第640話 悪役令嬢と守護騎士の歩む道
「陛下にどう報告したらいいのかなぁ……」
説明を聞かされたベスティさんが普段の陽気を消し去り、本気で困った顔になっている。
ティアさんの覚悟を突き付けられた俺たちは、明日から一泊二日の迷宮泊を決行することにした。
前回の長い迷宮と『六本の尾』との死闘で革鎧はボロボロになってしまったが、ほぼ新品の予備はあるので装備に問題は無い。ちなみに壊れた装備は約束通りに『赤組』のニュエット組長が工房に届けてくれた。明日か明後日には仕上がっているだろうから、迷宮から戻ったら受け取りに行く予定だ。
「ペルメッダを経由して連絡は取れるかもしれませんけど、今までみたいな詳細な情報は、ちょっと」
「そうなるわよねぇ」
申し訳なさそうにしている白石さんに、ベスティさんはアウローニア時代の砕けた口調に戻ってしまっている。
アウローニヤを代表してペルメッダに来たベスティさんは周りの目を気にしていたらしく、間延びした語尾を使っていなかったことに今更気付いてしまった。
時刻は夕方の六時過ぎ。『一年一組』の拠点の談話室にはベスティさん、マクターナさん、そしてウィル様がいる。ついでにウィル様の守護騎士さんが一名。
俺たちが魔王国へ行くことを伝えるために呼びつけたわけではなく、昨日のうちに決まっていた予定通りの来訪だ。
ウィル様は事件の捜査状況を、ベスティさんは帰国の日程を、マクターナさんは一日拠点に引きこもっていた俺たちに迷宮の情報をと、それぞれちゃんと伝達事項を携えての登場である。
まあ、タァンが落としていった爆弾のせいで暇を持て余すこともなかったのだけど。
三人から伝えられた情報は特段驚くようなものではなかった。
ペルマ=タの捜査は順調で、外市街に三か所あった『尻尾』のアジトを摘発。入国記録と照らし合わせれば、現地協力者を除いた聖法国の主犯格は残り二名らしい。ウィル様の見解ではすでにペルマ=タを脱出し、山越えでアウローニヤを目指しているだろうとのこと。
つまり現時点で『一年一組』の安全はほぼ確定した。これなら大手を振って迷宮に挑むことができる。
ベスティさんたちは三日後にラハイド侯爵夫妻と一緒に帰国することになったらしい。なんでも手土産にブリャ・ルミヴたち『六本の尾』を連れていくのだとか。
ペルメッダには相応の身柄引き渡し金を支払うことになるのだが、リーサリット女王なら政治的に上手く使いこなすだろうと思う。アウローニヤから金を毟ろうとしていた聖法国の使節団はさぞや酷い目に遭うことになりそうだ。
そしてマクターナさんだが、多数の冒険者が事情聴取で昨日は人の少なかったペルマ迷宮は、本日にはもう普段通りに戻ったらしい。
四層への対応についても大人数編成が進みつつあり、階位を上げた冒険者が増えている。『迷宮のしおり』改め『指南書・ペルマ迷宮バージョン』もじわじわと浸透していて、今日の迷宮での損害はゼロだったようだ。素直に目出度い。
『マコトからも伝えたいことがあるそうですわよ』
で、ひと通りの話を聞いた直後、ティアさんがズバっと切り込んだのだ。しかも藍城委員長にぶん投げる形で。
げんなりしつつも帰還のヒントが魔王国にあるかもしれないことを委員長はお三方に説明した。タァンが転生者であることこそ伏せたものの、敵対するとはとても思えないと断言して。
そもそもタァンたち魔族が俺たちを害するつもりなら、『尻尾』に襲われていた俺たちを見捨てるか、勝敗が決したタイミングで乱入するはずじゃないかというオマケの推測まで追加していた。なんなら泊まった夜に暗殺だってできたはずだとも。
よくもまあ、委員長もいろいろと思い付くものだ。
「帰国を取りやめてペルメッダで冒険者になろうかなぁ。わたしって聖法国の件であんまり役にたてなかったし」
「『緑風』の副隊長が何言ってるんです」
アウローニヤとの文通が疎遠になるか、ヘタをすると途絶するかもしれないという現実にベスティさんは逃避を始め、規律に厳しい中宮さんが真っ当なツッコミを入れる。
