第635話 十五年と百日ぶりの再会
「へえ、もしかしなくても親子丼かあ。それとこっちは鯛?」
食堂のお誕生日席でタァンが楽し気な声を上げる。
お客にして本日の主役ということで、上座を犬耳族の三人に譲ったのだ。
そのぶん滝沢先生や藍城委員長が俺たちと同じ列に加わっているのもあり、人数の関係で何故かメーラさんが左隣に座っている。対面にはティアさんって感じで。
「ええ。ペルマ=タでは広く出回っているので」
「ふーん。だけどペルマ=タで卵とか見たことないけど」
「お隣のフェンタ領から仕入れてもらっているんですよ。あっ、アウローニヤについては……、その」
タァンの問いに答えた料理長の上杉さんが、しまったとばかりに口に手を当てる。
アウローニヤ王国が法的に魔族を排斥しているのは厳然たる事実だ。そんなことは百も承知なはずの上杉さんは、彼女らしくもない失態に慌てている。
もしかしたら上杉さんもタァンとの再会でアガっているのかもしれない。タァンたちは気にした様子もないけれど。
さておき、本日の夕食はペルマ迷宮特産、ヒヨドリを使った大盛親子丼だった。サブにはタイの澄まし汁。サラダは各自ご自由にとばかりに幾つかの大皿がテーブルに並べられている。
副料理長の佩丘がいつも以上に気合を入れたのがよく理解できる、半熟状態の卵の黄色にタマネギとヒヨドリの肉が絶妙に折り合った一品だ。
何より感動的なのは、かすかに匂う醤油の香り。うん、間違いない。タァンが持って来てくれたのは、確かに醤油だ。これを買い取らなかった店って何を考えているんだろう。
「みんなのせいじゃないし、アウローニヤのことは気にすることないよ。それじゃあ、いただきます」
「いたたきます!」
重たくなりそうな空気をさらっと流すかのようなタァンのコールに合わせ、食事が始まる。
シロゥネとチャアトも遅れずに唱和する辺り、タァンの薫陶が行き届いているのかもしれない、なんてな。
仲間たちもリードするタァンに当たり前みたいに乗っかったけど、彼女はやっぱりウチのクラスにいたんだなって、そんな風に思わせる呼吸を感じる。
俺の大切なクラスメイトたちと十年来の友人っていう間柄、か。
複雑すぎる再会だよな。本当に。
◇◇◇
「僕は藍城真です」
「ふむ」
「こっちこそっ、はぐっ、よろしくねっ」
挨拶が中途半端だったクラスメイトたちは、食事をしながらシロゥネとチャアトに自己紹介中だ。
シロゥネは妙な高みから、チャアトは気さくに返事をしていく。
二人ともが日本人かと思うくらいに箸を器用に使いながらガツガツと親子丼を口につっこみ、呑み込みながらの会話である。
振り回される尻尾からするに、どうやら彼女たちもウチの料理番の作った食事を喜んでくれているようだ。
俺も負けてはいられない。タァンの言う重たい話は後回しにして、今は目の前の料理に没頭しないと。
ああ、コンブ出汁と醤油を使った親子丼は、異世界にやってきてからこれ以上なかったくらいに深い味わいだ。醤油が無ければ絶対にこんな味には仕上がらない。やっぱり大正義だ。
お好みで後がけのアウローニヤ風なピリ辛スパイスもアリだな。
「ねえっ、ねえ。これなら卵掛けご飯、いけるんじゃない!?」
「やめとけ。食中毒が心配だろうが」
「なんだよ。田村が【解毒】使えばいいじゃない」
「お前なあ。昨日あんな目にあって、よくそんなことを──」
なんて会話をしている春さんと田村はさておき、みんなの箸が動きを止めることはない。やっぱりこれは、幸せな味なんだ。
ティアさんやメーラさんがまだちょっと不器用でも箸を使っているのがいつも以上に楽しく思える。豚丼の時も思ったけれど、悪役令嬢と丼メシの組み合わせは風情があっていいものだ。
というかメーラさんが犬耳三人娘に向ける視線なんだけど、それがまた妙に柔らかい。これはアレか、ロリっ娘な奉谷さんに対する態度と似ているような。
