第613話 ついには後衛職からも
「いい感じだね。委員長」
「確かに力持ちにはなったけどっ、一人で馬の相手はちょっと、ねっ」
馬が駆け巡り、トウモロコシが跳ね回っているカオスな広間の一角で、割と平気そうな野来と、苦し気な藍城委員長の声が交錯する。
早く助けてくれといわんばかりの表情な委員長だけど、明らかに受け止める力が強くなっているんだよな。やっぱり前衛職のレベルアップに技能が乗っかるとわかりやすい。
とはいえ委員長単独で馬を任せることができるのは数秒だけだ。
「メーラさん、委員長の補助を。横から足狙いで」
「はい」
俺の指名を受けたメーラさんが素早く長剣を横薙ぎにすれば、馬のうしろ脚が一本宙に舞う。続けてもう一本。
これで委員長にかかる圧も減るだろう。
野来は【風術】を使ったスピードで、あちこちでヒットアンドアウェイ的な足止めをしてくれている。『風盾衝撃』がどんどん上手くなっているんだよな。師匠のガラリエさんに見せてあげたいくらいだ。
「委員長、もう少し抑え続けてくれ。メーラさんはそのまま無力化を──」
指示を加えながら俺は戦場を見渡す。
この魔力部屋にいたのは馬が五体とトウモロコシが八体、そして三角丸太が二体。
丸太だけを置き去りにした引き撃ちも考えたのだが、十三階位が増えたことで前衛の安定感は増している。そういう頼もしさもあったものだから、時間を惜しんだ俺は乱戦を決断した。
時刻は夕方の六時を過ぎて、巡回する予定のルートはもう少しで終わる。残念ながら魔獣が溜まっていそうな部屋はここで最後だが、ランダムエンカウントに期待をしたい。
今日の朝、『ジャーク組』から受け取った伝言によれば、地上からの伝令が三層の宿泊部屋にやって来るのは夜の八時。
ここまで数度の戦闘を経て、できる限りの経験値を笹見さんたち後衛メンバーに回してきた。
ロストしたのは手加減をし損ねたミアとティアさんがジャガイモを三体程砕いてしまったくらいだ。
だというのに委員長以来、誰も階位が上がっていない。
いや、ティアさんと委員長を十三階位にするという本日の絶対目標はクリアしたのだが、ここまでくるとやっぱり欲が出るんだよな。
「上がんなかったねえ」
滝沢先生と中宮さんがボコった馬にトドメを刺した笹見さんが残念そうに天井を見上げる。
ああ、良くない傾向だ。俺が思うのもなんだが、入れ込み過ぎて戦闘に没頭できていない。
今回の聖法国騒動で仲間たち全員が心の中にそれぞれの恐怖を抱え込むことになった。たとえば先生なんかは自分自身ではなく、生徒が傷付くことを極端に恐れている。だからこそ恥を忍んで【安眠】を取りたいなんて言い出した。
そういうクラスの誰かが欠けてしまう怖さ以外でも、誰もが自分の身の危険に怯えているはずだ。
かつて『勇者』の一人だからという理由で実際に拉致された経験を持つ笹見さんは、大柄な体格とアネゴチックな物言いとは違い、それ程気が強い方ではない。
私見にはなるが、クラスの中で今回の件で一番の恐怖を感じているのは彼女なんじゃないかと思うのだ。明確に狙われる理屈があるっていうのがキツいよな。
平静を装いながら委員長を応援したり、時間効率という建前で芋煮会の経験値分配にも配慮してくれているが、イザ十三階位が目の前なんだ。気持ちがそっちに傾くのも当たり前だよな。
「焦ったらダメよ、玲子ちゃん。気を抜かずに今は戦闘に集中っ」
「……あいよ。凛の言う通りだ」
それでもウチにはキチンと律してくれる仲間がいる。俺が口を出すまでもなく中宮さんが窘めれば、笹見さんは素直に頷いた。
強者であると同時にクラスの風紀委員の持つ説得力ってヤツだな。
「みんなもよ! こういう乱戦でこそ丁寧に。でしょ? 八津くん」
周囲に声を掛けつつ、中宮さんは木刀を手にトウモロコシの脚を切り裂いていく。さらには警戒を怠らないまま、俺に振り返り獰猛に笑ってみせるのだ。カッコ良すぎだろ。
「そうだな。中宮さんに持ってかれたよ」
全く、敵わないな。
少々無謀な戦闘プランを立てた俺より、余程しっかりしてるじゃないか。
「凛の言う通りよっ。どっらぁあぁ!」
中宮さんに見惚れかけた瞬間、聞きなれた咆哮が広間に轟く。
切り裂きモードな白いサメを従えた綿原さんが、メイスを振るってトウモロコシをぶん殴っているのだ。
まるで俺にこっちを見ろって言っているように感じるのは気のせいだろうか。俺は視界に入れば全部を把握できるのがウリなんだけどな。
いやまあ、綿原さんは全員に気合を見せつけているのだろうけど、双頭サメがチラチラ俺を窺っているのはどうなんだ?
