第628話 今のヤツらの強さとそして
「もうちょい、四分の一キュビ密集。古韮だけそのまま。盾役、気張ってくれよ!」
「おう!」
俺の声掛けに頼もしい騎士たちの咆哮が返ってくる。
距離を詰めてくる『六本の尾』に対し、『一年一組』は盾を全周に配置して円陣で受け止めることになった。『七号』さんとの模擬戦を経て、あらかじめ決めてあったフォーメーションのひとつだ。
敵の首魁たるブリャ・ルミヴの方向を十二時として、そこから時計回りに藍城委員長、佩丘、古韮、メーラさん、野来、海藤、馬那という並びになっている。
手持ちのボールを使い切ったピッチャーの海藤もここからは盾の一人として扱う。状況次第では殺傷性の高い短槍を投げることもあり得るが、そこは本人も決意している。
『【聖導術】が間に合う範囲で狙うさ』
昨夜の迷宮で短槍を手にした海藤は、寂しそうに語っていた。
敵に大怪我をさせてでも、仲間たちを守ってみせるという覚悟。
『必要になったら、ワタシも剛弓を使いマス。広志も一緒に判断してくだサイ』
そしてミアも。
強力な武器を使う二人だけでなく、片手長剣を持つメーラさんもイザとなれば遠慮はしないだろう。彼女はそういう世界で生きてきた人だから。
それ以外の面々にしても、今回ばかりは皆が短剣やナイフを手にする決意を固めている。
『みなさんは魔獣との戦いで技術を磨いてきました。わたしは……、信じます』
高校生が人間を刺すという行為を、滝沢先生は悲しそうに認めてくれた。
ひたすら魔獣に短剣を突き立て続けていれば、嫌でも上達くらいはする。中でも深山さんや疋さん、ミアなどは、一人前と表現できるくらいの腕を持つに至った。
それでも──。
『この世界への順応でも適応でもありません。これは反抗です』
先生の言葉はちゃんとみんなの胸に宿っているはずだ。
◇◇◇
「さあ、どこからでも掛かってこいや!」
「抜けるものならやってみろ」
佩丘の怒号と馬那の低い声が路地に響く。
『一年一組』の仲間たちの距離は普段以上に近い。強いていえば古韮のところだけが霧のために隙間を作ったくらいか。とてもじゃないが魔獣相手では採らない手段だ。
だが対人戦ともなれば違ってくる。
密集陣形に近い盾の隙間をカバーするのは術師たちだ。アタッカーが出張る時には騎士たちが盾を逸らすことで道を空ける。味方同士でぶつかったりしたら台無しなので、緻密な連携とお互いの信頼が必要な陣形だ。
俺などは『一年一組』に向いていると思っているけどな。
「しゅっ!」
「くっ!」
前方にいた敵の一人がこれまでにない踏み込みで鉄の棒を突き込み、盾を構えた馬那がそれを受ける。
ガツンと大きな音を立てて警棒が弾かれるが、相手はお構いなしに打ち込みを続けた。突き、払い、時には空いている手を使って盾を逸らそうとしたり体当たりをしてくるが、そこにはしっかりとした技術が見て取れる。
敵は馬那の体勢を崩し、そこに攻撃を突き込もうとしているんだ。もしくはこっちの陣の内側に入りこもうってところか。
だけどそういうのは『七号』との模擬戦で体験しているし、馬那は無秩序で滅茶苦茶な魔獣の群れと堂々と対峙してきた男だ。
「通さん」
馬那は必死に粘る。ときおり肩や太ももに警棒が打ち付けられているが、それでもなお。
たしかに技術はあちらが上かもしれないが、馬那はウチで唯一の【治癒促進】持ちの【岩騎士】だ。そう簡単には砕けない。
「らあっ!」
「くうっ!」
「やあぁっ!」
すでにブリャとヒーラーを除いた動ける『尻尾』は全員が俺たちに張り付いている。総勢は十一名。
藤永と深山さんの合体攻撃で意識を失っているのは、事前にダメージが入っていた三名だけだ。仮面を失っていた男はつい今さっき、夏樹の石と先生のパンチで撃墜に成功している。
