07.招待状と命令書
カインが帰って来た翌日。
アイリーンは、階下から聞こえてくる彼のピアノの音を聞きながら、自室のソファに座っていた。
気を遣ってくれているのか、聞こえてくるのはアイリーンの好きな曲ばかりだ。
その心地良い音に耳を傾けながら、彼女はエルミナスからの大きくて分厚い封筒を開いた。
中に入っていた美麗な男女の絵を見て、「さすがは先生ですわ! キャー!」と悶える。
そして、それらを数枚めくり、彼女は本題と思われる手紙に行き当たった。
紙には流れるような字で、こんなことが書いてあった。
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アイリーン
元気にしているようで何よりだ。
お前の作った帰還陣を専門家に見せたところ、数か所修正すれば発動するとのことだ。
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手紙の下には、帰還陣の修正箇所が記されていた。
(……これなら大して手間もなく直せそうですわね)
これを完成させれば、カインに契約せずに帰ってもらう交渉が出来るのだが、ここに来てアイリーンの心には迷いが生じていた。
彼にいなくなって欲しくない。強くそう思ってしまっている。
(良くないことだわ……)
契約なしでカインは人間界に長くはいられない。
長くいようとすると契約しなければならないのだが、それにはアイリーンの魂が必要になる。
「執事としていて欲しい」という願いも考えたことはあるが、エルミナス曰く、悪魔と契約をした人間は、見る者が見たら分かるという。
(多分、わたくしのように契約陣が見える人がいるのだわ)
エルミナスは、人間で見える者は珍しいと言っていた。
でも、何かの拍子に自分が悪魔と契約しているのがバレてしまったら、ブライトン公爵家は地に落ちるどころか、取り潰しになるだろう。
(それは公爵家の娘としてやってはいけないことだわ)
アイリーンは目を伏せた。
いずれにせよ、契約せずに帰ってもらうように交渉するしかない。
(……でも、今は色々大変だから、少し落ち着いてからにしましょう)
そう自分に言い訳しながら、そっと封筒に手紙を戻す。
そして、「もっとしっかりしなければ」とため息をつく。
その後、彼女はカインに「気分を変えませんか」と誘われて、こっそり街に行った。
本屋に行って新しい本を買って、調べてくれたという可愛らしいカフェに入る。
そして、大好物のクリームがたっぷり乗ったチョコレートケーキと、薫り高いお茶を堪能しながら、カインと会話を始めた。
「先生は、今何の絵を描いてらっしゃるの?」
「私が行ったときは、猫の絵を描いていましたね」
「まあ、猫」
「ええ、エルフは猫好きが多いそうですよ」
そう言いながら、カインがアイリーンの空になったカップに、さりげなくお茶を注いでくれる。
感謝しつつも、アイリーンは内心苦笑いした。
気分を変えようと外に連れ出してくれ、好きな場所に連れて行ってくれた上に、こうして気遣ってくれる。
こんなに甘やかされたら、ますます離れ難くなくなってしまう。
そして、夕方になり、
アイリーンがすっかり気分転換して屋敷に戻ると、屋敷に2通の手紙が届いていた。
手紙の差出人を見て、アイリーンは眉間に軽くしわをよせた。
(学園からと、お父様とお母様から……?)
何が書いてあるのか想像がつかないわと思いながら、自室に上がる。
そして、カインに渡されたペーパーナイフを使って、まずは学園からの手紙の封を開けると、そこにはカードが入っていた。
「……これ、デイパーティの招待状だわ」
それは、これまで生徒会で準備を進めていたデイパーティの招待状だった。
主催者が、パーカーとレイチェルになっているのを見て、アイリーンは苦笑いした。
全ての準備を人にやらせて、自分たちが美味しいところだけ持って行くなんて、軽蔑しかない。
そして、もう1通の方を開け、彼女は目を見開いた。
それは父母からの命令書で、デイパーティに必ず参加せよというものだった。
(……どういうこと? というか、なんでお父様とお母様がデイパーティのことを知っているの?)
立ち尽くしていると、後ろから手紙を覗き込んでいたカインが不思議そうな顔をした。
「あなたの両親は、誰の味方なんでしょうね?」
「さあ……。殿下じゃないかしら。昔から『殿下の機嫌だけは損ねるな』しか言わない人たちだったし」
アイリーンはげんなりした。
もう何がどうなっているのかさっぱり分からない。
カインがにっこり笑った。
「良いチャンスではないでしょうか。保護者の方も来られるのでしょう?」
確かに、とアイリーンは思案に暮れた。
ここ1週間ほど好き勝手言われているお陰で、アイリーンの評価は地に落ちているだろう。
きっと居心地は壮絶に悪いとは思う。
でも、さすがの殿下も保護者がたくさんいる場所で怒鳴って遮るなどはできないだろうから、自分は何もしていないと弁明するチャンスだ。
アイリーンは顔を上げた。
「わたくし、参加するわ。そして、はっきり嫌がらせなんて全部デタラメだって言うわ」
「そうですね、それがよろしいと思います。――パーティには何を着て行かれますか?」
「この前買った、デイパーティ用の青いドレスを着ていくわ。ちょうどいいと思うの」
「わかりました。準備してもらっておきましょう」
アイリーンは、軽く息を吐いた。
一時は絶望的な気持ちになったが、がんばれば何とかなりそうな気がしてくる。
ーーしかし、彼女は知らなかった。
デイパーティ当日、会場は人々の悲鳴に包まれることとなるということを。




