第611話 アクティブな聖女様
「うん。やっぱり迷宮はいい」
「八津くん、それって魔獣を目の前にして言うこと?」
「そうだよ。出だしとしては手ごろだし」
笑顔な俺に右前方で石を操っている夏樹が呆れている。
『燃え上がれ~、限界を越えて。砕け散れ~、迷いも恐怖も──』
白石さんの【奮戦歌唱】効果もあって今の俺はノリノリだぞ。みんなもそうだよな?
迷宮泊三日目の初戦闘は、普通の広間における牛五体との遭遇戦だった。芋煮会というわけにはいかないが、単一種で手ごろな数というのが実にありがたい。
アラウド迷宮で四層に挑んだ最初の頃なんて、牛が五体なんて強敵の部類だったのにな。
「ティアさんと委員長が二体ずつで、笹見さんが一体。手早くやろう!」
「おうよ!」
「イヤァァ!」
海藤が大盾を構え、メイスを両手持ちしたミアが蛮族チックに飛び掛かっていく。
本来は遠距離から初手を取りに行く二人だが、すでに十三階位を達成している。よって海藤は盾の練習で、ミアは【剛力】の熟練上げだ。対人戦では敵を殺してしまうかもしれない短槍と剛弓を封印し、それ以外を伸ばすというのが今日と明日、二人のテーマである。
この世界の人間からしてみれば拉致される可能性があるのに温いと思われるかもしれない考え方だが、それでも俺たちは日本人で、学生だからな。
もちろん本当にイザとなれば、その時は……。
いや、今は考えないようにしておこう。
「があぁぁ!」
「ナイス佩丘!」
佩丘が咆哮を上げながら受け止めた牛を強引にかち上げ、浮いた敵の足に春さんがメイスを叩き込む。
ここ最近騎士たちが練習している盾で受けてからのメイスの刺突だが、牛と馬が相手では封印だ。ヘタをすると角のカウンターを貰うことになるからな。そっちについてはトウモロコシや白菜辺りで積極的に狙いに行く予定になっている。
たとえ毒を貰うことが前提となるとしても、みんなはそれくらいの覚悟をキメたんだ。
刺突の代わりというわけではないが、騎士連中は『受けた後』にも意識を配っている。
後衛柔らかグループがバックラーを使って逸らすことを主体とした受け方をしているの対し、前衛がこれまで積み上げてきたのは丁寧で確実なガードだ。
十二階位となり技能を充実させつつある彼らは、それぞれのスタイルを駆使して戦うようになってきた。
ヤンキーで【重騎士】の佩丘は騎士メンバーでただ一人【剛力】を持つパワーが特徴だ。イケメンオタな【霧騎士】の古韮は【魔力伝導】を駆使した魔獣の弱体化を得意とし、筋トレマニアで【岩騎士】の馬那は持ち前の筋肉と【治癒促進】でそう簡単に崩れない盾。
【聖騎士】である藍城委員長は自己ヒールができてしまうゾンビナイトで、文系オタで【風騎士】の野来は飛び回る。
野来だけ異質だよな。
『シュウカク作戦』時に緊急措置として【鉄拳】を取得したことで故障も減っているし、彼らもまた新しい一歩を踏み出しているのだ。
アイツらがここまでできるようになれたのは、アウローニヤ時代にはヒルロッドさんやラウックスさん、ガラリエさんが、ペルメッダではメーラさんという騎士としての師匠がいたのが大きい。
【身体操作】という技術習得に向いた技能も相まって、普通の高校生たちが百日の経験で戦士として四層の魔獣と対峙している。
攻撃面ではまだまだこれからなんだけど、受け止めという点でウチの騎士メンバーは信頼できるんだ。
「あぁぁい!」
「しゅー、しぃぇあ!」
メーラさんと馬那が抑え込んでいた牛の両脇から滝沢先生と中宮さんが、それぞれ蹴りと木刀の一閃で二本の角を叩き折る。
というか中宮さん、瞬間的に【鋭刃】を使ったか。当人は木刀術とはマッチしなくて気持ちが悪いと言っていたが、それでもってことなんだろうな。
「今よっ、ティア!」
中宮さんの声が広間に轟く。
同時にメーラさんと馬那が身を引き、牛の急所がさらけ出された。
「でっすわぁぁ!」
神剣『ムラマサ』を両手持ちしたティアさんが、牛に向かって大きく踏み込む。
