第629話 駆け抜けたのちに
『上杉さん、俺のうしろに。ここからはもう短期決戦しかない!』
ブリャ・ルミヴ率いる『六本の尾』からの攻撃が続く中、俺は叫ぶ。
敢えて日本語を口にしたが、ここからの行動で相手にもこちらが何をしたいのかはすぐに理解されるはずだ。
だが速攻で勝負を決めにいかないと、こっちの魔力がヤバい。上杉さんの【聖導術】を乱発する必要が出てきたからだ。
それくらいブリャ・ルミヴの『指弾』は脅威だし、アレが単発で済まされるとは思えない。ほとんどノーモーションで放たれる指弾を連射されたら、『一年一組』が受けきることはかなり困難だろう。
そして考えたくもないが、あんな毒を持つ連中が短剣や矢に仕込んでいないはずがない。『一年一組』が敵の数を減らしていけば、いつかは使われるに決まっている。
『藤永は最低限で前線タンク、白石さんと深山さんは温存で』
ティアさんとメーラさんには申し訳ないが、俺は日本語で続けた。とはいえ二人に真意は通じているだろう。というかちゃんと疋さんがフィルド語の呟きで伝えてくれているか。
スタン効果が強化された藤永の『雷水球』だが、ここからは封印だ。まともに動ける相手には当たらないし、ダメージを入れた相手に対する念のためのトドメだったので、今はそんな場合ではない。
いくら藤永、深山さん、白石さんの三名ともが【魔力回復】持ちとはいえ、ここは迷宮と違って地上だ。限界はそう遠くないだろう。
「くっ!」
俺が指示を出す合間にもブリャからの指弾が藍城委員長の盾に当たって砕けた。盾を前に押し出し、膝を突くようにして身を隠している委員長に対しては、さすがに直撃は難しいってところか。
「うわっ、ととっ」
だがそんな委員長に敵の鉄棒が叩きつけられる。ブリャの指弾を警戒をさせながら、近接するヤツが攻撃するという連携ってことか。チマチマと削ってきやがって。
「真くんっ! しゃうっ!」
すかさず中宮さんが木刀を振るってフォローに入るが、敵はすっと後退することでギリギリで躱してしまった。
盾の隙間を狭めたこともあって攻撃の軌道が読まれているか。ブリャの両脇を固める敵も嫌になるくらい手強い。
『綿原さんと笹見さんは柔らかグループの防御。俺は除外でいい』
「了解よ」
「任せときな!」
そんな戦況を見守りながら、俺は最終決戦に向けての指示出しを続ける。
綿原さんと笹見さんには魔術を使ってもらいながら、後衛柔らかグループを守ってもらう。
対象はバッファーの奉谷さんをメインに、魔力タンクの白石さんと深山さん。申し訳ないが、石使いの夏樹は順位が落ちる。
『誰かが毒ったら、まずは田村。そこから上杉さんだ。その時は俺も動く』
「おう!」
「はい。お願いします」
毒への対応としては最初から上杉さんの【聖導術】が望ましいのだけど、魔力が惜しい。田村の【解毒】も効果が無いわけじゃないから、段階的に治療してもらう。
ブリャ・ルミヴに目を付けられた上杉さんをあまり前線に出したくないからっていうのもある。
上杉さんが動く場面では俺が直接の護衛に入るのが最善だ。【身体強化】を持たない俺だが、目と【反応向上】はある。
本当だったら綿原さんが適任なのだけど、サメに集中してもらいたいのと護衛対象が複数人数だから無理が出るしな。
自慢じゃないが、柔らかグループの中でブリャの指弾に唯一対応できそうなのは俺のみだ。個人的には魔力にも余力はあるし、周囲を見渡しながらの護衛くらいはやってやる。
「ミア」
「やりマス!」
預かっていた剛弓をミアに投げ渡す。出し惜しみも手加減も無しということだ。
左前方で盾を構えて攻撃に耐えている海藤が、そっと左腕を背中の短槍に伸ばしたのが視界に入る。
ここまでの指示は毒への対応以外は再確認のようなものだ。イザという時の攻勢として、全員の意志は統一されている。
