第599話 話は食事をしてからで
いつもよりちょっと短めです。
「我が国への貢献著しい冒険者たちからのもてなしだ」
この場にいる中で一番偉い人、つまり侯王様の声が広間に響いた。
時刻はすでに夜の十時を過ぎている。
こんな時間にこの国のトップが迷宮にいるなんて、かなりレアな光景なんだろうなあ。
護衛さんたちを含めてこの場にいる全員が風呂に入ったお陰で、みんな小ざっぱりした感じになっている。
ちなみに順番は偉い女性陣とウチの女子が最初で、続いて偉い男の人たちと一年一組の男子、最後が両国の兵隊さんだった。
流水をせき止める形の風呂なので時間があればお湯の交換もできるのだが、さすがに湯沸かしを担当する笹見さんの負担が大きすぎるので却下。笹見さんのプライド的にはよろしくなかったのだが、仕方がないことだってある。
残り湯を使って革鎧も拭いたので、魔獣の血は綿原さんが革袋に隠したぶんしか残っていない。
「資料で知ってはいたが、迷宮に敷物まで持ち込むとはな」
「お泊りだから。です」
合法ロリなベルサリア様に対し、元気に答えたのはこちらもロリっ娘な奉谷さんだ。
呆れた声ではなく、どちらかといえば楽しそうにしているベルサリア様は、迷宮泊用に持ち込んだ布団もどきの上に座っている。
数の関係もあって敷物を使っているのは侯王様と王妃様、ラハイド侯爵夫妻の四人だけ。
俺たち『一年一組』や護衛のみなさんは地べたの上だ。迷宮の床って見た目は石造りなのだが、ひんやりって感じじゃないんだよな。
本来ならば先生やティアさんにも敷物を渡したいところだったけど、当たり前みたいにスルーされた。ウチは組長からワケありの新入りに至るまで、条件付きではあるものの平等なのだ。
装飾だけは豊かな迷宮の広間だが、家具が置かれているわけでもなく床には謎の段差すらある。よって上座も下座もあったものではない。
座るポジションは自然に『一年一組』側とペルメッダ・アウローニヤ連合が向き合う感じになっている。
あちらは偉い人たち四人が前列で、その背後にペルメッダの守護騎士とアウローニヤの兵士が並ぶ。
食事を通じて仲良く交流してくれるといいのだけど。
「さて、格式ばった式典でもあるまいし、手短にしておこう。『一年一組』に感謝し、彼らの作った迷宮ならではの料理を存分に食らおうではないか」
「はっ!」
本当に短いスピーチに唱和したのはペルメッダの守護騎士さんたちだけだった。王妃様はニコニコと笑っている。
なるほど、侯王様に従う守護騎士たちってこういうノリなのか。
そんな光景を見たラハイド侯爵夫妻は平然としているが、アウローニヤの兵士さんは驚いた様子だ。
偉い人のお話だから長くなったら嫌だなあ、などと思っていただろうウチの面々は、ほっとするか笑うかのどちらか。俺は安堵した側かな。
滝沢先生などは頬を緩めて結構嬉しそうにしている。先生は語る時は語るけど、格式ばった場面が得意ではない方だしなあ。
「うむ。美味いな!」
真っ先に一口サイズの牛ステーキを食べた侯王様がワザとらしいくらいの声を上げた。
「ほう、中々ではないか」
「うん。悪くない」
「これも美味しい。迷宮での食事が癖になりそうね」
先頭で食事に口を付けた侯王様を見て、ベルサリア様、ラハイド侯爵、王妃様もそれに倣う。
こういう場では偉い人が率先してくれないとってヤツだ。
貴族としての自覚が足りていない先生が完全に出遅れているが、むしろそこがいいところなんだよな。
「迷宮で風呂に浸かり、そして真っ当な食事だ。滅多にできぬ経験だぞ。貴様らも遠慮せずに食え」
口調こそ尊大なもののどこかユーモラスな侯王様のノリに、今度こそ全員が笑顔となった。そして大勢での食事が始まる。
本日の夕食……、時間的に完全に夜食だが、焼き物料理は牛、羊、ヘビという三種が佩丘の主導で用意された。
野菜多めのカニスープは上杉さんの担当で、そこにデザートとして深山さんの【冷術】ありきな青リンゴのざく切りシャーベットが付く。
米も持ち込んではいるのだが人数が倍近くもなったので、今日は大量のマッシュポテトが炭水化物扱いだ。万歳。
冒険者や兵士たちは非常食として固焼きパンみたいなスティックを持ち込んでいるが、アレは料理とマッチしない。
現状は地上でのアレコレに目をつむれば非常事態とはいえないので、出番はないのだ。
「どれどれ、海藤のお手並みはっと」