どうやらベスティさんは『六本の尾』の襲撃を防げなかったことも気にしてしまっているようだ。十分頑張ってくれたと思うんだけどなあ。
「だよねぇ。やっぱりダメ?」
「ダメです」
泣き言をこぼすベスティさんに中宮さんはバッサリだ。
そもそもベスティさんは迷宮特務戦隊『緑風』の副隊長にして術師統括、さらには女王様直属の隠密的存在なのだから、ペルメッダに長期滞在していること自体が異例の事態と言える。
まあ、確実に機嫌を損ねるだろう報告を女王様にしたくない気持ちは、わからなくもないけれど。
そりゃあ俺たちだってアウローニヤとの繋がりが細くなるのは寂しいし、加えて米が手に入らなくなる可能性が高いのは痛い。
ついに醤油が見つかったかと思えばこれだもんなあ。魔王国って味噌はあるのだろうか。
そういうわけでベスティさん、マクターナさん、ウィル様の三人は、それぞれの事情で難しいコトになっている。
「みなさんが冒険者になってから三十日も経っていませんが、貢献点は二百五十万を超えています。これは異例中の異例といっていいでしょう」
組合職員であり『一年一組』担当のマクターナさんは、面映ゆいが優秀な冒険者がいなくなるのが惜しいようだ。
「五百万を達成した時点で特例での三等級も検討されていたのですが……、みなさんは軽々と超えていくのですね。まさか魔王国なんて」
いつもの朗らかさとはちょっと違うタイプの笑みに圧を込めた『ペルマ七剣』さんは、ギルドの特例でSランクにしてやるみたいなことを言ってきた。
それでもまだベスティさんとマクターナさんの態度はマシな方だ。
「……リンとメーラはそれでいいのかい?」
「くどいですわよ」
一番ヤバいオーラをまとった人が念を押してくる。これで二度目なんだけど。ほら、ティアさんが面倒くさそうな塩対応になってるじゃないか。
そう、ティアさんの兄であるウィル様は普段の爽やかな雰囲気を一変させ、これまで見たこともない薄い笑みを貼り付けた能面みたいな顔になっているんだ。怖すぎる。
俺たちのことを信じて妹さんを送り出してからまだ十三日……。いや、正確には冒険者登録の翌日に越してきたから十二日か。
貴族を辞めて、ペルメッダの国籍すら捨てたティアさんだけど、そんな彼女は短期間で『一年一組』を抜けることになってしまった。
これはまあ、大問題だよな。
ウィル様がさっきからチラチラと組長である滝沢先生に視線を送っている。どうする気なのか、と。
溺愛されちゃう令嬢系が大好物な先生にとってウィル様のそんな仕草はご褒美かもしれないが、今回はさすがに無理なんだろう。全力で【冷徹】を回しつつ、嵐が止むのを待つ構えだ。先生の額に浮かぶ汗が悠然とそれを物語っている。
とはいえティアさんとメーラさんのこれからが定まっていないのは大きい事実だ。その点でウィル様の態度は正しい。ティアさんが冒険者になる前に、いつか別れが来るのだからと、俺たちとの付き合い方についてウィル様が釘を刺していたのはさておいても。
俺たちだってティアさんたちと別れたくないという気持ちと同時に、彼女たちの進路が気になっている。さっきの多数決で誰も手を上げることができなかったのはその辺りも理由なんだ。
「今後については考えていますわよ。それよりも、わたくしも文通をしなければ不公平になりますわよ?」
「そ、そうね。魔王国次第だとは思うけど」
「外交交渉が必要ですわね。検閲は仕方ないとして……」
悩む兄を置き去りに、ティアさんは手紙の方を気にしている。ウィル様が先生に向けたみたいなチラ見ではなく、中宮さんをガン見したティアさんは堂々と文通を要求してきた。
個人的な手紙のやり取りに外交交渉って単語が出てくる辺り、俺たちもワールドワイドになったものだ。まあアウローニヤとの文通も、かなり手の込んだ隠蔽をしているのは事実なんだけど。
ベスティさんの相手といい、忙しいな、中宮さん。ベスティさんとの応対は海藤辺りに譲ってもいいと思うぞ?
