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朧 その3

昼過ぎ、先に裏庭へ着いたのは俺の方だった。大倭(やまと)の姿はどこにもなく、どの辺りが話し易いだろうかと散策しておく。

簡単に座れそうな場所がないってのも、ここが人気のない原因かも。

「ここくらいかな」

木が植えられており、それを丸く囲むような縁石(えんせき)があったので、低く屈んで尻をつけた。

地べたよりはマシかもしれないが、大差ないなとも思いながら、校舎の方を見た。

2拍ほど置いて、大倭がそこから顔を出す。手を挙げて合図すると、大倭も手を上げてこちらへやってくる。

「低いな」

そう言いながら、隣で腰を落とす。ほとんどうんこ座りだ。

「で、何に対して謝りたいわけ」

気になっていた俺は、さっそく本題を切り出した。

「うん、それな」

大倭が俺をチラリと見る。

目を正面に戻し、真剣な横顔で口を開く。

「お前をこっちに引きずり込んでしまった。ごめん」

そう言って少し頭を下げた大倭。

「は?」

「お前をそんな体にしてしまったのは、オレの責任だから」

「気持ち悪いこと言うなよ」

思わず、自分の体を両手で抱えた。

大倭が何を言っているのかよく分からないが、嫌な予感だけはあって、腹の下の方がずんと重くなる。

「あの人の話はどうなったんだよ」

「うん……母さんが葬式の手伝いしたって話、あの人じゃなかったんだ」

「え?じゃあ、まだ生きてるとか?」

いや、と言って大倭は首を振る。

「あの人の奥さんの葬式だったらしい」

「ん?1人暮らしじゃなかったってこと?」

大倭はさらに首を振る。

「奥さんだけが住んでいたって事」

ポカンと口を開けた俺を、またチラリと見た大倭は、つまり、と言って続ける。

「あの人はずっと前に亡くなっていて、残された奥さんが死んだ時に、母さん達が手伝いに行ったんだ。ずっと前と言っても、奥さんの死んだ時からしたら2年前らしいけど」

俺は思考がしばらく停止していた。思考を進めた先にある、答えが怖かったからだ。

「昨日拾ってくれた鈴、覚えてるか?」

「え、うん」

「音、聞こえた?」

「そりゃ……」

鈴なんだから音くらい聞こえるだろうと続けようとしたが、大倭の言葉に口を噤む。

「オレは聞こえないんだ」

聞こえないのレベルが分からない。

小さい音だから?

「帰ったらこうなってた」

大倭はポケットから鈴を取り出すと、わかりやすいようにひっくり返す。そこには斜めに走る亀裂があった。

「ギターケースから飛び出たから、落ちたせいで裂けた?その傷のせいで鳴らなくなったのかな」

そう問うと大倭は首を横に振って否定した。

「オレはこの鈴の音が聞こえた事ない。だから、昨日のアレも気のせいだと思った」

昨日のアレ?

「それにこの鈴、お守りって言っただろ?それを学校から貸してもらってるケースになんかいれない。勝手に飛び出たんだ」

勝手に?

ドッキリかなにか?

俺、試されてるのかな。

大倭は首を傾けている俺をじっと見ていたが、欠片も笑う事なく続けて言った。

「オレには関係ない世界の話だと思ってた。だから音叉も問題ないし、このまま将生と同じ視界で生きて行くんだと思ってた」

この大倭の顔は冗談やふざけている時の顔じゃない。だけど、やっぱり意味不明だ。

「それで母さんの家系の話なんだけどさ」

大倭はそう言って3拍置く。息をすっと吸って語り出した。

「本家筋の家業が心霊関係みたいでさ。オレのトコは、親も普通の会社員なんだけど、どうやら母さんからその体質を引き継いだみたいなんだ」

なんだ本家って。

心霊関係ってなんだ?

