第587話 予想と雑談
「よし。『一年一組』への聴取は終了だ。『白組』に入室するように伝えてくれ」
「このまま続けるんですか?」
さも当たり前といわんばかりのグラハス副組合長の言葉に藍城委員長が聞き返す。
トウモロコシが四層全域に出現すると認識すべき状況で、落ち着き払って事情聴取を続けるっていう度胸には確かに恐れ入る。
けれどもまあ──。
「想定していた事態でしかないからな。注意勧告の手筈は整っている。冒険者たちの覚悟もだろう?」
そう。さっきまでの疲れを感じさせずにニヒルに笑う副組合長の言うことは、もっともなのだ。
一度新種が生まれてしまった以上、それが継続しないなんていう予想は温いどころか甘すぎる。ラブコメとは違う意味で口から砂糖がこぼれそうな程にだ。
およそペルマ迷宮に挑む全ての冒険者が、それこそ四層に到達していない人たちだってこうなるだろうと思っていたはずだ。
もちろんそれは俺たち『一年一組』も。
「コトが動き出せば各組への通達は即時だ。迷宮に入っている冒険者には、組合の部隊が出動する」
さっさと元いた席に戻った副組合長は、俺たちに短く語った。
時刻は昼前。『シュウカク作戦』の余韻もあって四層を巡る冒険者は普段よりも少ないものの、それでも皆無ではない。地上で騒いでいるよりも、そちらへの伝達が重要だ。
組合の戦闘部隊の皆さんは大変だろうけど、一部に伝えればそこから先はリレーしたっていい。情報自体は単純なモノなので、伝言ゲームになって困るってこともないだろう。
「『一年一組』には伝える手間が省けたな」
ヒラヒラと俺たちに手を振るグラハス副組合長は、既に手元の資料に目を下ろしている。『一年一組』はすでに用済みってことだ。
「マクターナさん。戻ってから話し合いますが、僕たちは予定を変えないと思います」
「みなさんなら、そうなのでしょうね」
「お忙しいでしょうから、こちらから何も連絡が無ければ予定通りということで」
バタバタと動き出した一部の組合職員を眺めつつ、委員長はマクターナさんに声を掛けた。
『シュウカク作戦』から中二日となる明日、俺たちが迷宮に入るという予定はマクターナさんに伝えてある。
委員長の言葉はそれの再確認でしかない。
「わかりました。しっかりと準備を整えて、万全で挑んでください」
「はい!」
『一年一組』の専属担当から贈られた励ましに俺たち五人は揃って頷く。
「行こう。みんなと話して、準備をしないと」
腰に手を当てた委員長が伸びをしながら、こちらを振り向く。
だよな。結局俺たちは迷宮に挑むしかないんだ。
◇◇◇
「もう一日だけでも様子を見るってのはどうだ? せめて現状の『配分』くらいは知っておける」
談話室でみんなが思い思いに座る中、皮肉屋だが現実主義者の田村が口を開く。
作戦本部の扉で出番を待っていた『白組』のサーヴィさんたちに声を掛け、一階ロビーで情報収集班と合流した俺たちは、真っ直ぐに拠点に戻ってきた。
だからといって慌てることもなく、まずは昼を食べて落ち着いてから、こうして明日の迷宮について話し合いを始めたところだ。
これまでトウモロコシが四層で普通に発生する可能性について幾度か話し合ってきたけれど、すでにいくつも想定が挙げられ、皆で共有はできている。
その中でも最悪な想定は、一昨日の『シュウカク作戦』みたいな密度の高い群れが四層全域に及んだらどうするか、って感じだ。
さすがにトウモロコシが三層に登ってきたらとか、追加で爆裂種が登場したらなんていうのはネタ枠だな。
「イザとなれば尻尾を巻くだけだ。中途半端はマズいって」
「そりゃそうだがよ」
難し気な顔をする田村の肩を、ピッチャー海藤が強めに叩く。
