第602話 その守護騎士は到達した
「地上は普段通りだな。巡回してる兵士の数なんて、言われても気付かないくらいだ。ウチの王子様は優秀なんだな」
「そうですか。ありがとうございます」
すっかり『雪山組』側の『一年一組』担当が板についたウルドウさんが、素材を担ぎながら地上の状況を教えてくれる。
応対する綿原さんは肩にサメを乗せて、不安を表に出さないようにちょっと作った真面目顔だ。
朝の八時過ぎ。昨日狩った素材を地上に運んでくれる『雪山組』の皆さんに軽食をふるまいながら簡単な事情を説明したが、ウルドウさんたちに怯む様子はない。
さすがに『六本の尾』なんていうリアルな固有名詞を伝えることはできないのでそこはボカしてあるが、それでも『雪山組』は敵の存在が確定したというのに意気軒昂だ。
「今のところ怪しいヤツは見かけていない。だが俺たちも──」
「ダメだよっ!」
「ホウタニ……」
犯人捜査に乗り出しそうなウルドウさんのセリフに、ロリっ娘な奉谷さんが必死の形相で叫びを被せる。
「お気持ちは本当に嬉しいですけど、普段通りに行動してください。怪しい人から声を掛けられても、棲み処を暴こうなんて考えないように……、本当にお願いします。まずは自分たちの安全を──」
「わ、わかったよ」
奉谷さんに続き、綿原さんがまくし立てるように説得を試みるが、ウルドウさんたちはどうにも煮え切らない。これは……、まいったな。
「こちらから仕事を頼んでおいてお恥ずかしい話ですが、できる限り無関心を装ってください。僕たちのせいで『雪山組』の方々が傷付くところなんて、考えたくもないんです。こうして来てくださったのに、本当に申し訳ありません」
念押しとばかりに藍城委員長が深く腰を折り、俺たちもそれに倣う。
今回ばかりはチャラ子な疋さんや、虎の耳元ですらジョークを飛ばす古韮だって大マジだ。ティアさんまでもが表情を引き締め小さく頭を下げてる。
◇◇◇
「やべぇな」
「ああ。『雪山組』があんな調子なら『サメッグ組』や『赤組』がどう出るか」
「なまじっか実力があるのがタチ悪ぃ」
去っていく『雪山組』の背中を見送りながら語るヤンキー佩丘とピッチャー海藤に、頷く仲間も多い。
信じることのできる友好的な味方がいてくれるのは本当に助かるし、嬉しいことだ。
だが、彼らは腕っぷしで鳴らす冒険者。ついでに義侠心も折り紙付きときた。
あんな態度を見せられてしまうと、今朝のミーティングで迷宮泊を延長してもいいんじゃないかって言っていた田村を筆頭とした一部のメンバーこそが表情を変えている。
実のところ俺も、数日なら迷宮を延長してもいいと考えていた方だけど、これはキツい。
どうするかの最終決定は今日の夜マクターナさんと落ち合い、最新の情報をもらってからのつもりだけど、多数決は意味を持たないかもしれないな。
昨日も今日も地上では冒険者たちが俺たちの拠点や『スルバーの工房』を守ってくれている。
だが、昨晩『六本の尾』という具体的な名前が登場し、ニューサルがそそのかされた事実を持って、霧に包まれた危機感は明確な敵の存在へと入れ替わった。
「もどかしいわね」
「だけど今、できることはひとつしかない」
「地上の人たちを信じて、わたしたちは少しでも強くなる。それしかないわね」
綿原さんと俺は頷き合う。
やれることをやるしかない。これまで一年一組がそうしてきたように、今日もまた。
「行こう。今日も強くなるぞ!」
「おう!」
俺の声にみんなが吼える。
今俺たちが目指すべきは地上ではない。迷宮四層だ。生き延びるための力を求めて。
◇◇◇
「よし。調子出てきたかも」
「ワタシは最初っから全開デス!」
元々ポジティブ傾向が強い春さんとミアが、戦闘中なのに笑顔で語る。
お気楽とは言うなかれだな。彼女たちの明るさは、俺たちの大切な武器だ。
ちょっと無理をした部分のある明るさではあるが、以前俺たちは『ジャーク組』のアウローニヤ流民冒険者に迷宮内で罵倒されて調子を落としたことがある。
その時は滝沢先生が自らの武で、そしてティアさんの喝で気合を入れ直したものだ。
同じ愚を犯してはならないと、朝イチで綿原さんが通達してくれたのもあって、今のところはワリと安定した戦いができていると思う。
