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ヤツらは仲間を見捨てない ~道立山士幌高校一年一組が異世界にクラス召喚された場合~  作者: えがおをみせて


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第608話 地上は霧に包まれていた



「無自覚な協力者、ですか」


「はい。冒険者はお喋りで、噂好きな人が多いですから」


 宿泊部屋で藍城(あいしろ)委員長とマクターナさんの声が交錯する。


 慌ただしく食事を終えた俺たちは、マクターナさんからここ二日の地上について説明を受けているところだ。

 参加メンバーの輪は『第一』の隊長さんを除く十一人が周辺警戒に回ってくれているので、その分だけ人数を減らして少し小さくなっている。

 時刻は八時半くらいで、俺の感覚ではマクターナさんたちに思い切り残業をさせている気分だ。模擬戦でもお世話になったが、この人たちには頼りっぱなしだな。


 とはいえ、今は模擬戦の結果を受けての対策は後回しだ。そういうのは夜にみんなで意見を出し合えばいい。

 マクターナさんがここまで来てくれた本来の目的に集中しなければ。


「漏らしてんじゃねぇよ」


「無理だよ田村(たむら)。悪気があってのことじゃない」


 悪態をつく田村を無理やり作った苦笑の委員長が宥める。


『無自覚な協力者』か。

 冒険者たちは義侠心に厚く、善良な人たちが多い。同時に豪放で、そして自分たちの武威を誇りがちだ。それは『身内』である業界全体にも及ぶ。


 そんな人たちのことだ。誰かに昨今話題の黒髪冒険者の活躍を聞きたいと言われれば、一杯奢るまでもなく口を開きかねない。『一年一組』の見た目や言動、そして活躍っぷりを我先に語り出すのが易々と想像できる。

 だからといって今更緘口令なんていうのも意味がない。



「ここ数日に渡り『一年一組』について尋ねられたという複数の冒険者と確認が取れました。全ての組からの聴取はまだこれからですが、明確に探りを入れてきていたと判断できます」


 断言するマクターナさんに俺たちは黙り込む。

 一昨日からこちら、浮かび上がるのは『一年一組』が危険な状況に置かれているという証拠ばかりだ。


「情報の精度と鮮度……」


「そういうことでしょう」


 ミリオタな馬那(まな)があまり聞きなれない単語を使い、マクターナさんが頷く。

 精度はわかるが情報の鮮度っていうのは……、ああ、そういうことか。最新情報って意味だな。俺としてはどうしても魚や野菜とかに思考が偏る。


 俺たちの正体や基本スペックなんて、一般の冒険者ならまだしも聖法国がバックに控えている『六本の尾』には全部バレているはずだ。

 何しろ一年一組は迷宮騎士団『緑山』として、お披露目の場で神授職やらフルネームなんかを公開されたという過去を持つ。女王様の戴冠式には聖法国の大使やら外交官までいたし、ヘタをしたら似顔絵くらい作られていても不思議ではない。


 それでも最新の情報、階位とか装備とか戦い方とか、そういうネタは拉致を目論む者にとって重要だ。

 有能で油断しない敵っていうのはマンガの中のライバルキャラだけで十分なのに。


「現状では明確に『一年一組』を害するようなやり取りをした組は見当たりません」


 せめてもの救いみたいなマクターナさんのセリフだけど、これだって見ている範囲でのことでしかない。

 組合から確認をされた冒険者たちが馬鹿正直に答えるはずもないからな。


 マクターナさんが現状で頑張ってくれているのは疑わしきを罰するのではなく、疑わしい冒険者、もしくは組合職員を浮かび上がらせることだ。

 ニューサルみたいな間抜けな行動をするヤツがいたなら話も変わってくるだけれど。



「ですからみなさんの階位について、更新は……」


「もちろん無しでお願いします」


 ちょっと複雑そうなマクターナさんに委員長が笑って返す。


 この世界に神授職システムがある以上、高い階位はステータスだ。ステータスオープンの方じゃなく、名声という意味で。

 力を誇示するべき職業である冒険者たちが、階位を重要視するのも当たり前。高階位の冒険者が多く存在する組は一目置かれるし、十三階位を超えた人たちなんて尊敬や畏敬の目を向けられる。


