ぼくと大おばさんの不思議なレシピ
「ねぇおばあちゃん、料理か手芸の本ってある?」
いつものようにおばあちゃんの家に上がると、kindle端末を眺めていたおばあちゃんがクスリと笑った。
「私の本棚には物語ばかりだから、レシピとかハウツー本の類は無いけれど……モノ作りのお話ならあるわね」
「友達がもうすぐ誕生日なんだよ。それでさ、みんなで手作りのモノを送ろうって事になったんだ」
「なるほど、それで手芸の本なのね。物語に出てくる料理の再現レシピとか、そういうのならあるけれど?」
おばあちゃんが廊下の本棚から何冊かとって持ってくる。今更だけどどこに何があるか覚えてるの凄いな。出版社や作者ごとにある程度まとまってはいるけれど、あいうえお順でも無いし並べている基準がわからない。きっとおばあちゃんの独自の基準があるのだと思う。
おばあちゃんが棚から取り出したのは「絵本からうまれたおいしいレシピ」と「大おばさんの不思議なレシピ」だった。
「これは?」
「こっちは本当にレシピ。ぐりとぐらのカステラとかの作り方が載ってるわ」
そう言われると、だいぶ昔にフライパンからそのままカステラを食べた記憶を思い出した。
「ねぇ、もしかして幼稚園くらいの頃に作ってくれた事あるっけ?」
「あら、覚えてたのね。まだうんと小さかったのに。でも、天ちゃんいきなり牛乳かけてたわね」
「牛乳カステラ好きだったから」
焼きたてのフワフワなカステラならそのまま食べればよかったのに。小さい頃の自分は勿体ない事をしていると思う。
「もう一個のこっちは?」
「『大おばさんの不思議なレシピ』ね。これは物語ね。料理に縫い物に薬まで、いろんなものの作り方を書いたレシピを伯母さんから貰った女の子の話よ。でもね、このレシピに書いてあるものを作ると、不思議な世界にワープしてしまうのよ」
「マジックアイテムのレシピだ!」
「マジック……そういう言い方をするとおとぎ話感が薄れるから、不思議な道具、くらいにしておきましょうか」
おばあちゃんは少し顔をしかめると、また奇妙な拘りを見せた。不思議な道具。マジックアイテム。まぁ、確かに雰囲気は違う。
パラパラとめくってみると作るアイテムごとに四つの話があるようだった。
「でさ、おばあちゃん? ぐりとぐらのカステラはともかく、これを読んでどうするのさ。作り方があるわけじゃないし、この星くず袋を作ったとしても、トモ君がこの本読んでなかったらわからないじゃないか」
ぼくがそう言うと、おばあちゃんは我が意を得たりとでも言いたいような、ニヤリとした笑みを浮かべた。悪い魔女っぽい笑い方だ。
「主人公が冒頭で『料理か手芸の本ってある?』っていうのよ。それで思い出したの。それとね、知らなかったら伝わらないっていうのは何でも同じなのよ。でも逆に同じ物語を共有して居れば手作り品はグッと面白くなるわ。そのトモ君? 誕生日になるお友達の好きな本とか漫画とかを知っていたら、天ちゃんもそれを読んで共有している何かを作ったらいいと思うの」
「あー。それいいね。でも何が好きかな」
「聞くのが一番だけど、わからなかったら、まず本なり漫画なりを贈ってしまいなさい」
「乱暴極まりない」
「それで相手がハマったらwin-winだからセーフよ。手作りグッズも贈り放題になるし」
まぁ、相手が喜んでくれるのを目的とするなら良いのかもしれないけど。本当におばあちゃんは隙あらば人に本を読ませようとしてくる。
「それにね、贈り物って言うのは物語なのよ」
「またわからない事言い出した!」
おばあちゃんは安楽椅子の足元に置いてある自分のバッグを取ると、中から二つのものを取り出した。
小さな封筒と、AMAZONの配達袋だ。プチプチが入っているのか中身が何かはわからない。
「じゃあ、例えばだけど。私がこれを上げるって言ったら、天ちゃんはどっちが嬉しいかな?」
一つ目の封筒をあける。中には図書カードが入っていた。
「あ、嬉しい。ちょうど欲しかった漫画あるから買って来ようかな」
「もう一つのも見てみなさい」
言われるままにもう一つの配達袋をあける。中にはちょうど欲しかった本が入っていた。
「え、何で? これおばあちゃんも読んでるの? っていうか、発売日明日じゃなかった?」
「予約しておいたから前日に届くのよ。今朝配達されたわ。これでしょ、天ちゃんの欲しかった本って」
「貰っていいの? やった!」
「値段は殆ど一緒だけど、嬉しかったのはこっちでしょう?」
「うん! 買いに行く手間が省けたし。あと、おばあちゃんなんで知ってるの?」
「何でも知ってるのよ」
そう言ってニヒヒと笑う。
「これが『物語』よ。『自分の好きな物を相手が知っていてくれた』とか『自分の為に用意してくれた』っていう価値が乗ったの」
「おー。プレゼントの奥義だ!」
「貴方の事を気にかけていますっていう気持ちでもあるからね」
「なるほどね。じゃあ、最近読んだ本とかおススメあるかとか、トモ君に聞いて見るよ」
「面白そうな本だったらおばあちゃんにも教えてね。あとその漫画も読み終わったら一巻から貸してくれる?」
相変わらずのおばあちゃんから、貰った本の他に二冊を借りて帰る。
次の日に学校で聞いてみると、運よく「大おばさんの不思議なレシピ」を読んだことがあるというので、ぼくは挿絵を真似して星くず袋を作る事にした。上履き入れにでも使ってくれたら嬉しい。