第584話 彼の者の処遇
本日の投稿で二周年となりました。いつもお読みくださりありがとうございます。
「当初は惰弱な者などは不要と、うそぶいてはいたのです。ですが……」
「理解できる話です」
ハルス組長代理の言葉に藍城委員長が憐れむかのように相槌を入れるが、それは組員とニューサル元組長のどちらに向けてなんだろう。
というかそこで理解ってフレーズが出てくる委員長が怖い。
冒険者マニアな古韮や野来の調査によると、貴族系クランでは実家から指名依頼の名を借りた資金援助なんていう抜け道が使われることもあるらしい。
無理やり過ぎるのは組合に弾かれるようだが、必要かも怪しい実家の警備や若い貴族子弟のレベリングなんていうのは名目も通るしなあ。中抜きをしている組合としても、金づるではあるのだし。
つまり資金面で困ることがあまりないのだ。そんな境遇で高貴な血を持つ冒険者でございと生活できるのなら、それはそれで心地いい人生なのかもしれない。
そんな組に四層どころか五層を目指すなんていう者が加入し、しかも組長になってしまったらどうなるか。
「残留を選択したのはニューサル子爵家に連なる者のみとなってしまいました」
「家の都合で残ってはいても、全員が組長の方針に従いたいとは思っていない……」
「はい」
元副長と現副長同士の会話が続く。なんか応接室の空気が重たいぞ。
バックグラウンドを知るのはやぶさかではないけれど、言葉の中にハルス組長代理の心情が込められすぎていて胃もたれしそうな対談になってきた。
よくもまあ委員長も付き合っているものだ。さっきからところどころで茶々を入れているティアさんは、悪い笑顔で聞く側に回っているし。
俺のスタンスとしては、ニューサルへの悪印象も含めて組員たちの側かな。
逆に、一般的な冒険者たちに受けそうなのはニューサルの気概の方だろう。昨日の『シュウカク作戦』に参加した精鋭たちなどは、あれだけ大変な目にあっても四層への挑戦を諦める様子などなかったし。
これって要は、エンジョイ勢のコミュニティにガチ勢が入り込み、よりにもよってトップの立場になってしまったという、お互いに不幸なケースだ。
対戦ゲームなんかが代表的かもしれないが、複数人が参加するタイプの遊び場には、大抵の場合方向性で派閥ができる。
アウローニヤで見てきた政治的な派閥とかに比べればチンケなものかもしれないが、楽しんでいる人たちにとっては死活問題だ。
性格や意気込みに違いがあっても帰還という絶対の目標を持つ一年一組が結束できているだけに、こういう不幸な行き違いがとても悲しく感じられる。
仲良くしようとしたところで、そもそものゴールラインが違えば、集団というモノはアッサリと崩れていくのだろう。
「ですが二層や三層の素材だって、立派に需要がありますよね」
「はい。そう諭したこともありました。ペルマ=タのみならず、ペルメッダ全体の食と産業を担っているのは、四層ではありません」
委員長の問い掛けにハルス組長代理は深く頷きながら答える。
これまた『シュウカク作戦』の熱にやられてマヒしがちだが、四層素材は本来高級品だ。
肉なら羊や豚、ウサギ、カエル、ヘビ。魚であればタイ。野菜ならレタスにトマト。果物は青リンゴ。この辺りはペルマ=タの食卓における定番となっている。
そして何より塩、木材、鉄、そしてペルマ特産の銅は二層と三層で得られているのだ。
全ての冒険者が四層に挑んでこれらの採集が滞れば、国が回らない。
超少数精鋭主義である『赤組』、もしくは訳ありの『一年一組』みたいな例外を除き、多くの組は二層から四層までに満遍なく隊を送り込んでいる。それがペルマのやり方なのだ。
そう、だからこそ俺はエンジョイ勢……、ではなく二層と三層で活動する冒険者を絶対に否定なんてできない。
そんな場所で必死に戦うアウローニヤの流民たちすら思い出してしまうんだ。
「ここ数か月はまだ良かったのです。主力の『ニューサル隊』が四層を巡り、残る隊は三層で鍛えつつ、いつかは四層を目指すという方針でお互いに妥協できていました」
「あっ!」
説明を続けるハルス組長代理だったが、小さな俺の叫びで会話が止まる。
もちろん全員の視線が突き刺さるのだが、それどころではない。
「だ、だけど、四層の魔獣が増えてしまった」
俺の声は震えていただろう。
ペルマ迷宮の四層に『魔獣溜まり』が散見されるようになってそろそろ十日。それに対応するための臨時総会で、俺は何と言った?