今更というわけでもないが、メーラさんって可愛いモノが好きなタイプで確定か? 業が深い。
豚丼好きの先生もまた頬を緩ませながら、それでも時折タァンたちにチラチラと視線を送っている。
瞳の奥にはまだ警戒の色が残っているように感じるが、同時に嬉しそうに食べている犬耳娘たちを愛でているようにも見えるんだよなあ。
「『しょうゆ』、ですの。美味ですわね。これが内市街で売れなかったと?」
「作るのが手間だからそこそこいい値段がするし、新しいものっていうのは受け入れがたいからね。魔族が持ち込んだからっていうのもあるかな」
「侯爵家で定期的に、というのは無粋なのでしょうね。ですが『一年一組』でというならば、いかが?」
席が離れているというのに、ティアさんは積極的にタァンに声を掛けている。
気遣いなのか、それとも本気で醤油が気に入ったのか。
「あはっ、リンパッティアさんだったよね。すっかりみんなの『仲間』なんだ」
「当然ですわ! わたくしのことはティアでよろしくてよ」
的確にティアさんのツボを突いたタァンは、早速愛称呼びを許可されたようだ。中々の手際だな。俺の時なんてタイマンバトルの果てにだったのに。
「では、わたしもメーラ、と」
ティアさんの言葉にメーラさんも乗っかっていくが、こちらは私欲が混じっているような……。
とはいえ、メーラさんが自分から愛称呼びを持ち出すとは。奉谷さんがハードルを下げた結果とはいえ、犬耳っ子たちの裏を感じさせない人懐っこさが凄まじい。
「豚丼の味をもっとサコマに近づけられそう」
そして綿原さんは実家の味の再現を夢見ているようだ。本人は味見役がメインで、実際の調理は上杉さんと佩丘なんだけどな。
「醤油の可能性は無限大だからな。サメのちょっと下くらいには来そうだ」
「そ」
もちろん俺は無粋なツッコミを入れずに、むしろ綿原さんを持ち上げる。彼女がこうして口元をモチャっとさせて笑ってくれることこそが俺の本望なのだ。
そんな感じで楽しくて美味しい食事の時間はあっという間に過ぎていった。
◇◇◇
「本当に佐和、なのね」
綿原さんが身を乗り出しながらタァンの顔を近くからまじまじと見つめている。
食事も終わり、再び談話室に戻った俺たちは食器の後片付け組を待ちながら雑談モードってところだ。
窓からは夕日が差し込み、緑の絨毯をオレンジ色に照らしている。そろそろオイルランプを点ける時間帯か。
仲間たちはタァンたち三人を囲むように車座になっているが、先生とティアさん、メーラさんは一歩退いた形で壁際のテーブルからこちらを窺っている。
食後の一杯はティアさんとメーラさんが紅茶で、先生は自分で淹れたコーヒー。クラスメイトは各自がお好みをチョイスした。タァンとシロゥネ、チャアトは氷が浮かんだ青リンゴジュースをチビチビと飲んでいる。
「あれ? 確かタァンの記憶なら、凪は苗字呼びだったって思うけど」
「そっ、それは、この世界に来てからいろいろあって、ね」
「ふぅん。そっちの方が親しみがあっていいって、タァンは思うけどね」
タァンからのツッコミで、頬を少し赤く染めた綿原さんがそっぽを向いた。
そんな綿原さんを可愛いと思いつつ、このやり取りからも見えてくるものがある。綿原さんが苗字プラスさん付けを改めたのは、この世界に呼ばれて何度目かの迷宮からだ。確か初回の迷宮泊だったかな。
つまりタァンの指摘は、記憶という点では矛盾とならない。俺たちがこっちに飛ばされたタイミングを考慮すれば説得力が増しているとすらいえる。
こっちの心を深く読むことができるとかそういう能力を持っていないと仮定すれば、記憶の整合性という点では完璧だな。
委員長もメガネをキラっとさせているし、俺と似たようなことを考えているんだろう。
「そ。碧と野来くんも、お互いの呼び方が変わったのよ」
