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ぼくとゲド戦記

 ぼくの名前は綴 天地。小学生。

 本を読むよりゲームするとかYouTube見てる方が好きなのだけど、1日中見てると母さんが怒るので、そんな時はばあちゃんの家に遊びに来ている。

 とは言っても隣だけどね。もともとばあちゃんちの庭があったところを潰して家を建てたらしいから同じ敷地内なんだ。


「はあちゃん、なにか面白い本を教えて」

「全部」


 はぁ。ばあちゃんは吸字鬼なので文字があれば何でも読む。ふりかけの原材料も、廃品回収屋のチラシも、USBメモリの説明書も全部しっかり読む。呼吸するのと同じらしい。

 そんな人に面白いの何って聞いたらこう答えるのはわかってた。ぼくが悪い。


「この間、ハリー・ポッター読んだよ」

「あら、どこまで読んだの? どこが好きだった?」


 ばあちゃんは手もとのKindle端末から目を離すと、キラキラした目で身を乗り出してきた。


「最後まで読んだけど、序盤のパトローナム練習する辺りとか」

「アズカバンね?!」

「うん。あと、魔法の地図持ってウロウロするところ好き。あれと透明マントはドラえもんの道具並に欲しい」

「ロンの使い魔の……」

「そうそう、そこ!」

「ロンはいい子。本当にグリフィンドールに相応しい勇敢な子だわ」


 ばあちゃんの全身が薄く光りはじめ、白かった髪の毛が真っ黒に戻っていく。クラスにも何人か妖怪とかいるけど、ここまで早い変身はそうは居ない。普通はもっとゆっくり変わる。保健の先生が吸血鬼だけど、老化が停まることはあっても若返るのはなかなか居ないらしい。


「だからさ、魔法使いの活躍する話あるかな?」

「もちろん、たくさんあるわ。でも、序盤が好きってことは成長要素がある方が……」


 若返ったばあちゃんは安楽椅子からスパッと立ち上がると、小走りで第二書庫に入っていくと、一冊の本を手にして帰ってきた。


「ゲド戦記 影との戦い……あ、これ映画でやってたやつ」

「映画版は見なくていいわ……」


 ニコニコしていたばあちゃんが一気に老け込んだ。何があったんだろう。映画の話はしちゃだめなのかな。

 ばあちゃん、よっこいしょとゆっくり座る。


「これ、ゲドという魔法使いの少年の少年編よ。二部が青年で、第三部になると老人になってるわ。その後を書いた帰還っていう第四部もあるし、外伝もあるけど、とりあえずは第一部が今楽しいと思うの」

「ゲドって言う魔法使いの人生を描いた的な作品?」

「原題はアースシーの魔法使いだし、外伝はゲドじゃないから……邦訳タイトルがそうなってるだけで、ゲドだけに注目した物語でもないのかも?」

「ふう~ん。読んでみるよ、借りてって良い?」

「もちろん。本の扱い方は大丈夫?」

「うん、開いたまま伏せない、汚さない、雨の日には持ち出さない」

「はい。じゃあ楽しんで読んでね」


 ばあちゃんの家でそのまま本を読むこともあるけれど、持ち帰って読むことの方が多い。

 何しろこの家、ちょっと薄暗い。吸字鬼は夜目が効くという事もあるらしいけど、全ての窓に厚手のカーテンを掛けているから。

 これはもちろん、日光を浴びたおばあちゃんが灰にならないように……という事ではなく、本が日焼しない為だ。何しろ廊下にも本棚が溢れている家なので、どこの窓を開けても本に日があたる。あたってしまう。

 吸血鬼は日光に当たると身体に良くないらしいけれど、吸字鬼に日光は特に何の効果も無いらしい。日焼けする位。


 「そういえば、おばあちゃんに『吸血鬼みたいな弱点ってあったりするの?』って聞いたら『心臓に杭を打たれたらたぶん死ぬかもしれないわね』って言っててなぁ……それで死なない生き物いないよ」