この牛は角を折られて攻撃力こそ落ちてはいるものの、六本の足は健在だ。体当たりでもなんでも、反撃を仕掛けられるリスクは残されている。
だが、持ち前のクソ度胸をフルに生かしたティアさんの大きく鋭い一歩と、騎士となるべく積み重ねてきた剣捌きは、まるで一本の長槍だ。『北方中宮流』を組み込んだ歩法と腰の捻りを乗せた短剣は、スルリと牛の急所に刃をうずめた。
「やりましたわよ!」
「ティアさんっ、こっちもどうぞ」
「二重で動き落としてあるっしょ」
勝利の雄叫びを上げるティアさんに、古韮とチャラ子な疋さんから声が掛る。
古韮の盾と角に巻き付いた疋さんのムチで【魔力伝導】をダブルで食らった牛は、半ば膝を突きかけている状態だ。
ティアさんが自分に課したテーマは、無力化が完了していない魔獣を一撃で倒すこと。
さすがに三角丸太は難しいが、牛や馬、白菜辺りがメインターゲットとなる。将来的にはフォロー無しのタイマンが理想らしい。
十三階位達成は当然として、このまま先生や中宮さんの教えを受けていったら、そう遠くないうちにやっちゃいそうな予感だよ。
「二体目、いただきますわぁ!」
フリーとなっている片方の角を自らの手で抑え込みつつ、ティアさんは片手持ちした『ムラサメ』を牛に突き立てる。
今度は一撃とはいかないが、それでも五秒程グリグリした時点で終了だ。
「委員長、そっちも急いで──」
「終わったよ。僕はまだまだだね」
確認をする俺の声に、委員長が苦笑を浮かべながら答える。
たった今委員長が倒した牛は、春さんとミアで念入りに無害化した個体だ。
ティアさんが二体倒すあいだに委員長が何とか一体。しかも神剣『エクスカリバー』を使ってだけど、こればっかりはどうしようもない。
幼い頃から修練を積んできたティアさんと、運動部出身でもない高校生な委員長をこういうシーンで比較してもなあ。委員長はヒーラー兼任だから戦闘系技能もウチの騎士職の中では出遅れている方だし。
「委員長は壊れない盾だから助かってるって」
「『放っておいて』いいんだろう?」
なんとか褒めてみてもこれだ。
根に持ってるなあ。メガネを輝かせるのは止してほしいんだが。
「いいから委員長。こっちもやってよ」
「とりゃっ!」
海藤とペアで牛を抑え込んでいる野来が委員長を促し、メガネ忍者な草間がステルスアタックで足を折る。一撃を入れた草間は全速力で距離を取った。
うん、クリティカルは不得意でも最強のヒットアンドアウェイだよな。一回限りではあるんだけど。
「どっらぁあ!」
「よっこいしょお」
「畜生がっ!」
「キツいっすぅ!」
で、残り一体の牛だけど、綿原さんと笹見さん、田村、藤永という【身体強化】持ちの後衛職が相手をしている。
とはいえ騎士職の面々のように真正面から受け止めるのではなく、つかず離れずでヘイトを散らすやり方だ。
闘牛みたいなものだが、四人がかりっていうのがミソだな。お陰で牛はあっちこっちを攻撃しようとして、そこに夏樹の石や綿原さんのサメがぶつかっていく。
双頭となりパワーアップした綿原さんのレッドツインヘッドシャークは牛の動きすら一歩遅らせる程の威力があって、作り出されたその一瞬もまた四人の安全マージンに繋がっている。もちろん夏樹の石も悪くない。
普段は使わない戦法だけど、藤永も含めて本人たちの志願なので、俺は危険水準を見極めるのみだ。
トウモロコシとタイマンを張るまでになった綿原さんは、そのうち牛や馬とも殴り合うようになるかもしれない。
「イヤァァァッ!」
「しゃぁっう!」
「ですわぁ!」
委員長が二体目の処理に入ったところで、後衛の四人がいなしていた魔獣にミア、中宮さん、そしてティアさんが襲い掛かる。
先生や春さんは委員長のサポートに回り、疋さんはすでに周辺警戒態勢だ。疋さんは何気に斥候意識が高いので助かるよ。
うん、間もなく決着だな。ここまでの所要時間は三分くらいだし、笹見さんがトドメに手こずったとしても十分上出来な部類だろう。
◇◇◇
「邪魔になっていませんでしたか?」
