第592話 いつだって応援するよ:【奮術師】奉谷鳴子
「どうやら聖法国はアウローニヤが勇者を手放したことが、大層気に食わなかったようだ。帝国の圧力を受け、教会も過激になっていると聞くしな」
ベルサリア様が厳しい顔で聖法国の悪口を言っている。
ボクとそんなに背丈が変わらないのに、なんかよくわからないけどすっごい迫力だ。
「貴様らに特別な想いを抱くリーサリットの眼前であのようなことを。伝聞でなければ、われ自らの手で──」
さっき聖法国のコトを過激って言ったけど、ベルサリア様の方がよっぽどだよ。
妹さん……、リーサリット女王様が大好きなのは知っているけどさ。
ボクにも四つ下に弟、奏太がいるから気持ちもわかるけど。
あいつ、ボクと背丈が一緒くらいで生意気だけど、やっぱり可愛いんだよね。
それとさ、ベルサリア様。『特別な想いを』って辺りでティアさんのコトをチラ見するのはどうなのかな?
「侯爵夫人の憤りはさておき、今後の対応について話しておきたいんだ」
「だから殿下がお越しになったんですね」
「そういうことだよ。この国の諜報と防諜は僕の仕事だからね」
ティアさんのお兄さん、ボクたちがこっそりウィル様って呼んでるウィルハストンさんが難しい単語を使ってきた。
美野里ちゃんは納得してるみたいだけど、どういう意味なんだろう。
ウィル様はこの国の兵隊さんたちの指揮官だ。紙の上だと侯王様が一番上なんだけど、実際のお仕事ではってこと。
ただ、ティアさんのお父さんはそれでも一番前に出ちゃう人なんだよね。ウチのクラスで例えるなら、滝沢先生と藍城委員長みたいな感じかな。
考えが逸れたけど、そんなウィル様が仕事だって言っているくらいだから、軍隊関係の言葉なのかもしれない。
気が付いたら碧ちゃんと一緒に副官なんて呼ばれるようになったものだから、ボクも専門用語は勉強しているつもりなんだけどなあ。
「ねえ、馬那くん」
「ん?」
「諜報と防諜ってなに?」
こういうことに詳しそうな馬那くんに、こっそり質問してみる。いつも持ってるメモ帳を開きながら。
「スパイはわかるよな?」
「うん、忍び込む人」
「そうだ。それが諜報」
なるほど、スパイなら何となくわかるかな。
ウチの草間くんみたいな人だ。朝顔ちゃんも得意そうかも。
フィルド語と日本語の両方でメモしておこう。
「『すぱい』という言葉は知らないけれど、そういうことだね。防諜はその逆だよ」
「あ、ごめんなさい」
そこでウィル様がこっちを見ていたことに気が付いた。とっさに謝る。
みんなの視線が集中して、馬那くんはバツが悪そうだ。悪いことをしちゃったかな。
「構わないさ。忍び込まれないようにすること、もしくは忍び込んだ者に監視を付けること、基本はそんなところだよ」
けれどもウィル様は気にしないで教えてくれた。
防諜は諜報の反対なんだ。スパイが入ってこないようにするのが大事ってことだね。
「ほら、先日帝国の手先を捕まえただろう? あれも防諜の一環ということだよ」
あの事件はペルメッダが帝国大使館の……、たしか第一皇子派と第三皇子派が対立しているのを利用したんだっけ。
なるほど、侯王様が大活躍だったって聞いたけど、アレも防諜なんだ。
「現在のペルメッダ侯国は、複数の国家を跨ぐ交易の中継点としての役割を果たしている」
ボクと馬那くんから視線を外したウィル様が、みんなを見渡しながら説明を続ける。
「必然、他国人の出入りが多い国だといえるだろう。だが、聖法国の人間は基本的に寄り付かない」
「地理的な理由……、だけではありませんね」
ウィル様のセリフに美野里ちゃんが合いの手を入れる。いつもよりちょっと前のめりだよね。
普段から動じないのが美野里ちゃんの凄いところだと思うけど、今しているのはボクたちが聖法国に何かされるかもしれないって話なんだけどなあ。
「ウエスギの想像通りだよ。聖法国はペルメッダを国家として認めていない。彼らからしてみれば、僕たちはアウローニヤ王国の領土の一部を占領し続けている賊徒ということになる。魔族との商取引をしている、神の敵だ」
「真っ当な『訪問』は考えにくいんですね」
「そうなるね。とすれば、手は限られる」
そこまで話をしているうちにウィル様と美野里ちゃんは笑うのをやめて、真顔で頷きあった。
「また拉致、かよ」
「何度目だよ。畜生めが」