「ああぁぁい!」
「ですわあぁっ!」
さらには先生はティアさんと一緒に馬を殴りつけ、こちらもまた武力でもってみんなに喝を入れる。
トウモロコシの数を考えれば煮込みと同時並行しても良かったのだが、ここにいる馬のトドメを全部任せてしまえば、ほぼ確実に笹見さんの階位が上がるはずだ。後衛職だが十二階位で【身体強化】持ちの彼女は、奉谷さんからバフを貰い、神剣を携えれば生の馬を倒すことだってできる。
ならば笹見さんが十三階位を達成してからゆっくり茹でトウモロコシを作ればいい。笹見さん以外でレベリング対象となっている上杉さんたちにトウモロコシをたっぷりご馳走できるという寸法だ。この手順なら時間は掛かるが経験値配分が奇麗に決まる。
余った丸太は、それこそ古韮に譲るのもアリか。
おっと、また欲が頭をもたげてきやがった。自省だ、自省。
「【聖導術】です」
「ううっ、どうもっす」
「いえいえ」
聖女な上杉さんが怪我と一緒に痛覚毒を食らったチャラ男な藤永に、宣言しながら【聖導術】を行使する。随分と軽い奇跡になったが、それでもまだまだコストは重たいらしい。
藤永が涙しているのは感激ではなく痛覚毒のせいだ。そこに信仰心は関係ない。
トウモロコシに他種が混じると、どうしたってこういう展開になるんだよなあ。
今まではミアの鉄矢と藤永の雷で弱体化を図っていたが、今それをやるとクリティカルが怖いし。加えてミアを筆頭とした十三階位組の前衛訓練という意味合いもある。
「はい、魔力」
「ありがとうございます」
相方の治療に対するお礼というわけではないが、深山さんが上杉さんに魔力を渡す。
初手以降が混戦状態になると『氷床』の使いどころが難しくなるので、彼女は上杉さん専属の魔力タンク状態だ。運用としては悪くない。ガンガンとまではいかないが、上杉さんには本人の判断で【聖導術】を少しでも多く使ってもらおう。
「二体目ぇ。まだだよ、八津!」
中宮さんたちのセリフと行動が胸に響いたのか、二体目の馬でもレベルアップしなかった笹見さんに落ち込む様子は無い。
「どんどんやるぞ、笹見さん。今度はそっちだ!」
「おうさ」
委員長とメーラさんのタッグで弱らせた馬にトドメを刺した笹見さんは、俺が指差した獲物に視線を向ける。今度は先生とティアさんが殴りまくって瀕死の馬だ。
アタッカーの大半が十三階位となったお陰で弱体化が捗っているのがデカい。
というわけで、そろそろ盾の枚数に余裕ができてきたか。
「よし。委員長は下がってトウモロコシの無毒化だ。【剛力】で楽になるだろ?」
「そのためってつもりじゃないんだけどね」
悪いが委員長には脚を切られてジタバタしているトウモロコシの葉っぱもぎりをしてもらう。
もちろん茹でトウモロコシの下準備だ。これもすっかりルーチンになってきたな。
「ボクも頑張るから。委員長も、ね」
「……もちろんだよ」
委員長に先立ち、半べそで痛覚毒に耐えながらトウモロコシの葉を千切っていたロリっ娘な奉谷さんの言葉だ。とてもじゃないが委員長が言い返せるようなものではない。
俺なんかはもう、見ないフリで自分を誤魔化していたくらいだよ。
「八津ぅ、こっちは片方いけるぞ!」
丸太を相手にしている盾連中の回復役の田村から声が届く。
あっちで二体の三角丸太を足止めしているのは佩丘と馬那、古韮、そして海藤だ。一人でも欠けると一気に崩れかねないので田村が専属ヒーラーとして張り付き、ミアと春さんが枝を切り落としまくっている。
馬のヘイト管理こそできてはいるが、トウモロコシがいつ飛び込んでくるかもわからない。アイツらはそんな戦場でも焦らず頑張っている。
「春さん、トドメだ! 二体とも食っていい」
「やったあ!」
俺からのトドメ指名を受けた陸上女子な春さんが物凄い速度で丸太を駆け登り、急所に短剣を突き刺していく。躊躇が全く見当たらない辺りが凄いよな。
一瞬【霧術】のことを思い出して古韮に回そうかとも思ったが、春さんのレベルアップの方が確実に近いから、そこは涙を呑んでもらいたい。