「いや、あの程度なら全然だよ」
「それならいいのですが」
牛の解体作業をしながら上杉さんと俺は、さっきの戦闘について言葉を交わす。
怪我をしたのが委員長だけだったお陰で出番の無かった聖女な上杉さんだが、ロリっ娘バッファーな奉谷さんから【身体補強】を貰って動き続けていたのだ。
ただ無軌道にではなく、負傷者が出そうな場面ごとにそっちに向けてダッシュし、素早く戻る。そういう地味な作業の繰り返しを。
アウローニヤの後半で治療が必要な場面への見切りが良くなっていた上杉さんは、ここにきてもっとアクティブに動きたいと言ってきたのだ。必然的に魔獣に近づくことにもなるし、位置関係次第ではターゲットにされかねない。それでもやってみたいというのが聖女様の意気込みだ。
で、彼女がヤバい動きをしたならば、それを俺が注意をすることになってしまった。
昨日の模擬戦を経て、クラスメイトたちはみんなが一段上を目指し始めている。
現状では無駄な動きだってあるかもしれない。だが、これは将来への布石だ。言い換えれば精一杯の悪あがきでもある。
だけどそれでもなんだ。
上杉さんだけではない。奉谷さんは自身にバフを掛けてメモを取りながらちょろちょろ動いていた。
白石さんは歌いながら、夏樹は石を操り、深山さんは冷水を維持しながら。
俺は俺で複雑に動くようになった各人が危なくないかを確認するために、ところどころでジャンプを挟んで全体を俯瞰するようにしていたりする。そのうち三角跳びにも挑戦したい。
「ふふっ、わたしがこんなに走り回ることになるなんて、山士幌にいた頃には考えもしませんでした」
「こっち来てからはずっとだもんな」
「これでもお盆にジョッキを乗せて運ぶのは得意なんですよ?」
「それ、先生には聞こえないようにな」
「もちろんです。先生といえば、わたしには夢があってですね──」
山士幌に戻ったらクラスのみんなを小料理屋の『うえすぎ』に集めて、先生には心ゆくまでお酒を飲んでもらい、みんなで騒ぐ。上杉さんによれば、俺も二十歳になったらアルコールを試すことくらいはしてほしいそうだ。
ああ、本当にいい夢だな。
綿原さんと夜空を見上げる約束もしているし、日本に戻ったらやりたいことリストは増える一方だ。
その日を目指し、今はせっせと牛を解体する。そろそろ【鋭刃】か【身体強化】が生えれば何よりなんだけど。
◇◇◇
「上杉さん、三歩だけ前。野来はそこまで引け!」
「はい」
「わかったあっ!」
俺の指示に従い上杉さんが前に出て、野来が【風術】を併用してバックステップする。
トウモロコシの頭突きを肩に食らった野来は、打撲と一緒に【痛覚毒】を貰ってしまった。このまま前には出しておけない。生憎田村は別作業中で近くにはいないし。
「綿原さん、野来の穴を──」
「どっらあぁぁ!」
俺の声が届いた時には綿原さんのメイスがトウモロコシに叩き込まれていた。見事な敵討ちだな。
【観察】で瞬時に戦況を判断できる俺だが、混戦ともなると声での指示ではどうしたって限界が出てしまう。
【念話】とか【意思疎通】なんて技能があると便利なんだけどなあ。
本日初となる魔力部屋にはトウモロコシが溜まっていた。しかも十四体。
さっきの牛と同じく単一種だけの戦場なのは助かるが、明らかに盾の枚数が足りていない。お陰で野来は二体のトウモロコシに時間差攻撃を食らうハメになってしまったのだ。
見えていたのに声を掛ける間がなかったのが申し訳ない。
「戦況が落ち着くまでは、経験値が対象者以外にも流れていい!」
「ハルも倒していいんだよねっ!」
「うっしゃあ!」
俺の叫びにレベリングで優先度が低めとされているメンバーが盛り上がる。
みんなで決めたことだからと呑み込んではいても、それでもレベルアップはしたいよな。俺もだよ。
ちなみにレベリング対象者の一人である笹見さんは、うしろに下がって茹でトウモロコシの準備中だ。
「あっ!?」
「どうしたの? 上杉さん」
野来を治療していた上杉さんが、小さく驚いた表情になる。どうした?
