09.公爵令嬢、負けられない勝負をする
本日2話目です。
「では、1つ、賭けをしてみることにしましょうか」
「賭け?」
はい、と悪魔が微笑んだ。
「私とお嬢様、一体どちらが正しいか、です」
楽しそうに赤い目を細める悪魔を見て、
アイリーンは、思わずごくりと喉を鳴らした。
「ど、どういう意味ですの?」
「大した話ではありません。どちらが正しいか賭けをするだけです。もしもお嬢様が勝ったら、無償で願いを叶えて差し上げます」
「え!」と、アイリーンは目を見開いた。
そんなの、帰って下さいの一択だ!
(こ、これはものすごいチャンスなのでは!?)
彼女は前のめりになった。
「ほ、本当に叶えてくれますの?」
「ええ、悪魔に二言なしです」
アイリーンは目を見開いた。
これはもうやるしかない!
彼女は力強くうなずいた。
「わかりましたわ、やりましょう。それで、どうやって勝敗を決めますの?」
「明日から1週間、私が言う通りに過ごしてもらいます」
「……それだけですの?」
「ええ、それだけです。1週間目の夜に、どちらが正しかったか決めましょう」
アイリーンは心の中でガッツポーズを決めた。
これは負けるはずがない。これで帰ってもらえる!
喜びの表情を浮かべる彼女を、悪魔が面白そうに見る。
そして、くすくす笑いながら口を開いた。
「それで、私は願いを叶えますが、お嬢様は何をしてくれるのです?」
「……え?」
「賭けは両方が賭けて成立するものですよ」
確かに、とアイリーンは考え込んだ。
願いを叶える、と言うのが平等なのだろうが、そうなると何を言われるか分かったものではない。
ここは具体的に決めておいた方が良さそうだ。
「金銭や宝石……は、ダメですわよね」
「そうですね、必要としていません」
アイリーンが考え込んだ。
こういうことは初めてなので、あまり思いつかない。
「……カインは、何か欲しい物はありませんの?」
そうですね、と悪魔が考え込む。
そして、アイリーンを見てニヤリと笑った。
「では、勝ったご褒美に、口づけしていただく、というのはどうでしょう?」
え。とアイリーンが固まった。
「……今、口づけ、とおっしゃいまして?」
「ええ」
悪魔が楽しそうにうなずく。
アイリーンは、ガタンと立ち上がった。
「そ、そんなの、ダメにきまっているじゃない!」
悪魔はにっこり微笑んだ。
「本当は、それ以上をいただきたいところですが、それはさすがに無理だと思いますので、控えめに、口づけ、と」
「……」
アイリーンは黙り込んだ。
”それ以上”が何なのか非常に気になるところではあるが、なんかすごくロクでもない気がする。
恐らく、口づけの方が数倍マシなやつだ。
(で、でも、さすがにそれは……)
苦悩するアイリーンに、悪魔が優しく微笑んだ。
「それに、どのみち、お嬢様が勝つのでしょう? であれば、私のささやかな希望を通していただいても良いのではありませんか?」
そう言われ、アイリーンは考え込んだ。
(……確かに、そう言われるとそうだわ)
負ける気が全くしない勝負だ。
口づけの方が”それ以上”とやらより数倍マシそうだし、どうせ自分が勝つのなら、ここは要求を聞いても別に差支えない気がする。
アイリーンは、うなずいた。
「わかりましたわ」
「ありがとうございます。これは負けられなくなりましたね」
悪魔が、くすくす笑いながら、立ち上がった。
「では、明日の朝からといたしましょう。今日はおやすみください、お嬢様」
分かったわ、と、アイリーンが大人しくベッドにもぐりこむ。
カインが、毛布を直して、冷たい手で頭を撫でてくれる。
(昨日も思ったけど、これ、ちょっと気持ちがいいかもしれませんわ)
うとうとしながら、彼女は思った。
悪魔を呼び出すなど、やらかしてしまったと思ったが、ひょんなことから無事に解決できそうだ。
(良かったわ)
そして、彼女はホッとしながら、深い眠りに落ちていった。
後ほどもう1話投稿します。