俺は手始めにヘビの足を薄切りにした、俗称ヘビタンに箸を伸ばす。網の目状に焦げた部分のある肉って、なんでこんなに美味しそうなんだろうな。
ヘビタンの味付けは塩と、三層素材のスダチが少々というシンプルさだ。だがタン塩はそれくらいでいい。
「いいな。やっぱりこの食感だ」
コリコリとした触感がヘビタンの肝だ。最低限の調味料でさっぱりとしているお陰で、そこが強調されている。
最近ではバーベキューセットを使った網焼きは、ピッチャーの海藤やミリオタな馬那が担当することも多い。
とくに海藤は佩丘から免許皆伝が出されているくらいだ。
「八津くんって時々グルメっぽいことを言い出すわね」
「美味いか、そうでもないかの二択だけだよ。ウチの料理担当の作る料理は大抵美味いけどな」
「そうね。こっちも美味しい」
隣に座る綿原さんは、佩丘がメインで担当した牛ステーキを食べている。
どれどれ、俺も。
一口サイズの牛肉は塩と胡椒、スライスしたニンニクで味が調えられ、その上には小ぶりなバターの欠片が乗せられている。
バターは後乗せとはいえ、バックラーの上でよくもまあここまで奇麗に焼けるものだ。
「バター醤油が欲しくなるなあ」
「無い物ねだりは空しくなるわよ?」
俺のボヤきに、綿原さんが苦笑する。
「わかってるけどさ」
それでも悔しいのは事実だ。仕返しとばかりに俺は、塩コショウだけで薄く味付けされたマッシュポテトに手を伸ばす。
コンブ出汁とニボシもどきは発見されたが、それ以上の和風ともなるとまだまだ足りないものばかりだ。
米と卵があるのだから、せめて塩だけでの卵がけゴハンを求めたヤツもいたが、サルモネラ菌が怖いという意見で却下された。【解毒】という技能があるとはいえ、アレは迷宮の毒にしか対応していないし。
生の卵が食べられるっていう日本すげぇぇをやりたいワケではないが、やっぱりなあ。
【鑑定】なんていう都合のいい技能は存在していないのが悔しい。目の前でジンギスカンを食べようとしているベルサリア様は【神授認識】が使えるのだし、【食材認識】とかを生やしてくれないだろうか。
「あら。このジンギスカン、いつもよりちょっと辛めね。アウローニヤに気を使ったのかしら」
「ソースを調整したのって佩丘だろ。アイツらしい」
綿原さんに倣って俺もジンギスカンを口に放り込むが、なるほど、確かに。
ちなみにジンギスカンを担当したのはチャラ子な疋さんとチャラ男な藤永、そしてアルビノ美少女な深山さんである。
ウチのクラスはジンギスカン担当要員に困らないのだよ。
ジンギスカン鍋バックラーを使って焼かれた羊肉は、如何にもアウローニヤな辛さにだ。なんだか懐かしくなってしまうな。
アウローニヤの人たちは今頃どうしているだろう。聖法国のあれこれで俺たちのために動いてくれているはずだけど、あんまり無理をしてほしくはない。女王様とアヴェステラさんは【疲労回復】と【睡眠】持ちなだけに、だからこそ長時間労働をしていそうで心配になるのだ。
「この色はアウローニヤ風かしら」
「ふむ。そうでしょうな」
俺が思考を西の王国の人たちに傾けかけたところで、王妃様とラハイド侯爵の声が耳に飛び込んできた。
鉄製のカップから立ち昇る湯気から匂いを嗅ぎ取ったお二人は、穏やかな雰囲気を漂わせている。
アクの強い侯王様とベルサリア様に対し、温厚タヌキなラハイド侯爵と気さくな王妃様って組み合わせか。
ここにイケメンだけどちょっと腹黒いウィル様が外交に加わることになるから、アウローニヤ大使のスメスタさんの苦労が偲ばれるなあ。
さておき、上杉さんが手掛けたカニスープは真っ赤な色をしていて、独特のスパイス臭を漂わせている。ジンギスカン以上にアウローニヤ料理を主張しまくりだ。
具材としてはほぐしたカニと小さくカットされた白菜がメイン。日本でもそうだが、ペルマ=タでも四層素材のカニはちょっとした高級食材でもある。
ただしそのカニと白菜は──。
「ペルマの素材をアウローニヤ料理に仕上げたか」
「そのようであるな。これはウエスギの仕業か?」
「はい。簡素なもので、申し訳ありません」
迫力満点な侯王様とベルサリア様から水を向けられても我らが上杉さんは動じない。
とはいえ上杉さんのアウローニヤ風カニスープを食したお二人は満足気だ。実際美味しいし。