敵はジャガイモが六体とトウモロコシが七体。
半分くらいは煮込んで後衛に、残りは生のままで前衛が食う。十三階位となった武術家の中宮さんはもちろん、
ミアもいい感じで手加減ができているようだ。
広間の隅に置かれた寸胴の傍では、トウモロコシが茹で上がるのを奉谷さんと上杉さんが待ち構えている。
十二階位を達成し、【身体補強】と【鋭刃】があり、そして神剣を手にする彼女たちは、純後衛でありながらジャガイモよりも経験値効率が良いトウモロコシに手早くトドメを刺せるレベルになった。
十一階位だった頃に難しかったことができるようになってきている。十二から十三階位は遠い道のりではあっても、時間効率は良くなった。
色々と思うところがあるクラスメイトたちも、開き直りも混じっているのか動き自体に問題は見当たらない。
けれども──。
「ですわっ!」
「ティアさん、ちょっと荒くなってます。力み過ぎ」
「……わかっていますわ」
ジャガイモを殴り、踏みつけるティアさんに声を掛けるが、彼女自身が一番わかっているのだろう。
トドメを刺すのは構わないし、素材の状態についても置いておくとしてだ。
「リン様っ」
戦闘中だというのに俺に向き直り掛けたティアさんにジャガイモが飛び掛かり、メーラさんが慌てて防御する。
ティアさんがこんな感じだと、連鎖してメーラさんの動きまでもが制限されるってことだ。
俺の指示にメーラさんは従ってくれてはいるが、主の危機ともなれば自然と体が動いてしまうのは止められない。こちらとしてはそういう部分も織り込み済みで動いてもらっているが、『一年一組』の中でもトップクラスの攻撃力を持つ二人が揃って調子を落としているのはちょっと。
「……」
「ティア……」
これには師匠たる先生や中宮さんの表情も優れない。
昨日の説明の道中、ティアさんは当初不敵な笑みを見せていたが、ニューサルの件が出てきた瞬間殺気を帯びて、そこからはあまり口を開かなかった。絶対にはしゃぐと思っていた昨日のお泊りだって、あまり口数が多くなかったことにクラスメイトたちも気付いているんだ。
さっき『雪山組』に対して神妙そうに頭を下げたのだって、ティアさんらしくない。
彼女がそんな風になる理由には、おおよそ想像がついている。
ティアさんはニューサルが聖法国に誑かされたことに責任を感じるタイプではない。侯王様がどんな処遇を下すかはわからないが、その結果を気にもしていないだろう。侯王様を信じているっていう意味で。
むしろティアさんの猛りは、自らとニューサルの決闘が、巡り巡って『一年一組』への攻撃手段として使われたことに向けられているんじゃないかな。
「逆ですよ、ティアさん!」
「ユズル?」
前方でトウモロコシを相手に盾を振るう古韮の声が響く。
「あの時に決闘を断ってたとしても、ニューサルの無様は業界に広まってたはずです。『六本の尾』の耳にだって入る。だったらどうなるか、考えてもみてください」
なるほど、確かに古韮の言い分は正しい。
もしもティアさんが決闘を断り、ついでに俺たちが組合にチクったりしなかったとしても、業界にニューサルの醜聞は広まっていただろう。
侯爵令嬢が冒険者になったという大事件だ。『一年一組』には注目が集まっていたし、貴族系クランは動向に注目していたはずだから、身内や過去に『ニューサル組』に所属していたメンバーから情報が漏れても不思議はない。
侯爵家の肩書欲しさに無理筋を通そうとして、袖にされた元貴族。
冒険者業界だけでなく、貴族のあいだでもニューサルの評価は急落していただろう。元々の評判もよろしくなかったし。
もう初手から間違っていたんだよな。ユイルド・ニューサルっていう大馬鹿者は。
「ニューサルが『冒険者のまま』聖法国の手下になっていたかもしれない。ヘタをしたら『ニューサル組』全部を巻き込んで!」
俺の推測通りのことを古韮はまくし立てる。
あのハルス組長代理が絶対に阻止していただろうというのは敢えて考えないとして、仮にもしそんなことになったとしたら──。
「僕たちは迷宮で冒険者に襲われていたかもしれない。そんな可能性もあったんです」
「マコト……」