 目の前のマクターナさんと『第一』の隊長さんみたいに。


 だけど俺たちは違う。少しでも戦力を隠すことが可能ならば、そんな常識なんてどうでもいい。なりふりを構ってなどいられないのは、さっきの模擬戦で思い知った。


 俺たちの階位は『シュウカク作戦』時に十一と十二として公開されているが、そこから更新申請をしていない。

 十二から十三階位へのレベリングには常識的に時間が掛かるし、後衛術師に至っては十二階位を目指すことすら論外とされている。

 さすがに全員が十二階位となり、十三階位を増やしている最中とまでは思わないだろう……。希望的過ぎるかな。


 だが、技能についての情報はある程度は漏れていると考えるべきだ。

『シュウカク作戦』で救助作戦中に表明したこともあり、『一年一組』はティアさんとメーラさんを除く全員が【痛覚軽減】持ちだというのはほぼ(おおやけ)になっている。おっと、メーラさんも【痛覚軽減】仲間になったんだっけ。

 それだけじゃない。たとえば『雪山組』とのタイマンではウチのメンバーには妙に戦える後衛がいることがバレているし、さらにはこれまた『シュウカク作戦』前のトウモロコシ芸で、(はる)さんが【風術】使いであることが明らかになった。


 こうして思い直してみると、俺たちは技能を推測できるような行動を幾つもしているんだよな。

 すぐに思い付くだけでもこれだ。間違いなくもっといろんな情報が出回っていると考えていい。何しろ『刺客』の存在が発覚したのが一昨日なんだから、それ以前であれば俺たちのネタなんて、友好的な付き合いがある組からこそ流出していてもおかしくないんだ。


 テンプレ的な想像では、冒険者たちが酒場でペルマ=タの一般人に俺たちのことを尋ねられ──。


『新参の『一年一組』か。ありゃあ面白い連中だ』


 なんて、それこそ悪気なく、賞賛の意味を込めて。



「拠点や指名依頼の成果は誰もが閲覧可能な情報ですから当然として、普段の生活様式もある程度は知られていると考えてください」


「ひえっ」


「ストーカーじゃん」


 思い思いに考え込む俺たちにマクターナさんから新たな情報が届けられる。


 クラスメイトたちが嫌そうな声を上げるが、そっちも重要な要素になるな。拉致を目論むなら必須だ。

 俺たちのルーチン、行動パターンを知っていれば、襲撃は有利に傾くだろう。


 拉致抜きにしても面白いことではない。【観察者】の俺がそう思うのはなんだけど、誰かに見られているっていうのは気味が悪いものだ。


「侯令息殿下からの情報ですが、『一年一組』の拠点近くを歩く者は普段通りといったところですね」


 ウィル様も地上で頑張ってくれているらしい。


 俺たちの拠点付近をうろつく人が急に増えたりしていないというのは朗報にも思えるが、ここは階位と技能がある世界だ。

 メガネ忍者な草間(くさま)みたいに姿を察知させない人間はレアであっても、それこそ俺のような視覚特化系の技能持ちは普通に存在している。たとえばアウローニヤのシシルノさんだな。【瞳術師】や【視術師】なら、遠方からコッソリなんてのは全然あり得るんだ。


「取り調べたりは?」


「とぼけられてお終いですよ。強引な尋問はペルメッダの法で禁じられていますし、王権を振りかざすのは首謀者を絞り込んでからになるでしょう」


 委員長が物騒な質問をするが、マクターナさんはさらりと返す。

 俺たちの近くにいる人間全員を取り調べるなんて強権発動にも程があるし、物理的にも難しいだろう。必要となる時間もそうだ。


「見分けるのが難しいのが困りものです」


「方言や訛りとかで区別は無理そうですか?」


「潜入した聖法国人は訓練されているでしょうし、アウローニヤ人ともなれば侯国と変わりません」


 ちょっとだけグチっぽくなったマクターナさんに委員長がダメ元で聞いてみるが、やっぱり無理か。


 ウィル様の民族講座にも登場したが、大陸北西部のさらに中部に住む人たちは、元々同じ民族だと考えられている。

 滅んだハウハ王国を含めて、ここペルメッダ侯国、アウローニヤ王国、ウニエラ公国、そして聖法国アゥサの人々は肌の色やカラフルな髪と瞳、彫りの深さとかなど人種的な区別がつかない。


 さらには言葉もだ。聖法国こそアァサ語が主流らしいが、ちょっとした訛りくらいはあっても全部の国でフィルド語が使われている。ペルメッダがアウローニヤから離脱したのが三十年くらい前だから、方言が生まれているかすら怪しいところだ。

 実際、ペルメッダに入国した俺たちは食文化や服装、冒険者の在り方など、アウローニヤとのちょっとした違いを感じてはいても、この地の人たちから容姿や言語の差を見いだせていない。


