第591話 かの国の名が
「婚約破棄により心に傷を負った侯爵家の令嬢が冒険者に身をやつした。アウローニヤとして責任を感じざるを得ないこの事実を、新たな王が静観するはずもない」
ウィル様に話の主導を譲ったばかりなはずなのに、豪放なロリのベルサリア様が芝居がかった口調で尊大に語る。
その侯爵令嬢とやらは、元気一杯に冒険者をやっているんだけどな。
ところで、身をやつすっていう表現はどうなんだろう。ベルサリア様は自領のラハイダラ迷宮でこっそりと冒険者を匿っていたお人だ。敢えてそういう言い方をしたってことになるんだろうけど……。
「そこでアウローニヤ王国側から提案されたのが『アウローニヤ流民支援事業』というわけさ」
アウローニヤからという部分を強調するウィル様だけど、そこが如何にも胡散臭い。商人王なんて呼ばれている侯王様が関わっている予感がプンプンだ。
いや、国同士の話し合いで事業とやらが作られるのだから、関係していて当然か。
さてどんな内容なのやら。
というか全体的に怪しげなやり取りが多くて、とてもこれが『いい話』だと思えなくなってきている。
「アウローニヤから落ち延び我が侯国に入国したものの、職にも就けずに困窮する流民を救うための各種支援を行うための施策だね。まだまだ具体的な詰めはできていないが……、たとえば階位上げを希望する者に対して必要な資金の融通とかが挙げられるかな」
ウィル様の口から具体的な例が出てきたことで、俺にも少しだけ話の正体が見え始めた。
アウローニヤの女王様も狙っていたが、迷宮と階位システムがある以上、人は文字通りにマンパワーを得ることができる。それがこの世界のルールだ。
さすがにアウローニヤでは社会構造の関係で平民のレベリングを前面に押し出せてはいないが、ペルメッダはそれほどそれに縛られない。
「その上で職の斡旋だ。受け入れ側にも補助金を出す予定はあるし、新たな開拓村を作ることも計画しよう」
貧乏なアウローニヤからの流民にただ金を渡すのではなく、階位を上げさせてから仕事や住む場所を与えるのか。
案が浮上して間もないだろうに、ウィル様はスラスラとこの先の展望を語る。
「市民の階位上げは国軍ではなく、冒険者の領分だ。もしかしたら君たち『一年一組』にも依頼が舞い込んでくるかもしれないね」
ウィル様の言葉が意味するところは、アウローニヤと関係の無い冒険者にも金が流れる美味しい話だということだ。
「階位を上げた人たちが働き口を得て、ペルメッダも潤うということですか」
「そうなるだろうね。立場を得た流民たちも経済を回してくれる」
小さく手を上げてから会話に加わった聖女な上杉さんに、ウィル様は正解だと答える。
この手の話は上杉さんの好物だからなあ。小料理屋『うえすぎ』の次期店長として、ついでに歴女としても。
「治安も良くなるでしょうし、税収も上がる。ペルメッダとしては喜ばしい提案ということですね」
「ウエスギ。以前の歴史談義の時にも思ったのだけど、君は故郷で学者でもしていたのかい?」
「小料理屋の娘ですが」
続く会話で呆れた様子となったウィル様が問えば、上杉さんはツラっと事実を語った。
「アイシロといい、君たちは本当に……」
ウィル様から視線を向けられた委員長は苦笑だが、上杉さんを筆頭に一部のメンバーが異常なだけだ。
経済や治安に意識が回る高校生なんてレアだと思うぞ。
以前委員長が教えてくれたことだが、アウローニヤやペルメッダにおける貴族は公務員みたいなものとしても捉えることができる。とくにペルメッダには領地持ちの貴族が存在していないので、その側面が強い。
王城には平民も多いが、ある程度から上の職は貴族がほとんどとなる。
『スタートラインが違いすぎるんだよ』
なんて委員長が言っていたが、所謂教育格差ってヤツだ。