綿原さんさあ、照れ隠しなのはわかるけど、白石さんと野来を引き合いに出すのはどうなんだか。これ以上タァンの記憶に探りを入れてるとかじゃないだろうし。
「そうなの?」
「僕を売らないでよ」
「凪ちゃん……」
ほら、タァンからキラキラの瞳を向けられた二人がタジタジじゃないか。
「あ、雪乃、玲子、藤永。洗い物、手伝わなくてゴメンね?」
「いいよ、醤油のお礼。昨日助けてもらったし」
タァンが野来への追及を強めようとしたところで、食器の後片付けをしていた三人が談話室に入ってきた。
「あたしたちは『水担当』だからねえ」
「適材適所っす」
「あははっ、藤永は変わんないね」
「どういうことっす?」
嬉しそうなタァンのセリフを聞いて、藤永が首を傾げる。チャラ男っぽいのに下っ端感があふれ出ているのは昔っからなんだろう。
◇◇◇
「じゃあ、みんなも集まったし、そろそろ話を始めるね」
ひとしきりたわいもない会話をしてから、ふっと息を吐いたタァンが表情を改める。彼女は笑顔のままではあるけれど、少しだけ真面目な空気が談話室に張り詰めた。
そんなタァンに、仲間たちも口を閉ざして聞く姿勢となる。
ティアさんとメーラさんが同席しているのにタァンはそれを咎める様子もないし、聞かせても大丈夫ってことなんだろうか。
まあいい、いよいよだ。
「タァンが『転生者』ってことはみんなに伝わっているよね。そう、タァンは前世の記憶を持って、ここにいる。日本で高校生をやっていた、淡崎佐和の時のことを、憶えているんだ」
顔を俯かせがちに語るタァンに、シロゥネは面白くなさそうな顔をしていて、朗らかなイメージがあったチャアトはちょっと身を固くしている。
「今更だけど、シロゥネとチャアトは転生者じゃないからね。二人はサワノサに生まれた双子で、タァンのひとつ下」
サワノサというのが家の名前なのかはまだわからないが、タァンは念押しをした。
何となくだけど、ここまでの雰囲気でシロゥネとチャアトがタァンを慕っているのは伝わってきている。そんな彼女たちはタァンの語る過去を聞くことは嬉しくないのだろう。
日本での淡崎さんと、この世界でのタァン、か。
「タァンの認識から言うね。みんなが『失踪』したのは二〇二四年の四月十日。これは同じかな?」
「そう、ね。わたしたちはそう思っているわ」
顔を上げ、指を一本立てたタァンは、本当に根源的なことを聞いてきた。中宮さんが頷きながら問いに答える。
このやり取りで理解できるのは、目の前に座るタァンは委員長的に表現すれば並行する世界の中でも『そう遠くない』ところからやって来たってことだ。
日本語が通じて、俺たちのことを知っていて、そして一年一組が失踪した世界で生きていた存在。
その事実にほっとしている自分がいるが、それは俺たちにとっての故郷を知る術が小さくても見えたからだろう。我ながら自分勝手なものだ。
だってタァンは『高校生をやっていた』って言ったんだぞ。
「僕たちが山士幌から『いなくなった』のは、確実なんだね」
「そう、だね。タァン……、淡崎佐和の記憶ではそういうことになっているよ」
確認するかのような委員長のセリフの意味に気付いたクラスの数名が表情を歪めている。そして表情と口調からして、タァンもまた、こちらの懸念に気付いているのか。
「日本は、山士幌は騒ぎになってたか?」
低く唸るような声でタァンに問い正したのは、委員長が使った言葉の意味を重々理解している側の男。クラスメイトの中でも人一倍山士幌に強い想いを残す、佩丘だった。
「そうだね。大騒ぎだった。みんなの名前が世界中に広まるくらいの……」
「なんだと? どういうことだ」
返ってきたタァンの言葉に毒気を抜かれた佩丘が眉をひそめる。
高校生一クラスと教師の二十二人が同時にいなくなったんだ。騒ぎになるのは当然だろう。
最低でも全国クラスのニュースになっていても不思議はない。だけど、世界中っていうのは大袈裟過ぎないか?
