02.殿下、降臨
殿下が学園に戻ってくる当日。
アイリーンは、屋敷の食堂で朝食を食べながら、考え事をしていた。
(色々と問題は山積みだけど、まずはカインのことよね……)
昨日色々考えた結果、彼女はまずは帰還陣を完成させるべきだという結論に至った。
帰って欲しくないという気持ちは強いが、かといって魂を捧げるのは難しい。
そうなると、やはり契約しないで帰ってもらうしか方法がなく、そのためには帰還陣が欠かせない。
(早々にエルフの専門家に見てもらって、帰還陣を完成させなければなりませんわね)
問題は、エルフ領の場所だ。
あんな場所、アイリーン1人で行くのはどう考えても無理だ。
となると、明日にでもカインに行ってもらう必要があるのだが、そんなに急に行ってもらう理由が見当たらない。
(何かいい理由はないかしら……)
もぐもぐと口を動かしながら悩んでいると、料理長がニコニコしながらお皿を持って来た。
「今朝手に入りましたので、どうぞ新鮮なうちにお召し上がりください」
お皿を見ると、そこには桃を切ったものが載せてあった。
「あら、もうそんな季節ですのね」
「今年は出来が良いそうですよ」
大好物の桃を見て、アイリーンの気持ちが少し軽くなる。
そして、彼女はひらめいた。
(こ、これだわ!)
彼女は料理長に尋ねた。
「桃って、どのくらい日持ちしますの?」
「そうですね、青いうちにもげば、1週間はもちます」
「青い桃って手に入りませんの?」
「今時期だとギリギリですが、頼めば明日には届けてもらえると思います。取り寄せますか?」
「ええ、お願いしますわ」
そして、料理長が立ち去った後、アイリーンはカインを振り返った。
「先生が、人間領の果物が大好きだっておっしゃっていたのを覚えていらっしゃる?」
「ええ、もちろん」
「でしたら、明日来る桃を、先生に届けてもらえないかしら」
カインが、首をかしげた。
「桃でなければダメなのですか?」
「だ、だめよ! だって、わたくしの大好物をお世話になった先生にたべていただきたいじゃない!」
必死に言いつのると、カインが「まあいいか」という風にうなずいた。
「では明日行ってきます。私も楽譜をとりに行きたいと思っていましたし」
アイリーンは、安堵した。
これで明日エルフ領に行ってもらえる。
我ながら良いアイディアが浮かんだものだと自画自賛する。
作った帰還陣が全然ダメだという可能性もあるが、
そうだったら先生に泣きつくつもりだ。
(良かった。こちらは何とかなりそうですわ)
アイリーンは、ホッとしながら桃を食べ終わると、席を立った。
カインと馬車に乗り込み、学園に向かう。
そして、降車場で馬車を下り、彼女は思い出した。
今日は殿下が学園に帰って来る日だったわ、と。
(問題はこっちですわね……)
アイリーンは遠い目をした。
どうせ、殿下はあの女とイチャついているに違いない。
内心げんなりしていると、女子生徒たちが近づいてきた。
おはようございます、と挨拶すると、アイリーンにそっと耳打ちした。
「先ほど、殿下と側近の方2人が登校されました。レイチェル様は、ご実家に寄ってから戻られるそうです」
彼女たち曰く、殿下はとてもイライラしていたらしく、
挨拶の声が小さい令息に、「声が聞こえない!」と絡んでいたらしい。
レイチェルがいないことにホッとしつつも、殿下も相変わらずね、とアイリーンが苦笑いする。
そして、女子生徒たちと別れて廊下を歩いていると、カインが後ろから低い声で言った。
「殿下は、もしかして短気な方なのですか?」
「そうね。機嫌が悪いと人に当たるところがあるわ」
チラリと挨拶に行こうかとも思うが、八つ当たりされるだけな気がして、やめることにする。
その後、教室に行ってクラスメイトたちと軽く雑談をした後、いつも通り授業を受ける。
そして、お昼の時間になり、アイリーンはカインと共に食堂に向かった。
きっと殿下たちがいるわよね、と憂鬱な気持ちになる。
そして、食堂に到着し、彼女は中の雰囲気がいつもと違うことに気が付いた。
生徒たちが皆、一点を見つめている。
その視線の先を追って、彼女は食堂の中央に人だかりができているのを見つけた。
その奥から、男性の怒気を含んだ声が聞こえてくる。
(何かしら)
そっとそれに近づいて、彼女は思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、3カ月ぶりに見る婚約者のパーカー王子と、側近2人。
パーカーはこの上なく機嫌の悪そうな顔をしており、側近2人は「やれやれ」といった顔をしている。
3人に対峙するように、2人の男子生徒が立っており、ガタガタと震えている。
(あの人たち、いつも朝挨拶して下さる方々だわ)
そばに立っていた女子生徒に、何が起きたのか聞いたところ、
男子生徒2人が、パーカーに気が付かず、挨拶をしなかったらしいと返ってきた。
(え! そんなことで、こんな大事になってますの?)
アイリーンは呆れかえった。
以前もこんなことがあった気がするが、今日はとても異常に見える。
そんな中、パーカーが険しい顔で口を開いた。
「お前たち、少し見ない間にずいぶんと偉くなったもんだな」
「も、申し訳ありません。食事に夢中で……」
「お前たちは王族を馬鹿にしているのか?」
「そ、そんなことは……」
真っ青な2人を見て、アイリーンは思った。
このままでは、反論できない彼らはサンドバックになってしまう。
彼女は、人ごみを抜けると、揉めている5人に近づいた。
真っ青な2人を守るように背にして、王子に対峙する。
そして、息を軽く吐くと、パーカーを真っすぐ見た。
「殿下、2人は悪気がないと言っておりますので、許してやっていただけませんか」