間違いなく当時のニューサル組長やハルス副長が参加していたはずの場で。
「俺が隊の人数を増やせって──」
「ヤヅさんがそんな顔をする必要はありません。貴方の提言は組合も認めている正当なものです。強制などしていないではないですか」
少しだけ声色を優しくしたハルス組長代理は、俺のせいではないと断言する。
「人数を減らしてしまっていた『ニューサル組』は、現在の四層で戦える冒険者集団ではなかったということです」
自嘲を込めたハルス組長代理の言葉で、場が静まり返った。
「……それでもユイルドは四層での活動を諦めるべきではないと主張しました。そんな組長の考えに対し、組員たちは連名でニューサル子爵家に嘆願したのです」
「組長の翻意か交代を、ですか」
「はい。いかに組長の権限が強いとはいえ、組員たちの心が他所を向けば組は立ち行きません。そして『ニューサル組』は
組長に強くもの申せる存在がいるのですから」
少し間をおいてから再び口を開いたハルス組長代理に、委員長が合わせていく。
これが冒頭で語られた、ニューサルが組長の座を追われる予定だったという流れか。
ほぼ間違いなく、ニューサルは親である子爵からのお叱りを撥ね退けたのだろう。むしろ意地になってしまったまである。
心の底から思うわけじゃないけど、それでも哀れなものだな。
「で、わたくしですのね?」
「はい。姫様が冒険者となられたことを知ったユイルドは……」
「その先は必要ありませんわ。気分が悪くなりますもの」
全員に理解が及んだタイミングで、珍しくもティアさんが苦笑を浮かべる。
四層どころか組長の座すら危うくなったニューサルは、そこで『一年一組』にティアさんとメーラさんが加入したことを知ってしまった。
本人は貴族らしくとか青い血とかのたまっていたが、要はティアさんを看板にしてほかの組から四層で戦える人員を集めたかったのだろう。あるいはティアさんを引き込むことで実家の子爵家を牽制する気もあったのかもしれないが、それは暴く必要のない闇だな。
事実ティアさんは貴族はさておき国軍兵士からの人気は高い。
いや、貴族出身の冒険者からしても、婚約破棄されたティアさんは十分狙い目だ。侯爵令嬢のままなら手出しできなくても、同じ冒険者であれば、あるいは。
そんなティアさんを副長あたりに据えれば、『ニューサル組』は飛躍できるとニューサルは考えたのだ。
瀬戸際まで追い込まれたあのバカは、イチかバチかで決闘騒動まで引き起こし、全てを失った。
「『手折れ』、でしたわね」
「姫様のお手を煩わせたことを申し訳なく思っています」
冷たい声色のティアさんが、ハルス組長代理が以前こぼしたという単語を口にする。対して組長代理は、何度目になるかもわからない謝罪の言葉だ。
ニューサルだけでなく、ハルス組長代理も哀れだよな。本人は組長の暴走を止められなかったと責任を感じていたけど、仮にも自分の弟子みたいな存在がここまでのやらかしをしたんだ。
「ですが現状のペルマならば十三階位の騎士職など、引く手あまたでしょうに。冒険者を諦めるなどとは」
続けたティアさんのセリフには若干の嫌味が込められていた。全くもって、どこまでも悪役令嬢だよな。
貴族出身を笠に着たニューサルは、元々冒険者界隈で良い噂を持っていない。
そこにきてティアさんとの決闘が衆目に晒されたのだ。結果は急造十二階位の拳士に惨敗。これじゃあ四層で戦う組で引き取るところがあるかどうか。
ふと『担い手』のサメッグ組長の顔が脳裏に浮かぶが、ニューサルの態度がなあ。
「正直に申し上げれば、ユイルド自身は納得していません。故になのです」
「あらまあ」
苦渋の表情となったハルス組長代理の言葉にも、ティアさんはむしろ嘲りムードだ。扇を持っていたら、広げて口元に持っていっただろう。
結局ニューサルは『ニューサル組』の組長であることにこだわり、実家に引導を渡されたのか。
「彼は南部方面軍、山岳警備隊に配属されると聞きました。任期は最短で三年」
「最精鋭……、ですわね」
追加された情報で、今度はティアさんの表情が改まる。
山岳警備隊って地球でも聞いたことのあるフレーズだけど、そんなに凄いのか?
