそんなことを気にしてたの?」と、編み針を動かしながら優しく笑った。


「あなたがこのうちに来てくれたってことが、それだけでもう、私たちにとっては素晴らしい幸運なのよ。他の人じゃなくてうちのシゼグがあなたを見つけた幸運を、私たち、何度女神様に感謝したことか。うちは女の子がいないじゃない? だから、ずっと娘が欲しかったの。それが、急にこんな奇麗な可愛い娘が出来るなんて! もう、信じられないくらい幸せよ」

「そうそう、やっぱり、女の子がいると、家の中が華やいでいいねぇ……」

「ね、テル、私たちはあなたを本当の家族だと思うから、何の遠慮もしなくていいのよ。私たちは、何か得をしようと思ってあなたを家に置くんじゃないの。あなたがいてくれると嬉しいから、いてもらってるのよ。自分の娘や孫のことを、この子がいるとどんな得をするんだろうなんて考えて、得をしそうな場合だけ大事にしたりするかしら? しないでしょう? あなたは、いてくれるだけで、この家の恵みなのよ」


 私は、お母さんに抱きついておいおい泣いてしまった。

 私ってこんな泣き虫キャラだったんだ、知らなかった……なんて、自分でびっくりしながら。

 背中を撫でてくれるおばあちゃんの手が優しかった。

 シゼグやお父さんが、にこにこしながらそれを見ていた。

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