第589話 そしてついに
「小さい圧搾機を持ち込めば、迷宮でも揚げ物ができるかもしれませんね」
「美野里は熱心ね」
俺の少し前を歩く聖女……、というか料理長な上杉さんのセリフに赤紫色のサメを伴った綿原さんが呆れ声になる。
上杉さんの腰には茹でトウモロコシの実がジャガイモの蔓で括り付けられ、腰蓑みたいな様相だ。まあ、俺も似たようなものなんだけどな。
綿原さんにしても牛の肉が入った革袋を担いでいるし、アネゴな笹見さんの背中にある寸胴の中身は解体したカニが満載となっている。
クラスメイトの誰かしらが、極端な負担にならないように分担しながら素材を運んでいるのだ。
時刻はそろそろ夕方の四時。六時には地上に戻る予定なので、帰り道を考えたら四層での活動時間は一時間程度しか残されていない。
「ボクと夏樹くんは、もう少しだと思うけど……」
「気にしなくていいよ。何でもできる奉谷さんの階位が優先だ」
メモを確認しながら、ちょっとしょんぼりした声で話し掛けてきたロリっ娘な奉谷さんに、俺は努めて明るく返事をする。
「それに奉谷さんが【鋭刃】を取ったら、トウモロコシ組に回ってくれるだろ? そしたらジャガイモは俺と夏樹で総取りさせてもらうからさ」
「うん……。そうだよね」
言っていることは本当だから、ひねり出すまでもなくセリフは流暢に口から飛び出す。奉谷さんだって理解していることなのだし、スパっと明るい笑顔に戻ってくれる方が俺としても助かるよ。
「でね、【鋭刃】を先に取っちゃってもいいかなって。たぶんヒヨドリかジャガイモが残り三体なの。その時は八津くんが判断してもらえる?」
奉谷さんの提案はアリだ。彼女は自分が残りどれくらいで十二階位になれるのかを把握できているし、戦況は俺が読めばいい。
俺たちはイレギュラー時に新規技能を取得できるようにという意味でも魔力を温存しているが、レベルアップのタイミングが確定したならば、むしろ技能の先行取得は悪くない。陸上女子の春さんが以前【鉄拳】を取った時と同じやり口だ。
奉谷さんがこうした提案をしてきた以上、三体っていう数字は確実に余裕を見込んでいる。ヘタをしたら一体で階位が上がるくらいには自信があるのだろう。
「そうだな。混戦じゃなければやれると思う。判断は任せてくれ」
「うんっ!」
前向きな俺の回答に、奉谷さんは満面の笑顔だ。やっぱり彼女はこうじゃなくちゃな。
何しろ奉谷さんには十三階位で取る予定になっている大駒技能があるのだ。十二階位なんて駆け足で乗り越えてもらいたい。
「わたしも頑張って手伝うね」
そんな俺と奉谷さんの会話を聞いていたメガネおさげの白石さんが、ふんすと気合を入れた。ちなみに彼女は生のジャガイモが入った寸胴を担当している。
「わたしも」
ヒヨドリ肉の入った革袋を担ぐ深山さんはポヤっとしたまま同意のご様子だ。
初回で深山さんが十二階位を達成してからこちら、魔獣との戦いは七度に及ぶ。
およそ三時間での回数としてなら『シュウカク作戦』とは比べ物にならないくらい少ないが、一度の戦闘密度は濃いものだった。
最初から複数種なんていうケースは二度だけだったが、途中で魔獣の追加ってパターンが多くて、腰を据えての芋煮会ができたのは二回だけ。
混戦だらけだったので後衛のトドメは少な目となり、前衛メンバーにバリバリ経験値が流れている。
そんな中、【騒術師】の白石さんと【聖導師】の上杉さんが十二階位を達成した。
白石さんは深山さんと同じく魔力タンクとしての性能を上げるために、新規技能はパス。
上杉さんは今後の階位上げのために【鋭刃】を取得した。彼女が【聖導術】を取ったのが九階位の時点だったから、本当に久しぶりってことになる。
「あーあ。僕にも【鋭刃】が出てたらなあ」
こちらは生のトウモロコシを腰にぶら下げた夏樹のボヤきである。
実はクラスメイトの中で【鋭刃】を候補にできていないのは、俺と夏樹くらいなものなのだ。『一年一組』という括りならティアさんもそうなのだけど、彼女の場合は技能が連鎖しやすい『クラスチート』の範囲外だからなあ。
