第590話 侯爵夫人と侯爵令息
「あのねっ、マクターナさん。凛ちゃんが十三階位になったんだよ!」
「そうなんだよ! あ、僕は十一階位のままだけど……」
組合事務員の制服をピシっとキメたマクターナさんに、ロリっ娘な奉谷さんが我がことのように報告をする。
はしゃぐ子犬みたいなテンションの夏樹も続いたのだが、自爆案件だ。何をやっているのやら。
もう十八時も過ぎたというのに、『一年一組』専属担当のマクターナさんは律儀に事務所で出迎えてくれた。
明日のどこかで報告書を渡すことになっているし、俺たちの安否は入出宮記録で確認できる。なんなら俺たちの帰りが遅ければ、真っ先にマクターナさんに通報がいくだろうに。
それでもやっぱり、こうしてマクターナさんが待っていてくれるのは素直に嬉しい。
「──でね、ボクと美野里ちゃん、碧ちゃんと雪乃ちゃんが十二階位」
勢いで報告担当と化した奉谷さんが、レベルアップしたメンバーを告げていく。
十三階位となった中宮さんを筆頭に、奉谷さん、上杉さん、白石さん、そして深山さんが十二階位というのが今回のリザルトだ。
普段のように二階の第七会議室ではなく一階ロビーの一角に集まった俺たちはそこそこ目立ってはいるが、時間が遅いせいもあって人影はまばらである。
奉谷さんが嬉々として喋っている内容にしても、今更周囲に聞かれて困ることでもない。
「そうですか。みなさんときたら、本当に」
「まったくですわね」
感嘆と困惑が混じった笑顔のマクターナさんは、まずは中宮さんに視線を送ってから全員を見渡す。
ところでティアさん、なんでそんなに誇らしげなのかな? あなたもこちら側でしょう。
俺たちがペルマ迷宮で本格的にレベリングを始めてから、まだ二十日と経っていない。
ペルメッダに一年一組が来た時点で俺たちは十階位と十一階位の集団だった。そんな連中がいきなり組を立ち上げ、今では俺と夏樹こそ十一階位だが、中宮さんが十三階位で、残りのメンバーは全員が十二階位となっている。
まあ、異常な速度だよなあ。
「階位が上がったのは五名ですね。申請はしますか?」
「次回の迷宮が終わってからにしようと思っています」
「それは構いませんが……。なるほど、そういうことですか」
奉谷さんと交代して答えた綿原さんの自信ありげな表情を見たマクターナさんは、すぐに納得の表情となった。どうやらバッチリ通じたらしい。
ティアさんやメーラさんを含めた『一年一組』は、次回の迷宮泊で十三階位をさらに増やすことになるだろう。もちろん俺と夏樹の十二階位だって確実に達成してみせる。
階位更新手続きは、それからでも十分ってことだ。キッパおばあちゃんが視てくれるかはわからないが、担当した【識術師】さんは驚くことになるだろう。
「では、わたしからも。本日時点における迷宮四層の状況ですが──」
表情を改めたマクターナさんが、俺たちの欲しがっていた情報を教えてくれる。こちらから言わずとも、こうしてくれるくらいの関係性を築くことができているのだ。
マクターナさんの説明によれば、ペルマ迷宮四層の現状は俺たちが今日一日を使って見てきたこととほぼ同様だった。一般区画におけるトウモロコシの発生は、通常の中型魔獣と同じくらいといったところらしい。
これからしばらく組合は、日々冒険者たちから報告書を受け取り、情報をまとめて迷宮の状況を掲示していくことになる。
絶対に冒険者より忙しい職場だよな。
「唐土区画についてはむしろ魔獣が減って平穏なものです」
「それでも、魔獣の発生は止まってないんですね」
「ええ。予想通りではありますが、全く出現しなくなっても困りますからね」
俺の問い掛けに苦笑となったマクターナさんは、組合と冒険者の事情を絡めて答える。
それもそうだ。魔獣が一切発生しないゾーンができても無意味だからな。アウローニヤのシシルノさんなら嬉々として調べようとするかもしれないけど。
新区画の魔獣一掃を謳った『シュウカク作戦』から三日。実際に殲滅が達成されたのは翌日になって国軍が入ってからだから、実質二日しか経っていない。
結構な数の魔力部屋が見つかっているので、魔獣が現れるのはむしろ自然ではある。むしろ知りたいのは──。
