【9月5日 コミカライズ開始記念SS】エルミナスの波乱万丈な400年(2/5)
悪魔召喚をするまでの、3日間。
エルミナスは慌ただしい日々を送った。
まず、彼は王宮で念入りな打ち合わせを行った。
宰相と悪魔への願いごと『攻めて来た人族と上級悪魔を撃退する』を確認し、研究者に召喚方法の指南を受ける。
そして、家に戻ると、彼は身辺整理を始めた。
どのタイミングで命を奪われるか分からないが、いつどうなってもいいようにしておいた方が良いと思ったからだ。
3日間ほぼ徹夜で人に頼まれていた絵を完成させ、アトリエの整理をする。
(もう少し色々な絵を描いておけば良かったな)
そう思うが、これも運命だろうと自分を納得させる。
そして、3日後の満月の夜――――。
エルミナスは、ついに悪魔召喚の儀式を行うことになった。
召喚場所は、”太古の森”の奥深くの空き地で、
地面には、銀色に光る悪魔召喚陣が描かれている。
(……いよいよだな)
騎士や研究者、宰相などが見守る中、エルミナスは固い表情で魔法陣の前に立った。
真上にある満月を仰ぎ見ながら、緊張を逃すように深呼吸する。
そして、研究者からの指南通り、バッと両手を挙げると、大きな声で叫んだ。
「来たれ、魔界に住まう悪魔よ、我と契約を結ばん!」
結ばん、ばん、ばん……
彼の声が、静かな夜の森に響き渡る。
そして、ゆっくりとこだまが消え、静寂が戻ったと思った、その瞬間。
ぶわっと魔法陣から生暖かい風が吹き出した。
凄まじい風が空き地を吹き荒れる。
「う、うわっ!」
「こ、これはっ!」
周囲にいた人々から悲鳴のような声が上がる。
エルミナスもたまらず腕で顔を守りながら後ろに下がると、魔法陣から紫と黒が混じりあったような光が噴き出してきた。
(……っ!)
どんどん強くなる光と風に、彼はたまらず目をつぶった。
周囲の人々も、しゃがみ込んだり、両手で頭を覆ったりしている。
――そして、突然、フッと風が止んだ。
周囲の気温が急に下がったような感覚を覚える。
(終わった……か……?)
恐る恐る目を開けて、
「……っ!」
エルミナスは大きく目を見開いた。
満月の下、魔法陣の真ん中に、一人の男性が目をつぶって立っていた。
漆黒のような黒い髪に、彫刻のように整った顔立ち、すらりとした体。布を巻いたような露出の高い服を着ており、高価そうな宝飾品をジャラジャラと着けている。
(これが、悪魔、なのか……?)
てっきり、醜悪な外見をしているかと思いきや、容姿の美しさには定評のあるエルフと比べても遜色ないほどの美しさだ。
そして、漂ってくる、信じられないほど膨大な魔素。
研究者が、興奮したようにつぶやいた。
「これは上級悪魔じゃない、大悪魔だ!」
思わぬ大物の登場に、全員が動けずにいると、悪魔がうっすらと目を開けた。
冷たく光る赤い瞳をエルミナスに向ける。
「……ほう、エルフか」
そして、悪魔は宙に浮いたまま、どこか楽しげに尋ねた。
「それで、お前は俺に何を望む?」
驚きすぎたエルミナスが咄嗟に言葉が出ずに黙り込んでいると、騎士に守られながら縮こまっていた宰相が、これが機とばかりに声を張り上げた。
「悪魔よ! このエルフ領に攻め込んでくる人間どもを抹殺せよ!」
悪魔がチラリと宰相を見た。
軽く指をパチンと鳴らす。
「がっ!」
宰相が苦しそうな声を上げた。
喉を掻きむしりながら悶え始める。
「き、貴様! 何を!」
騎士が慌てて悪魔に切りかかろうとするが、悪魔が再び指をパチンと鳴らすと、足が地面に張り付いたように動けなくなる。
「な、なんだこれは!」
「おい! お前! や、やめろ!」
悪魔は、大騒ぎする彼らから興味がなさそうに目を逸らすと、エルミナスを見た。
「……それで、お前は何を望む?」
エルミナスは、ハッと我に返ると、大声で叫んだ。
「まずはあれを止めろ!」
「あれ……とは?」
「あそこにいる者たちのことだ!」
エルミナスは、苦しそうな宰相と大騒ぎする騎士たちを指差した。
一瞬、これが願い事になったらどうしようかと不安になるが、怯んだら終わりな気がして、強気に悪魔を睨みつける。
悪魔はチラリと宰相たちを見ると、指をパチリと鳴らした。
「……っ!」
全員が地面に崩れ落ちた。
王国一を歌われる屈強な騎士たちも、ゼイゼイと息を切らせて膝をついている。
その様子を見て、エルミナスは内心震えあがった。
悪魔は圧倒的な力を持つと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
(俺は、もしかしてとんでもなくヤバいものを召喚してしまったんじゃないか……?)