アウローニヤと比べて平民もある程度は裕福なペルメッダだが、それでも日本のような学校があるわけではない。
文字の読み書きや計算、その他の必要とされる知識などは、職業ごとで徒弟制度みたいにして伝授される。それこそ『サメッグ組』がアウローニヤの流民を受け入れて、イザという時のために家事まで含めた技能を叩き込んでいるのが典型だな。
組ごとに違いはあれど、どこでも似たようなことは行われている。
もちろんここで、さあ異世界孤児院アンド学校チートだなどと、俺たちは絶対に言い出さない。
ロマンを感じなくはないが、どれくらいの時間が掛かるかわかったものではないし、一年一組はとっとと山士幌に帰る気まんまんなので、責任を取り切れないからな。
さておき、都市や国家単位での経済や治安などは、本来貴族が考えることなのだ。
もしかしたら才能のある平民がたまたま立場を得るっていうケースもあるが、ウチのクラスであればこの手の話が通じるメンバーを数えるには片手で足りない。両手だと余るかもしれないけれど……、いや、心の中で数えたら十人以上はそうかもしれないな。
さて、俺はどっち側だろう。
「あの、それだとペルメッダの人たちから不満が出ませんか?」
こちらも手を上げてから発言したのはコンビニ娘の綿原さんだった。
「国全体が潤う話だよ?」
対してウィル様は楽し気な表情で切り返す。
確かに直前で、経済が回って治安も良くなるって話は出てきたけど……。
それでも綿原さんは、今更な質問をするような人ではない。
「それを理解できなくて、直接恩恵を受けることができないことを面白く思わない人たちが、いるんじゃないかって……」
「その通りだ。ワタハラも理解が早いね」
質問こそしてみたものの、そこから言いにくそうに言葉を並べた綿原さんだったが、ウィル様は笑顔で大きく頷く。
なんだかやたらと楽しそうだな、ウィル様は。
それどころか、ベルサリア様までちょっと身を乗り出している。スメスタさんはイケメンスマイルのまま彫像と化しているけど、今日はそういう役割りなんだろう。
「事業の意義と目的、効果について、各方面への周知は徹底する。そしてなにより──」
「事業の主導はアウローニヤからの出資で賄われることを前面に押し出すのだ」
一拍溜めたウィル様の横から聞こえた声は、ロリスマイルを悪くしたベルサリア様のものだ。
「僕のセリフを取らないでもらいたいですね」
「そちらから持ち掛けてきた要望に乗ったのだ。これくらいは言わせてもらわねばな」
綿原さんを置いてけぼりにして、ウィル様とベルサリア様がいい笑顔で語り合う。
さっきはお互いアウローニヤからの提案だって言っていたのに、今度はペルメッダの要望になっているんだけど、まあ、そういうことか。
「アウローニヤの新しい女王様が、他国に渡ってしまった元国民を救いたいと願い出る。美談ですね」
「然りだ。永続的支援ではなく、あくまで戴冠を記念しての短期的措置だな。一年か……、二年」
そんな状況でもサメを肩にした綿原さんは強かった。ちゃんとセリフを言い切る綿原さんの度胸を認めたのか、ベルサリア様は楽し気に肯定する。
そしてなるほど、事業に必要な金の出所がアウローニヤからのものであれば、幾分かはペルメッダの人も納得するかもしれない。それでも嫉妬する人はいるだろうけど、そこは宣伝でどうにかするということか。
ペルメッダはアウローニヤの金を使って自国の経済を回す。
アウローニヤは美談というか、新しい女王様の寛大さと羽振りの良さを見せつけるってところだ。
二年という数字が帝国との密約を思い出させて生々しいが、如何にもあの女王様の考えそうなことだよな。
「僕からもいいですか?」
「アイシロか。申してみよ」
綿原さんに続けての質問は委員長からだった。ベルサリア様が鷹揚に先を促す。
「この事業について、リーサリット陛下はご存じなんですか?」
え?