『古韮、時計回りに十二時を目指せ! 春さんは後追い! アタッカー、合わせろ!』
最後のコールで古韮が前傾姿勢を取った。春さんも両手にメイスを構えながら膝を折る。
これまでの攻防で三時方向の敵は残り二人と薄くなっているし、そっちには先生の手が届くので任せよう。
敵はブリャだけではない。俺たちを取り囲む敵に対し、霧をまとった古韮がぐるりと駆け抜け、随時アタッカーが合わせていくという作戦だ。一度はブリャから遠ざかる形になるので指弾も怖くない。
材料となる水は笹見さんが【熱術】で雪を溶かしてくれた分も合わせて路上に散らばっている。綿原さんもまた、ちゃっかりと【砂術】で珪砂を回収している辺り、芸が細かい。
「いくぞっ!」
「おおうっ!」
俺の叫びに合わせ、仲間たち全員が決意の咆哮を上げた。そして古韮と春さんが走り出す。
◇◇◇
「おらおら。【霧騎士】様のお通りだ!」
「いっくよー!」
古韮と春さんが威勢のいい声を張り上げる。
事前に奉谷さんから【身体補強】と【魔術補強】を掛けてもらっていた古韮は攻撃などを一切考えず、ただひたすら盾を構えて敵が『対魔力圏』に掠めるように駆け抜けていく。
春さんが随伴しているのもあって、深山さんの【魔術融合】は使っていない。効果の検証が済んでいないからな。
まずは六時方向に陣取る強敵二人がターゲットだ。
「『ミタ・ドイ』」
こちらの動きを見たブリャが、これまで使わなかった単語を口にする。
言葉の意味はすぐに理解できた。敵が一斉に短剣や短弓を手にしたのだ。『尻尾』も決めにきたか。
この世界に飛ばされてリアルで刃物に晒される恐怖を経験したが、こればっかりはいつまで経っても慣れる気がしない。
敵の傍を駆け抜ける古韮と春さんを思うと、こっちの身が震えそうだ。
「うおおお!」
それでも古韮は足を緩めたりはしなかった。
【霧術】に魔力を込めるために平行して使っている技能は【身体強化】と【反応向上】くらいのもので、【平静】や【痛覚軽減】だってカットしているはずなのに、それでもアイツは走り続ける。
「とうっ!」
春さんが霧を避けた敵に風をぶつけながら、足からのスライディングを敢行した。度胸満点としか表現できないやり口だ。
そんな春さんの飛び込みに敵は片足を掬われ、思わずといった感じでソイツの視線が下を向く。春さんとの相打ちすら狙っていそうな動きだ。
だけどそれは同時に隙ともなる。
「っしょぉ~」
軽い掛け声であっても疋さんのムチはそんな機会を見逃さない。
【魔力伝導】が込められたムチは敵の魔力を突き抜けて、見事に顔に命中する。距離があったせいで巻き付けるところまではいかなかったが、それでもしっかりとした打撃だ。
「ふっ……」
「ぐっ!?」
完全に体勢が崩れた敵の太ももから大量の血が噴き出す。明確な痛みで男がうめき声を上げた。
大きく踏み込んだメーラさんが突き出した剣が相手の鎖帷子を破り、反対側まで貫通したんだ。心に痛みが走る光景だが、メーラさんの澱んだ瞳は普段のままで変わりもしない。これが守護騎士か。
素早く剣を戻したメーラさんは残った一人、女の人に向けて盾を構える。同時にメーラさんの盾に敵の短剣がぶつかった。さすがはメーラさん。そこには微塵の油断も存在しない。
その合間を縫って春さんは立ち上がり、古韮のあとを追う。
「ナツ!」
「そこっ!」
走り出した春さんの弟を呼ぶ声に、夏樹はほぼ同時に行動で応える。普段のおっとりした声とは別物だ。
ふとももを剣で貫かれたにも関わらず、這いつくばったままで弓を構えた男の顔面に【魔術補強】で強化された石が直撃した。
仮面が砕け散り、男はそのまま動きを止める。
これで五人撃破。
「夏樹……」
「大丈夫だよ。僕は大丈夫」
