ぼくとはてしない物語
学校から帰ってきて宿題をやっつける。
というか、学校でプリントを配られた直ぐあとの休みに、友達と喋りながらみんなでやっちゃってる。漢字の穴埋め問題とかはわからなければ見せて貰って、計算問題はササッとやっちゃえば速い。面倒くさいのは、親の仕事で使う道具を一つ教えて貰って、調べて発表しなさいとかいう奴だ。マウス貰ったよ、有線のやつ。
「ばあちゃーん、買い物キッチンに置くよー」
ガラガラと引き戸を開けてばあちゃんの家に入る。
せっかく宿題を片付けて遊ぶ時間を作ったのに、フレンドは誰もオンラインになっていなかったので何か面白い物を探しにばあちゃんの家に行くと伝えたら、ママから買い物かごを持って行くようにと言われてしまった。
ばあちゃんは吸字鬼なのでほとんど普通の食事はとらない。朝昼晩に本を読むのが食事だ。
だけど、飲食を一切しないわけでは無い。おやつは食べるし(これも本の場合がある!)、お茶を飲んだりはするし、消耗品の買い出しはしなきゃならない。でも凄く量が少ないので、必要な物をクラウドの家族用掲示板に書き込んでおくとママが纏めて買っておくという事にしている。それを持ってくるのはぼくの仕事。
でも、ばあちゃんが凄く若返った時なんかには、走ってコンビニまで行って買い物してるの知ってるんだけどね。ママや近所の人はまあちゃんが若返っていく所を見て居ないから、この家にたまに出入りする若い女の人を婆ちゃんだとは気付けないんだ。
「今日、友達とゲームで遊ぶ予定だったんだけど皆なかなか集まらないんだよ」
ばたばたと靴を脱ぎ散らかして上がり込む。
「ネットのゲーム?」
「そう。みんなでやってるやつ」
食べ物をキッチンに、それ以外をトイレの脇の小さな収納庫にしまってから、ばあちゃんの和室に戻る。
「お祖母ちゃん若い頃はネットなんて無かったから、何時に何処でって約束して待ち合わせとかしないと会えなかったのよ。それに携帯電話もかったのよ、今は凄いわね」
「携帯電話が無い生活の方が凄いよ。待ち合わせに遅れる時に連絡取れないじゃん」
「結構とれるものよ。狼煙とかで」
「のろし?! ホントに?」
「嘘に決まっているでしょう? 急な用事で行けなくなったら待ち合わせしている喫茶店や駅に電話して伝言して貰ったりするのよ?」
「えー、なにそれ」
ばあちゃんはこうやって小さく嘘をつく。駅に電話して伝言なんてするはずないよね。
「でもさ、電話があっても無くても待ち合わせとかの約束に遅れてくるヤツは絶対いるんだろうな」
「いるわねぇ」
「すっぽかされると時間が余っちゃって、損した気分だから、ホント困る」
「あらあら。損はしてないのよ?」
「なんでさ」
「約束の時間を待つ間、ワクワクして楽しかったでしょう」
「うん」
「それを、また味わえるのよ。得したじゃない」
「ええええ」
ムチャクチャだ。それじゃ、約束をすっぽかされると得をするみたいじゃないか。
「そもそもね、待ってる時間が楽しくない相手とは待合せなくていいし、約束を破る相手とは約束しちゃダメよ」
「あ、そういう事ならわかる」
ほっとしたように同意するぼくに、ばあちゃんはニヤリと笑って続ける。
「それにね、急に空いた時間は何にでも好きに使える時間よ。そこをどう楽しむかが腕の見せどころじゃない」
「ばあちゃん、何と勝負してるのさ。急に時間空いてもなぁ」
「そこは『汝の、欲する事を、成せ』よ。やってみたかったけど、なんとなく後回しにしてた事に順位を回せるから新しい事にチャレンジするチャンスよ」
ばあちゃんのポジティブさはなんなんだろう。とにかく何でも楽しむという姿勢は真似したいけど。
「ばあちゃんの場合、新しいジャンルの本を買うチャンスじゃないの?」
「もちろん。わかってるわね」
「それに、いまの汝の欲する? それも何かの本に出てきたセリフなんじゃない?」
「良く分かったわね。『はてしない物語』よ。物語の中の前編と後編、二人の主人公が持つ事になる女王の代理である事を示す魔法のメダルに書かれている言葉よ」
「ダブル主人公の話なんだ」
「ダブル……というより、途中交代かしらね。本の最初に少し出てくるのが後半と全体を通しての主人公のバスチアン。太ってて運動が苦手で自信のない少年。前半はアトレーユという勇敢な男の子」
「だいぶ、違うね」
「この二人がどのように友情を積み上げていくかという話でもあるのかもしれないわね。もう一度読めないのが辛いわ」
「じゃ、ぼく読むよ。読んだら感想言いに来るね」
「おやつ山ほど用意して待ってるわ」
途端に目がキラキラしはじめた。そんなに他人の感想が聞きたいかね。
廊下の本棚に読みやすいサイズの上下巻に別れたやつがあったので持って行こうとしたら、こっちにしなさいとハードカバーの方と取り換えられてしまった。臙脂色というのだろうか、布のようなどっしりした表紙の雰囲気に気圧される。これはちょっと、休み時間に読むには重いぞ?
次の日、学校から帰るとその足でばあちゃんの家に駆けこみ、苦情を叩きつける。
「酷いよ、ばあちゃん!」
「どうしたの?」
「昨日借りた本、読み始めたらゲームの時間すっぽかしちゃって、今日みんなに凄い文句言われた!」
ばあちゃんが笑い止むまで、ぼくはかなり待たなければいけなかった。シュムラムッフェンむかつくなぁ!もう。