 つまりちゃんとした訓練さえしておけば、『オーストラリアの季節を間違える』みたいなボロは早々出てこないんだ。

 そっち方面からの炙り出しは難しいってことになる。



「なんかさ、アウローニヤでもそうだったけど、いろんな人を疑うのってイヤだよね」


 感情にストレートな夏樹(なつき)がボソっと零した言葉に、みんなが実感と共に頷く。召喚された当初はアヴェステラさんやシシルノさん相手でも疑いの目を向けていたもんなあ。


「大丈夫ですよ。みなさんには明確な味方も多いのですから」


「はい!」


 味方筆頭格な専属担当さんの励ましに、俺たちは声を揃えて返事をした。



 ◇◇◇



「続けますね。冒険者や組合職員から『一年一組』にまつわる流言を幾つか把握できました」


 マクターナさんによる情報提供は続く。こんどは噂話か。


「難しいところなんですよ。ただでさえ『一年一組』の行動は目立っていますので、これがよくある流行りなのか、それとも意図を持ったものなのか……」


 マクターナさんはそんなことを言いながら、チラリとティアさんに視線を送った。


 なるほど侯爵令嬢ができて間もない組に突如加入し、しかも翌日には決闘騒ぎを起こしたなんて、噂話としては恰好のネタだろう。

 ティアさんはシレっとした態度を崩していないが、彼女だけがってわけでもないんだよな。『一年一組』自体が面白おかしくネタにされがちなのは、この場の全員が自覚している。ミア辺りは怪しいが。


「ただここ数日、目立って悪印象を与える噂が増えているようです。『金で階位と装備を整えた負け組貴族が偽勇者を騙っている』、ですね」


「一度鎮静化した僕たちの物語ですね。それが今になってということですか」


 軽く眉を下げたマクターナさんに委員長が苦笑で返す。


 あったよな、そんなカバーストーリーも。『一年一組』と『ジャーク組』、『蝉の音組』、『サメッグ組』の合同運動会や『赤組』救出からこちら、嘲るような視線を向けられることは少なくなっていたのに、ここにきて再燃か。


 もちろん『ジャーク組』とのイザコザは無かったことになっているので、ここでは誰も口にはしない。だから奉谷(ほうたに)さん、わざわざ両手でお口を塞がないように。可愛らしいけど白々しいから。



「『侯息女殿下に取り入り、怪我を負わせた』というものもあります。少しでも『一年一組』の悪評を増やしたいのではないかと」


「僕たちの敵を、というより『六本の尾』の手駒を増やしたいって感じですかね」


「……あまり口にしたくはありませんが、『一年一組』を羨んだり妬ましく思っている冒険者は一定数存在します。そこにつけ込みたいと考えるのは、敵の思考としては自然と言えますね」


「はい。理解できるつもりです」


 マクターナさんと委員長のやり取りがいきなり生々しくなった。


 礼儀正しくお利口さんを地で行く『一年一組』は、見方によっては出ている杭だ。しかも『シュウカク作戦』の突入部隊に選抜され、それなりの結果を残しているときた。

 繰り返しになってしまうがティアさんとメーラさんを仲間にしたというのも大きい。もちろんそれを後悔なんてしていないが。


 アウローニヤ流民系冒険者とのイザコザは行き違いとして、ニューサルみたいなバカだって出現したんだ。

 あそこまで過激な行動をする冒険者はニューサル以外にはお目にかかっていないが、成果を上げ続けている俺たちを面白く思わない人だって、いて当然かもしれない。


 一年一組の仲間たちと一緒にいると忘れがちではあるんだけどな。



「妬みとは違いますが、ヤヅさんとミアさん、タキザワ先生、ナカミヤさんたちの噂も多く出回っているようです。ほかにも──」


「それは聞きたくありませんっ!」


 マクターナさんが追加で伝えてきたネタに、中宮(なかみや)さんが叫び声を上げて詳細を拒否した。

 滝沢(たきざわ)先生は瞬時に【冷徹】を発動させ、そしてミアは翡翠色の瞳をキラキラとさせている。


 そう、『一年一組』でやらかしているのはティアさんだけじゃない。


 俺は臨時総会での講師役という一件があったし、ミアは『シュウカク作戦』前のトウモロコシ芸で目立っていたもんなあ。

 先生と中宮さんはファイトスタイルがアレだし。


 建前上は【視覚強化】と【思考強化】をメインで使う【視術師】ということになっている俺だが、アウローニヤの伝手を手繰れば【観察者】という未知のジョブ持ちであることはすぐに発覚する。なんなら【観察】という謎技能の簡単な性能すら資料として残されているだろう。