心配して掛けた俺の声に、夏樹は無理やり浮かべた笑顔を見せてくれた。これで夏樹が石をぶつけたのは二人目だっていうのに。
俺なんかよりよっぽど度胸が据わってるよ。
「疋さん、アレは引き込まなくてなくていい。三時に回って先生の手伝いをしてくれ」
「了解っしょ」
いい仕事をしてくれた疋さんに早口で指示を出して、俺は七時にいた敵をスルーした古韮と春さんに重点をおきながら周囲を窺う。
敵の拘束なんてやっている時間はもったいない。中距離攻撃が可能な疋さんにはフル回転してもらわないと。
「戻りましたわよ。いいのですわね?」
古韮と春さんの突撃が通り過ぎたすぐあとに、ティアさんとメーラさんが中央部の近くまで移動してきた。
隙あらばティアさんが四方八方に噛み付くかのような空気を撒き散らしているが、今のところは威嚇に留めている。
「はい。メーラさんは柔らか組の背後を守ってください。ティアさんはいつでも行けるように」
「わかりましたわ」
俺の言葉にティアさんはギラつく瞳で返事をする。
ティアさん自身はリーチの短い拳士なのだが、放つ気迫が凄い。
敵を一人粉砕したのもあって、その一撃がどれくらい恐ろしいものなのか相手も理解しているはずだ。どこにでも飛び出せる位置に彼女がいてくれるのは威嚇にもなる。
もうちょっと練習時間に猶予があったら、ティアさんも『戦女神』モードがあり得たのにな。
これで中央部は綿原さんと笹見さん、メーラさんが守備に入ることになった。
後方に敵が一人残っているが、今はこれでいい。そっちはメーラさんが対応してくれる。
「イヤァァッ!」
「ぐあぁっ!」
九時側に走り込んだ古韮の霧を隠れ蓑にして、膝を突いた海藤の肩に乗ったミアが矢を放った。狙った相手は一人残った敵ヒーラー。剛弓を使っただけに、鎖帷子をものともせずに肩を貫通だ。
それでも相手は【聖術】使いなだけに、体を震わせながらも自己回復をしようとしている。
ミアだって当然わかっているので二射目の構えに──。
「ミアっ!」
「何、デス?」
俺の叫びも空しく、膝の裏から血を流したミアが海藤の肩からうしろに倒れ落ちた。
今度も見えていたんだ。
ブリャ・ルミヴが指弾で高い位置にいたミアを狙ったところも、弾の形や速度だって全部見えていた。それでも伝達が間に合わない。
「うおおぉ!」
「ダメだ。行くな、田村!」
うつ伏せになって地に横たわるミアに田村が駆け寄ろうとするが、俺は必死で制止する。
「何をっ!?」
俺の叫びに怒鳴り返そうとした田村の顔を矢が掠める。ざっくりと裂けた頬から血が飛び散り、固定具が壊れたヘルメットが宙を舞った。
こっちも間に合わなかった、か……。
肩からミアの体重が消えたことで気を逸らした海藤の隙を敵は見逃してくれなかったんだ。
こっちが敵を理解するのとは比較にならないくらい、あちらは『一年一組』を知っている。もちろん田村が回復役であるということもだ。ここまでの戦闘でヤツらの持つ情報は事実として把握されてしまっている。
敵は海藤を狙うよりも田村を無力化する方を優先してきた。悔しいけれど、正解だよ。
田村を傷付けた敵の矢には案の定毒が塗られていたのだろう。アイツはそのままミアに覆いかぶさるように倒れ込む。
「ぬ、う、う……。待って、ろ、ミアぁ」
「仍……、一」
それでも田村は自身に【解毒】を使いつつ、這いずりながらミアの治療にも取り掛かる。田村は今も頬から血を流しているが、そっちはほったらかしで……。
「前向け海藤。振り返るな! 古韮はそこで攪乱! 野来、行け!」
本当ならばこんな指示は出したくない。せっかくダッシュを続けていた古韮の無駄遣いになる。
だけど、ミアと田村の倒れた場所がマズいんだ。あそこでは海藤が抜かれただけで二人が敵に奪われかねない。
迷宮での模擬戦で思い知ったことのひとつに『一年一組』の勝利条件、つまり全員の無事と乱戦との相性の悪さがある。
