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保科茜

神社の賽銭箱横に、なんでも相談箱を置いてみたら、派遣OL、風俗嬢、ラーメン屋店長、中間管理職に相談されてしまった件

作者: 三夜間円

 初めまして。


 この物語の水先案内人役の保科茜ほしなあかねと申します。


 今回は新規読者を開拓かいたくしたいと思い、キャッチーなタイトルにしてみました。


 実は、我が野呂のろ神社のお賽銭さいせん収入が減ってしまい、その解決策として『なんでも相談箱』を、賽銭箱さいせんばこ脇に新設しました。参拝者さんぱいしゃの悩みを解決し、奉納金ほうのうきんが少しでもいただけたらとの考えからです。



 嬉しいことに、1週間で4通の投函とうかんがありましたので、さっそく見てみましょう。



 1通目、23歳、派遣OLのかた。


『派遣先の会社の係長が、私に派遣業務以外の仕事をなんども要求してきます。契約違反なので仕方なく断っているのですが、どうもそれがうまく伝わらず、嫌な顔をされます。どうしたらよいでしょう』


 きっと、人の話を聞かない頭の固いかたなのでしょうね。



 2通目、31歳、風俗嬢のかた。


『年齢が高いことを理由に本番行為を求めてくる常連客の直樹さんに困っています』


 相手の弱みにつけ込むブタ野郎ですね。ルールも守れないなんて最低。



 3通目、35歳、ラーメン屋店長のかた。


『常連客なのだから無料で一品追加しろと、大声で毎回要求してくる鍋島さんに困っています』


 常連客の風上かざかみにも置けない人ですね。ただ、客商売ですので対応が難しいところでしょう。



 4通目、47歳、中間管理職のかた。

 課長さんの悪口が散々書かれていますね。ここは省略しましょう。最後の一文。

 

『正当に評価してほしい』


 散々、課長さんの悪口を書いているのに、正当な評価ですか――難しい。



 みなさん色々な悩みを抱えているようです!



 では、これらの問題を一気に解決したいと思います――。




◇◇◇




 オレは特別な存在なんだ!


 なのに、どうして世間はそれを認めてくれない。

 


 今日だってそうだ。コピーもとれない派遣OLに「だったら残業してくれ」と頼めばあっさり断られ、課長からは理不尽な理由で激怒げきどされた。いやしを求めて風俗店に行けば本番行為が店にバレて罰金を取られたあげくボコられる始末。年増としまのババァなんだから他になにをのぞめってんだ、くそっ。ラーメン屋では、外で40分も待たされたにもかかわらず、なにひとつサービスしようとしない。少しは常連客をうやまえってんだ。



 スマホの時計を見る。

 23時29分だった。

 未読1件。


「ん? なんのメールだ?」


 独り言のようにつぶやき、メールを開く。



『先ほどはすみませんでした。もうすぐ仕事が終わりますので、プライベートでお会いしませんか? 深夜0時に野呂神社の本殿前でお待ちしています。えみりん』



 これって、店外ならOKってことだよな。

 それも野外プレイ。


 思っていた通りのエロい女だったようだ。オレも大金取られたわけだし、しゃーねー行ってやるか。




◇◇◇




 偶然だが、この神社には最近(おとず)れていた。

 20段ほどの階段を上り、立派な三ツ鳥居みつとりいを抜け、本殿に向かう。


 

 歩きながら考える。



 深夜の神社ってのは、不気味だな。

 木々が鬱蒼うっそうと生い茂りあかりもない。

 薄気味悪い。

 

 オレはいつしか速足になっていた。



 ようやく本殿が見えてきた。

 さらに近づく。


 ん? えみりんじゃない。


 なぜか、巫女の衣装をまとった女が立っていた。巫女がオレの存在に気づくと、大きく手を広げ柏手かしわでを打った。



 静寂せいじゃくの中「パチン」という大きな音が境内に響き、本殿の照明がつく。



 状況がまったくつかめない。


 

 それでもオレはこの巫女から、目が離せなくなっていた。彼女はあでやかで美しかったのだ。


 黒髪ロングの姫カット。切れ長の目、すっと筋の通った鼻梁びりょう、鮮やかな真紅の口紅。


そして、幽霊のような蒼白い肌。



「さてここで問題です。あなたはどうしてここに呼ばれたのでしょうか?」



「なんだお前! 上から目線でえらそうに話かけてきやがって!」



 オレは巫女を指差した。



「なんとも失礼なかたですね~。なんでも相談箱に投函したのでは?」



 見られていたのか? 使えない部下の口車に乗せられて、ここに一緒にきたときのことだ――課長の悪口を目一杯めいっぱい書き、正当に評価してほしいとも書いた。


 でも、今はこのあやしい女と話をしているひまはない。約束の時間はすでにすぎている。一刻も早くえみりんと会わなければならない。



 なんたって――野外プレイという未知の体験ができるのだから。



「いやらしい。えみりんさんと会って、なにをしようと考えているのですか?」


「お、お前、どうしてそのことを……」


 巫女は怪しく微笑む。

 すると、本殿の扉が「ギィーー」と音を立てゆっくりと開いた。



 中に3人いる。

 しかも、オレの知ってる奴ばかり。


 派遣OLの高梨杏たかなしあん

 風俗嬢のえみりん。

 ラーメン屋店長の本庄剛ほんじょうつよし

 