おっかない感じになった二人の様子に田村くんや佩丘くんが、嫌そうにしている。
拉致……。すっごくイヤな言葉だ。
クラスの仲間たちが顔をしかめて、ボクなんかは体が震えそうになるくらい。
前に八津くんや凪ちゃん、そして玲子ちゃんがヴァフターのおじさんに拐われたことがある。
拐われかけただけならハシュテル副長や、さっきウィル様が言ってた帝国の人たちも。
「穏便なやり方ならば、ペルメッダ人や冒険者を仲介役にして接触してくるという形もあるかな」
悪くなった空気をウィル様が軽くしようとしてくれているのはわかるけど、どうしてもなあ。
「そもそも、最初からそこまで物騒に考えることなのか? もちろん警戒はするけど」
「古韮、希望を持ちすぎだろ」
「とは言ってもな……。いや、ごめん」
物騒な雰囲気の中でとぼけたことを言っちゃった古韮くんに、八津くんは呆れ顔だ。
古韮くんが言いたいことはわかってる。
何度もクラスの中で話し合ってきたから、こういうのが苦手なボクでも知っているんだ。
ボクたちの目標は日本に、山士幌に帰ること。
『勇者が最期を迎えた国にヒントがある可能性ってどう思う?』
そう、たしか古韮くんが言い出したんだっけ。
古韮くんは『物語説』も大切にしている……、面白がっている方だからね。一年一組が勇者伝説をなぞったコトをしたら帰れるんじゃないかって考え方。
異世界に現れた勇者がアウローニヤの元になる国を作って、ペルメッダを通ってから魔王と戦って、それから聖法国にたどり着く。そういう物語だ。
みんなで思い付く限り、帰るためのヒントを言い合おうってなったから、そんなとんでもない説も出てきた。古韮くんや八津くん、野来くんなんかはノリノリだったけどね。
少しでも面白がりたい気持ちはわからなくもないけど、勇者のお話に帝国なんてちょびっとも出てこないんだけどなあ。
「腑抜けた考えは捨てるべきであろうな。聖法国は危険だ」
古韮くんと八津くんのとぼけたやり取りを、ベルサリア様はばっさり切り飛ばした。
「楽観は絶望的であるというのが、リーサリットの所見だ。謁見の場にいたラルドールやミルーマも同じ印象を持ったらしいぞ」
「そうですか。なら……、そうなんでしょうね」
それが完璧な証拠だ! みたいな言い方をするベルサリア様に、委員長がため息を吐く。
女王様だけじゃなく、アヴェステラさんやミルーマさんまでダメだと思ったってことは……。うん、ボクだってそうなんだなって納得するしかない。
「貴様らは帰還の術を探しているのだろうが、かの国が協力するとは思えぬな」
談話室が静かになっちゃった。
◇◇◇
ボクは将来何になりたいか、あんまり深く考えたことがない。
ウチのクラスの半分以上はそれぞれ行く先を決めていて、八津くんなんかはそれが信じられないって言っていたっけ。みんなが納得しているのも凄いって。
お父さんは帯広で会社員をやっていて、お母さんは半分ボランティアみたいな感じで山士幌の観光ガイドをしている。
だからっていうつもりはないけど、ボクはみんなみたいに親の職業を意識することがないし、継ぐこともできない。
そんなボクにだってやりたいことはあるんだ。将来じゃなくって、今のボクができること。
だから──。
「玲子ちゃん。【鼓舞】していいかな?」
「あ、ああ。悪いね。助かるよ」
こそっと玲子ちゃんに近寄り背中に手を当てて、ボクは【鼓舞】を使う。
あ、八津くんと視線が合ったかな。軽く笑って頷いてくれた。
八津くんは【観察】で見えていたかもしれないけれど、ボクはみんなとの付き合いが長いから、何となくわかっちゃうんだ。
聖法国がボクたちに目を付けたって話題になってから、玲子ちゃんが小さく震えていたのが……。
『響けって意味なんだよ』
ボクの名前は鳴子。どうしてなのかなってお父さんに聞いたことがある。
小学の二年か三年くらいの時に鳴子って単語を知ったから。
『それなら響子でいいじゃない』
『言い方は悪いけど、それじゃあ在り来たりかなってね。ちょっと捻ってみたかったんだ』
なんか適当だなあって思った。けれども『めいこ』っていう音は嫌いじゃないから、それでもいいかなって。
『通信簿にも書いてあったぞ? 鳴子は元気で、みんなを励ますから偉いって。名前の通りじゃないか』
それまでは無意識だったけど、あの時からだったのかな。