いや待て、委員長の言っていることは……、あり得るんだ。この話の建前となった条件、すなわちティアさんが冒険者となってからまだ七日しか経っていない。
超特急ならギリギリでアウローニヤの王都との往復は不可能ではないが、新たに事業を立ち上げるなんて案が即日で飛び出るはずもない。
いや、あの女王様なら以前からこれくらいの計画を温めていた可能性だって──。
「うわははは、良いところを突いてくるではないか。確かにわれとライドの独断だ」
「それくらいの権限を持っているんですね」
ベルサリア様のネタバレに驚きもせず、委員長はメガネを光らせる。
「金額規模が若干逸脱しているがな。だがこの案、リーサリットが好みそうだとは思わぬか?」
「そうですね。僕もそう思います」
確信を帯びたベルサリア様の言葉を聞いて、委員長のみならずクラスメイトの一部が深く頷いた。
さすがはシスコン気味のベルサリア様だ。妹さんのやりそうなコトをとても良く理解している。
それに同意できてしまうウチのクラスの連中も。
「ですけど大丈夫なんですか?」
「なあに、われは王姉にして、先の争乱における功労者だ。イザとなればラハイド家が金策をすればよい」
それでもいちおうの心配をする委員長に対し、ベルサリア様は剛毅な態度で胸を張る。
ベルサリア様というかラハイド侯爵家は先のクーデター時において実際の戦闘には一切関与していない。それでも最大級の功労者であると表現して間違いはないだろう。
宰相の力がガッツリ及んでいた南のバルトロア侯爵、それに同調していた西のウェラル侯爵と東のザルカット伯爵といった大規模な領地を持つ貴族たちが敵対する中、唯一当時の第三王女に味方をしたのが北のラハイド侯爵だ。
イザとなった時の逃走先として、玉座を奪われた前王様を幽閉する場所として、そして今は近隣の国を巡る外交使節として、過去から現在まで、ずっと女王様に協力し続けているのがラハイド侯爵家である。
そもそも第三王女派の元となった第二王女派閥と『紅忠犬』のミルーマさんを手渡したという実績もあるのだから、ベルサリア様抜きであのクーデターは成立していなかっただろう。
どれだけリーサリット女王が化け物染みた存在だったとしてもだ。
こうして思い返してみれば、俺たち勇者より重要な駒だったんじゃないだろうか。
そんなベルサリア様が妹さん好みだろうと見繕った提案は、そう簡単に足蹴にされることなどないってとこかな。
「えっと、ティアさんはそれでいいの?」
ロリっ娘な奉谷さんのセリフはテーブルにいる偉い人たちにではなく、絨毯側のティアさんに向けたものだった。
そう、そもそもこの事業がティアさんに対する詫びであるというのなら、本人に対するメリットが少なすぎる。
けれどもそういことじゃないんだろうな。
ベルサリア様とウィル様は最早そういう次元で話をしていない。
「所詮は国同士の取り決めですわ。平民となったわたくしには与り知らぬ話ですわね。直接の賠償など、今更ですわよ」
「ティアさんがいいなら……」
もちろんそんなことはティアさんならばお見通しだ。これはあくまでティアさんの婚約破棄と平民堕ちを利用した政治交渉でしかない。
だから奉谷さん、むくれたりしないでもいいと思うぞ。むしろ萌えるから。
ティアさんの横に座るメーラさんの口端がピクっとしたのが、俺には見えているのだ。
「ところでこの事業、あなた方も対象者となるのではなくて?」
あっけらかんと放たれたティアさんの言葉で談話室の空気が固まった。
◇◇◇
「女王陛下の裁可はさておき、看板に偽りなく出資者はアウローニヤだよ。もちろん我が国も幾ばくかは、だけどね」
「手続きに係る事務の負担程度を幾ばくと表現するならば、だがな」
それぞれの理屈で権利の放棄を選択したティアさんと俺たちを尻目に、主役たるベルサリア様とウィル様の語りは続く。
こちらに向けた説明という体裁だけど、会話の隅々から牽制が感じられるのがキツい。
ティアさんが俺たちも事業の対象ではないかと言った件については、一瞬の静寂の後、一同が乾いた笑いすることでスルーされた。
笑ってしまったことは本気で困窮しているアウローニヤ流民の人たちに失礼になるかもしれないが、それでもなあ。
確かに俺たちはアウローニヤの国籍を失い、ペルメッダに流れ着いてからは冒険者として活動している。
追放という表現はネタだったとはいえ、俺たち自身は納得してここに来たのだし、生臭いが資金だって潤沢に持っているのだ。ここで制度を利用してレベリングなんて……、『ときめき組』あたりに依頼をしたら手っ取り早いな。あの組は作業チックな階位上げに慣れているだろうし。