 目が悪くなると困るので、明るい自分の部屋で寝転がって借りた本を読んだ。

 次の日、学校から帰るとそのままおばあちゃんの家に駆けこんだ。


「ねぇ、このオジオン師匠との再開の所、凄くかっこいい!」

「そこね、わかるわ!」

「でもちょっと都合良すぎだよね。広い世界でたまたま……」

「そんな事無いのよ。ゲドにとって一番安心できる場所がここだったの。何もかも忘れても、あの穏やかな日々は心の奥底にあった……そういう事だと思うのよ」


 ばあちゃん、急に早口になった。でも、わかるのでウンウンと頷く。


「そっか。それならここに来るか。来るって言うか、戻って来たんだよね?」

「それよ!」

「あとここの、『狩人を狩りに』っての超かっこいい」

「そう。ターニングポイントだったのよね、ここが」


 婆ちゃんはニコニコと嬉しそうに手をぶんぶんと振り回している。本も読んでないのに十歳くらい若返っている。

 魔法学園編がもっと長くても良かったと思うけど、かなり面白かった。第二部も楽しみだ。


「じゃ、これの続きも借りていくね」


 二日後、ぼくは第二部の感想、というより文句を言いにばあちゃんの家に来た。


「ばあちゃん! ゲド全然活躍しないじゃん。第一部であんなにいろいろやったのに、これは酷いよ!」

「だから、ゲドだけに注目した物語じゃないって言ったでしょう? 第二部はゲドじゃなくてテナー編なのよ」

「それでもさぁ」

「それに、表紙を開いて最初のこの詩は見た?」


 序文とか、だれだれに捧げる、みたいな奴は飛ばしちゃうから見ていなかった。

 ばあちゃんに言われるままに見て見るとそこには「エアの創造」という詩があった。


「言葉は沈黙に。光は闇に。生は死の中にこそ……あ、これって?」

「そう。第一部と、第二部のテーマじゃないかしらね?」

「じゃあ、第三部はこういう話になるって事?」


 エアの創造の中の「生は死の中にこそ」の部分を指さす。


「そして、その中でゲドの、ハイタカと呼ばれた男の『虚空にこそ輝ける』生き様を感じ取れるかしら?」

「おおぉ。えっとね、第一部のゲドらしくないように感じるんだよ、この第二部のゲドって。でも、三部読むと一貫性があったりするってこと?」

「そうね。なぜゲドがこういう行動をとっていたのか、それは想像できると思うのよ。第三部と、第四部で」

「それなら、まぁ、いいか。第二部、つまらなかったわけじゃ無いし」


 第一部のカッコよかったゲドも、いろいろやらかすゲドも、第二部には居なかった。大人しくなっていたのが納得いかなかった。でもそれが青年編だからで、老年編でその理由がわかるなら、そこまで読んでみよう。


「それにね、最初に言った通り『今』楽しいのは第一部だと思うのよ」

「どういうこと?」


 首をかしげて質問を返すと、ばあちゃんは眼を細めて安楽椅子を小さく揺らすと、懐かしそうにため息をついた。


「この本はね、ゲドの年齢と近い時に読むと受け取り方が変わると思うの。世界中が未知にあふれていて、これから学ぶことの多い時期。責任を背負い自分の出来る事をする時期、責任を果たし人を育てて過去に想いを馳せる時期。だから、きっと天ちゃんが一番楽しく読めるのは第一部。でも大きくなって読み返した時に違う感想になっている、そんな読み方が楽しめるかも知れないわ」

「ふぅん? この後どうなるのかは気になるし、一部みたいな盛り上がりは期待しないで読むだけ読んでみるよ」


 そう言って、第三部を手に取ると卓上ライトをつけてその場で読み始める。

 年齢と近いと共感が増すっていうのもわからなくはない。それなら、次に読み返す時の為に今一回読んでおくのも悪くない。


「……いいわね。アレをもう一度読み返せるのね」


 安楽椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぎ見る。


「吸血鬼は吸い尽くしてしまう(・・・・・・・・・)と同じ血は二度と吸えない、なんて言ってたけれど。吸字鬼は手加減して読むなんて事てきないものね。少し、羨ましいわ」

 吸字鬼は本を読んだ感動だけで食事を取らなくても生きていける。そのかわり、一度読んだ本をもう一度読んでも心が動かないという呪いがある。繰り返し読む事で味わいが変わる物語の醍醐味は、もう味わえないのだ。



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