「二〇二四年四月十日は、間違いなく歴史の教科書に載るような日になったんだ」
何だ? タァンは何を言っている?
「その日、地球のいろんな場所に『ダンジョン』が発生したんだよ。みんなは『十勝ダンジョン』って呼ばれているダンジョンで初日に失踪した集団として、世界中に知られていたんだ」
ひと息で言い切ったタァンのセリフに理解が追い付かない。
地球にダンジョンができた? 俺たちがダンジョンで失踪した?
こっちにそんな認識は皆無なんだけど。
◇◇◇
「タキザワ先生、『だんじょん』とはどういう意味ですの?」
「それは……、話の続きを聞いてみないことにはわかりませんが、この世界の迷宮のようなもの、かもしれません」
静まり返った談話室にティアさんと先生の会話が響く。二人とも小声なのだけど、みんなが無言なものだから丸聞こえだ。
異世界恋愛モノを嗜む先生だから、ダンジョンっていう単語にも通じているかもしれない。それでも物語のことであって、現実ではどうなんだという疑問だって残るだろう。
「ははっ、こっちは異世界召喚で、地球じゃ『現代ダンジョンモノ』か。タグを追加しないとだな」
「古韮……」
軽口を使うことで気力を立て直すのが得意な古韮だけど、今回ばかりは声が掠れていた。
俺もどうやって返事をしたものか、オタ仲間の名前を呼ぶのが精いっぱいだ。
「タァン、俺たちはその……、ダンジョンに入ったなんていう記憶は無いんだけど」
それでも古韮の冗談で少しだけ気分を切り替えることはできた。【思考強化】をフル回転させながら、俺はタァンに問い掛ける。
「うん。タァンが知ってるみんななら、迂闊な行動はしない。それは信じてた」
俺の言葉にタァンはコクコクと頷いてみせた。
ここまでの会話の随所で、タァンが一年一組を知っているのが垣間見える。
彼女に記憶が存在するどころか、淡崎さんとしての精神まで持ち合わせているかのように。
「山士幌高校一年一組の教室そのものが『ダンジョン・ポータル』になっていたんだ」
「それ、は……」
「もうちょっと詳しく説明するね。ティアさんとメーラさんが知らない単語は、誰かが同時通訳するってことでいい?」
続けざまに出てきた専門用語に口ごもる俺に対し、タァンは周囲を見渡しながら続きを聞けばわかるといった態度を崩さない。
視線の先に白石さんや野来、古韮が入っている辺り、彼女が俺たちのことを『わかっている』証拠だ。
「自信はありませんが」
さっきダンジョンについてティアさんに説明したことで、先生もこっち側だと察知したのだろう。最終的にタァンからの視線攻撃を食らった先生が、眉をへにょらせながらも同意した。
それこそ【冷徹】の使いどころだとも思うんだけど、先生なりの発動タイミングがあるからなあ。
「じゃあ、まず『ダンジョン・ポータル』っていうのはダンジョンの入り口だね。ただしこっちの迷宮みたいに階段があるわけじゃなくって──」
タァン曰く『ダンジョン・ポータル』はそこに設置された石碑、『ポータル・ブロック』に触れて意思を込めることでダンジョンの一層に『転送』される仕掛けになっている、そんな場所のことらしい。所謂次元型ダンジョンってヤツか。
俺たち山士幌高校一年一組は、迂闊にも誰かがそれに触ってダンジョンで行方不明となったというストーリーの登場人物にされたわけだ。
一年一組が授業を受けていた教室はその場がそっくり石畳のポータルになっていて、ちょうど教壇の辺りにポータル・ブロックが置かれていたのだとか。
それを聞いた時に先生が顔を青ざめさせていたが、それを追求するのは無理筋ってものだろう。そもそも俺たちは教室が変貌した光景を見てすらいないのだし。
さておき、この世界の迷宮は長大な階段を経由しつつも物理的に連続しているとされている。もう初手から迷宮とダンジョンの違いを思い知らされるばかりだな。