この戦いを合わせた今日のリザルト次第で、明日のレベリング順位を話し合わないとだな。
◇◇◇
「ふぅ……、十三階位だよ。みんなのお陰さ。ありがとうね」
「っしゃあ!」
「やったね!」
ラストとなる五体目の馬にトドメを刺した時点でついに笹見さんが十三階位を達成し、クラスメイトたちが歓声を上げる。
『一年一組』では九人目、そして後衛職では初となる十三階位の誕生だ。
四層で階位を上げる後衛職なんてレアな存在だから、隠れ賢者みたいな人がいない限り、笹見さんはペルマ迷宮に潜る後衛術師として頂点に立ったともいえるだろう。
とはいえアウローニヤでは『緑風』が、ペルマでも【聖術師】を筆頭に四層での後衛職レベリングが始まっているので、笹見さんのトップはそのうち横並びってことになるはずだ。
何しろ明日にはウチの上杉さんが同率トップになる予定だからな。
「待たせたね。さあ茹でようか」
「うんっ!」
喜ぶ間もなく笹見さんは後方に設置された寸胴鍋に歩み寄る。やり遂げた笑顔で大きく頷く奉谷さんの傍には、無力化された八体のトウモロコシがビチビチしていた。
二体の三角丸太も春さんが倒し切り、ここからはじっくり茹でトウモロコシ大会だ。対象者は上杉さんと奉谷さん、そして深山さんということになる。
なんだかんだで三十分近くもこの部屋での戦闘に時間を使ってしまったし、手早く終わらせないと──。
「あ、追加だよ。白菜かな。五体」
そんなタイミングで忍者な草間が魔獣のおかわりを告げてきた。
これは……、実に美味しいなっ。やっぱり魔力部屋は最高だ。
「はははっ! 好都合だねえ。追加で煮込んでやろうさ」
「おう!」
カラカラと笑う笹見さんの声に合わせ、前衛メンバーが白菜を迎え撃つために動き出す。
万全な状態の『一年一組』だ。無力化までなら二分も必要ないだろう。
これが本日のラストバトルになるとしても、十分な収穫が得られたな。
◇◇◇
「ダメだったよ。取れそうにないねえ」
迷宮三層を進む中、背中にジャガイモが詰め込まれた寸胴を担ぐ笹見さんが、ちょっとだけ残念そうに苦笑する。
四層でトウモロコシと白菜を後衛が倒し切った時点で本日の探索を打ち切り、『一年一組』は宿泊部屋を目指しているところだ。
運んでいる丸太は最後の戦闘で得られた六本だけだが、それ以外の素材はそれなりの量になっている。今夜の伝令さんと明日の荷運びさんたちに料理をふるまっても十分に余裕があるだろう。
で、笹見さんが言っているのは【熱導術】についてだ。
彼女が候補に出しつつも何故か取得することができない【熱導術】は、十三階位になってもそのままだったらしい。
「階位条件じゃなかったか」
「事例が少なすぎて、推測しようもないよね」
イケメンオタな古韮と文系オタの野来が首を傾げ合う。
山士幌高校一年一組がアウローニヤに召喚され、当時のリーサリット王女から【神授認識】を受けたことで、俺たちは神授職を得た。
そこに内包された技能システムについては鮫女子な綿原さんが【鮫術】を取得したのを切っ掛けにしてクラス内で情報が共有できたのだが、例外となる技能が二つだけあったのだ。
ひとつは【聖導師】の上杉さんの【聖導術】。そしてもうひとつが【熱導師】の笹見さんの【熱導術】だ。クラスに二人だけの【導師】が候補にした名前のままな技能である。
そう、どう考えてもメインスキルだったんだ。
そんな如何にもな技能だが、候補に存在していても取得ができないという謂わば『グレーアウト』状態。だが上杉さんの【聖導術】はアウローニヤの近衛騎士総長にウチの馬那が腕を切断されるという状況で活性化した。
そこから想定できるのは、当人が本気で技能を所望したという精神的な要素か、もしくは『状況』だ。ロジックで考えたい田村が嫌な顔をするかもしれないが、発動イベントっていうことだな。
では笹見さんはとなると、これまで彼女にとって最大の危機といえたのは、間違いなく俺と綿原さんと共にヴァフター一党に拉致された一件だろう。