 ただし【魔力観察】は秘匿されているはずだけど。


 政権が代わって女王様が目を光らせているとはいえ、あの国の防諜はザルも同然だ。



八津(やづ)くんの階位を上げないとっ!」


 気色ばんだ綿原(わたはら)さんの言葉はありがたいが、さすがに明日一日では間に合わないよ。


 マクターナさんが挙げた四人の内、三人は十三階位を達成した前衛職で、しかも抜群の戦闘力を誇っている。というか、ウチのトップスリーだ。

 対して狙いやすい後衛職な俺。拉致対象として奉谷さんや白石(しらいし)さんみたいな小柄な女子も想定していたが、そうか、俺もそうなるのか。


「俺……、なんかやっちゃいましたか?」


「無理やりネタに走っても、ビビってるのが丸わかりだぞ?」


 俺の虚勢は半笑いの古韮(ふるにら)に一蹴される。オタ仲間なんだから乗っかってくれよ。


「聖法国の狙いなんて絞り込めないさ。八津は確かに凄いけど、ヴァフターと違ってそこに意義を持つとは思わないけどな」


 続けて古韮が口にしたのは持ち上げと慰めの言葉だ。ずるいぞ。そういう言い方をされると嬉しくなるじゃないか。


「結局、全員が無事じゃなきゃ意味がない。ティアさんやメーラさんも含めて、全員がだ」


 イケメンオタな古韮がイケメンなコトを言いながら周囲を見渡す。


 綿原さんはまだ憮然とした表情のままだが、仲間たちは概ね納得した様子で頷いた。

 そうだよな。ひとりも欠けることなくこの危難を乗り越えることこそ、俺たちが達成すべき当面の目標だ。


 明日の迷宮で『帰還の扉』とかが見つかればいいのに。



 ◇◇◇



「わたしからは以上です。有益とは言いかねる情報で申し訳ありません」


「とんでもありません!」


 マクターナさんが小さく頭を下げたのを見て、慌てて委員長が否定する。


 昨日侯王様たちから伝えられた敵の正体にまつわる衝撃的な情報とは違い、今夜については大きく何かが変わったわけでもない。精々俺たちの置かれている状況が霧の中であることが再確認されたくらいだ。