「ウィル兄様の引きですわね?」
「おそらくは」
「なるほど。ニューサル子爵が泣きつき、ウィル兄様が……。あら、説明が必要の様子ですわ」
勝手に納得したティアさんが、俺たちを見渡し意地の悪い笑顔を浮かべた。
メーラさんはさておき、滝沢先生と委員長は首を傾げていたものな。もちろん俺も。
「南部方面軍に属する山岳警備隊は、ペルメッダ国軍の最精鋭ですわ。『実戦部隊』として、という意味も含まれますわね」
「実戦……。帝国?」
「その通りですわ。相変わらずマコトは理解が早いですわね」
委員長の呟きを拾ったティアさんは、邪悪な笑顔で嬉しそうだ。実に彼女らしい。
そんなティアさんにハルス組長代理などはちょっと引いているが、俺たちはもう慣れたものだ。続くセリフを普通に待ち受けることなんて造作もない。
ところで委員長はしっかり理解しているようだけど、実戦部隊という表現が引っ掛かる。
兵士をやっているのだから全員が実戦を想定するはずだし、わざわざそういう表現をするということは、よっぽど特殊な部隊なんだろうか。ペルメッダって今はどことも戦争なんてしていないはずなんだけど。
「ペルメッダ国軍は大きく四つ、北部、南部、東部、そして中央に分けられていますわ。これは知っていますわね?」
「はい」
ノリノリで軍事機密っぽいことをティアさんが語り始めるが、素直に委員長が頷いたように、ここまでは俺たちも知っている話だ。
ミリオタな馬那が張り切って国軍の情報を調べ、クラスの中で情報はある程度共有されている。
俺はうろ覚えだから当然としても、先生と委員長までもがさっき疑問符を浮かべたってことは、山岳警備隊とやらは機密のレベルが高いんじゃないだろうか。
「中央軍は言うまでもなく、ここペルマ=タと西のマードまでを担当していますわ。王城と侯爵家の人間こそ守護騎士の所轄ですが、市街や街道の治安は彼らの任務ですわね」
どこか上機嫌なティアさんはスラスラと言葉を並べていく。彼女のことだ、俺たちに解説すること自体が嬉しいのだろう。
などというティアさんの内心はさておき、中央軍の役目くらいは俺でも理解できている。
ペルメッダの首都であるペルマ=タは侯国南西部に位置し、アウローニヤとの国境の町、マードはすぐ傍だ。要するに中央軍は事実上西部方面軍ということになる。
「東部方面軍は開拓者たちを──」
饒舌に語るティアさんによると、東部方面軍は東の開拓地を守り、ついでに手助けもしているらしい。森の中だから、魔獣ならぬ狼とか熊とかの野獣が普通に出てくるのだとか。
アウローニヤの女王様も高階位者を重機のごとく使うべきだと言っていたが、ペルメッダではいち早く導入されていたというわけだ。
ペルメッダに入った途端街道がまともになっていたのもコレのお陰ということだな。
で、北部方面軍は北方の穀倉地帯の守りと魔王国への牽制がお役目だが、現状魔族との諍いは起きていないし、開拓も完了しているのでワリと安全な職場ということになる。
「最後に南部方面軍ですわ。こちらのお役目は明確ですわね」
そしてティアさんは話題の核心に言及する。
「ペルメッダの南部に大きな都市はありませんし、重要な開拓地も存在していませんわ。そこに一軍を据える理由は明白。帝国の侵攻に備えているからですわ」
「侵攻って……、帝国が攻めてくるんですか?」
「あらまあコウシときたら。ショウイチロウやミノリに怒られますわよ?」
剣呑な単語に思わず口を挟んでしまった俺に、ティアさんは馬那と聖女な上杉さんの名を引き合いに出してきた。この場合は聖女ではなく、歴女としての上杉さんかな。
けれどもペルメッダと帝国は巨大な山脈を挟んで交易をしているのだし、警戒するのは理解できても侵攻っていうのはちょっと言い過ぎな気がする……。ん? 山脈?