それを七枚の盾で受け止めることに成功しているのは、自在に飛び交う石やサメ、熱球や音による牽制と、タイミングを見計らって突き出される木刀や拳、メイス、ムチなんかの攻撃のお陰もあるだろう。
それでもこの場の主役はやっぱり騎士たちだ。
頑丈で不屈な馬那だけではない。
委員長は怪我を負いつつも自己回復しながら、佩丘はガタイと怪力と持ち前のクソ度胸で、古韮は新たに得た霧の力を使って戦っている。
すっかり騎士が板についた野来は敵を風で揺らし、メーラさんは守護騎士として積み重ねてきたテクニックを存分に振るう。
ちょっと可哀想なのが本職ではない海藤だけど……。
「ぐぅっ!」
「海藤くん、そのまま。しゅあぁぁ!」
肩をぶん殴られて体勢を崩された海藤を、中宮さんが木刀ですかさずフォローしてくれる。
彼女にはそれをやってのけるだけのリーチと技術があるからな。
「ほれっ、気合い入れろ」
「おうよ。任せとけ」
加えて前線を走り回るヒーラーな田村が即治療だ。ヤツらは最前線であってもお互いに笑みを交わす。
「はい、もう大丈夫です」
「ありがと」
「みんなが一緒ですから、存分に戦ってください」
田村と海藤の反対側では聖女モードな上杉さんが野来に発破を掛けている。
みんなの距離が近いこともあって、今回ばかりは上杉さんも前線間際まで出張っているんだ。
彼女はこんな時のために、タイミングを見計らって前に出る練習をしていたもんな。
「はいっ、先生!」
「ありがとうございます」
切れてしまった【身体補強】を奉谷さんに掛け直してもらった先生が、あっという間に最前線に舞い戻っていった。
もうひとりの回復役ができる奉谷さんは、今回ばかりはバッファーに専念だ。
そんな奉谷さんの専属魔力タンクとして白石さんが付いているけど、彼女は同時に小刻みな【音術】で敵を間接的に攻撃してくれている。
「効きが薄いか」
「知られてたのかな。慣れもあるかも」
メイスの音を模した『エアメイス』に対する敵の反応を見た俺はどうにも渋い顔になってしまう。むしろ当の白石さんの方が淡々としたものだ。
アウローニヤの王城から情報を抜いたか、ペルメッダの冒険者たちから噂を集めたか、その両方なんだろうけど、『尻尾』はある程度こちらの魔術に対応している。
初見となる笹見さんの『熱機雷』や古韮の『対魔力圏』を食らったり、吹雪にこそビビってはいたものの、それ以外の魔術への反応がなあ。バレていたとしか思えないんだ。
だけど夏樹の石は速度が上がっているし、綿原さんのサメは射程が伸びた。魔力を節約するために要所で繰り出されている藤永と深山さんの『雷水球』だって無視できるようなものじゃないだろう。
そう、特性が知られているからといって通用していないわけじゃない。
それに──。
「むぅっ!?」
「おりゃあ! あ、惜しい」
地面を踏みしめる『音』に気を逸らし掛けた相手を見てダッシュで飛び込んだ春さんだったけど、残念ながらギリギリで躱されてしまった。
「種類、増えたよな」
「へへ」
素直に感心する俺に、白石さんはメガネをキラリと輝かせる。
白石さんの『エアメイス』シリーズは、みんなで意見を出し合って音のバリエーションが結構な数になった。これからも増え続ける予定だが、これまた白石さんに向き不向きな音があるのだ。
たとえば刃物が肉を切り裂く音、とかいうのは生理的にイヤなのだとか。綿原さんのサメが顕著だが、魔術って本当に使う本人の好みが表に出やすい。
「それより八津くんこそ、大丈夫?」
「今のとこは、目を回さない程度にやるよ」
そんな術師たちとは違い、俺は俺で目に付く仲間と敵の位置関係を観察しながら要所で指示を出し、さらには敵以外の存在にも気を配っている。
いくら【視野拡大】があるからとはいえ三百六十度はムリなので、さっきからくるくると回ったりジャンプしたりと我ながら滑稽な行動だ。