さておき、ティアさんとメーラさんの今後だ。
二人が採ることのできる道は大きく二つ。ひとつは冒険者を引退し、ペルメッダ侯爵家の一員とその守護騎士として王城に戻るという選択となる。
けれどもこの国のお姫様が十日と少しで冒険者を辞めましたというのは外聞が悪い。たとえ十三階位に到達し、『シュウカク作戦』の突入部隊に参加していたとしてもだ。
聖法国の『尻尾』によって『一年一組』にまつわるネガティブな噂を流されたように、一般人はおろか冒険者の中でも偏った見方をする人は多い。もしもティアさんが侯爵家に戻った場合、婚約破棄されたやんちゃなお姫様が冒険者になって、挙句簡単に逃げ出した、なんていうストーリーが出回るに決まっている。
そもそもティアさんが冒険者を辞めるなんて姿が想像できないし、メーラさんはどこまでもついていくのだろうから、この妄想に意味が無いか。
となればもうひとつの選択肢は、ほかの組への『移籍』だ。
ティアさんは実力派の冒険者であると同時に政治的な存在でもある。
かつてユイルド・ニューサルが移籍を求めて決闘騒ぎを起こしたように、元侯爵令嬢が冒険者として所属しているというのは巨大な看板だ。願えばティアさんとメーラさんを受け入れる組はいくらでもあるだろう。
決して悪いことではない。それがティアさんの好みと合致するかはさておいて。
そういえばニューサルの処遇ってどうなるのだろう。あまり楽しくない話になりそうだから、こちらからは振らないけれど。
「それにしても、魔王国ねぇ」
「魔王国、ですか」
「フィルダールか……」
奇妙なタイミングでベスティさんとマクターナさん、ウィル様の声が被る。
ちなみに上杉さんと佩丘ほか数名は、お客様に差し出す夕食を作成する必要があるという理由でここにはいない。逃げたともいう。
俺も料理を手伝いたかったのだが、迷宮委員なんだからと綿原さんと並んで話を聞く側だ。この件と迷宮委員ってあんまり関係なくないか?
「『勇者』が魔王国に入るなんて、伝承の再現でもするつもり?」
「魔王退治なんてしませんからね」
なんでベスティさんはジト目で俺を見るのかなあ。対魔王戦なんて勘弁なんだけど。
「フィルダールは大切な交易国なんだ。不要な混乱を起こされては困るよ?」
「……そうならないように努力します」
追撃とばかりにウィル様までもが俺に忠告をしてくる。なんだかマクターナさんはため息を吐いているし。
なあ綿原さん、サメと戯れていないで助けてくれよ。
◇◇◇
「ああ、そうですわ。マクターナ・テルトさん」
場所は変わり、食堂に設置されたテーブルの末席にいるティアさんが、客としてお誕生日席に座るマクターナさんに声を掛けた。
昼にはタァンたち犬耳三人が座っていた場所に、今はウィル様を中心にベスティさんとマクターナさんが並んでいる。ウィル様の斜めうしろに守護騎士さんが立っているけど、一言もしゃべらないのは毎度のことだ。
ウチの拠点ってワリと来客が多いよな。偉い人もちょくちょく顔を出すし。
「なんでしょう」
口に入れたトルティーヤを素早く呑み込んだマクターナさんが、視線をティアさんに向ける。
本日の夕食は迷宮四層のトウモロコシの活用方法をお披露目したいというのもあって、三種類のトルティーヤサンドが用意された。
ひとつはヒヨドリの肉とレタス、トマトを挟んで塩コショウのスタンダードな感じ。もうひとつはタマネギとブタのひき肉にアウローニヤスパイスを効かせたタコス風。最後は牛肉にバターとニンニク、さらには醤油ベースで味付けしたスペシャルバージョンだ。
ウチの料理番は見事な仕事をしてくれた。逃げたとか言って申し訳ない。醤油万歳だな。泣けてくるよ。
サンドイッチみたいに手づかみでどうぞスタイルの食事だけど、美味しい料理のお陰もあって大人たちからの圧はさっきまでよりは柔らかくなっている。
というかトウモロコシの使い道を食事という形で実感したウィル様とマクターナさんが目を銭色に染めているんだよな。商人王子と微笑み守銭奴は伊達ではない。ベスティさんなんかは美味しい美味しいの連呼で済んでいるのだけど。
さておき、ティアさんの続きだ。雑談を振るようなノリのティアさんだけど、マクターナさんにそういうことをするのは結構珍しい。何を言い出すのやら。
「わたくしを組合所属の冒険者として雇っていただけますこと?」
「はい?」
「わたくし書類仕事にも通じていますし、あなたと同じような立ち位置で活躍することも可能かと思いますわ」