「夏樹と二人だけっていうのは、俺としては悪くないけどな」
「ははっ、八津くんもカッコいいこと言うよね」
励ましのつもりではあったが、夏樹には俺の言葉が刺さったらしい。
さっきの奉谷さんじゃないけれど、こういうやり取りで明るさを取り戻してくれるのが俺の親友、夏樹なのだ。
「二部屋先から牛が来るよ。四体。僕の十三階位はまだまだなんだろうなあ」
「……この部屋で受け止めよう」
警告とグチを同時に口にしたメガネ忍者な草間に反応した俺が判断を下すと同時に、『一年一組』の仲間たちが外せる荷物を床に置いて戦闘態勢に入る。
「さあ、前衛はそろそろあるんじゃないか?」
「にっひ~、狙っちゃうかなぁ」
「俺でもいいんだよな? やっちまうぜえ」
俺の煽りにチャラ子な疋さんと野球小僧な海藤が乗っかった。
「ワタシも負けてはいられまセン!」
もちろんミアだってこうなるに決まっている。
前衛職による十三階位レースだが、優位に立っているメンバーはおおよそ六人。
遠近両用で暴れまくる野生のミア、短槍クリティカルを手に入れた海藤、器用さと要領でスコアを稼ぐ疋さん、そして堅実な守備と長剣を使うことが可能なメーラさん。ここまでは『シュウカク作戦』前に頭角を現していた面々だ。
そんな先頭グループに一躍追いついてきたのが【鋭刃】を取得したことでトウモロコシスレイヤーとなった木刀使いの中宮さんと、マクターナさん救出で鬼と化した滝沢先生である。
先生はトウモロコシとの相性こそよろしくないが、こうして魔獣の出現比率が落ち着けば、活躍の場面は非常に多い。
クラスのエースはやっぱり先生なのだ。
騎士メンバーが【鉄拳】を取ることで攻撃力を上昇させたとはいえ、やはり守備がメインであるし、両手メイスの春さんと忍者な草間はトドメ力に欠ける。
後衛職ではサメ使いの綿原さんが完全に一歩抜けているが、上位陣には届かない。
「あらあら、わたくしはまだまだですが、メーラが出し抜くかもしれませんわよ?」
「わたしは競争しているつもりはないのだけど」
「そう言いながら、覇気が溢れ出していますわね、リン」
「……魔獣を相手に気を抜くわけがないでしょう?」
ティアさんと中宮さんが仲の良いやり取りをする中、メーラさんが普段より心持ち前で盾を構える。ティアさんに焚きつけられたかな?
「言っておくけど初手は遠距離攻撃。盾で受けてからは各自の判断だ。ミアと海藤がちょっと有利な条件だけど、それだけは守ってくれ」
「へっ、勝手にやってりゃいいさ」
「僕が突撃するのはダメかなあ」
俺の念押しを聞いたヤンキー佩丘が毒づき、文系オタな野来が勝気なことを言う。
野来ってこういうキャラじゃなかったのになあ。
◇◇◇
「上がったわ。十三階位よ」
牛との戦闘中に乱入してきた三角丸太の急所から血まみれの木刀を引き抜いた中宮さんが、ため息交じりにそう告げた。
背後でズズンと崩れ落ちる丸太が背景なのもあって、実に絵になる光景だ。
そしてついに、そう、ついに仲間の一人が十三階位を達成した瞬間でもある。
異世界にやってきて百六日。通常では考えられない早さでの到達だが、中宮さんに浮かれた様子はない。
「やったじゃないか!」
「そっか。ついになんだ」
「リン、もっと喜んだらどうですの?」
クラスメイトたちから称賛の声が上がる中、ティアさんはちょっと不満気だ。
ツンデレの気がある悪役令嬢様は、中宮さんのストレートな笑顔が見たいってところなのだろう。
「だって、ヒルロッドさんは十四階位なんだもの。十三階位は通過点よ」
「それはわたくしも同意しますわ。ですが……、ヒルロッド・キョウ・ミームス、でしたわね」
以前、とりあえず十三階位なんていうフレーズを口にしていたティアさんが、中宮さんの言葉に頷く。
同時に悔しそうにヒルロッドさんのフルネームを持ち出す辺りがティアさんらしい。中宮さんが尊敬している存在、そんな人物に複雑な思いを抱いてしまうのだ。
もちろん我らが滝沢先生は対象外で、むしろティアさん自身が崇拝しているくらいである。