古韮の言葉を委員長が引き継ぐ。
俺たちが恐れている事態の中には誰かが傷付くのとは別の角度で、冒険者や兵士が敵に回るというケースも含まれる。
脱出が難しい迷宮内で早々コトを起こすのは難しいとしても、破れかぶれになった冒険者がいたっておかしくない。あのニューサルなら……。本当に悪い意味で信用できるヤツだよな。
「だからニューサルさんのことは一旦忘れて、今は魔獣にいぃぃっ!?」
いい感じのことを言おうとした委員長だが、トウモロコシを受け止め損ねて毒を貰う。当然セリフは一時中断。
「あぁぁぁいぃ!」
「……集中すべき、なんですよ」
横から突っ込んできた先生が魔獣を蹴り飛ばし、委員長当人は自己【解毒】で復帰してから、何とか最後まで言い切った。
どうにも締まらないが全体の空気が変わりつつある。一年一組お得意の、いい感じの方向へだ。
「忘れてもらっちゃ困る。俺たちは全員でティアさんの決闘に賛成したんだよっ! です」
大盾を構えてトウモロコシの体当たりを防いでいる佩丘からも怒鳴り声だ。語尾についてはもう知らん。
「ティアさんが調子出ないなら……、メーラさんっ!」
「ホウタニ……、さん」
「メーラさんが頑張らなきゃでしょ!?」
奉谷さんはティアさんではなくメーラさんを励ます。
とてもいいことを言っているのだけど、鍋の中身に神剣を突き刺しながらなのがちょっとシュールかな。
「つっ」
「メーラ!?」
クラスメイトからの言葉責めに半ば呆然としていたティアさんにトウモロコシが迫る。体を割り込ませたメーラさんが叩き落とすが、痛覚毒を食らったか。
普段はそうそう揺らがない表情を苦悶に歪め、それでもメーラさんは長剣をトウモロコシに突き立て倒し切る。【痛覚軽減】持ちの俺たちですらキツいのに……。
「ありがとうございます、タムラさん」
「おうよ」
「リン様、わたしは問題ありません」
俺が指示を出すまでもなく、メーラさんの背後に駆け寄っていた田村が【解毒】を掛ける。
頬に脂汗を残したメーラさんは、平坦な口調でティアさんに無事を告げた。
「メーラ、あなたまで」
俯き加減になったティアさんの声が震え、両腕の拳がギュッと握られる。
残る敵はジャガイモが二体で、トウモロコシは三体。たとえティアさんが復活しなくても戦況は安定の方向だ。
だけどそれじゃあ物足りない。
「……あなた方、このわたくしに向かって好き勝手な口を叩きましたわね!」
そうだよ。そうこなくっちゃ。みんなの声とメーラさんの献身に、ティアさんともあろうお方が奮起しないはずがないよな。
悪役令嬢っぽいセリフを放ったティアさんだけど、心の中にある喜びが隠し切れていない。
怒り顔でキっと結んだ口の端がちょっとムニャっているのがその証拠だ。俺には全部が見えているんだよ。
「うひひ~、『ジャーク組』に絡まれた時と反対っしょ」
「ワタシたちはお互いに励まし合うんデス!」
チャラ子な疋さんやトウモロコシに矢を突き立てているミアも、それぞれの言葉でティアさんに声を掛ける。
みんなはもうティアさんがどんな人で、何に喜び、どうすれば悲しむのかを知っているんだ。仲間なのだから。
「ティアさん。十一時、三キュビ」
俺はティアさんに、ごく当たり前な感じで指示を出す。
空気を読まないって表現もできるかもしれないが、もちろん敢えてだ。
「でっすわぁ!」
大きく踏み込んだティアさんは三メートル弱の距離を瞬時に詰めて、右腰に拳を据える。うん、それだよ。それでいい。
つぎの瞬間、真っ直ぐに突き出されたティアさんの右拳が、まるで予約してあったかのような位置に飛んできたジャガイモに直撃した。完璧なカウンターってやつだな。
「それよっ」
見守っていた中宮さんが喜びの声をこぼし、先生も嬉しそうに目を細めている。
「もう一丁、ですわあっ!」
迷宮四層に出現するジャガイモは蔓で繋がった二個の胴体でワンセットだ。それぞれから経験値が入るというレアモンスターでもある。普通にいくらでも出現するんだけどな。
その片割れを一撃で砕いたティアさんは、宙に残されたもう一個に膝蹴りを叩き込む。
「トドメはソウタ。あなたにお譲りいたしますわ」
「え? あ、はい」
