04.夢かと思ったけど夢じゃなかった
本日4話目です。
悪魔召喚をした翌日の朝。
アイリーンは、小鳥の鳴く声で目を覚ました。
(もう朝……)
立ち上がってカーテンを開けると、美しい庭園が朝日を浴びて輝いているのが見える。
彼女はそれらをながめながら、大きなため息をついた。
(わたくし、どうなってしまうのかしら)
*
前日の深夜。
アイリーンは、悪魔にお姫様だっこされて、窓から自分の部屋に入った。
訳が分からず目を白黒させる彼女に、悪魔が微笑んだ。
「今日はもう遅いから、寝るといい」
そして、戸惑うアイリーンのローブと靴を優しく脱がせると、ベッドに横たわらせて、上から毛布をかけた。
「おやすみ、アイリーン」
「お、おやすみなさいませ」
真っ暗な中、冷たい手が頭を撫でる感触がする。
(な、なんなのかしら、この状況)
そして、いつの間にか意識を失い、気が付いたら朝だった、という次第だ。
*
彼女は、朝の光を浴びながら、改めて周囲を見回した。
目に入るのは、いつも通りの自分の部屋で、特に昨夜と変わった様子はない。
(……あの悪魔、どこにいったのかしら)
そんなことを考えながら、ボーっとしていると、ノックの音が聞こえて来た。
ドアが開いて、若いメイドが2名入ってくる。
「おはようございます、お嬢様」
「……」
無言でうなずくと、メイドが無表情にアイリーンに近づいてきた。
タライにお湯を注ぐなど、朝の支度の準備を始める。
そして、学園の制服に着替えたアイリーンは、部屋を出て1階の食堂に下りた。
広い食堂の大テーブルに座ると、湯気の立った野菜と雑穀のスープと水が運ばれてくる。
いつもと変わらぬ朝に、彼女は思った。
もしかして、昨日のアレは夢だったのではないだろうか、と。
地下の隠し部屋で、悪魔召喚の方法が記載された手帳を見つけて以来、アイリーンはそのことばかり考えていた。
だからきっと、召喚する夢を見てしまったのだろう。
(……そんな気がしてきましたわ)
いくら正気を失っていたからといって、自分が悪魔召喚なんてするはずがない。
まあ、心の中がスッキリしているのはちょっと気になるが、夢の中でぶちまけたからだろう。
(きっとそうですわ)
安堵の息を吐くアイリーン。
そして、ホッとした気持ちでスープを口に運んでいると、
コンコンコン
ノックの音が聞こえてきた。
食堂のドアが開いて、厳しい顔つきの痩せぎすの女性が1人入ってくる。
アイリーンは、女性を見てげんなりした。
(お説教タイムの始まりですわね……)
この女性は、ナスティ夫人。
アイリーンの教育係兼、屋敷の責任者で、この屋敷の実務を取り仕切っている。
夫人は、アイリーンを見て、ギュッと顔を顰めた。
「今日はずいぶんとゆっくりしていたようですね」
「……申し訳ございません」
アイリーンは、スプーンを置いてうつむいた。
夫人は非常に口うるさく、些細なことまで事細かに注意してくる。
特に朝は気になることが多いらしく、時間が遅い、食べ方が悪い、姿勢が悪い、など、ありとあらゆることにダメ出ししてくる。
アイリーンは、内心ため息をついた。
今日は何十分かかるのかしら、と。
そんなことを考えるアイリーンを、夫人がギロリと睨む。
そして、咳払いすると、偉そうに口を開いた。
「お嬢様。分かっているでしょうが、今日も言いたいことがたくさんあります」
「……はい」
「ですが、あいにく私には、そんなことをしている暇はありません」
「……はい?」
アイリーンは、呆気にとられて夫人を見上げた。
今、とんでもない言葉が聞こえてきた気がする。
「……あの、暇がないって……?」
ナスティ夫人がうなずいた。
「実は、私、今日から旅に出ることにしました」
「え? 旅?」
予想外過ぎる発言に、ポカンとするアイリーンの前で、
夫人は、両手を祈るように組むと、うっとりと空を見た。
「昨晩、思い出してしまったのです。私はずっと旅に行きたいと思っていたのだと。でも、このお屋敷に勤めて以来、暇がなくてなかなか行けませんでした」
夫人が、アイリーンを見た。
「でも、気が付いてしまったのです。人生は有限、やりたいことはやるべきだと!」
夫人が、決意を込めるように拳をギュッと握った。
「ですから、私は今日をもってこのお屋敷を辞めさせていただきます!」
「辞める!?」
アイリーンは目を丸くした。
まさかの事態に、言葉が出ない。
一体この人はどうしてしまったのだろうか。
そんなアイリーンなど意にも介さず、夫人が廊下の方に声を掛けた。
「あなた、いらっしゃい」
はい、という落ち着いた声と共に、1人の人物が食堂に入ってくる。
「……っ!!」
その人物を見て、アイリーンは盛大に咳込んだ。
黒い髪に黒い瞳、美しく整った顔立ちに、壮絶な色気。
執事っぽい格好をしているが、それは間違いなく昨晩の悪魔だった。
夫人は、悪魔を横に立たせると、にこにこしながら言った。
「彼は、私が全幅の信頼を寄せる青年です。今後のこの屋敷の一切は彼に任せます」
「もったいないお言葉です」
悪魔が優雅に礼をする。
アイリーンは茫然とした。
まさかの展開に、声が出ない。
悪魔はその赤い瞳でアイリーンを見ると、妖艶に微笑んだ。
「はじめまして、アイリーンお嬢様。今後ともよろしくお願い致します」
本日の投稿はこれにて終わりです。
また明日投稿します。