ティアさんに目を付けられたと知ったら、お疲れ顔がデフォなヒルロッドさんはどうなってしまうのやら。
元侯爵令嬢のティアさんと、平民から王国男爵となったヒルロッドさん。さて、パワーバランス的にはどっちが上なんだろうなあ。普通にティアさんが勝ちそうだけど。
「それとティア。わたしたちが階位を求めているのは──」
「帰還のため、ですわ。わかっていますわよ」
敢えてなのかヒルロッドさんの件をスルーした中宮さんは、真面目顔をさらに引き締めて、ティアさんに念を押す。
被せるように答えたティアさんは、さっきまでの不満を引っ込めて邪悪に笑った。
ワガママでその場のノリと気分次第で暴走しがちなティアさんだけど、この点については一切ブレない。
俺的に見た目も言動も悪役令嬢ムーブを完璧にこなすティアさんは大好物だが、こういうところでカッコよさを上乗せしてくるから面白いのだ。ビックリ箱みたいな人だよな。
「ありがとうティア。改めて……、やったわ。わたしは十三階位の剣士よ」
「ですわね!」
ようやく笑顔を浮かべた中宮さんを見て、ティアさんの表情が輝く。悪役令嬢らしくないぞ。
暖かな光景を見守るメーラさんの心中は如何にってところだが、不思議とネガティブさが伝わってこない辺り、守護騎士さんは二人の関係を受け入れているのかもしれない。
「悔しいけれど、凛の勝ちデス!」
「ああ、さすがは副委員長だ」
ひとしきりティアさんと中宮のやり取りを見届けてから、十三階位レースのライバルだったミアと海藤も喜びの声を上げる。
二人の上げた手を中宮さんが軽く叩いていき、そして──。
「おめでとう凛ちゃん」
「……ありがとう、真くん」
委員長と副委員長ではなく、幼馴染モードとなった二人が軽く笑い合った。
そろそろいい時間だし、今日の探索でこれ以上のレベルアップを見ることができないかもしれないが、次回以降の迷宮では十三階位が複数誕生することになるだろう。
そうなればトドメの調整だって必要になってくる。当然細かい指示出しが増えることになるのだが、さほど重荷には感じない。
ほかの連中が十三階位になったらどんな笑顔をしてくれるのか、それが楽しみで仕方なくなるくらい、今の中宮さんは輝いて見えるのだ。
◇◇◇
「温存するわ。【大剣】はわたしには合わないし、そうね……、【剛力】と【思考強化】が本命だけど、それも今ではなさそう」
「凜がそう判断したなら、わたしからは何も言うことはないわ」
隣から中宮さんと綿原さんの会話が聞こえてくる。
現在俺たちは三角丸太の解体中である。
トウモロコシのお値段がどうなるかは不透明だが、四層の丸太は高値が付く。冒険者としての体裁もあるし、ここはキチンと回収すべきだということになったのだ。
本日の迷宮探索も終了時刻は目の前であるし、ここで荷物が増えても行動に問題はない。
心の中ではかさ張る丸太を持ちたくないと思っているメンバーもいるかもしれないが、『丸太担当』の田村と前衛の騎士組が三角丸太二体分、合計六本を担ぐこととなっている。
「みんなには申し訳ないけれど、正直ほっとしているの。五層の魔獣は相手にしてみないとわからないけれど、四層でこれ以上【鋭刃】を使い続けると本来の技が、ね」
「何って言えばいいのかしらね。凛らしい?」
「トウモロコシを相手にするなら有効なのは認めるわ。ちゃんと使いどころは選ぶから安心して。ね? 八津くん」
綿原さんの言うように中宮さんらしい考え方だと納得しかけたところで、会話の弾がこちらに飛んできた。
すぐ近くで聞き耳を立てていればこうもなるか。赤紫なサメも俺の方を向いていたもんな。
そもそも中宮さんは武術家だけあって手加減などお手の物だし、至って真面目な性格だから言っていることはキチンと守るだろう。
四層で経験値の入らない十三階位になったのが中宮さんという事実は、実際助かるのだ。これがミアだったりしたら……、うっ、胃が。