いやいや、冒険者同士のレベリングは親筋を頼るのが業界のルールなので、その手はマズいか。
「それにしても、格段に美味しくなりましたね」
「いえ、手慰みです」
会話の合間にカップに口を付けたウィル様が滝沢先生を褒める。
ティアさんの発言で場の空気が変わったのを受けて、お茶の淹れ直しがなされたのだ。
で、現在偉い人たちのテーブルには湯気を立てたコーヒーが並んでいる。淹れたのは先生。ウィル様のリクエストに応えた形だ。
迷宮にティーバッグを持ち込むくらい、先生はクラスでただ一人のコーヒー通である。
お湯を操るアネゴな笹見さんや、器用なチャラ子の疋さんたちの手を借りて、日々研究を繰り返しているのだ。俺も何度か試飲させてもらったのだけど、やっぱりムリだったんだよなあ。
先生的には成果は上がっているらしいのだけど。
ちなみに先生とウィル様、スメスタさんはブラックで、ベルサリア様は砂糖とミルクがたっぷり。
ベルサリア様も最初はブラックを所望したのだが、一口飲んだ瞬間ロリ顔を盛大にしかめていた。ムキにならなきゃいいのに。
「だがまあ、打ちひしがれていたと聞く侯息女殿下は、随分とご健勝の様子だが」
「考える時間と、何より彼らとの交流があればこそでしょう。当初は目も当てられない有様で──」
ウィル様に合わせて砂糖ミルクたっぷりなコーヒーをチビっと口にしたベルサリア様から飛び出したのは、これまた問題発言だ。
対してウィル様は白々しい大嘘を吐く。俺たちを出汁にしないでほしいのだけど。
なるほど、だからこそベルサリア様はティアさんを焚きつけ、それを見ていたウィル様は苦笑だったのか。
もしかしなくても、ベルサリア様とウィル様はティアさんをネタに、出資金の値段交渉をやっているんだ。
同席している先生の目が死んでいるなあ。
なにもここでやらなくてもいいだろうに。こういうのは王城か大使館で思う存分語ってほしい。
バチバチとしたやり取りをするウィル様とベルサリア様だが、自分がネタにされているティアさんは悪い笑みで眺めているだけだ。
彼女の性格なら喜び勇んでウィル様の味方をしそうだけど、今回は観客となることを選んだらしい。
というよりも、俺たちと同じポジションであることを望んでいるのかもな。
「怪獣大決戦みたいだよな」
「巨大サメと巨大タコが戦う映画ってあるのよね」
一年一組への説明とかを謳い文句にして口で戦闘をしている二人に対する俺の感想を聞いた綿原さんが、ツラっとB級映画ネタを持ち出してきた。そんなのあるんだ。
今後の役に立つかは不明だが、彼女との関係を重んじて覚えておくことにしよう。
「そも、侯国の持ち出しとて何といったか……、そうそう、ニューサル子爵だったか」
「かの家はこの事業に乗り気でしてね。進んで出資したいと名乗り出てくれたのです」
「ニューサルといえば守護騎士を多数輩出する武家と聞くが、実に殊勝な姿勢であるな」
「ええ、侯爵家としても功に応えたいと考えています」
丁々発止なやり取りをしている二人から飛び出した家の名に、クラメイトたちが凍り付く。
ベルサリア様にしても、事情を知っていてそんなセリフを吐いちゃうのかよ。
『ニューサル組』のハルス組長代理によれば、ニューサル子爵家そのものには侯王様からお咎め無しという話だったはずだけど、これってウィル様が動いたのだろうか。
やらかしたユイルド・ニューサル自身は国軍に入って最前線送りという沙汰が下されたが、実家は金で償えってことだ。ちゃんと名誉がくっ付いてくる辺りが悪辣だよなあ。
「そうくるかあ」
「うわあ」
「怖えぇ」
こうして感想を口にできるクラスメイトはごく少数だ。思わずなのか、度胸があるのか。両方かな。
「わたくしは一冒険者に過ぎませんが、拠点を置く国に志を持つ貴顕がいることを喜ばしく思いますわ」
「そうだね、侯国の誇りだよ」
邪悪な笑顔で余計な一言を添えるティア様にウィル様が爽やかに答える。
表情こそ違えど、似たもの兄妹なんだと思い知らされるばかりだよ。
「さて次期王殿下との商談もこれくらいにしておこう」
黒い空気となった談話室にベルサリア様の声が響き、皆がほっと表情を緩める。
「そうそう付け加えておこう。将来的にはアウローニヤへの帰国支援も事業に盛り込む予定だ」
「帰国……、ですか」
今思い付いたかのようなベルサリア様のセリフに委員長が嘆息する。