現状で一番注意を払わなければならないのは未だ黙って戦況を見守っているブリャ・ルミヴだが、今のところは目立った動きはない。
ただひとつ気になるのは両手に持っていた警棒の内、右手の方を袖に引っ込めたって辺りか。俺の【観察】は重々承知のはずだし、そこに意味があるのか、それとも陽動か。
もうひとつ引っ掛かっていることもある。
「人が通らないよね。巻き込まないですむのはいいんだけど」
そう、白石さんの言うように、敵味方以外の人影が見当たらないんだ。
両脇は広い前庭を構えた邸宅なんだけど、そこから人が出てくる気配もない。
通りでこれだけの騒ぎが起きているのだ。寝ているからって線は薄いだろう。留守なのか、空き家か、もしくは『尻尾』に拘束されたかだ。
いや、買収された貴族がいるってウィル様が言っていたし、そういうパターンもあるか。だったら最悪だな。
どちらにしろ屋敷と塀の構造を把握できていない以上、敷地側に逃げ込むことは悪手になる。行き止まりとか、『尻尾』の罠とかが考えられるからだ。
結局は前後どちらかを貫くしかないのだが、だからこそあちらも強者を配置しているんだろう。
「行方知れずの兵士とか、雇った現地の人に道を塞がせてるのかもな」
「『ジャーク組』の人たち、大丈夫かな。『赤組』も……」
白石さんに答える俺の予想を聞いて、奉谷さんが心配そうな声になる。
この辺りは高級住宅街だけあって、大通りと違い夜間の人通りは少ない。
ウィル様の仕込みで警備は厳重になっているはずだが、さっきの『ヘルタル組』騒動で味方の部隊がおびき寄せられたのが痛いな。
吹雪が健在だった時間よりも、さらにシビアになった戦いは続く。
◇◇◇
「よいっしょ~!」
「イヤァッ!」
雪が止み、円陣での戦いが始まってからそう時間も経たずに事態は動いた。
疋さんのムチを避けた敵の右肩に、ミアの放った矢が突き立ったのだ。相手はさっきティアさんのパンチを肘で受けてみせた中々の強敵だったが、ここで明確なダメージが入ったのは大きい。
ナイスコンビネーションだな。ここにきてミアの集中が凄まじい。いい感じでキレているとも言うけど。
加えて『戦女神』モードなメーラさんが凄いんだ。
ポジションとしては霧と風という色物盾な古韮と野来に挟まれる六時方向にいるのだが、正統派の騎士として的確な守備をみせつけている。そっち方面を担当しているアタッカー、ミア、疋さん、そしてティアさんとの連携もバッチリだ。何より複数の敵への対応が上手い。
つい先日まで十階位だったのに、十三階位どころか奉谷さんのバフで十四階位相当になったパワーをちゃんと乗りこなしている。やっぱり培ってきた技術っていうのは大切だと思い知らされる存在だ。
もしも『一年一組』が召喚組の二十二人だけだったとしたら、『六本の尾』の襲撃にここまで対応できなかったんじゃないかと思えるくらいの鉄壁の盾。
やっぱりティアさんとメーラさんが仲間に入ってくれて、本当に良かった。
「ティアさんちょっと待って!」
「何ですの!?」
俺の感心を他所に、崩れた敵に対して飛び込もうとしたティアさんには一旦停止してもらう。
敵の左腕が肩に突き刺さった矢を抜く動作ではなく背中側に回されたのが見えたからだ。警棒を抜くならまだしも、苦し紛れの短剣があり得る。捕獲対象から外れているティアさんを突っ込ませるのは危ない。
「くっ!?」
ミアにもう一撃を頼もうとしたその時、敵の仮面が赤紫に染まる。
くぐもった声を上げた男を攻撃したのは、もちろん綿原さんのサメだ。目の部分がスリットみたいな仮面なだけに、もうまともな視界は得られないだろう。
もちろん当たればの話だけど、仮面を装着している『尻尾』と綿原さんのサメって相性良くないか?