田村は嫌そうにしているが、この件については海藤の言っていることが真っ当というのが俺の感想だ。明日一日待ったところで、じゃあ明後日はっていう、実に単純な理屈だな。
だから俺たちはとりあえず潜り、様子を見つつ臨機応変に対応という方針を固めている。田村のは半分グチみたいなものでしかない。
問題は撤退も含めた戦況判断が俺の肩にのしかかるってくらいか。責任が重い。
「海藤こそ、装備の方はどうなんだ?」
「明日の朝までに四本から五本だ。減るのは仕方ないさ」
重圧から気を紛らわせるように海藤に話を振るが、返ってきたのは昨日と同じ内容の返事だった。
繰り返しの問い合わせで申し訳ないが、ちょっとした気分転換だと思って付き合ってもらいたい。
ミアの鉄矢は規格品なので、『スルバーの工房』に不義理を詫びれば幾らでも補充はできる。というか、実際に相談したら別の工房を紹介してくれたくらいだった。
そして海藤の短槍は昨日の時点で、ジンギスカン鍋バックラーなど後回しで構わないから超特急でとお願いしてある。
【風騎士】野来の新装備も案としては浮上しているのだけど、それはもう完全に未来の話か。
「メイスの補充も何とかなるけど、今回はアウローニヤから持ってきた予備を使うってことでいいな? 街で仕入れたのはちょっとずつ大きさが違うから、各自で練習しといてくれ」
「さすがは『装備班長』。きめ細かいことで」
「そうだよ。道具は大事なんでな。『丸太班長』」
俺に気遣うように付け加えた海藤に田村が嫌味ったらしく絡むが、『装備班長』は軽く流してみせる。
ペルメッダに来てからこちら、俺たちは装備についての扱いを個人の判断に任せてきた。絶対的な自己責任というわけではなく適度に相談しながら、それでも自分の装備くらいはちゃんと面倒をみることができなければっていう意味で。
もちろんこれからも使用者本人の意思を尊重することには変わりないのだが、『シュウカク作戦』で大量の装備を失ったり損傷したのを受けて、工房への窓口をある程度固定した方が早いんじゃないかという意見が出たのが昨晩。
で、新たに『装備班』が結成されたのだ。
メンバーは班長となった海藤とアーチャーのミア、そしてミリオタの馬那。要は消耗品が多いメンツにこういうのが好きなヤツを加えただけである。馬那などは自分の装備を磨くのが趣味なんじゃないかっていうレベルなのだ。
三名の性格もあって全員が快諾してくれたのが印象的だった。ミアなんて大喜びだったもんなあ。
もちろん今後はこの三人だけで『スルバーの工房』を行き来するなんてことにはならない。
野来のカスタム盾の件も含めて、都度メンバーは増員されるだろう。俺だってジンギスカン鍋バックラーの関係者なんだし。
「メーラさんも、よろしくお願いするす」
「はい」
年上相手だと語尾がおかしくなる海藤は良い笑顔でメーラさんにも声を掛けた。
そう、驚くべきことにメーラさんは『装備班』のオブザーバーに就任したのだ。他薦でだけど。
メーラさんの背中を押したのは、当たり前だがティアさんだった。
『装備の保守ならばメーラが適任ですわね』
ナチュラルなのか、それともメーラさんを『一年一組』に溶け込ませたいという思惑があったのか、ティアさんはそう言ってのけたのだ。
もしかしたら神剣『ムラマサ』騒動でのメーラさんの行動に、ティアさんも思うところがあったのかもしれない。もちろん悪い意味ではなくだ。
守護騎士出身のメーラさんは装備のメンテナンスに造詣が深く、こと防具に限ればウチのクラスの誰よりも上であることは間違いない。
ティアさんとメーラさんが『一年一組』に加入してまだ五日。二人は基本的にペアとして扱ってきたが、いつかは戦闘以外の実生活でも役割を、なんて考えていたところでこれだ。