そう、カニと白菜はペルマ迷宮特有の食材で、鮮度や政治含みの関係でアウローニヤではほとんど流通していなかった。王家の客人待遇だった俺たちが、カニ料理を見たことがないのがいい証拠だな。
「文化の交錯ですな。侯王陛下、僕は領地に戻ってからもこの料理を食したいと思います」
「輸送は構わんが、高くつくぞ?」
「はははっ、街道整備を急がねばなりませんな」
言外に交流を深めようと表現するラハイド侯爵に対し、侯王様は金勘定を被せていく。
この人たちがこんなやり取りばかりしているのが易々と想像できる光景だな。
「我は牛の味付けが気に入った。ハキオカよ、頼めるか?」
「うす」
そしてどうやら侯王様はバターの乗った牛ステーキが好みらしい。
おかわりを要求された佩丘はぶっきらぼうながらも口の端がちょっとだけ持ち上がっている。アイツは料理を褒められるとツンデレっぽくなるからなあ。
早速焼き始めた肉は一口サイズの倍くらいになっているし、バターもやや増量か。ぶっきらぼうな佩丘は料理で気遣いを表現する男なのだ。
「フェンタの乳製品か。バスタめが騒いでおったわ」
「唐土の使い道ですな。彼らからの助言もあったとか」
鼻を鳴らしながらも楽し気な侯王様にラハイド侯爵が俺たちをアゲつつ話を合わせていく。
「製油所の確保だの輸送業者だの、あやつは新しくコトを起こす時こそマメなのが面白い」
「優秀なお方とお見受けしますが」
「そうでなければ冒険者組合に出向させぬよ」
そんな会話を聞かされたクラスメイトたちは、複雑な表情になっているヤツも多い。
組合のバスタ顧問って、俺たちからしてみれば自分の実績づくりのための押しが強くて、マクターナさんに一喝されたってイメージなんだよな。
侯王様は顧問を高く評価しているのか。いやまあ、俺も個人的に会話をしたから、あの人がいろんな側面を持つ大人だっていうのは知っているけど。
良かったですね、バスタ顧問。
「こちらをもう一杯いただけるかしら」
「ええ。もちろんです」
王妃様はカニ汁がお気に召したらしい。すかさず上杉さんがおかわりをよそう。
「侯妃殿下はこの味を好まれるか」
「ええ。元々アウローニヤの味は好物なのです」
「ならば『お互い』の交易量が増えることになるであろうな」
「全くですね──」
ベルサリア様と王妃様の会話が生臭い方に向かっているのはさておき、上杉さんや佩丘の狙いは概ね達成だ。
ここで出された料理は細かい手間や多種多様な食材、調味料をふんだんに使ってこそいないものの、ちゃんとメッセージが込められている。
ペルメッダ風、アウローニヤ風、両国の組み合わせ。ついでにガラリエさんの故郷、フェンタ領の推しだ。俺たちは乳製品をこよなく愛する道民なのだから、常に酪農業の味方なのである。
アウローニヤ流民出身冒険者との運動会でも使った手だが、料理というのはこういう時に効果的だ。
上杉さんも佩丘も、阿吽の呼吸で仕掛けてくるから恐ろしい。比較的シンプル寄りな迷宮料理で、いろんな意味を持たせるなんてな。
「わたしたちは慣れているけど、迷宮で食事っていうのは非日常だから効くのかもしれないわね」
「あ、ああ。そうかもな」
青いフレームのメガネを光らせた綿原さんはしてやったりの表情だ。どちらかといえば彼女も策を練る側の人だからなあ。しっかり分析までしているし。
そっち側の自覚に足りない俺は、揺蕩う白いサメを見つめるのみだ。
◇◇◇
「人払いをしなければいけないような話、ですか」
クラスを代表して藍城委員長が偉い人たちに切り出した。さすがにここからの話については迷宮委員の管轄ではないからな。
とはいえ委員長を物理的に前面に押し出しているわけではない。
『一年一組』二十四名とあちらの四人は広間の片隅で車座になって座っているので距離感は均等だ。偉い人はもちろん敷物の上。
そして護衛の人たちはアウローニヤとペルメッダにわかれて、両隣の部屋で来るかも怪しい魔獣の接近に備えている。
要は委員長の言った通りということだ。
「醜聞も混じるのでな。まあ、遅かれ早かれだろうが」
「醜聞?」
侯王様の言葉に委員長が声を低くした。
「そちらはあとにしておこう。まずは結論からだ」
サプライズで襲撃紛いの行動を取り、楽しそうに食事をしていた侯王様はすでにいない。表情を真面目に切り替えて重く語る。
ここからはたぶん嬉しくない話になるだろう。というか、すでにもう怪しい。
