【5月30日書籍発売記念SS】アイリーン、試験で本気を出す(3/5)
本日5月30日書籍発売! 記念SSの第3話目です。
試験まであと10日と迫ったある日。
放課後のカフェの一角で、アイリーンは2人に王国史と王国法について解説をしていた。
「ちょうどこの時、街にお忍びで出掛けたケンドール2世は、一部の貴族が一般庶民を奴隷のように扱っているのを見て、とても怒ったそうよ。それで、不当な扱いを受けている庶民を守るための法律を作ることを決意したそうよ」
「なるほど! それが今の国民保護法につながったのですね!」
「ええ、その通りよ」
教科書の年表を見せながら話をするアイリーンと、熱心に話を聞くマーシャとリリイ。
そして、アイリーンが話し終わると、リリイが感謝の目を向けた。
「ありがとうございます。アイリーン様。お陰で、王国史も王国法も、すっきり理解できました」
「私もバッチリよ! バラバラだった知識が全部つながった感じです!」
アイリーンは控えめに微笑んだ。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。わたくしもお2人のお陰で、経営学と文学の理解が深まりましたわ」
お互いにお礼を言い合う3人。
そして、誰が言うでもなく、ほぼ同時にテーブルの上のとある教科書を見て、3人同時に「はあ」とため息をついた。
マーシャが憂鬱そうに口を開いた。
「やはり残ってしまいましたね。算術」
「ええ、私も残念ながら算術はちょっと……」
「わたくしも不得意ではないのですが、教えられるほどではなくて……」
5教科のうち、誰も得意ではない算術の勉強が残ってしまったのだ。
マーシャが難しい顔をして教科書を手に取った。
「試しに、みんなで問題を解いてみませんか? 誰かが解けるかもしれませんし」
「そうですね。他の勉強も終わったし、やってみましょう」
そうリリイがうなずく。
アイリーンも合意したことから、3人は難しい顔で算術の問題に取り組み始めた。
アイリーンは問題を解きながら思案に暮れた。
(どうやら、この中で一番得意なのはわたくしのようだわ)
時折、2人に解き方を解説しながら、丁寧に問題を進めていく。
そして何とか最後まで解けるかもしれないと思っていた、そのとき。
「これは……難しいわね」
3人はとてつもなく難しい問題にあたってしまった。
いくら考えても解き方が分からない。
3人が頭を抱えていると、カインが微笑みながら現れた。
「皆さん、少し休まれてはいかがですか。気分転換されると良いアイディアが浮かぶかもしれませんよ」
「そうかも! ちょっとお休みしましょう!」
「ええ、そうしましょう」
アイリーンもペンを置いた。
確かに、ちょっと集中力が切れてきた気がする。
そして、カインが持って来た紅茶を飲もうと目の前のノートをとりあえず横に置こうとして、
(あら?)
彼女はノートに何か挟まっていることに気が付いた。
そっとそのページを開けると、紙が挟まっており、美しい字で書いてあった。
『数字Aをαとして、リーベルトの法則を使ってはいかがでしょうか』
アイリーンは思わず目を見開いた。
こんがらかって解けなかった算術の問題が、頭の中でするすると解け始める。
(一体誰が……)
もしやと思って横を見上げると、悪魔が読めない表情で立っていた。
アイリーンが問うような視線を向けると、意味ありげに軽く口角を上げる。
アイリーンは軽く眉間にしわを寄せた。
どうして分かったのだろうという疑問と、謎の敗北感を感じる。
その後、アイリーンはカインのメモに従って問題を解いた。
その方法を2人に教え、「さすがはアイリーン様ですわ!」と称賛されて、「そんなことありませんわ」と、淑女らしく控えめながらもやや硬い笑みを浮かべる。
そして、その日の帰り。
アイリーンは馬車の中でカインをジト目で見た。
「……さっきのアレ、あなたよね」
「ええ、そうです」と、爽やかにうなずく悪魔カイン。
「もしかして、お気に召しませんでしたか?」
アイリーンはため息をついた。
「いえ、助かったわ。……でも、どうして解き方が分かったの?」
以前、カインは人間の勉強に興味もないし、したことがないと言っていた。
なのに、なぜあんな難しい問題が解けたのだろうか。
不思議そうなアイリーンに、カインが微笑んだ。
「私もお嬢様と一緒に授業を受けておりますので」
「え? もしかして、わたくしの授業を聞いていて学んだの?」
「はい」
アイリーンは目を逸らした。
表情はとりつくろっているが、心の中は大荒れだ。
(同じ授業を受けながら解けないなんて、わたくし、カインに負けたってことじゃない!)
条件が同じなのに負けるなんて! と、ものすごい敗北感を感じる。
心の中で「ぐぬぬぬ」となっていたものの、しばらくして彼女は考えを改めた。
相手は数百年生きている悪魔だ、17年生きている自分が負けてもきっと仕方がないことなのだ。
それよりも大切なのは、試験において、公爵家の子女として相応しい点数を取ることだ。
(そうよ、大切なことを見失ってはダメだわ)
澄まし顔で窓の外をながめながら、そんなことを考えるアイリーン。
その様子を、カインがどこか楽しげに見つめる。
そして、その日を境に、アイリーンはカインを巻き込んで勉強をするようになった。
自分の部屋に呼んで、分からない問題の解き方を尋ね、内心悔しがりながらも知識をどんどん吸収していく。
カインもこの状況が悪くは思っていないようで、読めない笑みを浮かべながらも、楽しそうに彼女に勉強を教える。
――そして、10日後。
アイリーンは、5年ぶりに本気で試験に臨んだ。
本日発売!
ぜひお手にとって頂けると嬉しいです。(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ぺこり