狙い通りなのかは知らないが、メガネ忍者な草間の目の前に落下した瀕死のジャガイモを見て、ティアさんは高飛車に言い放つ。もちろん素晴らしいドヤ顔だ。
ほら、草間、悪役令嬢様からの差し入れだぞ。早く経験値をいただいてくれ。
ははっ、ティアさん完全復活だな。
◇◇◇
「……十三階位に、なりました」
ティアさん復活を巡る戦いが済んですぐ、レベルアップを宣言したのはメーラさんだった。
さっきの戦闘の途中でメーラさんの動きが変わっていたから、気付いてはいたんだよな。
『一年一組』唯一の長剣使いであり、守護騎士として幼少から訓練を積んできたメーラさんは、トドメ力という点ではウチのトップを行く。バーサーカーモードの先生や遠慮なく【鋭刃】を使った中宮さん、ブッコミ状態のミアならばタメを張れるかもしれないが、平時ではダントツだ。
そういう事情もあって、急ぎの場合は牛や馬、丸太みたいな大型魔獣のトドメをメーラさんにお任せするケースも多かった。
もしも『シュウカク作戦』後半に敢行した日本人だけでの単独行動が無かったとしたら、『一年一組』で最初に十三階位を達成したのはメーラさんだったかもしれない。
「やったね、メーラさん!」
「ありがとうございます」
何も言わないティアさんを他所に、無邪気な奉谷さんは我がことのように両手を上げて喜んでいる。
メーラさんはお礼の言葉こそ口にするが、視線は揺れ動いている。奉谷さん相手なら微笑むことすら多いメーラさんだけど、今はティアさんの反応が第一なんだろう。
「おめでとう、メーラ。これで一流ですわね!」
皆が注目する中、ティアさんは得意の邪悪をどこかに吹っ飛ばし、満面の笑顔でメーラさんを褒めたたえた。
そこには欠片の嘘も妬みも、僻みだって存在していない。ティアさんは、こういうところがわかりやすいんだ。
「……ありがとうございます、リン様」
「わたくしも直ぐに追い付きますわよ」
「はい。はいっ」
涙ぐむメーラさんなんて初めて見るが、誰もがそれを指摘なんてするはずもない。
繰り返しになるが、この世界における十三階位は重要な意味を持つ。ひとつの到達点だからだ。
ペルメッダでは逸脱してしまっている人も多いが、四層における限界階位である十三は一流の証であり、守護騎士としては一人前として胸を張ることのできる数字となる。
アウローニヤに嫁ぐ関係もあり七階位でレベリングを辞めてしまったティアさんと、それに合わせるように十階位で停滞していたメーラさん。
婚約破棄と俺たちとの出会いを切っ掛けにして、彼女たちはここまできた。
迷宮戦闘に向かないとされる【強拳士】のティアさんは技を磨きながら十二階位となり、文字通り堅実な戦い方をする【堅騎士】のメーラさんが十三階位だ。
二人は『一年一組』に入ることで平等を謳ったが、それでもやっぱり最強を目指す主従でもあるんだよな。
「それでそれで、メーラさんは技能どれ取るの?」
「メイコの言う通りですわ。どうしますの? メーラ」
ひとしきり感動の時間を過ごしてから、奉谷さんとティアさんがメーラさんに詰め寄った。
俺を含めたクラスメイトたちは素材の回収と芋煮会の後片付けをしているが、この場の主役はあの三人だ。チラチラと彼女らに視線を送りつつ、皆は耳をそばだてる。
とはいえ答えは見えているんだけどな。
「【痛覚軽減】を取得しようと考えています」
「だよねっ!」
以前から決めていたのだろう、メーラさんは即答してみせた。奉谷さんがしたり顔で頷く。
鋭い刺突を得意とするメーラさんではあるが、本来の重点は防御にある。それこそが【堅騎士】の特徴だ。同じく【堅騎士】であるアウローニヤのミルーマさんは【治癒促進】なんていう防御向きの技能を持っていたが、【痛覚軽減】だって悪くない。
同時にストレートな騎士として【鋭刃】や【大剣】、【硬盾】なんていう路線もある。もちろん【治癒促進】だってアリ中のアリだ。
それでもメーラさんはハッキリと【痛覚軽減】を選択した。
「メーラ。理由を、心の内を語ってくださいますわね?」
笑みを引っ込め真面目顔になったティアさんが、メーラさんを問い正す。
「……はい。リン様をお守りするためにという心は強くあります。ですが同時に、『一年一組』そのものの盾でありたい、と」