【魔術拡大】のお陰で射程が伸びているのもいい感じだ。この場にいる敵の全員を捉えることができている。
「そのキモい仮面、外した方がいいっしょ」
敵に煽り言葉をぶつけながら疋さんが振るったムチは今度こそキッチリ相手に巻き付いた。しかも武器を取り出そうとした左腕って辺りが疋さんのファインプレーだ。
お得意の【魔力伝導】により、敵の手から短剣がカラリと地面に落下する。
「よいっしょぉ!」
そのまま疋さんは両腕の自由を失った男をこちらの陣内に引きずり込んだ。
茶パツで細身な女子が、大の男を力でねじ伏せる光景はこの世界ならではだな。結構怖いよ。
「ティアさんっ!」
「ですわああぁぁ!」
だが異世界の異常さに感心している場合ではない。せっかく疋さんがお膳立てしてくれたんだ。トドメは我らが悪役令嬢に任せよう。
俺が声を掛けた時点で思い切り腰を落とし、すでにモーションに入っていたティアさんの右拳が地面に寝転がったままで暴れていた敵の顔面に突き下ろされた。仮面が粉々に砕け、魔獣と本人の血が飛び散る。
あれは酷い。
「死んでない、よね?」
「ピクピクしてるから……、大丈夫なんじゃないかな」
そんな光景を見ていた白石さんが怯えたような声を出し、俺もちょっと引き気味だ。ティアさん、全く遠慮してなかっただろ。
地に伏せた『尻尾』の一員は鼻の辺りから顎にかけてベッコリへこんでいるんだけど。これって藤永のスタンなんて必要ないよな。魔力の節約になって助かるけど……。
当のティアさんはトドメを刺した相手を即座に放置し、すでに次なる戦闘へと体勢を戻している。
どうしよう、これ。奉谷さんに最低限の治療をお願いするのは、戦闘中だけにナシだよなあ。
「……草間」
「うえぇ、僕がやるのかぁ」
「頼む」
俺は自分の腰に巻き付けてあった革紐を無理やり草間に手渡した。
言外にお願いしたのはティアさんが殴り殺し……、無力化した敵の拘束作業であるが、相手はスプラッタ状態だ。さすがにここからの再起動は無いとは思うが、一応は。
草間が戦力外ということではなく、この状況で一番の適任者だからだぞ。これはイジメではない。念のため。
なんにせよ、六人いる強敵と思わしきうちの一名を倒せたのはデカいな。
「ミア、九時に回ってくれ。メインはヒーラー狙いだ」
「了解デス!」
六時方面の敵が二人まで減ったこともあり、そちらのアタッカーはティアさんと疋さんに担当してもらえばいい。何気に疋さんは九時方向もカバーしてくれていたから、そっちにキレッキレのミアを回す。あっちはヒーラーが残っているから後回しになっていたんだ。
この調子でもう一人くらい撃墜できれば戦況がかなり有利になる。
後方の強敵が二人になったことで最悪大通り側への退避も不可能ではなくなった。
ブリャに背中を見せることになるので、本当に最後の手段だけど。
まだ盾たちが大掛かりに崩れる様子も無いし、この調子で──。
「ぐぅっ!?」
「佩丘っ!」
いきなり佩丘の左肩から血が吹きこぼれる。まるで俺の思考は油断だと説教されたかのような光景だ。
見えてはいた。だけどアレは注意の声が間に合うようなものじゃない。
◇◇◇
「私が手を出すことになろうとは、我らが『ブリャ』も不甲斐ないものであるな。鍛え直す必要があるようだ」
佩丘に起きた異変などどうでもいいといった風にブリャが味方をなじる。だが『尻尾』の事情なんてのはどうでもいい。
「田村ぁっ! 隙間は先生と綿原さんでフォロー!」
「何だってんだっ。ちっくしょうめが!」
ゆっくりと膝を突く佩丘を見て、俺は声を張り上げる。
事態を把握し切れていない田村が悪態を吐きながら佩丘に駆け寄り、先生と綿原さんが二人の前に出た。荷が重いかもしれないが、サブ盾でトップを張るのは綿原さんなんだ。
「毒かもしれない!」
「わかってるよっ!」
肩の負傷程度で崩れ落ちるような佩丘ではない。田村もそう思ったのだろう、俺の声に乱暴に答えた。
ブリャがやったのは俗に言う『指弾』というやつだ。ヤツは握りしめた親指を使ってパチンコ玉みたいな何かを弾いた。
せっかく俺がテンプレ未満を指摘してやったのに、こういうところでマンガみたいなマネをしてきやがる。
そりゃあこの展開ならば、どこから崩すのかが真っ当なのかは明白だ。
盾の隙間を通れないでいるのなら、枚数を減らしてしまえばいい。『尻尾』共は背中に短弓を担ぎつつも近接戦に挑んでいたが、誤射がないなら飛び道具の方が有効なのは明らかだ。ブリャにはそれができたってことか。
「安心するがいい。私は貴様らを殺すつもりはないのであるからな。後遺症も出ぬよう調整はしてある」
ブリャが余裕の声でふざけたことを並べ立てる。どこに安心する要素があるっていうんだ!
