03.悪魔、どうしようかと思案に暮れる
本日3話目です。
涼しい顔をしている悪魔も、また内心困っていた。
(さて、これはどうしたものか)
*
アイリーンが、召喚陣を起動させる、少し前。
人間界の隣に存在する、黒い空と大地が広がる悪魔界にて。
彼は、宮殿(自宅)の屋上で、カウチに寝そべりながら、友人の大悪魔たちとカードゲームをしていた。
上空は、黒々した雲に覆われた空で、
ときおり現れる光る召喚陣(人間界への入口)に、若い悪魔たちが、我こそはと殺到しているのが見える。
「いやあ、若いねえ」
「そうだな。俺も昔はあんな感じだったな」
そんな友人悪魔たちの会話を聞きながら、彼は欠伸をした。
最近つまらんな、と軽くため息をつく。
そして、ゴロリと横になって、空を見上げーー
(ん?)
彼は真上に、小さな召喚陣がうっすら光っているのを見つけた。
(あれは、生贄なし、か)
召喚陣の光の強さは、生贄によって決まる。
生贄が多いほど収穫が多いため、強い光を放つ召喚陣ほど人気が高い。
そして、こうした薄っすらとしか光らない召喚陣は収穫が少ないため、ほとんど人気がなかった。
悪魔が寄り付かず、消えていく召喚陣。
しかし、消えたと思ったらすぐにまた光り始める。
寝転がって、何度もしつこく光る召喚陣をながめながら、悪魔は思った。
あの召喚陣、ずいぶんがんばるな、と。
そして、ボンヤリとそれをながめていると、突然、召喚陣から金切り声が聞こえてきた。
『出てきなさいよ! このわたくしが契約を結んで差し上げるって言っているのよ!!』
悪魔は、興味をそそられた。
向こうの声が聞こえてくるなんて、これは相当気合が入っている。
(……ちょっと行ってみるか)
悪魔が立ち上がると、友人悪魔たちが彼を見上げた。
「どこへ行くんだ?」
「あそこだ。ちょっと行ってくる」
うすぼんやり光る召喚陣を指差すと、友人悪魔の1人が吹き出した。
「おいおい、アレはやめとけ。どうせロクでもないぞ」
「つまんねーに決まってる」
悪魔はニヤッと笑った。
「そうでもないと思うぞ。俺の勘が、あそこはかなり面白そうだと告げている」
「マジか」
「ああ、間違いない」
そして、「そうか?」と首をかしげる友人悪魔たちに、「みやげ話を期待しとけ」と言い残すと、彼は上空に飛び立った。
召喚陣に近づき、他に近づこうとしていた若い悪魔を切り裂いて、召喚陣に飛び込む。
そして、300年振りに人間界に出てみたところ、目の前にポカンとした顔をしたアイリーンがいた、という次第だ。
*
彼は、アイリーンをながめた。
金髪碧眼に白い肌。痩せすぎてはいるが、人間にしてはなかなか整っている。
彼女は非常に怒っており、悪魔が事情を聞くと言うと、機関銃のごとくしゃべりはじめた。
ふむふむ、と話を聞く悪魔。
そして、5分ほど話を聞いて思った。
なんじゃそりゃ、と。
まず、願いがショボ過ぎる。
この世の中にはルールが存在し、叶えた願いが大きいほど、刈り取れる魂の量が多い。
こんな、恋人の浮気相手を何とかして欲しいなんて、せいぜい召喚者の魂が刈り取れるくらいだ。
悪魔は思った。
召喚されたのが俺じゃなかったら、この娘、怒った悪魔に一瞬で殺されてたな、と。
(しかも、この娘、びっくりするほどマズそうだ)
大悪魔になったくらいなので、この悪魔はあらゆる人間の魂を食べてきている。
量はもう必要ないので、質にこだわりたいところなのだが、アイリーンは実に美味しくなさそうだった。
(この魂の感じ、狂信者に近いな)
自分の為に生きていない人間の魂は、苦みがある。
アイリーンには、このタイプの人間の匂いがプンプンした。
話し終わり、どこか苦悩するような表情を浮かべるアイリーンをながめながら、悪魔は考えた。
300年振りに来て、ショボい願いを叶えてマズイ食事をするのは、かなり気が進まない。
しかも、あんなに大見栄を張って出て来たのに、こんなので帰ったら友人たちに大笑いされる。
まあ、笑い話にするのも悪くはないが、マズイ食事だけは避けたい。
(さて、どうしたものか……)
考え込む2人の間に、不思議な沈黙が流れる。
――と、その時。
悪魔の耳に、人が歩く音が聞こえてきた。犬か何かの足音も混ざっている。
彼の様子が変わったことに気が付き、アイリーンが「なに?」という顔をする。
悪魔が、シーッと口元に人差し指を当てると、小声で言った。
「……誰か、こちらに向かってくるな」
「え?」
「弓矢を持った男が三人、犬を二匹連れている」
「……森番ですわ」
アイリーンが、困った顔をする。
ここで見つかってはマズイ、そんなところだろう。
その顔を見て、悪魔は思った。
よく分からないが、この召喚主は、何か迷っているようだ。
であれば、うまく誘導してみるのはどうだろうか。
望みが小さすぎるなら、大きな望みを持たせればいいし、
魂がマズいなら、美味しくなるように誘導すればいい。
美味しい魂に必要なものは、「自分の人生に対する我儘さ」だ。
堕落させてみてもいいかもしれない。
自分の食べたいものを自分で調理するパターンだ。
(……まあ、時間もあるし、こういうパターンも悪くないか)
そうと決まれば、騒ぎになる前にさっさとこの場を立ち去ろうと、悪魔は召喚陣から出た。
アイリーンに近づき、ふわりと横抱きする。
「なっ!」
アイリーンが驚きのあまり真っ赤になる。
悪魔は微笑んだ。
「見つかったら困るのだろう? とりあえず、この場を出よう」
片や「勢いで悪魔を召喚してしまいましたわ! どうしましょう!」と悩む召喚者。
片や「願いはショボいし、魂はマズそうだし、300年振りでこれはちょっと」と考える悪魔。
何となく2人の利害が一致してしまった!
ということで、本日もう1話投稿します。