 だからといってマクターナさんたちへの感謝が薄れることはない。


「模擬戦を申し込んでもらえて、気が楽になったくらいですよ」


「そうだな。私たちもいい経験をさせてもらった。君たちの役に立つといいのだが」


 模擬戦の時のおっかない笑顔ではなく、微笑を浮かべたマクターナさんが冗談っぽいことを言い出し、『第一』の隊長さんもそれに続く。


「はい。本当に勉強になりました」


 それに答えたのは俺だ。『一年一組』の指揮役として、本気で感謝しかない。


「マクターナさんと『第一』との模擬戦は絶対に無駄にしません。使っていない手札もありますし」


 だから、できる限り真剣な顔で断言してみせる。


「あそこからまだあるのか」


「展開がそれどころじゃなかったってだけですよ」


 俺の強がりを聞いた隊長さんが呆れた顔になるが、まだまだ『一年一組』のカードは残されているんだ。

 やり方次第でマクターナさんの突進を止める手段だって、もう思い付いている。


「次回があったら、俺たちが勝たせてもらいます」


「それは楽しみですね」


 マクターナさんからの返事にはちょっとした圧が乗っかっていたが、俺は必死に笑ってみせた。


「頼んだぜ、指揮官」


「無茶させないでくれよ?」


「わたくしを活用なさいまし」


 方々から声が飛んでくるが、概ね明るいのが救いだな。

 やっぱり『一年一組』はこうでなきゃ。



 ◇◇◇



「では最後に確認させてください。みなさんが明日以降どうされるか、です」


 模擬戦ネタでひとしきり盛り上がった後、マクターナさんが口にしたのは最終確認だ。


「予定通りに地上へ戻るか。もしくは迷宮の日程を伸ばしますか?」


 笑みを消し去ったマクターナさんが真面目な顔で問い掛けてきた。


 四層からの帰り道で、仲間たちとの暫定的な合意はなされている。

 こうして地上の情報が追加されても……、俺としては覆すまでには及ばない、かな。


「……わたしたちは予定通りに明日の夕方、地上に戻ろうと考えています」


 迷宮委員としての顔で綿原さんが真っ直ぐに答え、仲間たちからも異論は出てこない。

 結構な数のメンバーが揺れている素振りだが、それでも口に出すところまでは……、だ。微妙に総意とは言い難いな。


 ある程度の覚悟を決めて明日には地上に戻る予定だったのだが、どうにも今日一日の新情報が曖昧なのがいただけない。


「組合の顔を立てるというのでしたら、一日くらいはまだ何とかできます。侯令息殿下からも問題は無いと連絡が来ていますし」


「本当はそうしたいのですけど……」


 誘惑をしてくるマクターナさんに、レベリングを続けたい綿原さんが言いよどむ。


 組合の魔力調査隊を装うという裏技を使っている俺たちは、現在は迷宮にいないように見えているはずだ。後付けで組合の依頼を受けていましたってことにはなるのだが。

 だが、勘の働く『事務所番』なら気付くかもしれないし、『六本の尾』とやらの目が良ければ、俺たちの拠点に警備している人がいることとの矛盾に繋げるだろう。


 組合がグレーな手段で『一年一組』に加担していることが発覚するのもよろしくないし、痺れを切らした刺客が何かをやらかす可能性が怖い。

 そんな懸念には根拠もあるんだ。


「今朝のことなんですけど、荷運びをお願いした『雪山組』の人たちが──」


 綿原さんが『雪山組』の入れ込みっぷりについて語り、それを聞くマクターナさんがやたらと複雑そうな表情になっていく。


「事情を通達した組には自重を強く推奨しているのですが……、困ったものですね」


 話を聞き終わったマクターナさんはため息交じりにそんなことを言うが、ほんの少しだけ嬉しそうな含みが混じっていたような……。

 ペルマの冒険者たちが持つ気概が誇らしいんだろう。『手を伸ばす』マクターナさんらしいよ。


「交流して親しくなった人たちに危険を押し付けたくないんです」


「明日一日で、アイシロさんとウエスギさんは十三階位になれますか?」


「それは……」


 決意を込めた表明をする綿原さんに対し、マクターナさんは別の角度から切り込んできた。

 綿原さんが口ごもってしまったが、さてどう答えたものか。



「委員長は大丈夫だと思います。ティアさんも多分」


 そう発言したのは、メモ帳を手にした記録係の白石さんだった。


 メモを取り出すのが見えていたからお任せしたんだけど、俺が答えるよりは正確だろう。

 彼女は『一年一組』に十三階位が増えることで、戦闘方法が変わっていくことも織り込み済みで判定している。委員長とティアさんの十三階位については俺も達成可能だと思う。


 裏を返せば『勇者』代表格として見込まれている【聖導師】の上杉さんと【熱導師】な笹見(ささみ)さんの十三階位は間に合わないってことだ。


 後衛職の十二階位が十三階位になったところで、極端なパワーアップは見込めない。

 上杉さんや笹見さんは有効な身体系技能を候補に出していないので、十三階位へのレベルアップは本当に悪あがきでしかないんだ。


 だけどさっきの模擬戦で、上杉さんにマクターナさんの手が届いてしまった光景が、どうしても頭の中で繰り返される。

 確かに対抗可能な手段はあるんだ。だけど、それでも──。



「やっぱりわたしは一日伸ばした方がいいと思う。マクターナさんや冒険者さんたちを信じるなら」


(あおい)ちゃん……」


 気の弱い白石さんはちょっと涙ぐみながらも言い切った。隣に座る野来(のき)が痛ましそうに声を掛ける。


「もう一日あったら美野里(みのり)ちゃんや玲子(れいこ)ちゃんも十三階位になれる……、かもしれない。もしかしたら鳴子(めいこ)ちゃんだって」


 自分はレースを辞退して十二階位のままなのに、それでも白石さんは上杉さん、笹見さん、奉谷さんの名前を並べていく。彼女の目には涙がいっぱいで、今にも零れ落ちそうになっている。


 突発的事態で予定を変更する場面は多々あったが、ウチのクラスで一度決めたことをこういうタイミングで覆そうとするシーンを、新参の俺は見たことがない。

 異論反論は口にすべきがモットーの俺たちだけど、それを言い出したのが引っ込み思案の白石さんだというのが驚きだ。


 思わぬ事態に宿泊部屋がしばしの沈黙に包まれた。



 次回の投稿は明後日(2026/01/09)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
方言とありますが、こういうのって発音とかイントネーションではないのですか? ※方言だと単語そのものが違うイメージで、発音やイントネーションは文字で書くと同じだけど、耳で聞いたときに違和感があるようなイ…
>つまりちゃんとした訓練さえしておけば、『オーストラリアの季節を間違える』みたいなボロは早々出てこないんだ。  そんな……そんなボロを出しちゃうだなんて……嘘だと言ってよ、バーニィ!
どうするのが正解なのか、分からないのがつらいですね……少しでも階位を上げたいのはやまやまなんですけど。
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