「新種の割合はおよそ半分と報告が上がっています。当面は組合の部隊が経過観察、ですね」
まさに知りたかった情報を与えてくれるマクターナさんだけど、視線が一瞬俺たちの背後にある掲示板を向いていた。
振り返ってみれば、今まさに職員さんがマクターナさんの言った通りの内容を掲示し終わったところだ。
冒険者が集うギルドの掲示板といえばモンスターの討伐依頼や薬草の採取が定番だと思う俺だけど、トウモロコシが見つかってからは四層の異常に関する警告含みの情報が九割にも及ぶ。
実にロマンに欠ける状況だが、リアルはこんなものだ。
ここ二日、トウモロコシが最初に発見された四層新区画には一般の冒険者は入っていない。組合による無期限の立ち入り禁止という措置だが、そもそも進んであそこに入りたいという組もないだろう。
いや、一年一組的にはアリかもしれないな。
「五割、ですか」
「狩りは認められませんよ? いくら『一年一組』が新種を得意にしていても、こういう特例は──」
そんな俺の思惑はマクターナさんにバレバレだったようだ。
笑顔なマクターナさんの説教染みたお言葉に、クラスメイトたちから俺には冷たい視線が贈られる。悪かったって。
とはいえ、そうか。新区画ではまだトウモロコシの率は高いけど、魔獣の発生自体は抑えられている。で、通常区画にはそこそこの割合でトウモロコシが出るようになったという形だ。
まるで迷宮がモンスターユニットの配置で遊んでいるかのようだな。
◇◇◇
「どうよ」
イケメンオタの古韮が、ピカピカに磨き上げた大盾を自慢気にして周囲に晒す。
イラストレーターな草間が描いた絵の上からは透明なニスを厚めに塗ってあったのだけど、それでも今日の戦闘で付けられた傷が残されている。
確かにカッコいいとは思うけれど、やっぱり勿体なさもあるんだよなあ。まあ古韮が納得しているのなら、それでいいのだけど。
組合事務所でマクターナさんと情報交換をしてからホームに戻った俺たちは、真っ先にデスタクス組長自らが警備をしてくれていた『ジャーク組』のおじさんたちにギリギリになってしまったことをお詫びした。
そこから遅めの夕食を終えて、今は談話室で各自が思い思いに活動中だ。
「ですわ!」
「しゃっ!」
中央に敷かれた絨毯の上ではティアさんと中宮さんがお互い素手で模擬戦をしている。
二人の勝負はティアさんが全力で拳を繰り出し、中宮さんが捌く形だ。悪役令嬢は技を積み重ね、木刀女子は十三階位になった体を慣らしているってところか。
中宮さんは木刀を持っていなくても普通に強い。曰く、技の半分は歩法で決まるのだとか。要は位置取りが上手く、動きが止まらないってことだ。
俺も中宮さんが使う『北方中宮流』の術理を聞かされリアルな動きを見てきたお陰で、彼女がどうやってティアさんの攻撃を捌いているのかは理解できる。やれと言われてできることでもないのも……。
部屋着で裸足の女子二人が戦う様を視界の端に捉えつつ、そういえばティアさんのドレス姿を最近は見ていないなあ、なんて思うのだ。
「削れた部分はちゃんとニスで補修してあるぞ」
「見えてたから知ってるよ」
「のぞき見野郎だよな。八津って」
どうやら俺に向けた言葉らしかったので素直に返事をしたら、笑顔の古韮から飛んできたのは罵倒ときた。
綿原さんがほぼ常にサメを出現させているように、俺だって【観察】をはじめとする視覚系技能は普段から使いまくりだ。
夏樹は【身体強化】を目指して腕立て伏せをしながら石を浮かべ、柔軟をしているアネゴな笹見さんの周囲に水球が浮かんでいるのもまたしかり。
この世界の人たちは地上では必要な時くらいしか技能を使わないのに対し、魔力に優れた俺たちは隙あらば熟練上げだ。階位こそ異常速度で上げている俺たちだけど、技能の熟練度だけは長年に渡り練り上げた現地の人たちに敵わない。
中宮さんとタイマンを張っているティアさんや、ひたすら刺突を繰り返しているメーラさんには【魔力譲渡】が贈られている。彼女たちも一年一組式熟練上げの真っ最中ということだ。
「なあ古韮」
「なんだ?」
「盾を大事にするなら【霧術】の前に【硬盾】っていう手もあるんじゃないか?」
俺の提案に古韮がちょっとだけ考え込む。