海藤とお姉さん騎士の組み合わせって……。よし、次回のアウローニヤへの手紙のネタに使えるな。
それはさておき、どうやらティアさんもメーラさんを出汁に『係』を欲しがっている節もあるし、俺としては買い物や交渉などでの活躍を期待している。それと書類関連の助言とかも。
元侯爵令嬢でもあるし、ペルマ=タの市街では人気者だから、そういうのに向いていると思うんだよな。
悪役令嬢とウチの委員長、ついでに聖女な上杉さんを交えた折衝とか、食らう側を想像したら膝が震えそうだよ。
◇◇◇
「僕としては現れた数が気になるかな」
「四体って言ってたわね。わたしは妥当に感じたけれど」
「そう。妥当なんだ。このまま推測の範疇なら助かるね」
ウチらしく話し合いと雑談の中間みたいな会話の中、組合で俺をイジメた時と違って真顔な委員長の言葉に綿原さんが合わせていく。
ちなみに俺のあだ名については、昼食中に『ペルマの賢』とか言われたことをたっぷりとネタにされた。『ペルマの拳』を狙っていたティアさんに羨ましがられたが、フィルド語では『賢』と『拳』は音が違うから一安心……、じゃなかったんだよなあ。
日本語ならっていう前提までくっつけて、イケメンオタな古韮が解説をカマしてくれたのだ。
古韮を含めた一部の連中はティアさんを焚きつける遊びを好んでいるが、俺を餌にするのは勘弁してほしい。
まあ、生真面目な中宮さんと暴れん坊なティアさんの組み合わせは、俺的には中々の推しだから、アリといえばアリなのだけど。
「少ないって思っちゃうよな」
「新区画のアレを経験するとね」
「ジワジワ増えてく感じなのかな」
「だからって、油断するんじゃねえぞ」
「あらシュンペイ。わたくしに油断はあり得ませんわよ」
「そ、そうか」
イジりはさておき、トウモロコシの出現数についてクラスメイトから好き勝手な声が上がる。
俺としては古韮の言う『少ない』という考えに賛成だな。
それと佩丘、せっかくの強面なのにティアさんの押しに弱くないか?
「数、か」
委員長が持ち出したキーワードを、俺も口に出して反芻する。
既存の区画にもトウモロコシが登場するようになることを前提として、ではどれくらいの数となるのだろうかという議論は、さっき田村が懸念していた最悪のケースも含めて行われてきた。
話し合いを主導したのは理論で語るスタイルの委員長、田村、上杉さん。佩丘あたりはクラスでトップを張れるくらい勉強ができる方だけど、こういう話題にはあまり口を出さない。明らかな間違いとかにケチをつけるくらいか。
もちろんティアさんたちを含めた仲間の全員が参加して意見を交わしたのだが、一番あり得そうなケースは従来の魔獣と同じくらいの頻度に落ち着くのではないかという予測だ。
俺たちは三度、魔力部屋の消失に立ち会ったことがある。ここに一回か二回という想像を加えれば、五度とも言い換えられるか。
一度目はアラウド迷宮一層でのシャケ氾濫だ。
シシルノさんが見つけた魔力部屋の魔力が消え、扉が現れた。で、そこからシャケが大量に溢れ出してきたのだが、そこに一回分の想像が混じる。
つまりシャケの設計図を作り出した魔力消失は、門が生まれる前に起きていたということだな。俺たちに観測できるずもない。
二度目となるのはこれまたアラウド迷宮三層での珪砂部屋への扉。これについてはそれだけの話だ。
そして三度目がトウモロコシの設計図が創造されたと予想できる魔力部屋の消失。この現象が起きるちょっと前には、『オース組』のフィスカーさんたち『黒剣隊』が発見した新区画への扉が生まれているので、たぶんここでも一回だ。
「どうしたの? 考え事?」
「いや、自分の中でまとめてたんだ」