ティアさんの口から出たセリフに食堂が静まり返る。そうきたかあ。
組に所属する通常の冒険者は基本的に歩合給で、四層レベルともなれば高給取りとなることもできる。対して組合直轄の冒険者は稼ぎのために魔獣を狩るのではなく、非常時の戦力として練度を維持することが仕事だ。
もちろん戦闘部隊にはそれなりの給料が出ているはずだが、冒険者登録をしながらも一般的な冒険者とは違う生き方ということになる。
伝手があって五層を探索する戦力を持つ『白組』や『赤組』、もしくは『サメッグ組』とか『ときめき組』みたいな組に移籍を希望するものだとばっかり思っていたのだが。
「ティアさん、もしかして……」
綿原さんが訝し気な表情で声を掛けても、ティアさんはマクターナさんから目を逸らさない。
鮫女子さんが問いたかったことは俺にもなんとなく察しがつく。要するにティアさんは『一年一組』以外の組に在籍したくないんじゃないかって。
もしそうだったとしても、これは逃避などではないと俺は思う。ウチの悪役令嬢はワガママではあっても、やるからには本気でコトに当たるタイプだ。組合職員となってもバリバリ活躍するだろう。
それこそマクターナさんのように、いつかは『ペルマ七剣』ならぬ『ペルマの拳』と呼ばれることになるかもしれない。ワリと簡単に想像できるんだよな。
「わたしと同じ道というのでしたら、最初は二等書記官見習いと『第六』の兼務となりますが……、激務ですよ?」
「望むところですわ」
少し間を置いたマクターナさんの返事に、ティアさんは力強い目で答えた。
薄紅色の騎士服を着たティアさんがテーブルの上で右拳を握りしめる。こっちの拠点に住むようになってすっかりドレスを着ることがなくなったティアさんだけど、全身から滲み出る暴力性は最初からずっと変わることはない。
そこがカッコいいってことを俺たちは知っているんだけどな。
「メーラはどうしますの?」
自分の今後を勝手に選んだティアさんは、続けてメーラさんの意思を確認する。『一年一組』に入る前なら聞くまでもなくって感じだったろうけど、二人の関係性も変わったよなあ。主従というより立派なペアだ。
「わたしもお願いします。事務員としては裏方で……」
そしてメーラさんも即答する。ティアさんと別の道を行くなんてあり得ないよな。
自分の向き不向きも踏まえている辺りも意思が表に出ていて、メーラさんもちゃんと自己主張をするようになったものだ。確かに無口なメーラさんがどこかの組の専属担当は……、ちょっと難しいだろう。うん。
「わかりました。この件については組合長に通しておきます。ですがコトがコトですので、侯爵家の皆さまでもお話をしておいてくださると」
「そうだね。僕としては悪くない案だと思う。前向きな回答ができるんじゃないかな」
ティアさんとメーラさんの決意を受け取ったマクターナさんとウィル様は、食事前の難しい表情とは打って変わって肯定的だ。
侯爵令嬢が冒険者組合に在籍すること自体は政治的に悪い話ではないのだろう。
ペルメッダは冒険者を大切にしている。そんなペルマ迷宮の組合にティアさんが入れば、国と冒険者の繋がりをより一層アピールできるはずだ。
加えて冒険者組合は迷宮の異変に対応するために、通常の組とは違って多彩な神授職を抱え、運用している。たとえば【捜術師】のミーハさんみたいに、非戦闘職であってもそれなりの階位まで鍛え上げているんだ。
迷宮戦闘に向かないとされる【強拳士】のティアさんだけど、実績次第では組合の戦闘部隊として五層にチャレンジできるかもしれない。
考えれば考える程、これこそがベストな選択なんじゃないかと思えてくる。
『一年一組』からの脱退を決意してからほんの数時間でこんな結論を出してしまうなんて、やっぱりティアさんは優秀な人だよ。
「さあ、わたくしとメーラの道は決まったも同然ですわ。明日の迷宮に力を入れますわよ」
気炎を上げるティアさんは残るトルティーヤにかぶりつく。
だけどなあ。こんな風に俺たちの魔王国行きを憂いなく推し進めるティアさんを頼もしいと思いつつ、性急すぎじゃないかと寂しく感じる心もあるんだ。
「アウローニヤが無関係でなによりだねぇ」
ベスティさんが気の抜けた声が、ちょっとだけの癒しかな。
次回の投稿は三日後(2026/04/16)を予定しています。
加えて『【氷術師】の深山雪乃が【魔力浸透】を取得していない疑惑』が発覚しました。そちらについては活動報告もしくは近況ノートに記載させていただきます。