「二つ指摘しておきますわよ、コウシ」
「あ、はい」
ふと何かが結びつきかけたところで、俺に二本の指を目つぶしのように突き付けたティアさんが、邪悪に笑う。普通は上に向けるべきだと思うんだが。
「あなた方の故郷でどう考えられているかは知りませんが、この世にある全ての隣接国はお互いに潜在的な敵とみなされていますわ」
「それは、わかります」
「ならばひとつ目はここまでですわね」
軽く頷いたティアさんはそこで中指を折り、人差し指だけを俺に向けた。
この手の話については俺も教わったことがある。学校ではなく、こちらに飛ばされてからだけど。
国家に真の友情なんてありはしない、だったかな。上杉さんからは遠交近攻なんて言葉も。
アウローニヤだって友好国であるウニエラ公国やペルメッダに対応するために、北方軍と東方軍を構えているのだ。
もちろん国内の治安維持という意味の方が大きいのだろうけど……、東方軍のチンピラ兵士はそれすらアレだったのを思い出すなあ。
「ではもうひとつ──」
人差し指を折りたたんだ握りこぶしを演技っぽく胸の前に寄せたティアさんが邪悪に笑う。
「今現在、ペルメッダは帝国に攻め込まれている最中ですわ」
「え?」
仰天の内容に俺の声が裏返りかける。これって俺が聞いてもいい話なのか?
ついでにティアさんなんだけど、瞳に嗜虐の色が浮かんでいる気がする。なんかこう、楽しそうに目を細めてるし。
「国家間の抗争とは、軍によってのみ行われるものではなくてよ」
ニチャっと音が聞こえるかのように口の端を釣り上げたティアさんが言葉を紡ぐ。
「密入国者やら賊やら、密偵、ゴロツキ兵士、商人に扮した武装集団。さて、彼奴らは個の意志で動いたのか、それとも国の指示の下にいたのか。そろそろコウシにも見えてきたのでは?」
「そう、ですね……」
ティアさんが並べ立てた厄介事は、言われてみれば確かにその通りだ。
ペルメッダへの旅路の中で、俺たちは似たようなケースを経験している。
アウローニヤでは国が主導していたわけではなかったけれど、確かにそんな血生臭さを含むトラブルは存在しうるのか。
委員長がすぐに悟った答えに俺が至るために、これほど言葉が必要だったとは……。なんとも情けない話だ。
最早ただの笑みではなく、俺を嘲笑うかのような表情をするティアさんに、頭から呑み込まれたような気分になる。
「ましてや現状、帝国は次期皇帝争いの真っ最中。帝国が自ら帝国を貶める行為すら起きていますわよ。コウシとて先日の捕り物劇は憶えていますわね?」
「それくらいにしてあげてください」
「先生……」
こちらを追い詰めるかのように語るティアさんを止めてくれたのは、【冷徹】を解除して困った表情を作る先生だった。
俺にできるのは情けない声を出すことくらいだ。
先生もまたアウローニヤで農民に襲われかけたことや、チンピラ兵士とのトラブル、流民冒険者たちなどを思い浮かべたのだろう。
委員長も苦笑程度で堪えているが、表情は芳しくない。
「……タキザワ先生がそう仰るのなら」
「南部方面軍の山岳警備隊はそれらに対応するために『実際に戦っている部隊』。だからこそ精鋭ということですね」
「そうですわ。現状のペルメッダ国軍において最も危険で、そして誉ある部隊。ウィル兄様らしい処遇ですわね」