「いえ、何でもありません。治りましたよ。前をお願いします」
「うん!」
それでも説明せずに野来を前線に送り返すってことは、治療の結果自体は問題ないはずだ。チラっと俺の方に視線を向けた上杉さんだが、小さく微笑んでいるし、ネガティブなコトではないんだろう。
戦闘が終わったらお話があるってパターンかな。
「しゃぁうっ!」
「ふっ!」
「よいっしょ~」
トウモロコシの無力化では中宮さんとメーラさん、そして疋さんが大活躍だ。
「イヤァァ!」
ついでにミアも。
全員が刃物の使用を許可されているのでトウモロコシの脚となる部分を次々と切断してくれている。中宮さんだけは【鋭刃】込みの木刀だけどな。
さておきジャンプ攻撃を阻止するだけで、そこからの展開はかなり楽になる。
先生や春さん、ティアさんなんかは着地直後のトウモロコシを殴って牽制するのがお仕事だ。三人ともトウモロコシに慣れてきて、早々毒は食らわなくなってきている。
魔術組は空中での撃墜と落下点での『氷床』で活躍中。
「ぐっ、何で俺たちが」
「適任だからだよ」
ジャンプができなくなったトウモロコシの毒持ち葉っぱを千切っているのは、自己ヒールが可能な田村と委員長だ。
「痛いけど……、痛くなんかない!」
今回からそこに奉谷さんまでもが参加を志願した。彼女は自己バフの効果が大きいので葉っぱむしりをギリギリやれてしまうのだが、見ていてとても痛々しい。
上杉さんも手伝おうと言い出したのだが、動かせるヒーラーを一枚は残しておかなくてはならないので却下。トウモロコシは致命的な攻撃をしてこないので、ダメージを前提としたこういう戦法が可能な敵でもある。
「おりゃあ!」
俺は何もしていないかといえば、中衛からこっち側までジャンプしてきた敵を『観察カウンター』で打ち返すことで貢献中だ。
さっきは自らジャンプしてトウモロコシとすれ違いざまに切り結ぶなんてマネもしたのだが、見事毒を食らって着地でズッコケた。
みっともないことこの上ないが、俺たちは失敗を恐れず新しいことにチャレンジする。
今日と明日を使い、以前までとは一味違う『一年一組』を作り出すのだ。
「こっちは序盤のが茹で上がってきたよ。誰からだい?」
「上杉さんだ。田村はヒーラーに戻れ!」
無力化したトウモロコシを寸胴にぶち込んで加熱していた笹見さんから頃合いが告げられる。優先を上杉さんに回し、欠けたヒーラーとして田村を派遣だ。
本当は奉谷さんを回復役にしてあげたいのだけど、彼女は【身体補強】と【解毒】で魔力を使いっぱなしだからなあ。
「白石さん。奉谷さんに【魔力譲渡】」
「うんっ!」
痛みに耐えつつ葉っぱを千切る奉谷さんを涙目で窺っていた白石さんが走り出す。
現状は無効化完了が六、ジャンプ不能が三。ダメージを受けつつも飛び回っているのが四体。で、綿原さんが倒しちゃったのが一体か。頃合いだな。
「委員長、奉谷さん、葉っぱを処理し終えたのはうしろに回してくれ。奉谷さんは煮込みに参加。委員長は前線」
「うんっ!」
「了解したよ」
俺の指示に奉谷さんは元気に答えてくれるが、委員長はちょっとお疲れ気味だ。ずっと毒が付きまとう役回りだもんなあ。すまん。
「草間、ジャンピングステルスアタック!」
「無茶言うよねっ。うわぁっ!?」
俺の指差した先に突如出現した草間だが、トウモロコシと衝突事故だ。完全に毒ったな、あれ。
忍者だからといって、そうそう上手くいくってものでもない。だからこそ練習あるのみ。
得体のしれない相手を想定すると、草間は切り札になりえるんだからな。
◇◇◇
「野来に【聖導術】を使った?」
「はい」
戦闘はつつがなく終了した。誰もレベルアップをすることはなかったが、そろそろ委員長やティアさんは現実的なレベルに来ていると思う。
さておき、戦闘後の報告として上杉さんがとんでもないことを言ってきたのだ。
これには周囲の面々も驚きを隠せていない。そういえば上杉さん、野来を治療した時に驚いていたもんな。
確かにあの時の野来は痛覚毒に侵され、肩の負傷と顔に切り傷を付けていた。回復の手順としては【治癒識別】を使って状態をチェックしてから、【解毒】と【聖術】を掛け、最後に再び【治癒識別】で最終確認するが常道だ。状況次第で【造血】が追加されるくらいか。
だが上杉さんは聖女の奇跡の代名詞、【聖導術】を使ったという。
もちろん上杉さんが慌てたからとかそういうことではない。そういう焦りとは一番遠い存在なのが上杉さんを聖女たらしめていると、俺などは思っているくらいだ。古韮もそうだろう。