敵味方が入り乱れると術師が魔術を使い難くなるのに加えて、仲間たちの技術力の低さが露呈してしまう。俺たちの強さは緻密な連携で理屈に則った戦い方をしてこそなんだ。
それでもこの場面では最低限九時方向を攪乱する必要がある。三時の敵は残り二人、六時は一人。しかし九時は四人が健在で、ヒーラーも回復中で戦線に復帰できる状況だ。
「『風盾衝撃』!」
「おらおらおらぁ!」
「絶対二人を助けるよっ!」
盾の裏に風をぶつけた野来が飛び出し、古韮と春さんがジグザグに敵の近くを駆け抜ける。
「おらぁ! 当たったらどうなるかわかるだろ!?」
海藤の投げた短槍が敵ではなく路地の石畳を砕き、石の欠片が爆発するかのように飛び散った。迷宮産の石を使っているにも関わらず、キレた海藤の槍はそれくらいの威力を持っているんだ。
「僕だって!」
「草間は三時だ。疋さんのフォロー」
「……うん」
草間も飛び出そうとするが、古韮が抜けたのもあって三時方向の敵に対する盾が本調子でない佩丘だけになっている。
疋さんが中距離攻撃でカバーしてくれているが、ちょっと手数が足りていない。
この状況でも滝沢先生と中宮さんは歯を食いしばって前を向いたままだ。
何とかブリャを抑え込みたいのだが、そのためには二人の強敵を倒してからでなければヤツの下まで到達できないし、盾を持たない二人は指弾に脆い。
「行こう、上杉さん」
「はいっ」
戦況が混沌とする中、俺は上杉さんに声を掛けてミアと田村の下へと走り出す。
◇◇◇
「ぬっ?」
放った指弾が俺のバックラーに当たったのを見たブリャ・ルミヴが短く唸る。
上杉さんがミアと田村に【聖導術】を行使する間、俺のすべきことはブリャからウチの聖女を守り抜くことだ。
毒を食らっても上杉さんならば自己回復が可能とはいえ、魔力はいつか枯渇する。そうなれば『一年一組』全体が崩れてしまう以上、彼女は絶対の護衛対象だ。クラスメイトに順位は付けたくないが、次点でバフをみんなに掛けてくれる奉谷さんってところか。
「どうしたブリャ。俺はトロい後衛職だぞ? 当ててみろよ」
「貴様……」
煽りの言葉をぶつけつつも、俺はブリャの指に集中する。
ここまでの攻防でヤツの放つ指弾の速度は把握した。毎度速度が一緒っていう辺りが温いな。そして軌道はほぼ直線。位置関係でブリャと俺との距離があるのもデカい。
要するに打ち出される角度さえ確実に見切れば、あとは着弾地点にバックラーを滑り込ませるか、革鎧の硬い部分で受けるかだ。
見てから合わせるんじゃない。発射される直前に動き出すんだ。
【観察】、【視覚強化】、【遠視】、【目測】、【一点集中】。俺の持つ『視る』ための技能をフル稼働させれば、ブリャの腕と手首、指の動きなんてリアルタイムで把握できる。
そう、俺とブリャの指弾は相性がいいんだよ!
「この盾に刻まれた溝の意味がわかるか? フチの形もだ」
ここぞとばかりにジンギスカン鍋バックラーを誇示してやる。もちろん戦闘で意味は無いのだが、少しでも戸惑ってくれれば御の字だからな。
とはいえ、ここまでブリャに集中してしまうと左右や背後からの矢には対応が遅れてしまう。見えてはいてもだ。
「海藤の変化球を見切れるんだ。真っ直ぐなんて話にもならないぞ」
だから頼りは味方の盾だ。さあ、海藤。さっきのことを引きずらないでいつもの調子に戻ってくれよ?
◇◇◇
「まだちょっとフラつきマス。不覚でシタ」
「体がダルいな。すまん、八津。焦っちまった」
十秒とちょっとでミアと田村の治療は終わった。その間ブリャから飛んできた指弾は三発だったけど、全部受けきってやったぞ。
ところで田村、お前から詫びの言葉なんてついぞ聞いた記憶が無いんだが、本当に体調は大丈夫なんだろうな?