 どうやらオレはこいつらにおびき出されたようだ。

 ただその理由がわからん。


 それに、なんの仮装かわからんが、全員狐の尻尾を付けている。



「なんなんだお前たち? 変な仮装までして」



「これは仮装ではありませんよ! 六角商事係長の鍋島直樹さん」



 オレの問いに答えたのは巫女だった。



「おい! オレの個人情報を勝手にらすな」



「ここにいるみなさんは、すでにあなたのことを知っているのですから大目おおめに見てください。それと、鍋島さんにも尻尾が見えているということはきつね憑依ひょうい霊に取りかれている証拠なのですよ」



「そんな妄言もうげん、信じられるか!」



「これだから嫌なのです。低級霊の尻尾なしさん」



 そう言って、巫女はゆっくりと近づいてきた。


 巫女との距離が詰まるほどに、寒気が増し息苦しくなった。

 

 オレは、喉元のどもとを片手で押さえ呼吸に集中する。ダメだ。いくら呼吸しても息苦しさが治らない。ついには、冷や汗まで出てきやがった。


「お前……オレになにをした」

「まだなにも」



 巫女は冷徹れいてつな表情でオレをにらみつける。

 そして、オレの肩に手を触れた瞬間――オレは後方に吹き飛ばされた。


 

 ほおが地面にこすれ、血がにじむ。

 触れられた肩はおそらく脱臼だっきゅうしているのだろう。痛みが尋常じゃない。



 オレは地面に横たわった状態でうずくまる。

 しばらく動きを止め、じっと痛みに耐え続けた。



 巫女の足音が段々と大きくなり、こちらに近づいてくるのがわかった。



 こ、殺される。



「ご、ごめんなさい。なんでもします。だから命だけはお助けください……」


 オレはその場で土下座した。



「正しい判断です。本来なら今の攻撃であなたは死んでいるのですよ。憑依霊の助けがあってこの程度で済んでいることをお忘れなく」



 よくわからんが、憑依霊ってのは守護霊みたいなものなのかもしれん。



「いいですか、人間社会と同じで憑依霊にも序列じょれつがあります。それは尻尾の数に比例します。序列を乱す者は、このわたしが許しません。これは鉄のおきてですので決して忘れぬように」



 巫女の言いたいことがようやく理解できた。



 派遣OLの高梨杏には1本、風俗嬢のえみりんには2本、ラーメン屋店長の本庄剛には3本、巫女にはなんと9本の尻尾があった。そしてオレにはその尻尾が1本もない。


 

「は、はい。もう二度と逆らいません」


「よろしい!」


 

 ――オレは無我夢中でその場を立ち去った。




◇◇◇




 六角商事の係長、鍋島直樹なべしまなおきは「ヒィーー」と悲鳴を上げながら、脱臼した肩を抑え走り去った。



「少しイタズラがすぎたでしょうか?」



 わたしは本殿の中に戻り、3人に確認した。



「そんなことないですよ。私、係長のあ~んな情けない顔が見れてすっきりしました」


「私もです。実は、直樹さん怒らせるとすぐに暴力を振るうので困っていました」


「俺は、鍋島さんが店内で大声さえ出さないでくれればそれでいいです。他のお客さんの迷惑になってましたから」



 派遣OLの高梨杏たかなしあん、風俗嬢のえみりん、ラーメン屋店長の本庄剛ほんじょうつよしがそれぞれ答えた。



「これで今後、彼はあなたたちに頭が上がらなくなるはずです」



「本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

「助かりました」



 3人がそれぞれお礼を述べ、頭を下げた。



 わたしは軽く微笑むと、尻尾の飾りを回収した。

 そう、先ほど鍋島直樹に言ったことは全部デタラメのうそである――ひとつの事実を除いて。



「茜さん、どうやって9本もの尻尾を付けたんですか~」



 高梨杏が不思議そうにわたしのお尻の辺りをのぞき込む。



「しかもこれ、モフモフです〜」

「さ、さわらないでください! くすぐったいです」

「まるで本物みたい〜」



 わたしは、体をくねらせながら高梨杏から離れ、えみりんの後ろに隠れた。

 


「お礼はなにを奉納ほうのうすればよいのでしょうか?」


 えみりんが振り返り、口元に人差し指をあていてきた。


「そりゃ、きつねまつってる神社なんだから、油揚あぶらあげなんじゃないのか」


 本庄剛が口をはさむ。



 余計なことを――わたしは生活の安定のためにも現金がほしいのです。とはさすがに露骨ろこつすぎて言えなかった。



「すみません……わたしも一応、人間なので……」


「茜さんは、なにが好物なのですか?」


 えみりんが首をかしげる。

 わたしの頭に浮かんだものは――。


「……チョコレート」


乙女おとめですねっ」


 笑いが起こる。

 本殿内が微笑ましい雰囲気に包まれた。



 こうして、野呂神社の奉納品がチョコレートに決定してしまった。




◇◇◇




 ――1か月後――。



 奉納金ほうのうきん目当てで始めた『なんでも相談箱』だったが、悩みが解決するとのうわさがどんどん広まり、ついには県外からも参拝者が訪れるようになっていた。


 街外れにある小さな神社にもかかわらず。


 当初の目的は外れてしまったが、参拝者が増え、人々の笑顔を見る機会が増えた。これはこれで良しとしよう。それにチョコレートはくさらない。


 本殿内に山のように積まれたチョコレートを眺めながらわたしはそんなことを考えていた。


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