「鉄や鉛は含まれていない。体内で溶けてしまう材質である」
平坦な声で自分の武器の性能を語るブリャにイラつきが収められない。
だがアレはヤバすぎる。偶然でなければあの指弾は革鎧の接合部、つまり比較的脆い部分を貫いた。
鉄を使っていないということは、硬い部分には通用しない素材なんだろう。ヤツはそれだけの自信を持って佩丘を狙ったんだ。
あんなのウチで対応できそうな盾職なんてメーラさんくらいのものだ。
「ヤベえぞ。【解毒】が効き切らねえ!」
「くっそがあ」
この状況でも攻撃の手を緩めない『尻尾』が奏でる騒音の中、田村が絶叫し、佩丘がうめき声を上げる。
佩丘の怪我自体は小さなものだ。だからこそ田村は【解毒】を優先したんだろう。そして【治癒識別】を掛けた。
最悪だ。効き切らないという言葉から【解毒】が全く無意味ではないのだろうが、佩丘は膝をガクつかせて立ち上がることすら苦労している。
魔獣の毒には完全に対応する【解毒】とはいえ、地上のものともなれば話は別だ。厄介な攻撃を仕掛けやがって。
それでも佩丘の意識がハッキリしているのがせめてもの救いか。最悪引きずってでも後退させることもできるが、それよりも試しておくべきこともある。
「上杉さんっ!」
「行きます」
俺の声と同時に上杉さんが佩丘の下に走り寄った。怪我の治療と解毒が同時に可能な彼女の【聖導術】ならば、もしかして。
くそっ、こっちの動きを見たブリャは次弾を放つことをせずに上杉さんに注目してやがる。『聖女』かどうか見極めるつもりだ。だからといってここで【聖導術】の出し惜しみはあり得ない。
「半キュビ後退!【広盾】最大限だ!」
上杉さんの安全もそうだが、ブリャが不意討ちしてくる可能性だってある。
俺はここまで安定していた陣形を、より守備的にするように指示を出した。アタッカーの行動範囲が狭くなる上に騎士たちの魔力も心配だが、ここは仕方がない。
「代わります。田村くん」
「おう」
流れる血を気にすることもなく上杉さんは佩丘の肩に手を置く。二人を守るように田村は盾を構えた。
敵が味方の盾をガンガンと殴る音が響く中、上杉さんが【聖導術】を発動する。頼む、効いてくれ。
◇◇◇
「いける……、ぜぇ」
永遠とも思える数秒後、佩丘はゆっくりと立ち上がった。怪我自体は小さかったので、傷口は完全に塞がっている。
何よりも田村の【解毒】で消し切れなかった毒を、上杉さんが治してみせたのはデカい。
「完治はしていません。だから──」
「二度目の判断は八津だ。そうだろ?」
それでも【治癒識別】で完治とは判定されなかったのだろう。上杉さんは再度【聖導術】を使おうとしたが、佩丘はそれを止めた。そして俺に判断を委ねてくる。
佩丘は自分の動きを見せて、俺の指示を仰ぐと言っているんだ。
「責任重大だな」
「それが手前ぇの役目だろうが」
「ああ、任せとけ。期待してるぞ、佩丘」
一瞬嫌な顔をしたのを佩丘が咎めてくるが、こんなのはウチの日常茶飯事だからなあ。いいさ、やってやる。
ただし動きが悪いままだったら容赦なく口を出すからな?
「見事、見事である。あの毒はそうそう消せるようなものではない。半信半疑ではあったが、本物の『聖女』とはな」
上杉さんを見つめて白々しく拍手をしているブリャ・ルミヴは無表情ながらも、声には明らかな歓喜の色があった。
アレは獲物を見る目だ。ヤツは完全に上杉さんをロックオンしている。ちくしょうめが。
次回の投稿も三日後(2026/03/12)を予定しています。