みんなが元気になれるように応援してあげたいって思うようになったのは。
「あ、あのさ、奉谷さん。僕もお願いできるかな」
「いいよっ!」
忍者っぽくするっと近寄ってきた草間くんにも【鼓舞】をしてあげる。
草間くんって下の名前が壮太だから、弟の奏太と読みが一緒なんだよね。不思議な親近感があるんだ。
碧ちゃんも怖がりだけど、野来くんが一緒だから大丈夫だし、雪乃ちゃんの横には藤永くんがいる。
ボクも将来、誰かといい感じになったりするのかな。今は全然ピンとこないや。
「凪ちゃんも要る?」
「わたしは大丈夫。この子がいるから」
拐われたことがある凪ちゃんにも聞いてみたら、手のひらに小さいサメを乗せてお得意の笑顔で返された。
チラっと八津くんの方も見ていたし、ごちそうさまだね。
なんか悔しいから八津くんには声を掛けてあげないよ。凪ちゃんが隣にいるなら大丈夫でしょ。
「結局、俺たちにできることは今まで通りなんだよな。団体行動をして、警戒を忘れない」
そんな八津くんの言葉にみんなが頷く。
魔族の人たちは大丈夫そうで、ウィル様と侯王様が帝国のスパイをやっつけてくれた。アウローニヤは女王様たちが何とかしているはずだから、結構安心かなって思ってたんだけどなあ。
「組合と相談しておくくらいはできるかな」
「どこまでバラすかだよな」
「マクターナさんなら大丈夫っしょ」
「『白組』と『オース組』は事情を知ってるし、『サメッグ組』や『蝉の音組』も──」
委員長の提案を皮切りに、クラスのみんなが味方になってくれそうな冒険者たちの名前を挙げていく。
大変な時なのに、なんだか嬉しいな。
ボクたちが冒険者になってからまたひと月も経っていないのに、こんなにたくさんの人たちと知り合って、しかも協力してくれそうだって思えるんだ。
◇◇◇
「組合と冒険者は貴様らの判断で話を通せばいい。そしてアウローニヤも動くぞ。リーサリットが勅を発した」
盛り上がるボクたちに向かってそんなことを言ったベルサリア様は、いつの間にか席を立って自慢気に笑ってる。やっぱり妹自慢だよね。
「ペルメッダと聖法国のあいだにはアウローニヤが横たわっておる。かの国の者どもが易々と通り抜けるなど、リーサリットが許さぬわ。ザルカットは当てにならぬが、東方国境にはフェンタがいる」
そっか、アウローニヤの女王様は国の力で協力してくれるんだ。ガラリエさんのお家も……。
聖法国の人がペルメッダに来るためには三つの道がある。
ひとつは北周りで戦争相手の魔王国を抜けてくること。どう考えてもこれはムリだよね。魔族の人たちとは姿恰好が違うんだし。
もうひとつは南の帝国。こっちも難しいんじゃないかな。戦争が目の前らしいし、距離も長い。おまけにペルメッダと帝国の国境は山岳警備隊に守られているんだから。
だから聖法国の人たちは一番距離が短くて、道も平坦なアウローニヤを抜けて来るしかないんだ。
「ガラリエ・ショウ・フェンタは王城を動けぬがな。ダイキス・ハイ・フェンタ子爵が確約したとのことだ。なんでも貴様らは上客らしいぞ?」
ニヤって笑ったベルサリア様は、いたずらっ子みたいになっている。
フェンタ領とは牛乳とか卵で、ずっとお世話になっているからね。アウローニヤの大使館よりやり取りが多いくらいなんだ。
「だが聖法国の通行を妨害したとて、使節団が入城した時点で人員がペルメッダに入り込んでいる可能性は高い。そこでスメスタ・ミィル・ハキュバ」
「はい。駐ペルメッダ大使として、アウローニヤ大使館の総力を挙げることをお約束します」
ベルサリア様に名前を呼ばれたスメスタさんがカッコよく立ち上がって、ボクたちに優しく笑い掛ける。
だけどボクはブルっとした。
だってベルサリア様の言っているコトが本当だったら、ボクたちは四日より前から聖法国の人に見られていたかもしれないんだから。
「いいんですか? 僕たちはただの冒険者なのに」
「昨日付けで手段を選ばず行動せよとの『王命』を授かりました。表向きは我が国の名誉男爵が狙われているという名目になりますので、大手を振って動けますよ」
委員長が気まずそうに質問したけど、スメスタさんは笑顔のまんまだ。
さっきまでのお話しの最中は全然セリフがなかったスメスタさんだけど、このために来てくれてたんだね。
「ありがとうございます」
