08.公爵令嬢、ボコボコにされる
本日1話目です。
「お嬢様の婚約者の心が離れた理由の半分は、お嬢様自身にあるかもしれない、ということです」
「なっ!」
悪魔の言葉を聞いて、アイリーンはカッとなった。
自分はどう考えても婚約者として完璧だ、そんなことはあり得ない!
彼女は、悪魔に向かって捲し立てた。
「わたくしは、常に美しくあろうと努力してきましたわ! 上位貴族として恥じない言動を常に意識し、勉学や生徒会活動にも励んで、殿下を支えてきましたわ!」
アイリーンはとても怒っていた。
これだけ努力している自分に対し、何てことを言うのだ!
いきり立つ彼女を見て、悪魔がため息をついた。
「それでは、順番にいきましょうか。まずは、あの化粧と食事は何なのですか?」
よくぞ聞いてくれましたわ! とアイリーンが胸を張った。
「あれはナスティ夫人の知人の有名メイクアップアーティストに来ていただいて、特別に似合う化粧を教えてもらいましたのよ。食事はナスティ夫人考案の完全美容食ですわ!」
誇らしげな彼女に、カインが苦笑いした。
「なるほど。では、お嬢様はそいつらを張り倒していいですね。正直に申しまして、化粧は全く似合っていませんし、食事は鳥のエサです」
「なっ!」
アイリーンは瞳を怒らせて立ち上がった。
「あの化粧は完璧ですわ! みんな似合うって言ってくださいますわ!」
「みんなって誰ですか」
「ナスティ夫人とメイド2人ですわ」
「3人だけですね。他は? 他に誰かに褒められましたか? 誰かに真似されたことはありますか?」
そう言われて、彼女ははたと気が付いた。
そういえば、この3人以外に褒められたことはないし、真似されたこともない。
(……あら? どうしてかしら?)
胸にモヤモヤを感じながらも、負けるもんかと彼女は叫んだ。
「でも、あの食事は完璧ですわ! ナスティ夫人が、わたくしの体形はちょうどいいと褒めて下さいましたわ!」
「またあの女ですか。戻ってきたら殴った方がいいですね」
カインはため息をついた。
「とにかく、育ち盛りの年齢でその痩せ方は良くありません。食事が不足すると色々と発達が悪くなります」
色々、の意味を察し、アイリーンはうつむいた。
「……それは困りますわ」
確かに、色々と発達が悪い気はしていた。
色気専門みたいな悪魔がこう言うということは、もしかして正しいのではないだろうか。
その他にも、挨拶を無視するのは感じが悪すぎる、好意の申し出を無視するのは人間としておかしい、などボコボコに言われる。
上位貴族に相応しい言動として、ナスティ夫人にそう教わった、と反論するものの、
そんなことをやっている上位貴族は他にいなかった、と論破される。
悪魔とは思えないような真っ当の意見のオンパレードに、アイリーンの中で何かがぐらつき始めた。
自分が信じていた物が覆されていくような感覚に、不安が募る。
――が、しかし。
彼女は、ふと思い出した。
まともそうなことを言ってるけど、ここにいるのって悪魔よね、と。
正しいことを言うとは思えない。
(そ、そうですわ! 騙されるところでしたわ! なんて危ない!)
アイリーンは、顔をぐっと上げると、目の前の悪魔をジト目で見た。
「あなた、そう言って、わたくしを悪の道に引きずり込もうとしているのでしょう?」
「……は?」
「さては、堕落させようと思っていますわね!」
「堕落」
「そうはいきませんわ! 正しいのはわたくしですわ!」
ふんす、と腰に手を当てるアイリーンを、悪魔が呆気にとられた顔で見る。
そして、楽しそうに、くっくっく、と笑い始めた。
何がおかしいのよ、とアイリーンが悪魔を睨んでいると、
彼はニヤリと笑った。
「では、1つ、賭けをしませんか?」
「賭け?」
はい、と悪魔が微笑んだ。
「私とお嬢様、一体どちらが正しいか、です」