だが、帝国に売り飛ばされる瀬戸際となっても【熱導術】はグレーのままだった。
笹見さんに必死さが足りていない可能性なんていうのは、そんなのは本人が一番気にしていることだろう。だから俺たちは誰一人としてそれを口にはしない。
そもそも心掛けがトリガーなのかも怪しいし、要するに言っても仕方がないってことだ。
「【熱導術】が使えないのに【熱導師】だから狙われるっていうのも、損な話だねえ」
努めて冗談めかしつつ笹見さんが首を横に振る。
帝国や魔王国ではわからないが、大陸北西諸国において【導師】は『勇者』とほぼイコールと定義されているくらいには伝説の存在だ。少なくとも現代のアウローニヤ王国とペルメッダ侯国には存在していない。
だからこそ聖法国のターゲットにされかねないと俺たちは警戒しているのだが、元々気が強いタイプではない笹見さんの心労はいかばかりだろう。
俺たちは絶対に仲間の全員がお互いを守り抜く。それぞれの持つ能力をフルに活用してだ。そこに【熱導術】の有無など意味は無い。
笹見さんだって理解しているはずだが、それでも悔しいんだろうなあ。
「で、笹見はどうするんだ?【熱導術】がムリなら予定通り温存か?」
「いろいろ考えたんだけどね。あたしは【遠隔化】が面白いかなって、ね」
敢えてお気楽な口調で問い掛けた古韮に笹見さんは笑顔で返事をしつつ、チラッとメガネおさげな白石さんに視線を向けた。
「いいじゃないか。『熱機雷』」
「その表現はどうなんだろうねえ」
悪く微笑む古韮を見て笹見さんは肩を竦める。
【遠隔化】は魔術の『発動点』を遠くに伸ばすことができるようになる技能だ。ただし、魔術を起動したとしても移動などの操作をすることができないという制限を持つ。
ウチのクラスの場合なら夏樹の石や綿原さんのサメのように、実体を操作してナンボという魔術とは相性がよろしくないのだ。
対して現象系とも表現できる魔術、笹見さんが視線を向けた白石さんの『音』のように、発動させること自体が意味を持つならば話は大きく変わってくる。
そんな白石さんの『エアメイス』系は対人戦においてかなり有効な技だ。
ヴァフターに拉致された時には見てから搔き消された笹見さんの『熱球』だが、敵の傍にそっと設置したらどうなるか。触れれば解除されてしまう魔術ではあるが、熱そのものは残される。火傷を負わせるところまでは無理でも、ちょっとした隙くらいなら作り出すことができるんじゃないだろうか。
それこそが古韮の言うところの『熱機雷』だ。命名したのはミリオタな馬那。
魔獣にはあまり有効ではないだろうこの技を、対人戦で隙を作るためだけに内魔力コストを使って取得するというのはどうかとも思うが、できる限りをしておきたいというのが『一年一組』の実情だ。
笹見さんの言葉にはそんな意志が込められている。
それに、それだけじゃない──。
「損があるわけじゃないし、あたしは『夏樹予想』に乗っかるさ」
「その名前、決まりなの?」
アネゴらしくニヒルに笑った笹見さんに、名前を出された夏樹がツッコミを入れる。ただしちょっと嬉しそうに。
「いいじゃん、科学者っぽいっしょ」
「ハルもいい名前だと思うな」
「もー」
チャラ子な疋さんと姉の春さんに肯定された夏樹が牛みたいな声を出すも、やっぱり照れ気味だ。いい意味で可愛がられてるよな。
『【睡眠】と【平静】を併せたら【安眠】が出たんだから、技能にはそういう出現パターンもあるんだよ。だったらさ──』
俺たちがまだアウローニヤの離宮にいた頃に夏樹が技能談義でそう切り出したことがある。
まさにゲーマーな夏樹だからこそ出てくる発想だった。
神授職システムにおいて身体系や魔力系技能が多数確認されているが、『魔術系』も多彩だ。
ベースとなる【熱術】や【水術】のような魔術『そのもの』だけではなく、【魔術強化】、【魔術拡大】、【多術化】、【遠隔化】、効果が胡散臭い【魔術融合】などなどの補助系。ただし綿原さんの【多頭化】は例外だろう。だよな?