「トウモロコシのことだよね」
「ああ」
腕を組んで考え事をしていたのが目に入ったのだろう、一個だけ石を浮かばせた夏樹が話し掛けてきた。
談話室はすっかり雑談モードだな。好き勝手な席の移動まで始まった。
誰かがまとめを宣言するまで、おおよそこんな感じが続くことになるのが一年一組のパターンだったりする。
「だったら付き合うよ」
「助かる。魔力部屋が消える時には二つパターンがあるってことでいいよな」
「えっと、扉が増えるのと、新しい魔獣の……、たぶん設計図だよね」
俺の親友たる夏樹は、こういうところで付き合いのいいヤツだ。素直な返事が持ち味である。
せっかくだから言葉に甘えて、対話形式で状況の再確認としゃれこんでみるか。
「そうだ。既存の魔獣が発生する程度じゃ、魔力部屋は無くなったりしない」
「委員長たちの考えだと、設計図が迷宮に広がる、だっけ」
そう、夏樹の言うように、俺たちが注目したのは一度目のシャケ氾濫だ。
アラウド一層のシャケ氾濫は一年一組とヒルロッドさんたちミームス隊、そして運び屋のおじさんたちによって討伐された。あの時こそ、一年一組が俺を指揮官としての初戦闘だったのだが、今になって振り返ってみれば小規模もいいところだったなあ。
その後、少し経ってから一層全域にシャケは広まった。局所発生するわけでもなく、ネズミやタマネギと同じように、ランダムで。
「場所が四層で、魔力が増えてるのがなあ」
「一度に四体とかなら普通だよね。っていうか少ない?」
俺が口にした懸念を吹き飛ばすかのように、夏樹は可愛らしく首を傾げる。夏樹は男だ。念のため。
現在ペルマ迷宮四層は絶賛魔力が増加中で、『魔獣溜まり』と呼ばれる複数の種と戦うことになるケースが散見されている。
そこにトウモロコシが加わるとなると中々厄介な話ではあるのだけど、配分次第では俺たちにとって相性がいい魔獣の比率が増えることも意味する。
これこそが俺たちにとっての勝算だ。
「新区画みたいに八割がトウコロコシっていうのは考えにくいかな。四体って聞けば少ないけど、ワリと妥当な数字でもある」
「最初だけドバっと出てきて、それからは、えっと……」
「小型がたくさんで、大型は少な目っていう、基本的な配分に従うんじゃないかってことだな」
「そう、それ」
魔獣の危険性を語っているにも関わらず、夏樹はいい笑顔になっている。
後衛職となったメンバーは性格的にどこか争いに引け腰だったが、最近ではそうでもない。それがいい傾向なのかは置いておくとしてだ。
強気になったというよりも、異世界に慣れてきたことで本来の性格が戻ってきたんだろうなっていうのが俺の感想だったりする。
明るい夏樹などは最たる例だ。綿原さんのパフォーマンスはサメブーストが掛かっているので、日本に戻ったらどうなるのやら。
「トウモロコシは強さなら中型から小型……、白菜やサトウキビと同じくらいだから、三体から多くて十体くらい、だっけ」
「あくまで予想だけどな。ペルマ迷宮の魔力が増えているから、全体の数が増える可能性も高いし、田村はソレも気にしてるんだろう」
夏樹が指を折りながら、俺たちの予想するトウモロコシの出現数を口にする。
いろいろ想定こそしてはいるものの、結局は目の前にしてみないとっていう結論になってしまうんだよなあ。
だけど俺たちは、それでも考えて、話し合うことを忘れない。想定外を想定の内側にしておくために。
「それにしても夏樹」
「なに?」
「上手くなったよな。石の扱い」
「でしょ! 一個だけならこれくらいはできるよ」
俺のセリフを聞いた夏樹が嬉しそうに石の動きを複雑にさせた。まるでアニメの遠隔誘導兵器みたいだな。
さっきからの会話のあいだにも、夏樹の石は俺たちの周囲を自由自在に飛び回っていたのだ。
