【5月30日書籍発売記念SS】アイリーン、試験で本気を出す(5/5)
5月30日書籍発売! 記念SSの最終話です。
「今回の試験、あなたには本当に助けられたわ」
「いえいえ、私は少し手伝っただけで、お嬢様の努力の賜物です」
優しく言われ、思わず照れて俯きそうになるのを必死にこらえながら、アイリーンはポケットから皮張りの小さな箱を静かに取り出した。カインに差し出す。
「これはお礼ですわ」
カインは少し驚いた顔をした。
そっと箱を受け取ると、「拝見します」と箱を開いた。
「これは……、カフスボタンですね」
「ええ、先ほどの店で見つけたの。あなたに似合うのではないかと思って」
箱に入っていたのは、紫色の艶のある美しい石がついた洒落たカフスボタンだ。
マーシャとリリイに連れて行かれた店で商品を見ていて、一目見てカインに似合うだろうと思ったものだ。
カインが「失礼します」と、今付けている重厚な趣の黒い石のカフスボタンを外した。
箱から新しいカフスボタンを丁寧に取り出すと、パチンとはめた。
腕を伸ばし、まじまじとながめたあと、アイリーンを見て目を細めた。
「気に入りました。ありがとうございます、お嬢様」
「そ、それは、よ、良かったわ」
平静な顔が保てず、思わず横を向くアイリーン。
自分でも耳が赤くなっているのを感じる。
そんな彼女を見て、カインは軽く口角を上げた。
口の中で「自分の色味を異性に贈る意味に気が付いていませんね」と小さくつぶやく。
そして、箱を大切そうにポケットにしまうと、話題を変えるように穏やかに口を開いた。
「そういえば、今回の平均点はずいぶんと高かったそうですね」
「そうだったかしら」
「ええ、他の生徒たちが話をしているのを聞きましたが、どうやら370点だったそうです」
アイリーンは軽く目を見開いた。
「それは本当なの?」
「ええ、他の生徒が教師に確認したと話をしていました」
カインによると、いつも300点前後の平均点が370点まで上がり、生徒たちが様々な仮説を立てていたらしい。
「一部の生徒は、パーカー殿下に忖度が必要なくなったから、みんな本気でテストを受けたのではないかと言っていました」
アイリーンは苦笑いした。
確かに、2番、3番の生徒は上位貴族で、アイリーンと同じくテストで王子を上回れない2人だ。
「……確かに、わたくしと同じように、皆さん本気を出したのかもしれないわね。殿下は負けず嫌いなところがあるから、勝たない選択をしてもおかしくないわ」
そう言いながら、アイリーンは内心ため息をついた。
絶対に正しいと思っていたパーカー王子の在り方に疑問を覚える。
その後、アイリーンは公爵邸に到着した。
料理長が準備してくれた美味しい夕食を堪能し、買ってきた本を途中まで読むと、いつも通り頭を撫でられながら、早く朝にならないかしらと思いながら、眠りにつく。
*
アイリーンが眠ってしばらくして、部屋を出たカインは、屋敷の暗い廊下を音もなく歩き始めた。
窓から入る青白い月明かりが、悪魔の端正な顔を静かに照らしている。
彼は暗い階段を灯りもなしに上がると、部屋に入った。
上着を脱ごうとして、ふとポケットに触れる。
(そうだ、これがあったな)
彼はポケットから皮箱を取り出した。
中に入っていた自身が元々付けていた黒いカフスボタンを取り除く。
アイリーンから贈られたカフスボタンを丁寧に外すと、箱の中に入れた。
月明かりに照らされて紫色に輝くカフスボタンをしばらくながめると、軽く口角を上げた。
「人族から贈り物などもらったのは初めてだが……悪くないな」
悪魔に物を贈るなど変わった娘だ、と心の中でつぶやく。
その後、彼は箱を部屋の一番目立つところに置くと、ゆっくりと部屋を後にした。
――ちなみに、この数か月後に帰ってきたパーカーが、掲示板でアイリーンが1位であることを見て、
「不敬だ!」
と大騒ぎして、アイリーンが「どこが不敬なのですか?」と言って黙らせるのだが、それはまた別の話である。
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