もう三十分もしたら日付も変わってしまうし、いくら食事を提供したとはいえ、偉い人と護衛のみなさんを留めるには申し訳ない時間だ。悪い話は早めに終わらせたい。
俺たちは真剣な表情で侯王様の言葉を待つ。
「聖法国の手の者は、すでにペルマ=タに潜伏している」
ズバっと言い切った侯王様にクラスメイトたちが諦めた顔になる。言いっぷりからして、確定なんだろうなあ。
気の弱い仲間が数名、目じりに涙を浮かべているが、わめきたてたり泣き崩れたりはしない。これくらいはとっくに予想できていたし、ある程度は覚悟していたんだ。
そもそも『何もなければ』この人たちはこの場にいない。レベリングのついでに迷宮の安全を伝えるために、なんていう軽い理由でこんな時間に集まるメンツではないのだから。
「……昨日の今日で、ですか。凄いですね」
無理やり浮かべた苦笑する委員長は、ひねり出すようにこの国のことを褒める。凄い根性してるよな、委員長。
ここで国境で止められなかったのか、などというグチを言っても始まらない。
アウローニヤのトップが入れ替わってからまだひと月とちょっと。南部を切り捨てるにしても中央と東西の引き締めで女王様たちは手一杯のはずだ。
あの女王様が帝国や聖法国を警戒していないはずもないだろうけど、限度というものもある。
「数と……、いえ、それより聖法国の目的は確定したんですか?」
だから委員長は表情を真顔に戻し、結論を求めた。経緯なんかは後回しで構わない。
「消すという線は薄い。拉致、であろうな」
委員長の態度から何かを感じたのか、侯王様は獰猛な笑顔で答える。暗殺っていう単語をボカしてくれた心遣いはありがたいけど……。
それでも最悪の最悪は避けられそうってだ、なんて考えにはならない。
俺たちの誰か一人でも聖法国に拐われたのならば、暗殺されたのも同然だ。こちらの勝利と敗北の条件は最初っから決まっている。
ティアさんとメーラさんを含めた全員の無事と、聖法国の脅威から逃れること。
いや、関わりを持った周囲の人たちの安全もだ。
「表敬訪問くらいは挟むかもしれん。もちろん貴様らへ向けてだぞ?」
「できるだけ穏当なのが望ましいですが」
侯王様の冗談に委員長はストレートに返した。最早苦笑いをしている余裕もない。
そんな光景を見守るラハイド侯爵夫妻は普段通りだし、王妃様も穏やかな佇まいだ。だが侯王様と同じく、食事の時とはまとっている雰囲気は別物となっている。
肝が据わっているというか、切り替えがしっかりしているというか。なんにせよ、この人たちが現状を他人事と捉えていないというのだけは間違いない。
地上で頑張ってくれているマクターナさんやウィル様、スメスタさんや、情報をくれたアウローニヤの女王様たちも。
それが俺たちにとって、本当に救いになっている。
「聖法国の者は十から二十。アウローニヤ人は最大で二十だ。そして現地、つまりペルメッダの協力者だが、それなりの数を見込むべきだろう」
「……ヘタをしたら五十人を超えるってことですか」
妙に具体的な数字を持ち出してきた侯王様のセリフを受け、委員長は顎に手を当て掠れ声で唸る。
こちらにも多くの味方がいるとはいえ、敵が五十っていうのはさすがに驚きだ。俺たちを狙う人間がそんなにも存在しているという状況に、改めて背筋に冷たいモノが走る。
仲間たちの多くが唖然とした表情を浮かべ、先生は険しく目を細めた。
「内通者を削る作業はウィルが取り仕切っているが、敵も増員に励むだろうな。だがそんな連中は小遣い稼ぎでしかない。見付けて小突いてやれば、記憶を失うか逃亡するかだ」
「本気の狂信者もいるってことですね。聖法国から来たという」
「アウローニヤからの情報だ。ラハイド侯が告げるといい」
敢えてヤバい単語を持ち出した委員長に対し、侯王様はラハイド侯爵に話を譲った。
だけどラハイド侯爵は何も語らず、隣に座るベルサリア様に視線を送る。
なるほど、つまりはリーサリット女王から提供されたネタということか。
「『ソド・ラ・ヴェオ』。フィルド語で言うなら『六本の尾』のひとつが動いているらしい」
一拍間を置いたベルサリア様の口から飛び出した素敵ワードに、オタな古韮が一瞬だけ口元を歪めたが、さすがにここは自重しておけ。俺も我慢するから。
次回の投稿は明後日(2025/12/23)を予定しています。