淡々と語る大倭の横顔を、俺は何も問い返す事なく見ていた。

問い、返せなかった。

「母さんはお葬式を手伝った奥さんの話、全然しなかったくせに、あの人の話は時々するんだよ。だから、死んだって聞いた時、あの人の事だって思い込んでた。……母さんも見てたんだな、あの公園越しに」

春の陽気がなりを顰め、薄寒い風が吹き抜ける。

「あの雪の日、将生はあの人見たんだろ」

大倭の顔がゆっくりこちらに向けられた。

緑の垣根と雪とお爺さん。

俺は思い出しながら、無言のまましっかりと頷いた。

「あの時だけじゃなく、何度か見たんじゃないか?」

再度、しっかりと頷く。

「何かをきっかけにして、マンションを振り返っているなとは思っていたんだ。でも、おれ達くらいの年齢は、見えたり見えなかったりするみたいでさ、力が定着しなければそれ以上は何もないらしいんだ」

「なんだ」

ようやく声が漏れた。もちろん、安堵したからだ。

見える事はよくあり、力が定着しなければ何も起こらない。そう思ったからだ。

「それで謝ってたのか。死んでたんなら仕方ないよ。大倭だって知らなかったんだろ?目の錯覚じゃなかったのはちょっとビビったけど、いい体験したって事だよな」

大人になるにつれて見えなくなるのなら、謝るような事じゃない。

「違う」

強い口調で、大倭は首を振った。

「謝りたいのはコレなんだ」

そう言った大倭の胸ポケットから出てきたのは、部活で使う金属、チューニング・フォークだった。

「謝りたいのがチューニング・フォーク?」

茶化すように言ったのだが、大倭の表情は硬いままだ。

「昨日の夕方な」

「うん」

大倭は今度は2拍だけ間を置いて続ける。

「早く帰れって言ってきた人がいただろ?」

「うん」

「あれ、おかしかっただろ」

「うん?」

俺は首を傾げて大倭を見た。

「後光射してて顔が良く見えなかったじゃん」

「うん。それがおかしいのか?」

「おかしいだろ。教室の入口、北側だぞ」

そう言われてようやく気がついた。

「それに最終下校18時半だろ。帰る時、空って薄青いじゃん。でも昨日はまだ陽が見えてた。下校のチャイムなんて鳴ってなかったんだよ。家に帰ってから時計見たら、下校のチャイムが鳴った直後の時間だった」

「え……じゃあ、あの先生は……」

「先生じゃない。いや、元は先生だったのかもしれないけど、今、この学校で勤務している人じゃない」

心臓がドキドキ鳴り始めてうるさい。

「ちょっとだけ不思議だなって思ってたから、なんとなく鈴を確認したらこうなってた。それですぐに母さんにその話をしたんだ」

大倭に気が付かれないように、ゆっくり息を吸い込んで、同じくらいゆっくり吐き出した。

落ち着け、俺。

「そしたら、母さんの実家の話を聞いたんだ。本家はかなり古い家系で、神話の時代から続く家系の傍流だと言っていた。家の話はよく分からなかったけど、霊みたいな存在を見る家系で、何かの役割があるんだって」

霊……

ドキドキは落ち着く気配がない。

「母さんの旧姓、日下部っていって、その筋では有名らしいんだ。本家が神戸にあって、って……とりあえずそれはいいや。とにかく、オレは母さんの体質を受け継いで霊みたいなモノを見やすいみたいなんだ。だから魔除けの鈴を持たされてた。もう気づいてると思うけど、昨日のあの人は先生じゃない。マンションと公園の間に立っていた、あの人と同じモノだ」