「唐土に立ちふさがる、ですわね」
「そうです。十三階位になったからには、最前線で盾を構えることがわたしのするべき役目となります」
心の内と言われたメーラさんは普段よりたくさんの言葉を使い、それでも淡々と理由を述べた。
十三階位となった以上、『一年一組』ルールでは緊急時以外のトドメは禁止される。前衛の十三階位が増えれば解除される決め事ではあるが、今はまだ十分適用内だ。
となればメーラさんの役どころは最前列での盾。剣を振るわず、魔獣の群れを受け止めることこそが求められる。
そして四層に新たに現れたトウモロコシと対峙するためには、【痛覚軽減】が最も有効だ。
メーラさんは守護騎士でありつつも、冒険者として『一年一組』のための選択をしてくれた。
予想はできていたけれど、やっぱりその心が嬉しいよな。
「リン様は──」
「あなたの意思を尊重いたしますわ。当然のことではないですか」
返答に焦れたメーラさんが口を開くも、ティアさんがセリフを被せた。
前向きなコトを言っているのに、ティアさんはお得意の邪悪な笑顔だ。それに対してメーラさんは小さく微笑む。
「ありがとうございます。【痛覚軽減】を……、取得しました」
悪役令嬢が調子を取り戻し、守護騎士は階段をひとつ登った。
地上に残してきた気掛かりが消えることはないが、今日も仲間の誰かが、ちゃんと強くなっていく。
「三人目、盗られちゃったねぇ~。海藤辺りが狙ってたんじゃないのかなぁ?」
「まあな。そう言う疋だってだろ?」
場の空気がいい感じになったところでチャラ子な疋さんとランサーの海藤がお茶らける。
確かに十三階位レースの先頭付近に二人はいるけど、ライバルだって多いぞ?
最有力候補の先生は黙ったまま、そんな光景を優し気な眼差しで見守ってくれている。
我らが鮫女子の綿原さんは、とある理由でもってレースから降りているのがちょっと残念。
「今日で五人くらいは増やしたいかな。さあ、そろそろ行こうか」
「おう!」
頭を振り綿原さんの件を脳内から押し出した俺は、行動再開を声にした。
◇◇◇
「面倒な組み合わせだな」
「こういうこともあるよ」
ため息交じりな俺に副官ポジの奉谷さんが慰めの言葉を掛けてくる。
メーラさんが十三階位になってから二度の戦闘を経由して到達した魔力部屋にいたのは、白菜が八体とトウモロコシが四体、馬が三体。
二部屋手前で草間が察知してくれたのでギリギリこちらが有利だが、ちょっとでも近づけば一気に襲ってくるだろう距離だ。
この中ではトウモロコシの速度が一番だが、馬だって遅くはない。後退しながら戦闘するにしても、もたもたしていれば白菜だって追いつくだろう。
「一本道なのも面白くないし」
「だね。やり直しは、ちょっと」
愚痴っぽくなった俺の言葉に、記録係の白石さんも同調してくれた。
朝イチで『雪山組』のウルドウさんからは、この区画における昨日の戦闘詳報を受け取っている。それによるとこの部屋は、昨日探索されていないのだ。そりゃあ魔獣だって溜まっているか。
広間の構造もよろしくない。一本道の五部屋目が該当する部屋だから、引き撃ちを狙ったら単なる撤退からの再進軍になってしまうのだ。魔力量調査という手前もあるから、少しだとしても時間がもったいない。
そもそも速度差が少ない組み合わせだから、引き撃ちの意味が薄いし。
「どうすんだ、八津」
小さい声に抑えてはいるが、焦れた風に田村が急かしてくる。
「海藤は馬の無力化に専念。ミアは剛弓でフォローだ。ミア──」
「倒しまセン」
俺から剛弓を受け取りつつ、ミアはバトルモードで短く答える。スイッチ入ってるなあ。
「馬のトドメは先生とティアさん。海藤は槍を投げ終わったら──」
「盾に回ればいいんだろ?」
「頼む」
これまた途中でセリフを遮られたが、各人がやるべきことをわかっているからこそだ。
「丁寧にやろう。馬さえ大人しくさせれば、それほど難しい相手じゃない」
俺の指示に全員が黙って頷いてくれた。
迷宮泊の二日目はまだ昼手前。さあ、レベルを上げてやろうじゃないか。
次回の投稿は明後日(2025/12/29)を予定しています。