ふと合同運動会でアウローニヤを語っていた『ジャーク組』や『蝉の音組』、『サメッグ組』の冒険者たちの姿が浮かぶ。
故郷への帰還を口にした『オース組』のナルハイト組長も、また。
ナルハイト組長が事業の対象者になるかはわからないが、それでもアウローニヤとペルメッダが共同で事業についての広報をするのだ。後押しくらいにはなるかもしれない。
「ペルマ=タの地上で暮らす流民は正式なペルメッダの国民ではあるけれど、移住の自由はある程度保証されているからね。ましてや無国籍の冒険者たちを引き留める謂れはないんだよ」
「ただし現在のアウローニヤは未だ治世が安定したとは言いかねる。受け入れ態勢を整えるのに、一年は見込みたいところだ」
肩を竦めるウィル様に対し、ベルサリア様は自国の現状にちょっと不満気だ。それって言っちゃってもいいことなのだろうか。
「確かに『いい話』ですね」
そう、上杉さんが口にしたように、これはいい話だと思う。
俺たち自身にはそれほどの影響はないだろうが、知り合ってしまった人たちや関係者の窮状がマシになるかもしれないと思えば、少しは安堵もできるというものだ。うん、いい話の方は理解した。
では『悪い話』とは何なのだろう。
お客さんたちがやって来てからすでに一時間以上が経過しようとしている。
この会談はいつまで続くのかな。
◇◇◇
「さて、悪い方の話だけどね……。こちらは侯爵夫人からお伝え願えますか?」
ウィル様がベルサリア様に役を振る。
侯爵令息と侯爵夫人による一部悪辣な裏事情が含まれた『アウローニヤ流民支援事業』の説明も終わり、そしていよいよだ。
ここまでほとんど言葉を発していない先生は【冷徹】を使ったのだろう、表情を真面目顔に切り替え、クラスメイトたちの雰囲気もピンと張り詰めている。
ティアさんこそ不敵に笑っているが、俺たちにとって悪い話であるならば、彼女はどこまで冷静でいられるだろう。
「よかろう……。端的に伝えるとするか。聖法国が動いた」
ベルサリア様のその言葉に、俺を含めたクラスメイトたちの理解が及ぶのに数秒が必要だった。
帝国がと言われれば、もしくはアウローニヤの内部で何かがならば、ピンと来るところもあっただろう。いっそ魔族が、とかいう話ならそれでもだ。
確かにアウローニヤにいた頃は警戒対象ではあったものの、聖法国アゥサはここから遥か西にある。だからこそ俺たちはペルメッダにやって来たというのに、ここでその名が出てくるのか。
「四日前、パス・アラウドの王城に聖法国の使節団が入った。来訪した理由は抗議と行動を起こすとの宣言だったそうだ」
「抗議?」
「行動?」
続く説明に登場した単語に俺と綿原さんが同時にツッコム。被っていないのがちょっと残念だ。
というか綿原さん、行動の方が引っ掛かるのか。
数日前に聖法国の人間がアウローニヤにやって来たということはわかった。ただそこから先が理解できない。
委員長がメガネを光らせ、上杉さんが真顔になっているところを見ると、結構重大な事態なんだろうか。
「抗議についてはだな、要約すれば『本来であれば聖法国に移すべき勇者を放逐した』ことが問題だそうだ」
「本来って……」
「聖句だったか? 聖職者然とした実にわかりにくい文言で、意訳に苦労したらしい。あのリーサリットがだ」
あんまりな内容に中宮さんが苦々しい顔になっているが、ベルサリア様はつり目がちの青い瞳をギラギラと輝かせ、獰猛に笑う。
あの女王様が翻訳に苦しんだとか、どれだけややこしい言い方をしたんだよ。変な感じでベルサリア様のシスコンにスイッチが入ったじゃないか。
「それにしても『放逐』っていうのは酷いですね」
「であるな。リーサリットは勇者が自発的に行動したと説明しただろうが、ハナから聞く耳など持たぬ輩よ」
眉をひそめた委員長のセリフにベルサリア様が鼻を鳴らしつつ頷く。
そうか、聖法国は最初からアウローニヤの立場なんて相手にしていなかったんだ。
勇者がアウローニヤを出国したという事実をどう捉えるかなんてのは、国の勝手だ。そして聖法国の理屈は固まっていた。
「では、行動っていうのは……、まさか」
「『勇者の保護』、ではありませんか?」
かすかに震える委員長の声に答えたのはベルサリア様ではなく、上杉さんだった。
「うむ。そこな侯息女ではないが、『冒険者に身をやつした勇者をお救いする』そうだ」
チラリとティアさんに視線を送ったベルサリア様は、ロリフェイスの鼻にしわを作りながら吐き捨てた。
所要につき次回の投稿は三日後(2025/12/05)を予定しています。申し訳ありません。