口の中がカラカラに乾燥して、喉がひりつくようだ。

「見えてしまうと、付き纏われる事もあるから、逃げるにしろ、祓うにしろ、ちゃんとした訓練が必要だって言われたよ。しかも結構真剣な感じで」

「訓練?」

思ったよりも声が掠れている。

「もし、見るのが定着していたら、あっちからもちょっかいかけられるって。見つけられるのに、こっちが見えないんじゃ逃げれないだろ?」

「ちょ、ちょっと待てって。定着してるかなんて、どうやって分かるんだよ」

焦った俺に頷いて、大倭はチューニング・フォークを目の前に掲げる。

「その修行の時ってさ、これ使うんだよ」

「は?」

大倭はチューニング・フォークを鳴らす。

いつもの音が耳の奥に燻る。

「ほら、後ろ」

大倭は縁石の中心に植えられている木の横を指差している。

白い煙が見えるような気がした。

人くらいの大きさで、ゆらりと立ち昇っていたが、さっきもあっただろうか?

目の錯覚かと思って、2度、3度瞬きをしてみたが消えない。耳の奥に音叉の残響が残っていて、それが耳の奥に吸い込まれていくような気がした瞬間、その白い煙が人の姿に見えた。

「え!」

驚いて大倭を見て、再度、煙の方を見る。

いや、それはもう煙ではない。

白く微発光した人だ。頭上からゆらりと煙のようなモノが立ち昇っている。

「や、大倭は何に見えてるんだ」

「白い人。マンションのあの人みたいな」

同じだ。

俺はさらに目を凝らして見る。服の感じも見えてきた。

「スーツ着てる?」

大倭に確認してみると、

「うん。メタボでハゲたおっさん」

「ハゲ?そこまで分からないよ」

「ふうん。でも、優しそうだし、こっちに気付いてない」

そう笑いながら返答があった。しかし大倭の笑いはすぐに引っ込んで、俺に向き直る。

「母さんの話では、修行にはよく音叉を使うらしいんだ。修行方法は家系で違うらしいけど、音叉を使うところは多いらしい」

「へえ、なんでこれ使うんだ?」

「聞いたけど、倍音がどうとかって難しくてよく分からなかった。でも、オレが近くにいて同調した可能性もあるって言われた。部活に誘わなかったら、将生が怖い思いをする事なかったのかも」

正直言うと怖かったが、ビビっていると思われるのは嫌だった。

「そんなの、どうしようもなかったんじゃないかな」

怖い、怖くないには触れず、さりげない調子でそう言った。

「チューニング・フォークだけが原因じゃないだろ?あの公園で何度も見たんだし、元々合いやすかったって事だろ?この先、見えなくなるかもしれないし」

そこまで言って、ふと湧き出す疑問。

「ところで、俺達が見てるのって……なに?」

「えっと、オレにもよく分からないけど、幽霊みたいなものかな」

「悪さする?」

「白いのは大丈夫だって、母さんが」

大倭の返答に首を傾げる。

「白くないのもいるのか?」

「そうみたいだよ。オレは見たことないけど。でも、白以外が見える様になったら、絶対訓練した方がいいって」

「……そうなんだ」

ふうんと言って、俺は少し考えた。ややして、口を開く。

「大倭の親戚に専門家がいるってことだよな。よかった」

「よかった?」

申し訳なさそうにしていた大倭の顔が、不思議な物を見るようなものに変わった。

「うん。何かあっても相談できるじゃん」

「ま、まあそうだけど」

まだ気にしている様な大倭の背を叩く。

「同じモノが見えてて良かったよ。どっちか1人だけしか見えてなかったら、こんな話出来ねえじゃん。俺に何かあっても、大倭に何かあっても、どっちかが分かるって事だろ。相談だってできる」

それに、と続ける。

「俺達インベンション・パートナーだろ」

真面目な顔でそう言うと、大倭はきょとんとして俺を見る。

ややして失笑しながら言った。

「なんだよそれ、意味不明すぎるわ」

俺もつられて笑う。

肌寒さはいつの間にか失せ、木の横の白い人もまた、いつの間にか見えなくなっていた。

見えても悪さしないなら安心だし、見えなくなる可能性もある。

もし、この先見えることで困った事が起きても、相談できる場所があるのなら、何も怖がる事ないんだ。

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