なるほど、タァンが敢えて『ダンジョン』っていう単語を使うはずだ。
「タァンはネットで調べただけだから全部を知ってるわけじゃないけど──」
そこからタァンの語った『ダンジョン』の仕様は、まさに俺の想像するものとほぼ一致していた。白々しいとも思えるくらいに。
ポータル・ブロックに触ってダンジョン一層に入った瞬間、初回のみ『ジョブ』が得られる。
ちなみにポータルエリア、石畳の上にいた全員が一緒になって一層に飛ばされるらしい。これもまた俺たちが集団失踪した理由付けになっているということだ。
で、出現する『モンスター』を一定数倒すと『レベル』が上がり、『スキル』も得られる。ついでに『ドロップアイテム』も……。
説明を聞く仲間たちが次第に剣呑な表情になっていくが、俺だって一緒だ。こっちは血まみれになって解体作業をしているというのに、なんだそのお気楽仕様は。
「あ、『インベントリ』っていうスキルがあってね──」
「ダメでしょ、それ!」
淡々と説明を続けるタァンの声を遮り、野来が叫ぶ。泣くなよ。気持ちはわかるけどさ。
「もしかしてだけど、レベルとスキルがあるってことは『ステータス』も?」
「うん。あるよ。自分の視界にだけ映るやつ」
野来に続いた白石さんの問いに、ちょっと申し訳なさそうにしながらタァンが返す。あるのか、ステータス。ステータス・カードじゃなかっただけまだマシだと妥協すべきなんだろうか、これは。
「ふっ、うふふっ」
「大丈夫? 碧」
「……うん。わたしに構わなくていいから、続けて」
丸いメガネを白く曇らせ俯いてしまった白石さんにタァンが心配そうに声を掛けるけど、返ってきたのは涙声だった。俺も泣きたい。
俺たちが初回のダンジョン……、もといアラウド迷宮に潜ってからかれこれ百日近くが経つ。
準備でネズミの死骸に短剣を突き立てたのを思い出すなあ。赤紫の血にまみれて戦って、丸太を筆頭に素材運びで悩んだこともあったっけ。ああ、それは今もか。
異世界組がやたらとアナログな迷宮探索をしているっていうのに、地球ではラノベみたいな……。なんなんだろう、このやるせなさは。
「ごめんね、碧。ちょっと情報が多かったかも」
「ううん、いいの」
「タァンの知る限りになるけどね、ダンジョンについては世界的にまだまだ調査が足りていなかったんだよ。発生した原因なんて笑っちゃうよ? 宇宙人の仕業とか地球が進化した、なんてさ」
落ち込む白石さんを見て慌てた素振りのタァンは、本筋ではなく冗談めかしたことを言い出した。
委員長が懸念していた『事柄』はすっかり置き去りだな。
いや、それもあるけれど、タァンは再びヤバい表現を使ったぞ。『タァンの知る限り』って言ったんだ。
ふと横を見ればガッツリ古韮と視線がぶつかった。古韮も俺と同じことを考えているんだろう。
だけど、こんなことを質問したくはない。どうしたものか。
「みんなが気にしている淡崎佐和、なんだけどね」
だけどタァンは俺や古韮の戸惑いなんて待ってくれなかった。
「日本にいた彼女が死んだのは、同じ年の四月十五日。高校でできた友達と二人でダンジョンに入って……、ね」
「ひうっ!?」
決定的なセリフを聞かされた綿原さんが音を立てて息を飲む。悲鳴にすらなっていないが、沈痛な想いが全員に広がっていく。
綿原さんだけじゃない。奉谷さんや夏樹、草間、笹見さん、深山さん、白石さんなんかは完全に涙目だ。中宮さんやミア、野来、藤永、春さん辺りも必死にこらえているけど、似たようなものか。
覚悟はしていたつもりだった。
俺の知る常識ならば『転生』するってことは、一度『死んだ』ことを意味する。物語によっては、生きたまま気付けば赤ん坊になって異世界だったっていう展開もあるけれど、タァンは違ったらしい。