「むしろ遠慮なく木刀を振り回すことのできる【剛剣】の方が性に合うのよね。イザとなったら【剛力】を取ろうかしら」
俺の返事を待つことなく、中宮さんは続ける。
ここで【鉄拳】とか【握力強化】に言及しない辺りが『技』の中宮さんだ。彼女の手から木刀がスッポ抜ける光景なんて、想像できないもんなあ。
つまるところ【豪剣士】ではなく、『異世界木刀使い』としての中宮さんは十三階位を待たずとも、十二階位の時点でほぼ完成していたのだ。
【剛力】こそ今後を考えれば必須かもしれないが、【思考強化】、【鉄拳】、【握力強化】、そして【大剣】を取るまでもなく、中宮さんは現状に納得している。
外魔力で得られたパワーを自分の技術にどれだけ組み込めるのか、それを模索し続けているのが中宮さんなんだよなあ。
であれば、イザという時のために魔力を温存しておくのはアリだ。魔力タンクへの依存度を下げるっていう意味でも、助かる選択となるのだし。
◇◇◇
「足音っ! 多分ジャガイモ」
もうちょっとで解体が終わるかなっていうタイミングで、広間にある扉のひとつを張っていた春さんから魔獣の到来が告げられた。
「間違いないよ。三体!」
反対側の扉を警戒していた草間が駆け寄り、春さんの報告を補足する。
斥候意識が高い系忍者な草間らしい仕事っぷりだ。
「草間、周辺はどうだ?」
「今のところはジャガイモ以外、何もなしだね」
俺の確認に対し、草間の返事は明快だった。まるでゴーサインを出すかのようにヤツの眼鏡が光る。
三層への階段も近いし、時間的にもこれがラストバトルになる可能性が高い。
そんな折にジャガイモが三体とか、美味し過ぎる状況だ。これはもうやるしかないだろ。
「本日最後の芋煮会だ。絶対に成功させるぞ。奉谷さん、【鋭刃】取っちまえ!」
「うんっ!」
勢いに乗った俺のお勧めに奉谷さんは大きく頷いた。
と同時に、寸胴鍋を運んでいたメンバーが中身をぶちまけ、水球が空を舞う。流れるような作業速度に、指示を出す側としてアガらざるを得ない。
「鍋の位置はそこだ!」
俺が指差した場所にふたつの寸胴鍋が置かれ、すかさず笹見さんが操る水で満たされる。
ジャガイモがやってくる扉からは距離を取り、無力化作業をするのには十分なスペースも確保できた。
「奉谷さんが十二になったら、夏樹の番だぞ」
「お先にごめんね! 八津くん」
「構わないから手際よくな」
「うん!」
神剣『エクスカリバー』を手にする夏樹が妙な気遣いをしてくるが、次回の迷宮では俺がジャガイモを独り占めだから気にしなくていいさ。
◇◇◇
「いやあ、ここまで平穏無事な迷宮って久しぶりじゃないか?」
丸太を軽々と担ぎながら凄まじいフラグ建築発言をカマす古韮だが、ここはすでに二層。いくらなんでもここからのトラブルは考えにくい。
最後となった戦闘で、話し合った通り事前に【鋭刃】を取った奉谷さんは見事十二階位を達成した。
しかも俺の読み通り、一体目のジャガイモを倒しただけでだ。
逆に残念だったのが夏樹。残る魔獣のトドメを全部引き受けたにも関わらず、レベルアップは叶わなかった。
ちょっとだけ落ち込んだ夏樹だったが、俺と二人だけ十一階位ということを思い出して気を取り直してくれたのは助かる。こっちは妙に照れくさいけどな。
「本当に何もなかったのって……、『オース組』の人たちに初めてペルマ迷宮に連れて行ってもらって以来、かな」
こちらもまた丸太を担いだ委員長は、苦笑気味な声だ。
古韮や委員長は俺の前方を歩いているので表情は窺えないが、声色でどんな顔をしているのかを想像できるくらいには、俺もアイツらのキャラを把握できている。
「二回目はティアさんとメーラさんと一緒だったけど、『雪山組』の遭難事故か」
「三度目は『黒剣隊』が事故ってたけど、アレはマシだったと思う。俺たちに被害なかったし」
そんな古韮と委員長の会話に、同じ騎士仲間の馬那や野来も加わっていく。
もちろん二人とも丸太持ちだ。
「そのつぎの迷宮泊は……、アレか。アウローニヤの貴族だって難癖付けられたなあ」
