【9月5日 コミカライズ開始記念SS】エルミナスの波乱万丈な400年(3/5)
そこから、エルミナスと悪魔の奇妙な共同生活が始まった。
エルミナスのアトリエは、大きな木の内部に作られている。
大きなガラス窓がはめ込まれているアトリエの他、台所や風呂、エルミナスの部屋と客間などが備え付けられている。
悪魔は、客間を陣取った。
どうやら暇なようで、エルミナスの家にある、あらゆるものに興味を示す。
「これは何だ?」
「ピアノだ。見たことがないのか?」
「見たことはあるが、こうやって触るのは初めてだ。こっちのこれは?」
「バイオリンだ」
一事が万事こんな感じで、エルミナスは不思議に思った。
大悪魔になったくらいだから、人やエルフの生活をよく知っていると思っていたからだ。
「お前、どうしてそんなに色々と珍しがるんだ? こちらの世界によく来てるんじゃないのか?」
「よく来はするが、こうやって生活をするのは100年振りだ」
悪魔によると、ほとんどの場合、呼び出されてすぐに願い事を叶えて魂を刈り取ると、さっさと悪魔界に帰るらしい。
ちなみに、悪魔が興味を示すため、ピアノやバイオリンなど、少し手ほどきをしてやったところ、驚くほどの早さで上達した。
(なんというか、能力が人離れしているのだな)
こうして大人しく過ごす一方、悪魔は度々エルミナスをからかった。
朝起きたら木の上にいた、とか、キノコの採取に行ったら崖から突き落とされた、など、生死が危ぶまれるような、からかい方を何度かされる。
どうやら、エルフに召喚されたのは珍しいようで、エルフの限界を試しているらしい。
「おい! お前いい加減にしろ!」
いきり立つエルミナスを、悪魔が楽しそうに見た。
「どうやら楽しかったようだな」
「っ!!! これが楽しそうに見えるのか!?」
「ああ、とても楽しそうだ」
毎日のようにこんな会話を交わす。
王宮の方といえば、エルミナスに全てを押し付けている状態で、たまに騎士が状況を伝えに来るだけで、一向に誰も来ない。
(……酷いものだな)
ちなみに、悪魔に聞いたところ、別に呼び出す者は王族である必要はないし、才能など持っていなくても良いらしい。
しかも、王宮とほとんど繋がりを持っていなかったエルミナスは知らなかったが、実は王族の中にも才能を持つ者は多くいたらしい。
(もしかして……王宮は、俺を生贄にしたのか……?)
そんな疑念を抱きつつ、悪魔との日々を過ごす。
しかし、1週間経っても2週間経っても、人族は攻めてこない。
――――そして、1カ月が経とうというある日の朝。
アトリエの窓から外の森をながめながら、悪魔が口を開いた。
「これから人族領に向かう」
「…………え?」
エルミナスは目を見開いた。
「人族領に行くって、何をするんだ?」
「待つのも飽きたからな。こちらから攻め込む」
そして、悪魔は人族領に行く魔法陣を使って、さっさと人族領へと転移してしまった。
(これは、どうなるんだ……?)
魔法陣から消える悪魔を見送りながら、エルミナスは思案に暮れた。
ここ1カ月、一緒に生活してみてよく分かったが、確かに悪魔はとても強い。
身体能力も何もかもエルフを凌駕している。
(……だが、さすがに国に攻め込むのは無謀じゃないか?)
しかも、今回攻めてくるイラーリオ帝国は、人族の国のうち最強だ。
おまけに上級悪魔もいる。
大悪魔とはいえ、さすがに無理なのではないだろうか。
(まあ、悪魔が失敗してくれれば俺は死なずに済むがな。……エルフ族の危機は消えないが)
次にまた悪魔を呼び出すということになったら、今度は絶対に断ろうと心に決める。
そして、そんなことを考えながら過ごすこと、1週間後――――。
エルミナスは王宮に呼び出された。
どうやら悪魔が人族領に攻め入ったことが耳に入ったらしい。
謁見の間でひざまずくエルミナスに、国王が厳めしい顔で言った。
「エルミナスよ、なぜ勝手な真似をした」
「私ではありません。悪魔が勝手にやったことです」
「召喚者としては止めるべきだったのではないか?」
(全てを押し付けていたくせに、今更何を勝手なことを)
内心腹ただしく思いながら、エルミナスが肩をすくめた。
「あの悪魔を何とかするなど不可能です。そう思わないか? 宰相?」
そう問われ、悪魔の恐ろしさを知っている宰相が、顔を青くしてうつむく。
他の重鎮たちが騒ぎ始めた。
「これは失態ですな」
「あの悪魔が失敗したら、どうされるつもりですか!?」
エルミナスは不敵に笑った。
「そんなことを言われるくらいなら、私の家ではなく王宮に悪魔を住まわせれば良かったではないですか」
「……っ!」
「全て私に押し付けておいて、今更そんな勝手なことを言われても困ります」
国王を始めとした重鎮たちが、顔を歪めて言葉を詰まらせる。
(こいつら、本当に自分勝手だ)
そして、エルミナスが「私はこれで失礼します」と言って、謁見の間から去ろうとした、そのとき。
「た、大変です!」
真っ青な顔をした騎士が、謁見の間に転がり込んできた。
腰を抜かしたように国王の前にひれ伏すと、大きな声で叫ぶ。
「あ、悪魔が帰ってきました!」
なんか大騒ぎなことになってきた!
続きはまた明日投稿します。