そんなことを考えるエルミナスに、悪魔が妖艶に目を細めた。
「……それで、願い事はなんだ?」
エルミナスは、ゴクリと唾をのみ込んだ。
弱みを見せまいと、声が震えないように精一杯平静を装いながら、これから攻めて来る人族と悪魔を何とかして欲しいと言う。
悪魔が美しい仕草で顎に指を当てた。
「ほう、上級悪魔と人族か。いつ攻めてくるのだ?」
「1,2週間後、という話だ」
エルミナスが答えると、悪魔が納得したようにうなずいた。
「なるほど。つまり、それを待って撃退すればいいのだな」
「ああ、その通りだ」
「願いを叶えた暁には……もちろん分かっているだろうな?」
悪魔の赤い瞳を見上げながら、エルミナスが覚悟を決めてうなずいた。
「ああ、分かっている」
悪魔がどこか愉快そうに目をすっと細めた。
軽く口角を上げると、エルミナスに右手を差し出す。
「では、交渉成立だな」
「……ああ」
そして、エルミナスが悪魔の手を握った瞬間、手から青い光が放たれた。
手の甲に青白く光る契約陣が浮かぶ。
(これが……悪魔との契約陣か)
エルミナスが手の甲をながめた。
研究者によると、契約が終了するまで、悪魔は契約者を害することはないという話だった。
とりあえず、契約終了まではこれで大丈夫だろう。
(思ったよりも死ぬまで時間がありそうだ。最後に静かに絵でも描いて過ごすか)
そんなことを考えるエルミナスを見ながら、悪魔が妖艶に微笑んだ。
楽しげに口を開く。
「では、お前の家に案内してもらおうか」
「…………は?」
エルミナスが瞠目した。
悪魔が何を言っているのか理解できない。
そんなエルミナスを見ながら、悪魔が愉快そうに言った。
「悪魔は契約者と一緒にいるものだ。――それとも、まさかお前たち、俺を野宿させようとしていたのか?」
赤い目で、チラリと宰相たちを一瞥すると、怯えて座り込んでいた宰相が弾かれたように立ち上がった。
へこへこしながら、機嫌を取るように口を開く。
「も、もちろん、そんなことはございませんよ! エルミナス様、あなたが現在お住まいのアトリエに案内して差し上げてください」
「……は? いや、それなら王宮の方が……」
王宮を推奨しようとするエルミナスを、宰相が大声で遮った。
「悪魔様、この者は森の中のアトリエに住んでおりまして、大変良い場所です。どうぞそちらへ滞在ください」
「おい! 宰相!」
抗議しようとするエルミナスを、宰相が物凄い笑顔で見た。
「エルミナス様、どうぞ悪魔様をお連れください。私は成功の旨を国王陛下にお伝えしてまいります」
そう言うと、ものすごい速さでその場から去って行く。
(あ、あいつ……っ!)
その後姿を、エルミナスはジト目で睨んだ。
そこまでやらせるのか! と思うものの、国王を危険にさらすわけにもいかないとも思う。
彼はため息をつくと、ニコニコと笑う悪魔を振り返った。
「……こっちだ。ついて来い」
奇妙な共同生活が始まってしまった!
続きはまた明日投稿します。