先生も席を立って頭を下げた。
本当は先生、名誉男爵なんて肩書を嫌がっていたのに、ボクたちを守るためなら受け入れちゃうんだ。
「不審な者を見かけた際には靴に注目してください。どこかに小さく『緑の線が二本』。それがアウローニヤの関係者です。皆さんなら……、とくにヤヅさんなら簡単に見分けられるでしょう」
スメスタさんは一年一組のたくさんが【視覚強化】と【遠視】を持っているのを知っている。八津くんの【観察】がどれだけ凄いのかっていうのも。
「侯国の人員は服の袖に『黒の線』だよ」
こっちも立ち上がったウィル様が、スメスタさんと頷き合う。
この人たちがアウローニヤの出来事を聞いたのが昨日。そういう細かいことを話し合ってたんだろうね。
素直に凄いよなって思う。ウチのクラスだってそういう決め事が得意な友達は多いけど、やっぱり大人たちは立派だ。冒険者組合の『シュウカク作戦』もそうだったけど、やるって決めたら本当に細かいところまで気を配るっていうか。
「君たちが勇者かどうかは関係ない。冒険者あってこそのペルメッダだ。害意を持つ者を見過ごすようなマネはしないさ」
朝顔ちゃんが超イケメンって表現するティアさんのお兄さんは、ハッキリと味方なんだって言ってくれた。
「帝国大使館に対しても警告を出そうと思っているんだ」
「警告を? 帝国にもですか」
ボクなんかは帝国っていう単語を聞くとビクってなる。表面上だけでも落ち着いてやり取りできる委員長は立派だよ。
「聖法国がペルメッダを舞台として帝国への策謀を企んでいる、といったところかな。通商破壊を目論んだとすれば筋も通る」
「遅かれ早かれ謁見の情報も漏れるでしょう。むしろ進んで聖法国が喧伝しかねない」
「ハキュバ大使の言う通りか。ならばそれは表向きの情報であると──」
スラスラとしゃべるウィル様とスメスタさんは黒い笑みを浮かべてる。
わかる話もあるけれど、半分くらいは意味不明だ。わからない話は、あとでみんなに聞けば教えてくれるよね。
委員長の顔が引きつっているのは、意地の悪い内容だからなんだろうなあ。
一緒にテーブルを囲んでいるベルサリア様は楽しそうだけど、先生の頬に汗が浮かんでる。
聖法国が怖いのはそうなんだろうけど、それより目の前の三人が……。なんとか励ましてあげたいけれど、今は人の目がありすぎてムリかな。
◇◇◇
「最後に……、リン、メーラ。君たちだ。強制できることではないのを承知の上で尋ねたい」
「なんですの?」
いろんな作戦をスメスタさんとしゃべっていたウィル様がテーブルを離れて、ティアさんとメーラさんに話し掛けた。
ティアさんはゆったりと、メーラさんはビシっと立って話を聞く姿勢になっている。
さっきまで悪い顔をしていたのとはまるっきり別。今まで見てきた中で、こんなに厳しい表情をするウィル様は初めてだ。
「『一年一組』を離れる気はあるかい? 一時的で構わないんだ」
ボクの耳に届いたウィル様のセリフには、驚きもあるけれど、納得もできる内容だった。
そっか、ウィル様はこの瞬間だけ、ボクたち一年一組よりもティアさんの心配が先なんだ。
当然って言えば当然なんだろうな。だって本当の妹なのだから。
けれどもそれって、ティアさんには……。
「わたくしからも問いますわ、ウィル兄様」
「なんだい?」
「聖法国の手先が勇者たちに同行する侯爵令嬢をどう扱うとお思いで?」
ティアさんはウィル様の質問には答えないで、逆に問い返した。
もう何度目かな、背筋が冷たくなるようなやり取りだ。
ティアさんとメーラさんはボクたちとは違う。二人は『一年一組』の仲間だけど、そんなの聖法国からしたら関係ない。
「……普通の国なら、たとえ国交が無くても手出しはしないだろう。無用の火種だからね。けれどもあそこは『教会による国』だ。もののついでに神敵を誅する可能性は否定できない」
「わたくしをついでとは、随分と安くみられましたわね」
表情を歪めたウィル様の言葉をティアさんは軽く受け流す。
「黙って行動を起こせばいいものを、バカ正直に使節団を送り込むような仰々しい輩だ。通常の感覚で判断を下すと足元をすくわれかねん」
そこでベルサリア様が付け足すようなことを言った。
聖法国が何をしてくるのか、どう考えているのかが、今はよくわからないってことだ。
