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3 ご奉仕をするのは女の義務ではないらしい


「ノア」

「はい」

「少し、触れても?」

「……はい」


 自分の許可なんてとらなくても、もうシルヴァンさまのものなのだから好きにしていいのに。

 そう思いながらうなずくと、そっと肩を抱きよせられる。まるで壊れやすい宝物に触るかのようだ。


 なぜだろうか。

 騒ぐ心臓はそのままなのに、胸が熱くなって、鼻の奥がツンとする。


「シルヴァン」

「はい」

「旦那様にご奉仕をするのはわたしの義務ではないのですか……?」


 視線を重ねた彼が、どこか困っているように見えた。


「ノアは、そう教えられてきたのですね」

「はい」

「それは……、奴隷と何が違うのですか?」

「え……」


 奴隷。

 思いがけない言葉に驚いて、彼を見つめたまま考える。

 仮面の奥の瞳は静かなのに燃えているようだ。


「えっと……、私の祖国アウラムは、占領されるまで奴隷制の国でした」

「はい。知っています」

「王宮にも高級奴隷が入っていて……、けれど夜のおつとめはなかったかと。

 あ、でも、そういう店があったような? そういう目的で買う人も聞かなくはなかったです」


 父には側室もいるし、望めば誰であっても拒めないのだから、わざわざ奴隷である必要はなかった。という内部事情まで話すとややこしくなりそうだから伏せておく。


 シルヴァン様が肩に回してくれていた腕を降ろす。

(ぁ……)

 ただそれだけなのに、なぜか悲しい気持ちになる。

(また何か間違えた……?)


 じっと考える彼の横顔を見つめる。仮面に隠れて正確にはわからないけれど、怒っているわけではないようだ。

(本当にキレイな人……)

 顔に見せられないようなケガをしていなかったら、きっととてもモテただろう。少し年上の彼が、自分の旦那様になることはなかったかもしれない。

 一瞬そのケガに感謝しそうになって、それは彼に失礼だと思って打ち消した。


「ノア」

「はい」

 自分を呼ぶ声の優しさにホッとする。


「前提が……、大きくズレている気がしました」

「前提、ですか?」

「はい」


 シルヴァン様が頷いて、指を2本立てる。


「ふたつの前提です。

 ひとつは、女性は男性の所有物ではなく、意思を持ったひとりの人間であるということ。

 もうひとつは、夫婦が触れあうのは義務ではなく、思いを重ねあわせる行為だということ」


 世界がひっくり返った感じがする。彼の言葉は、今までいた場所の常識とあまりに違いすぎて理解が追いつかない。


「人と奴隷の差は、その自由意志が尊重されるかどうかです。誰かの所有物にされ、自由意志を奪われた時点で、立場が奴隷でなくても奴隷と変わりません。

 夫が上で妻が下。妻は夫に尽くすもの。たとえイヤでもその身を差しだし、夫のために奉仕する。そして夫が一方的に利益を得る。それはもう、奴隷と同じだと思います」


(奴隷と同じ……)

 自由意志という言葉の意味は知っているけれど、それが何かはよくわからない。従うのが当たり前ではない世界の想像ができない。

「もう彼のものなのだから」と思った自分は、所有物になるつもりで来ていたのかと言われればそうなのかもしれない。


「あの……、難しすぎてよくわからないのですが」

「すみません。貴女の考えとは違いすぎて、受け入れるのは難しいでしょうか」

「えっと……、難しいことは、ゆっくり考えたいのですが……」


 よくわからないけれど、なんとなく感じたことはある。

 あっているかを確かめるように彼をのぞき込む。


「わたしがシルヴァンのことを好きで、あなたに触れられたいと思うなら、問題ないということですか?」


 シルヴァン様が目をまたたいて、両手で口元をおおって隠した。視線を下げられると表情がまるで読めなくなる。心なしか耳が赤い気がするのは気のせいだろうか。


「……そうですね。それが本質で間違いありません」

「なら……」

「時間が必要だと思います。貴女にも、私にも」


 壁を作られた気がして、彼の手へと延ばしかけた手をさっと引いた。

 自分は彼に触れられてもいいけれど、彼はまだ自分に思いがないのだろう。


(それはそうよね……)

 今日会ったばかりなのに、押しつけられた花嫁を思えるはずがない。

 頭では理解できるのに、胸がチクリとする。

 今日会ったばかりなのに、惹かれている自分を否定されている気がするからだろうか。


 シルヴァン様が長く息をついてから、そっと手を重ねてくる。

(?!!)

 しっかりと大きな男性の手だ。鼓動が高鳴る。


「勘違いしないでほしいのですが」

「……勘違い、ですか?」

「さっきも言いましたが、貴女に魅力がないのではありません。これは私自身の問題で……、この仮面を取れるまで、時間がほしいのです」


(ぁ……)

 その言葉は、するりと自分の奥へと沁みこんだ。

 きっと、顔のケガはずっと彼の足枷だったのだろう。

 もし、心を通わせられる人ができたとして、仮面を取ったことでその人に拒絶されたとしたら、自分はきっと立ち直れない。


(シルヴァン様は……、本当の自分を見せてくれるつもりなのね)

 一生仮面を被り続けるという選択肢もあるはずだ。けれど、それを選びたくないのだろう。

 一生隠し通すつも(・・・・・・・・)りの自分と違って(・・・・・・・・)、彼は強くて誠実な人だと思う。

(やっぱり、大好き……)


「わかりました。でも、違う部屋で寝るのはさみしいから。仮面には触らないので、ぎゅっとして、寝てもいいですか?」


 すぐに答えは返らない。代わりに、重ねていた手に少し力がこもった。


「……はい。この仮面は私の意思でしか外せない魔法道具なので、そこは安心してください」


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