夏樹は【視野拡大】と【視覚強化】を持っているが、だからといって頭のうしろをくるりと回すなんていうのは、魔術のルール的には高難易度となる。
アウローニヤでヴァフターに拉致された時に【熱導師】の笹見さんや【鮫術師】の綿原さんが目隠しをされたように、視界が通らない範囲での魔術行使は精度に欠ける。要は当てずっぽうなのだ。
「ぎゅって握りしめる感じなんだよ」
「うん、俺にはわからないかな」
トウモロコシ談義はどこへやら、夏樹は両方の拳を胸の前でニギニギしている。いちいち仕草がなあ。
さておき、夏樹の石は視界の外でも動きが悪くはなっていない。【観察】と【目測】を使えば微妙な差が捉えられるかな、っていうレベルだ。
綿原さんのサメ捌きも凄いと思うが、夏樹も大概なんだよな。
それから数分、俺は石を躍らせる夏樹を褒めたたえることになる。
◇◇◇
「まあなんだ。忙しくなってきたな」
「ああ。魔獣が増え過ぎる前に十二階位を目指すさ」
ひとしきり話し終えた夏樹が姉の春さんのところに移動してからすぐ、隣にやってきた古韮がイケメンスマイルをこちらに向けてきた。
ここであだ名の件を引っ張るほど狭量ではないので、俺は余裕の態度で返事をしてみせる。まあ、ああいうじゃれ合いを引きずらないのが一年一組なのだということは、俺も理解しているし。
「俺さ、十三階位になったら……」
俺ではなく雑談の輪の向こう側にいる上杉さんを切ない眼差しで見つめながら、古韮が戯言をぬかし始めた。何かと思えばフラグ建設ごっこかよ。
「【握力強化】を取ろうと思ってるんだ」
「それはいい考えだ。俺は十二になっても、【身体操作】は難しそうだなあ」
そんなネタに誰が乗ってやるものか。お返しに俺は、自身の切実な想いを言葉にしてやった。
つい一昨日の戦闘で【鉄拳】を取ったからものだから、俺の【身体操作】は遠のくばかりだ。このネタ、いつまで引っ張るんだろうなあ。
「俺としても【霧術】を取ってみたいんだけど」
「内魔力が増えるアイテムとかあったらいいのにな」
「微妙にテンプレ外してくる世界には困ったもんだ」
流れるように異世界テンプレ談義に移行してしまうのが、俺と古韮だ。
「ほらほら、楽しそうな会話だけどそういうのは自由時間に、でしょ」
そんな空気を楽しんでいたら、いつの間にか俺と古韮の背後に立ちはだかっていた綿原さんが、やや蔑みがちな視線をこちらに向けていた。
青いフレームをしてメガネ越しの冷たい目が俺をゾクゾクさせてしまうことを、彼女はどれくらい理解しているのだろうか。
「心外だな。俺と八津にとっては必要な──」
「いろいろ思うところはあるでしょうけど、そろそろいいかしら。明日、迷宮に入るのに賛成する人は挙手」
「おーう!」
綿原さんの声を受け、気の抜けた返事と共にパラパラとクラスメイトたちが手を挙げていく。
古韮の抗議の声は、完全に無視された。ざまぁ展開だな。
「『シュウカク作戦』で十二階位は十分に経験値をもらったから、今度は後衛。残った六人の十一階位を十二に引き上げる。いいわね?」
「うーっす!」
自身を含めて二十四本の挙手を見届けた綿原さんがまとめにかかる。
二日前の迷宮では俺も含めて後衛の十一階位組は経験値を稼ぎそこねたからなあ。
明日は精々優遇してもらうとしよう。
「じゃあ夕食までは自由時間。組合への報告は……、必要なかったわね」
綿原さんの横に並び立った風紀委員な中宮さんが午後の予定を告げる。この二人が揃っていると得も言われぬ迫力があるよなあ。
さて自由時間か。腹筋でもしようかな。
◇◇◇
「昨日の時点で群れと表現できるような事例はありません。新種の出現も一度に多くて六体から七体程度ですね。他種との混在は二件報告されています」