せめて百まで生きて、天寿を全うしてからっていう感じなら救いもあったんだけど、そうはいかなかったか。
「一層で即死トラップとか酷いと思わない?」
皆が落ち込み、ジメっとしてしまった談話室に奇妙なくらい明るい声が響いた。
「転送されて二ブロック目で『シュート・トラップ』だよ? 一層でそんな事例なんて、聞いたこともなかったのにさ──」
陽気に自分の死を語り始めたタァンに、みんなが視線をキョロキョロと彷徨わせる。
タァンによると、出入口がひとつしかないこっちの迷宮と違い、地球のダンジョンにはたくさんのポータルが存在しているらしい。人口がある程度密集している場所を選んだかのように、しかもその多くが屋内にっていう凶悪さだ。
だからこそ国や自衛隊、警察がいくら頑張ったところでダンジョンの早期封鎖は間に合わなかった。少なくともタァンの知る五日間では全く手が回っていなかったそうだ。
帰還した者によれば一層は子供でも踏破できる難易度で、モンスターを倒せば強くなることができる。そんな噂がネットで広まればどうなるか。
当然だけど、自宅や近場に出現したポータルを隠蔽し、ダンジョンに潜ろうとする人はあとを絶たないだろう。
自分に置き換えたら……、うん、そうしない自信がない。
「それでね、気付いたらこっちのズィラヴァ迷宮の入り口にいたの。赤ん坊になってて、耳と尻尾を生やして。記憶がハッキリしたのは三歳くらいの頃だったかな」
「タァン……」
小さく肩を落としたタァンの横顔をチャァトが不安そうに覗き込んでいる。腕を組んだシロゥネは口元を歪ませながらムスっとしたままだ。
「そんな淡崎佐和の記憶を持つ存在をチャアトとシロゥネの両親が引き取ってくれて、タァンはタァン・サワノサになったんだよ。二人のお姉ちゃん」
「おれは、タァンの妹だ」
「ぼくもだよ」
笑顔に戻って言い切るタァンにシロゥネとチャアトがワチャワチャとまとわりつく。双子にとっては血の繋がらない姉か。
「みんなが気にしてくれたのはありがたいけど、タァンはもう吹っ切ったんだ。だってこの世界で十五年だよ? 前世と同じだけ生きてきたら、さ」
優しい眼差しをしたタァンが、シロゥネとチャアトの頭を撫でる。新しい家族がいるから大丈夫だといわんばかりに。
「十五なのっ!?」
「なにさ、春。種族差別?」
「え、いやその」
クラスの多くが心の中に押しとどめていたセリフを吐いてしまった春さんをタァンが睨みつける。
うん、十二とか十三なら理解できたんだけどなあ。奉谷さんと同じくロリっ娘路線か。
こうなるとシロゥネとチャアトの年齢が俄然聞きにくくなってしまった。
ところで種族差別って、見た目年齢とかが関係するのだろうか。
「話はちょっと変わるけどさ、みんながこの世界に来てからどれくらい?」
「今日で百十二日目、だね」
思い直したかのようにそんなことを言い出したタァンに、委員長がすぐに答える。
誰とは言わないが、余程の無頓着でもない限り、ウチのクラスメイトたちは異世界に来てからの日数を指折り数えている。もちろん俺も。
俺たちは十五歳で異世界にそのまま飛ばされて、淡崎さんはタァンとなってこの世界を十五年間生きてきた。
そんなタイミングでの出会いは、果たして偶然なんだろうか。
同時に俺はタァンの表情に違和感を覚えている。彼女はどこか、無理をしていないか?
「こっちも五日ズレてるし、切り良くしよう。十五年と百日ぶりってことでさ」
みんなを見渡しながら、タァンは妹たちの頭から手を離す。
「何度目になるかわからないけど久しぶりだね、みんな。再会できてしまって悲しいけど、嬉しいよ。本当に」
何とも表現し難い笑顔で黒柴耳を生やしたタァンは、俺たちに向かって両手を広げた。
その手がかすかに震えているのが、俺には見えている……。
次回の投稿は明後日(2026/03/29)を予定しています。