「ならばこうも考えられますわね。聖法国は勇者を隠れ蓑に、侯爵家を害そうとしているとも」
「それは、可能性としてあり得ないとまでは言わないが……」
ティアさんの言っていることは、ボクには屁理屈としか思えない。それでもウィル様は唸ってしまった。やっぱり妹には弱いのかな。
「とすれば、侯爵家の人間が『散っている』ことにも意味が出てくるのではなくて?」
ティアさんは八津くんたちがいつも言う、悪役令嬢って感じで笑った。邪悪とか言ったら怒られるからね? 八津くん。
国の一番上の方にいる人たちは、ばらけている方が安全な時もあるっていうのは美野里ちゃんから聞いたことがある。
家族仲良く一緒が一番、なんて思うボクには理解できないことだけど、偉い人たちにはそういうこともあるんだって。
ティアさんがそんな理屈を悪く使っているのは見え見えなんだけど……。
「さあ、わたくしは意思表明を終えましたわ。多数決の時間ですわよ。よろしいですわね? マコト」
委員長に向かって勢いよく身をひるがえしたティアさんは、多数決を持ち出した。
そっか、ティアさんは堂々としたいんだね。そのためにボクたちから背中を押してほしいって言ってるんだ。
「斬新な理屈でしたね。やりましょう」
「わたくしとメーラがこのまま『一年一組』と共にあることに賛同する方は、挙手を願いますわ!」
呆れ交じりに頷く委員長を見たティアさんは声を張り上げ、自分の右手を上げる。当たり前みたいにメーラさんが続いた。
それに合わせて、ボクも思い切り右手を上に伸ばす。
今みたいな危ない時にティアさんたちと一緒のままなのがいいことか悪いことかなんて、ボクには判断できない。ボクは政治とかそういうのを深く考えるのが苦手だ。
だからボクはボクにできる精一杯をするってとっくに決めてる。【聖術】が使えて【魔力譲渡】もできるし、最近は使う機会も減ったけど【鼓舞】で励ますことだってできるんだ。歌が上手な碧ちゃんには敵わないけど、おっきな声だって出すからさ。
そして何よりボクは、ティアさんやメーラさんと一緒がいい。
アウローニヤでいろんな人とお別れしたみたいに、いつかはさよならしなきゃならないのはわかってるけど、それでも今は。
「少しでも戦力がいた方が有利だよな」
「あたしよりも頼もしいのは間違いないねえ」
「ティアさんは啖呵を切って冒険者になったんだ。今更実家に帰るなんて、なあ」
「ねえティア、本当にいいの? 今なら──」
「あらあらリン。わたくし【聴覚強化】を取ってまで、『一年一組』に貢献しているつもりでしてよ?」
「……そうね。それは、ありがとう」
クラスのみんなが好き勝手を言って手を上げていく途中で、凛ちゃんが心配そうに確認をしたけど、ティアさんにやり込められた。
凜ちゃんは強くてカッコいいけど、人情には弱いからね。仕方ないよ。
「わたしは生徒たちに危険を強いる多数決で、賛成に挙手してしまったことがあります。やるせない事態に取り乱したことも」
「タキザワ先生……」
上げた手の数が二十三になったところで、最後の一人になった先生が、自分に対する悪口みたいなことを言い出した。
先生は大人としての立場も背負っている。普段は仲間だとは言ってるけれど、イザとなったら先生だけは別なんだ。ボクたちがアウローニヤのクーデターに味方するって決めた時、崩れ落ちた先生を思い出すと、今でも胸が痛くなる。
一年一組の二十一人だけじゃなく、ティアさんとメーラさん二人も先生は絶対に守ろうとすると思う。
「ティアさん、メーラさん。わたしはあなた方がいてくれることを頼もしく思っています。共に危難に立ち向かってもらえますか?」
「わかりましたわ!」
ゆっくりと腕を上げた先生に、ティアさんは輝くみたいな笑顔で答えて、メーラさんが黙って頷く。よかったね、ティアさん。
たぶんだけど先生は二人の戦う力だけを頼っているんじゃない。ティアさんはカッコいいセリフでみんなを励ましてくれたりするし、そういうとこでも心強いんだよね。
ボクもティアさんみたいになれるかなあ。
「まったく、リーサリットに報告せねばならぬ立場が今から恨めしいぞ。我が妹はさぞや羨むだろうな」
小さな声でベルサリア様がそう呟くのが聞こえた。だよね。お姉ちゃんは大変なんだ。
次回の投稿は明後日(2025/12/07)を予定しています。