つまり上杉さんは意図を持って、致命的な状況でもない野来に【聖導術】を行使した。
「夏樹くんが【魔力受領】で【聖術】関連の効果を上げる可能性を見出してくれましたから。わたしも何かできるのではないかと思って」
「へ、へー。そうなんだあ」
上杉さんに持ち上げられて照れている夏樹は放置するとして、気になるのは結論だ。思わせぶりな上杉さんの態度からして新発見があったのは確実なんだろうけど。
俺たちは【聖導術】を神聖視している。先入観も大きいし、現地の人たちからの影響は否めない。なにせ【聖導術】使いは完全に『聖女』扱いだからなあ。
みるみると傷がふさがっていく様は見た目も凄いし、神様の領域だと言われているのも頷けるのだ。
だから【聖導術】の検証イコール人体実験という固定概念が俺たちの中に横たわっていた。こういうことでドライに切り込んでくる医者志望の田村や委員長、何より上杉さん本人が検証を口にしていなかったくらいには。
言われてみればやっておいて当然だったな。
「思い付くべきだったんだろうなあ」
「ええ。ですが、それ程大きな発見でもありません」
「構わねえよ。教えてくれ」
メット越しに頭をガリガリとかきむしる田村に、上杉さんは謙遜しながら答える。
「【聖術】と【解毒】、両方の効果がありました。急いで傷を治してから【解毒】をするつもりだったのですが」
「【治癒識別】と【造血】は? ああ、【覚醒】もか」
「【治癒識別】は伴いませんでした。【造血】と【覚醒】は試していませんからなんとも……」
「まあ【治癒識別】がくっ付いてるならとっくに気付いているか。【造血】も……、馬那の時に検証済みみたいなもんだし。【覚醒】は試す価値はあるかもしれねえが──」
二人のやり取りで、俺にも状況が見えてきた。
上杉さんの【聖導術】が【聖術】と【解毒】を両立しているのは間違いないだろう。意図せずに解毒効果が発動したということはオートって感じか。
あまり思い出したくないが、初の対象者となった馬那の事例を見れば【治癒識別】と【造血】が並行して発動していれば、上杉さんが気付いていたはずだ。
直近では『赤組』のニュエット・ビスアード組長に【聖導術】が使われたが、田村と上杉さんの見解と矛盾していない。
それにしたってこの状況、エリクサ……、完全回復薬を使わないままにしていたようなものだ。
必殺技を育てもせずに温存していたという事実にみんなが気付き、何ともいえない空気が広間を満たす。
「進化したっていうほど使い込んでもいない、か。コストはどうなんだ?」
だが、コトが上杉さんに関わるだけに、古韮は真面目顔で話を進める。いいぞ、古韮。
「【聖術】と【解毒】を別々に使った方が軽いでしょうね。大怪我を治したわけではないのに、それなりに魔力を消費しました」
「そう都合よくはいかないか。だけど【魔力凝縮】と合わせれば、短時間で状態異常も含めて完全回復っていう使い方ができるんじゃないか?」
「そうですね。ありがとうございます、古韮くん」
「いやあ、思い付きさ」
上杉さんは苦笑で魔力コストの重たさを説明するが、古韮はそこからでも前向きなアイデアをひねり出してみせた。
で、褒められて照れるところまでがワンセットか。古韮にとってはご褒美なんだろうなあ。
「八津、運用できそうか?」
耳を赤くしている古韮を置き去りに、田村が俺に確認をしてきた。
「上杉さんの魔力管理次第だ。俺としては育てるべきだと思う。そうだな……、毒単独の場合も試しておきたい、くらいか」
俺の答えとしては、当然熟練を上げるべきとなる。
正直なところ古韮の言うような速攻完全回復は、現状で魔獣相手の戦闘にそれほど影響しない。むしろ魔力消費が問題になるくらいだ。
「魔力は白石さんと深山さんに働いてもらうとして、余裕を持たせながら自己判断ってことで。上杉さん、これでいいかな?」
「はい。ありがとうございます。使った時には都度申告しますね」
俺の提案に上杉さんが大きく頷く。そこにあるのは決意の表情だ。
上杉さんも俺も、そして『一年一組』の全員が口にしないが、『六本の尾』との戦いで【聖導術】の出番は十分あり得る。
運用コストの重たい【聖導術】を戦いに組み込むのは喜ばしくはないが、それでもこれはやっておくべきことだろう。
使う時なんて来てほしくない。できれば無駄な努力になってもらいたいくらいだ。
だけどそれでも、なんだよな……。
次回の投稿は明後日(2026/01/16)を予定しています。