翌日午前十時。冒険者の出陣としては遅い時間に組合事務所でマクターナさんから教えてもらった情報に、俺は心の中でガッツポーズだ。
というかロリっ娘な奉谷さんは両手を上げて喜んでいる。こういうのって、彼女だからこそ許される態度だよな。
迷宮四層の広範囲でトウモロコシは出現しているものの、『シュウカク作戦』時のようにアホみたいな数が一度にって状況でないことは確定した。もちろん昨日時点では、という条件が付くけれど。
「手頃、ではあるよな」
「煮込み甲斐があるねえ」
「そういう反応をすることができるのは『一年一組』くらいですね」
「あ、ごめんなさい!」
俺たちのお気楽な態度を見て苦笑とお叱りの中間みたいな口調になったマクターナさんに、奉谷さんがズバっと頭を下げる。
「いえ。そうそう、バスタ顧問からの言伝ですが、トウモロコシを茹でると──」
そのお陰で毒気を抜かれたのか、朗らかな笑顔に戻ったマクターナさんがトウモロコシの追加情報を教えてくれる。
トウモロコシについて語るマクターナさんの視線が向かう先は俺たちが担ぐ迷宮用寸胴鍋だ。
今回は新たな状況を受けて、様子見を兼ねた日帰りなので、バーベキューセットはオミットされている。迷宮内での軽い食事は寸胴での煮込みと、俺の左腕に装備されたジンギスカン鍋バックラーが仕事をすることになるのだ。
お湯使いの笹見さんが意気込んでいるように、今回の迷宮ではとにかく煮込み戦法を多用する予定となっている。
さあさあ、後衛の階位を上げてやるぜ。
「あっ、そうだ、マクターナさん。短槍を値下げしてもらったので、明細が変わります」
「そうですか。シライシさんは律儀ですね」
「こういうのはちゃんとしないと、だから」
会計の白石さんの伝達事項を聞いたマクターナさんが、呆れた風に笑う。
こういう細かさは冒険者らしくないってことかな。組合からの補填を値切っているようなものだし。
海藤の短槍だけでなくミアの剛弓と鉄矢、特注のジンギスカン鍋バックラー、短剣のメンテナンスと、『スルバーの工房』にはお世話になっている。
裏を返せばあちらから見た『一年一組』は短期間でカスタム品を大量発注してくれる、大のお得意様ということになるのだ。
で、今日の朝イチで受け取ってきた短槍が一本四万ペルマに値下げされた。元が五万だったので、いきなりの二十パーオフだ。
工房長であるオスドンのおっちゃん一人で作る体制を改め、数名いる職人さんたちに一部のパーツを任せるようにしたら制作時間の短縮になったのだとか。
雑談に混ぜ込む感じで海藤が分業を提案したらしいけど、オスドンさんが頑固一徹タイプじゃなくて良かったな。
「どうしたの、八津くん」
「あ、いや。海藤の装備が間に合って良かった、ってな」
白石さんが口頭でマクターナさんに修正を告げ終わったタイミングで、肩にサメを乗せた綿原さんが俺の顔を覗き込んできた。
「そ。じゃあそろそろ」
「ああ。みんな行けるか?」
「さあさあ、新装備のお披露目だ」
綿原さんに促され出陣の確認をしたら、古韮が誕生日プレゼントにもらった大盾を誇示するように振り上げる。
「よっし、なら古韮が出撃コールだ」
「おうよ。『一年一組』、レディーゴー!」
「おう!」
「リン、リン、『れでーごー』とはどういう意味ですの?」
「えっと、それはね──」
せっかくなのでコールをお願いしたのだが、古韮の叫びはティアさんと中宮さんの毎度なやり取りを誘発する内容だった。
古韮め、絶対狙っただろ。
こうして八度目になるペルマ迷宮チャレンジがスタートした。
次回の投稿は明後日(2025/11/26)を予定しています。