騎士職ではないものの自ら『丸太担当』に名乗りを上げた田村もまた、丸太を運びつつ、嫌そうに思い出を語る。
自分たちの出自をごまかすための設定だったとはいえ、確かにアレはキツかった。
そもそもド平民な俺たちの顔を見て、どうやったら貴族関係者だと思えたのやら。『ジャーク組』のアウローニヤ流民たちはそれくらい頭に血が上っていたのかもしれない。
「五回目は『赤組』が大変なことになってて、つぎはトウモロコシを発見。本当に毎回何か起きているよね」
「で、『シュウカク作戦』ときた」
締めのセリフは委員長と古韮だった。
「そうして並べてみると、わたくしとメーラは問題を起こしていませんわね」
「問題という単語の定義次第ね」
「なんですの? リン」
「なんでもないわ」
アニメの総集編の如く、これまでのあらすじ的な会話にティアさんが加わり、中宮さんが当然のツッコミを入れる。
確かにティアさんは迷宮内で問題行動を起こしたことはない。
『雪山組』の遭難事故では自らのレベリングをすかさず放棄していたし、『シュウカク作戦』では俺たちの足を引っ張るからと、置き去りにされることを受け入れた。
そのぶん地上では大騒動を引き起こしていたけどな。
組合長の寿命を縮めてみたり、ニューサルと決闘したり。
「地上への階段でアレだったこともあるだろ? 油断してんじゃねえ」
微妙に緩い空気の中、ヤンキー佩丘がキツい口調で俺と綿原さん、笹見さんがヴァフターに拉致された例を持ち出し諫めてきた。
そしてもちろんヤツも丸太を担いでいる。これにて六本だ。
佩丘はボカした言い方をしたが、勇者拉致事件とヴァフターの恩赦はアウローニヤの女王様が戴冠した式典で公表されているので、素知らぬふりをしているティアさんも耳には入れているだろう。
そういえばあの時、どれくらい素材を運べるかってチャレンジ中だったか。
いかんいかん、俺まで古韮のフラグに協力してどうする。
「佩丘くんの言う通りよ。家に帰るまでが迷宮探索、でしょ」
「はーい!」
綿原さんが緩くまとめれば、迷宮二層に『一年一組』の気の抜けた声が響いた。
気合を入れまくっている時の仲間たちも頼もしいが、ウチの連中はこれくらいの方が俺としては心地いいかな。
◇◇◇
「ふい~」
「沁みるねえ」
湯につかった古韮と野来がおっさんモードになっているが、俺も似たようなものだ。
なんか今日の風呂はこれまでになく温まる気がする。バタバタした感じがなかったからかな。
「冒険者してたよな」
「ああ、冒険者した」
古韮のセリフに俺も乗っかり、お互いに頷き合う。
時刻が夕方の六時ということもあり、ほかの冒険者たちはここにはいない。組合事務所に隣接した銭湯は俺たちの貸し切り状態だ。
「素材を納めて風呂に入る。ついでに鎧を『磨き屋』さんに預けて、ってか」
「よくわかんないけど、冒険者って深いっすね」
「いやいや、藤永も立派に冒険者だぞ?」
「そうっすか?」
しみじみと語る古韮にチャラ男な藤永が首を傾げるが、半分くらいしか伝わっていないだろうなあ。
普通に迷宮に入り、ちゃんと狩りをして素材を納め、そして風呂。たったこれだけことなのだ。
芋煮会とか冒険者がやっちゃいけないことをしていたのには目をつむり、今は悦に入るべきだろう。
◇◇◇
「お待たせ」
「待ってないさ」
綿原さんの声に、俺は定番のセリフを被せる。
言ってからしまったという思いもあるが、風呂上りの彼女が頬を少し赤らめているところは眼福だ。メットこそ外しているものの、バリバリの迷宮装備なんだけどな。
ところで周囲の視線、変な湿度を混ぜ込むのは止めてもらえないだろうか。
「さ、事務所に行きましょう。マクターナさんが待ちかねているかもしれないわよ」
「早口だねぇ~、凪ぃ」
茶化してくる疋さんの言葉にプイっと顔をそむけた綿原さんを先頭に、俺たちは事務所への通路を歩く。
中宮さんが十三階位となる大成果と共に、八度目となるペルマ迷宮は終わりを迎えようとしていた。
次回の投稿は明後日(2025/11/30)を予定しています。