【霧術】を発生させた【霧騎士】の古韮は、ここから先の選択肢が多い。
騎士職全員に出現している装備系技能としては、剣に影響を及ぼす【鋭刃】【大剣】【剛剣】があり、盾関連は【広盾】【硬盾】がある。古韮の場合は盾に【魔力伝導】を使うことも多いので、魔力的な意味ではクラスで一番硬い盾を持っているとも言えるだろう。
身体系をほぼ取得し終えた古韮は装備か魔術、どちらかを選ぶことになるのだ。
「【硬盾】は盾をぶっ壊されるレベルの敵が出てきてから、だろ? 五層にでも入らない限り、ほぼ対人専じゃないか」
一拍間を置いた古韮は、現状をそう判断したらしい。
まあ、古韮は十三階位レースでは遅れがちだし、考える時間はいくらでもあるか。
「それより今は八津たちの方が大変だろ」
「いつも通りさ。みんなも手伝ってくれているし、っていうか俺が手助けしてる側か」
古韮が言うように俺たち、すなわち迷宮委員の綿原さん、記録係の奉谷さん、書記の白石さんと野来で作業している組合への報告書作りは締め切りがある。というか、さっきできてしまった。
ついでに明後日に予定している迷宮泊の計画書も。
「今晩中に仕上げないとだからね」
「断れないお客さんだもんなあ」
それでも元気に答える奉谷さんに対し、古韮は半笑いで肩を竦めた。
実は警備をしていた『ジャーク組』のデスタクス組長から手紙を渡されたのだ。
そろそろ届くはずのアウローニヤからの定期便ではなく、お宅訪問の打診がその内容だった。
驚きだったのはやってくる人たちのリストだ。
まずは正式に駐ペルメッダ大使となったスメスタ・ミィル・ハキュバさん。加えてラハイド侯爵夫人にしてアウローニヤの元第二王女なベルサリア・ハィリ・レムト=ラハイド様。
ラハイド侯爵本人は来ないようだが、まあここまでは理解できる。
手紙の出所がアウローニヤ大使館名義になっていたし、前回のラハイド侯爵夫妻との面談からそろそろ一週間だ。雑談なのか、それとも伝えたいことがあるのか、ベルサリア様がスメスタさんを引き連れて登場する光景が目に浮かぶようだな。
問題だったのは、貴顕を守る護衛数名を除いたもう一人だった。
その名もウィルハストン・ハーク・ペルメッダ。ペルメッダ侯国次期王、というかティアさんのお兄さんであるウィル様だ。
意味不明な組み合わせだよなあ。しかも嫌な予感しかしないタイプの。
なんで侯国の王子様がアウローニヤ大使館経由で来訪を告げるのやら。
今現在中宮さんとバトっているティアさんに尋ねてみたが、聞いていないし、思い当たる節も無いとのこと。そりゃあずっと俺たちと一緒に行動していたのだから当たり前か。
不都合があったら日程をズラすとも書かれていたが、おっかなくてそんなことができるはずもない。
消極的なムードで行われた多数決の結果は……、お察しである。
書簡によれば刻限は明日の午後。これにより報告書と計画書の提出は明日の午前中と確定した。
偉い人たちとの会談が長引いたらマクターナさんに残業をさせてしまうことになってしまうからな。
それだけは避けたいというのが俺たちの決断だ。
「ほら八津くん。明日のことを考えても仕方がないわ。手を動かして」
「あ、ああ。ごめん」
少々ぼうっとしてしまっていた俺の目の前をサメが横切る。
今は頑張って資料を作るしかないか。
話の内容は間違っても外に漏らしたくないのか、手紙には概要すら書かれていなかったし、できれば朗報だといいのだけど。
◇◇◇
「壮健そうで何よりだ。活躍しているようだな」
「やあ、先日は騒ぎを丸く収めてくれてありがとう。『しゅうかく作戦』もご苦労様」
「ご無沙汰しています」
それぞれベルサリア様、ウィル様、そしてスメスタさんからのお言葉である。
八回目となる迷宮探索の翌日午後、俺たちが昼食を終えてから間もなく、護衛と荷車を引き連れた彼らは予定通りに『一年一組』の拠点に現れた。
三人ともがお忍びルックで、ベルサリア様に至ってはペルマ=タで普通に見かける町娘みたいな恰好をしている。
午前中のうちにダッシュでマクターナさんに報告書と明日から予定している迷宮泊の計画書は渡してあるし、別行動だった『装備班』も拠点の警備依頼と合わせて装備のメンテナンスを『スルバーの工房』にお願いしてきた。受け取りは明日の朝イチ。