そういう魔術系に属するだろう技能を並べることが出現条件となりうると、そう夏樹は主張したのだ。
なにもコンプリートする必要はない。規定数もしくは指定された魔術系技能を揃え、一定の熟練度を稼いだら……。
これこそが『夏樹予想』だ。
命名は委員長。ウチのクラスっていろんなシーンで名前を付けたがりだよなあ。
「【風術】でもいいんだけど……、人が相手だとねえ」
途中で口ごもりつつ、笹見さんは最後まで言い切った。
【導師】の名に恥じず、笹見さんは【風術】もちゃんと候補に出している。もしも取得したならば『熱風』が使えるようになるのだ。
だが果たしてそれが対人戦でどれくらい有効なのか、そこが難しい。覚悟を決めれば突き破れる熱風に対し、相手を驚かせることに特化した『熱機雷』。どうやら笹見さんは後者に傾いているようだ。
【風術】を取れば熱風だけでなく、春さんや野来のように移動手段にすることや敵の動きを阻害するような使い方もできるのだが、かなりの練習が必要になる。
敵が魔獣であるならまだしも、聖法国の特殊部隊である『六本の尾』を想定すると、生兵法はむしろ危険であるかもしれないのだ。
加えるとすれば【風術】を取って魔術の種類を増やすよりも、補助系のコンプリートを目指す形となる【遠隔化】の方が『夏樹予想』に相応しいんじゃないかというのもある。
この辺りは事前に議論してきたことだし、当事者の笹見さんは重々承知しているのだ。
「『魔術どらいやー』はお預けですのね。わたくし楽しみにしていましたのに。レイコには急いで十四階位になっていただきませんと」
「難しいこと言ってくれるねえ、ティアさんは」
ティアさんがノリノリで煽れば、笹見さんの声に力が戻ってきた。同時に笑顔も。
「あらあら、わたくし、今から五層が楽しみでしかたありませんのよ!」
悪役令嬢の高笑いが迷宮に響く。
そうか。そうだよな。聖法国と四層の異常で手一杯だから考える余地もなかったが、迷宮にはまだまだ先がある。
これまで俺たちは助力を受けつつ、適正階層のひとつ先を工夫と連携で戦うことでレベリングの効率化を図ってきた。いつものノリなら、そろそろ新たな層に挑むことを検討していたはずだ。
もちろん三層から四層への挑戦と、四層から五層では難易度が跳ね上がる。何しろペルマ迷宮トップクラスである『赤組』が敗走するような魔境が現在の五層だ。
だからといって目を逸らすわけにはいかない。今回の探索ではムリだとしても、帰還へのヒントを探るのならば、いつかは……。
ティアさんの言葉は俺たちにそんな事実を突きつけるものだった。
◇◇◇
「人だよ。二人だけなんだけど、どういうことかな」
予定の宿泊部屋までもう少しというタイミングで草間が人の気配を察知した。
二人っていうのは確かに少ないな。奇妙な様子に皆が足を止める。
時刻は夜の八時ちょっと前。伝令さんがやってくる予定通りの時間ではあるのだが……。
もしも刺客だとして、二人だけというのはあり得ない。こっちは十三階位の前衛が八人もいる二十四人だ。相手がたとえアウローニヤの近衛騎士総長とペルメッダの侯王様のタッグだったとしても、負けは無いだろう。無いよな?
「……相手が高階位の弓士とかだったら危ないか。盾組を先頭に密集隊形で、草間は気配を──」
「いやっ、ちょっと待って! 片方はウィル様、っと、ウィルハストン様なんだけど、もう一人って……」
念のためレベルの指示を出そうとした俺だったが、草間の叫びが遮る。どうしたんだ?
「襲われてるのか?」
「まさか、喧嘩?」
「べつにウィル様でいいですわよ」
「そうじゃないんだよ!」
どよめく仲間たちを置き去りに、ちょっと焦れた様子の草間が大声を張り上げながら小走りになる。
「ベスティさんなんだよ! ベスティさんがいるっ!」
草間の叫びの持つ意味に気付いた俺たちは、陣形が崩れることも気にせずダッシュで宿泊部屋を目指すハメになった。
次回の投稿は明後日(2026/01/21)を予定しています。