「古韮、くん?」
ここから立て直しだと心を切り替える俺を他所に、上杉さんが震える声で古韮の名を呼んだ。
「わりぃ、魔力切れだ。俺は、ここまでかな」
盾こそ構えてはいるものの、こちらに向かってくる古韮の足取りは重い。そして何より、霧が消えている。乱戦で魔力を使い果たしてしまったか。
野来や海藤、春さんたちはまだ暴れてくれているけど、古韮はもう……。
「古韮、中央で守りに徹してくれ」
「ああ。任せろ」
この展開で古韮に対して【魔力譲渡】を掛ける選択はできない。現状で魔力を送るべき相手はヒーラーとバッファーだけだから……。
冷たい計算のようで胸が苦しくなるが、古韮はここで脱落だ。
「上杉さん、あと何回いける?」
「……譲渡無しで三回、くらいです」
俺が上杉さんに確認したのは【聖導術】の残り回数だ。怪我の具合で使う魔力量も変わってくるから、上杉さんの申告は最悪の場合を想定しているんだろう。
毒への対応をメインに考えたら四回か五回ってところか。マズいな。『尻尾』共はもう遠慮もなく毒を使ってきているっていうのに──。
「古韮、盾を上げろっ」
「がっ!?」
歪み切ってしまっている円陣の中央に下がろうとしていた古韮の肩に矢が突き立った。
魔力不足で【身体強化】と【反応向上】まで切れていたのか。普段のアイツなら俺が警告するまでもなく、盾で受けられそうな軌道だったのに。
「古韮くんっ!」
「古韮ぁ!」
毒を受けて倒れ込む古韮に上杉さんと田村が駆け寄ろうとする。
「行くなっ! 二人とも、行かないでくれ。白石さんも【魔力譲渡】はダメだ!」
だけど俺は『一年一組』の指揮官として、そんな二人を止めるしかない。こちらもまた古韮に手を伸ばそうとしていた白石さんも制止する。
「八津ぅ、てめえ」
「あそこはまだ安全地帯だ。刺さった矢も一センチで、大きな怪我じゃない」
不幸中の幸いだったのは、古韮の倒れた位置が笹見さんや綿原さんのすぐ近くだったということくらいだ。
こっちを睨みつけてくる田村だが、お前にだって俺の言葉の意味はわかっているだろう。
古韮は、ここまでなんだ。
「古韮、ありがとう。よくやってくれたぞ」
「あ、あ、あと、は」
地面に伏せた古韮の背中に向けて、俺は感謝の言葉を贈る。アイツはうめき声を上げることしかできないが、それでもゆっくり右手の親指を突き立ててみせた。
助けることができる位置で倒れた仲間をそのまま放置するなんて、絶対にウチのやり方じゃない。
だけど今は、今だけは、こうするしかないんだ。
山士幌高校一年一組で最初の友人、オタ仲間。俺は古韮を……。
「メイコ、最低限で構いませんわ。わたくしに【身体補強】を」
「え? ええ?」
低く響いたティアさんの声を聞き、奉谷さんが困惑した表情となる。彼女は顔をキョロキョロとさせ、最後は俺を見た。
同時にティアさんも倒れ伏す古韮を見てから、こっちに視線を送ってくる。物凄い圧だな。
「田村、上杉さん、戻るぞ。田村は俺のメットを使ってくれ」
「……おう」
「はい」
ティアさんへの返事の前に俺はすぐにすべきことを口にする。いつまでも上杉さんを前線の近くには置いておけない。
俺は片手でヘルメットを外し、田村にパスしてやった。田村は俺より危ない位置で戦ってるんだからな。
「いけるか? ミア」
「加減が難しいデス。けれど、やりマス」
柔らか組が集まる中央に向けて移動しながら俺はミアに問い掛ける。
敵が矢を放ってくる以上、ミアの剛弓は絶対に有効だ。古韮を見捨て、ミアを生かす、か。悔しいなあ。
そしてティアさんの扱いだけど。
「ティアさん──」
「手数が必要なのでしょう? 覚悟の上ですわ」
確認しようとする俺のセリフをティアさんは邪悪な笑みで遮った。
短期間で階位を急上昇させたティアさんは、自分のスタイルを先生と中宮さんからの技に切り替えている途上というのもあって、パワーを持て余している。そこに軽くとはいえ【身体補強】を乗せたらどうなるか。
ましてや彼女は【強拳士】で、指弾や弓矢に対して相性がよろしくない。拉致対象でもないから、敵も遠慮をしない攻撃をしてくる可能性だって高いんだ。
この悪役令嬢様はそういう要素を全て理解した上で、やると言っている。古韮の敵討ちとまではいかなくても、『一年一組』の一員としてこの危難を乗り越えるために。
古韮が沈み、ミアと佩丘が本調子でない以上、攻撃の手はいくらあっても足りないくらいだ。ここで対人戦にも慣れているティアさんが積極的に出張ってくれるなら、本当に助かる。
視界に映るメーラさんが、俺の方に振り返って軽く頷いた。驚くべきことに小さな微笑みを浮かべて。
メーラさん、本当に変わったよな。
「奉谷さん」
「……うん」
頷く俺を見た奉谷さんが、軽くしゃがんだティアさんの肩に手を置いた。
「頑張ってね」
「もちろんですわ」
涙目でニッコリと笑う奉谷さんの声援を受け、すっと立ち上がったティアさんが改めて拳を握りしめる。
「ティアさん、メーラさんとで六時の敵を倒してから九時方向です。存分に殴り倒してください」
「行きますわよ、メーラ!」
「はい」
獰猛な笑顔を浮かべるティアさんがメーラさんを伴って、力強く駆け出した。
所要につき次回の投稿は四日後(2026/03/16)を予定しています。間隔が空いてしまい申し訳ありません。