ちなみに昨日納品した素材代は四十一万ペルマで、指名依頼を除く単純な収入としてはこれまでの最高額となっている。
バタバタとした午前だったが、全員揃って偉い人たちを受け入れる態勢を整えることはできた。
「どうだ? 似合っておるかの?」
「は、はい。とても良く」
「であろう? さすがはアイシロ。見る目がある」
こちらの視線に気付いたベルサリア様が意地の悪い確認をしてきて、クラスメイトから無言の圧を受けた藍城委員長がおべっかを使う。
フード付きマントを脱いだベルサリア様は紺色のロングスカートに白いシャツという恰好なのだが、なにせ彼女は合法ロリだ。
ロリっ娘奉谷さんと同じくらいの身長なものだから、町娘というよりお子様感が前面に来る。これで二十一歳にして一児の母だというのだから恐ろしい。
「侯王陛下との会談があってな。ライドが悔しがっておったぞ」
ベルサリア様によると、どうやら本日ラハイド侯爵は侯王様と会議をしているらしい。
偉い人の訪問が一人減ったのは助かるが、強烈なメンバーであることには変わりないのがなあ。
何を伝えに来たのかという怖さと同時に、ただの雑談モードでさえ劇薬っぽい組み合わせなのだ。
すでに三人ともが慣れた感じで壁際にあるテーブルに備えられた椅子に座っている。護衛の人たちは毎度の如く、談話室の扉の向こう側と正門前に配置された。要は密会ってことだな。
同じテーブルにはクラスの代表者として滝沢組長もいるのだが、藍城副長と中宮副長は絨毯に座っている。若干先生の目に気疲れの色が浮かんでいるが、そこはなんとか【冷徹】で取り繕ってほしい。
これにてテーブルにはアウローニヤの侯爵夫人とペルメッダの侯爵令息、王国男爵と名誉男爵という貴族組が配置され、絨毯側は平民だけという構図が出来上がった。
ペルメッダの侯爵令嬢と元守護騎士は平民だから、当たり前のように絨毯の上にいる。こんな位置関係でティアさんが嬉しそうにしているなのが何よりだ。
「本題に入る前に、そうだね。君たちの活躍を聞かせてもらえるかな。昨日も迷宮と聞いているよ?」
「次期王殿下はわかっておるな。われもその話、所望するぞ」
ウィル様とベルサリア様の共謀により、会合のスタートは雑談からということになった。
◇◇◇
「ほう、我が剣の師は十三階位となったか」
話題が中宮さんの階位になったところで、ベルサリア様がワザとらしく『剣の師』という単語を使ってくる。
横ではウィル様が苦笑を浮かべ、先生の目がメーラさん程ではないが澱む。
「あらまあ、では侯爵夫人はわたくしの妹弟子ということになりますわね」
ここで挑発を受け流すようなことをすれば、ティアさんは悪役令嬢としての矜持を失う。当然のごとく煽りで切り込んだ。
ベルサリア様は中宮さんとチャンバラごっこをしただけで、師匠とまではいかないんだけどな。
このやり取りだけでも伝わるように、ベルサリア様は中宮さんとティアさんの個人的な関係性を知っていると表明したも同然だ。
アウローニヤでの経験でこういう機微が俺にもわかるようになってきたのは、果たして成長といえるのだろうか。
会話でジャブの応酬っていうのは面倒臭いんだけど、ティアさんが生き生きとしていて、そこだけは悪くない。もちろん俺に飛び火しない限りは、だけど。
中宮さんが遠い目をしているが、尊い犠牲ということで諦めてもらおう。
「確かにわれはまだまだではあるな。姉弟子には遥かに届かぬだろう」
ニヤリと笑うベルサリア様だが、彼女は五階位の【誘術師】だ。ティアさんと対決したら秒で終わる。
ロリお姉さんが妹をからかっているだけなんだよなあ。
「で、リンパッティア・ペルメッダ殿。冒険者を堪能しているか?」
「当然ですわ!」
「それは重畳」
問いに即答したティアさんに、ベルサリア様は笑みを深めた。先生とスメスタさんやクラスメイトたちにも笑顔が広がる。
十分理解しているつもりだが、ティアさんの口からハッキリと告げられるのことに悪い気はしない。
引っ掛かるのはここで一番嬉しそうになるはずのウィル様が苦笑のままってとこだ。もしかしたら、ベルサリア様とティアさんの会話に何か引っかかるところがあるのかな?
「ところであちらに置かれた大盾。あれは何を意味する?」
「それは僕も気になっていたんだよ」
ここで話題を急転換させたベルサリア様にウィル様も合わせた。
どうにも会話の主導がベルサリア様なんだよな。ウィル様は俺が俺がと前に出るタイプじゃないっていうのもあるのかもしれないけど。
「俺の新装備なんです。誕生日に仲間たちから贈られました」
さておき、お二人が興味を示したのは古韮の大盾、『霧韮』だ。
「見てください。ここの文字はティアさんが書いてくれたんですよ」
目立つように壁に立て掛けてあった『霧韮』を手にした古韮は、ティアさんへのおべっかを混ぜつつ明るい声で説明をする。まったく、いい度胸をしているよ。
「ほほう。われも一筆といきたいところではあるが、冒険者仲間ではない以上、出しゃばりになるか」
「心遣いをありがとうございます」
笑顔でベルサリア様と対峙している古韮が実に頼もしいが、さっきから冒険者っていう単語が頻発している気がするのがなあ。
クラスメイトの表情を見るに、委員長や上杉さん、綿原さん辺りは何かに勘づいた表情になっている。田村なんて面倒くさそうな顔をして腕組みだ。ちょっとは隠せよ。
「貴様らが意気軒昂そうで何よりだ。リンパッティア殿やレルハリア殿も含めてな」
ロリフェイスに笑みを浮かべたままベルサリア様がふと雰囲気を変えた。いよいよ本題か。
「ここからは殿下から伝えてもらえるだろうか」
「わかりました」
ベルサリア様がちっちゃな手をウィル様に差し出し、主導権を譲る。
「さて、君たちにとっていい話と悪い話があるんだ。どちらから聞きたい?」
「え?」
「おおっ!」
「すげぇ」
「マジかよ」
ウィル様の芝居がかったセリフを聞いたクラスメイトたちからどよめきが起きた。そんな俺たちの反応にウィル様はらしくもなく驚いた様子となる。
日本人であればべつにオタクでなくても聞いたことのあるフレーズに皆が感嘆しているだけなのだが、さてこのケースではどちらから聞くべきなのか、あいにく俺の記憶は曖昧でしかない。
いや、本気でこういう時の定番ってどっちだ?
「委員長」
ざわつくクラスメイトたちを見ながら中宮さんがため息交じりに委員長を促した。
「いい話から聞きたい人。挙手」
こちらもため息を吐いた委員長が多数決を敢行する。
どうせ両方を聞くハメになるのだからどうでもいい行動ではあるが、ウィル様から持ち掛けられたのだ。ある程度は乗ってあげる必要がある。だったら『一年一組』らしくってか。
夏樹や奉谷さん、ミアや春さん、海藤、疋たちポジティブタイプの面々がパラパラと手を上げていく。
それに釣られるようにして野来や白石さん、深山さん、藤永、笹見さんが続いた。古韮もいい話からか。
ティアさんとメーラさんも手を上げるに至り、ウィル様が表情をほころばせる。
大丈夫。二人はちゃんと仲間しているから、安心してもらいたい。
「こういう場合、基本的には悪い話からなんだけどね」
「だったら先に言ってよ」
最初の選択肢で結果が確定したのを確認した委員長がこぼした言葉に夏樹が噛みつく。そういうものなのか。
そういえば考える側のクラスメイトは手を上げていないな。俺は出遅れただけで、どっちつかずだ。
「では『いい話』からさせてもらうよ」
委員長からの視線を受け取ったウィル様がイケメンスマイルで口を開く。
「ペルメッダ侯国と新生アウローニヤ王国で話し合いが行われてね、とある事業を立ち上げることになったんだ」
「事業……」
聞いたことはあるけれど、具体的にどういう存在か把握しかねる言葉をウィル様は使った。クラスメイトの誰かがオウム返しに同じ単語を呟く。
「そう、暫定だけど名を付けるなら『アウローニヤ流民支援事業』といったところかな」
ウィル様の持ち出した名称は、想像の埒外としか表現できないものだった。
次回の投稿は明後日(2025/12/02)を予定しています。