俺たちの雰囲気から何かを汲み取り、邪悪な笑みを引っ込めたティアさんが、真顔で先生の言を肯定する。
帝国が指示しているのかもあやふやな賊を、ペルマ盆地に入る前に山中で対処する部隊。それが山岳警備隊ってことか。
そんな危険な部隊にニューサルは最低でも三年、放り込まれる。
だがティアさんは『誉』とも言った。任期を務め上げた暁には、ニューサルは一人前の兵士として国に必要な人材として扱われるってことだ。
国軍のトップであるウィル様の裁定は、苛烈ではあるものの救いの道を残している。これで安全な任地とかに回したり、実家で飼い殺しにしたら、あのニューサルの性格ならば腐っていたかもしれない。
すっかり会話に参加させてもらっていないハルス組長代理も納得はしているようだし、悪くない処遇ってことなのかな。
妹さんの頬を斬られたと知ったウィル様は、どんな想いでこの判断を下したのだろう。
「とはいえ、現状の迷宮を鑑みれば、何とも言い難いところではありますわね」
会話が一段落したかと思ったところで、ティアさんがため息交じりに首を横に振る。
今頃迷宮四層で戦っているはずの侯王様やウィル様のことを考えているのは明白だ。
ペルメッダの国軍は一部の例外を除き、基本的に迷宮をパワーレベリング会場として扱っている。
十なり十三なり、目的まで階位を上げて必要な技能を取得し、そこからは地上での訓練だ。酔狂な人は五層に挑んでさらに上の力を求めることもあるが、ごく少数となる。
まあ、侯王様のことなんだけどな。
「わたくしも力を尽くし、お父様たちの負担を軽くしなければいけませんわね」
「その気概を持つ『一年一組』を羨ましくも思います」
改めて決意を表明したティアさんを、ハルス組長代理は眩しいものを見るかのように目を細めて評した。
ティアさんだけではなく『一年一組』と表現した辺りは悪役令嬢にツボなんだろうけど、これはおべっかなどではない。
ハルス組長代理は十四階位で元『槍列組』の一員だった。ニューサルの勧誘が無ければ、昨日の『シュウカク作戦』に参加していたかもしれない人だ。
もしかしたら、悔しいすら思っているのかもしれない。
だがこの人は組長代理として、これからの『ニューサル組』を立て直す役を担う。四層を目指さず、三層で戦う組を……。
◇◇◇
「そうそう、わたくしの耳に届いていないということは、ニューサル子爵家についてはお咎め無しということでよろしいのかしら」
「はい。侯王陛下直々のお言葉を頂いたそうです」
「それは重畳ですわ」
念のためにといった風に確認するティアさんに、ハルス組長代理は頷いた。
ニューサルの実家は無事ってことか。
バカ息子が組長になることをわかっていて冒険者として認めたものの、ヤバい状況を知って抑え込もうとはしてくれた家だ。ティアさんが怪我をしたからといって、貴族家と冒険者の区別くらい、あの侯王様ならつけるだろう。
腹の内では実益を取るってのもありそうだけど。
「ニューサル子爵家は国の要。このようなくだらない案件で引っ込まれては困りますの。むしろこき使う方向で償っていただきたいものですわね」
「お言葉、有難く」
ほら、ティアさんだってそういう感じだ。
ここで初めてハルス組長代理が苦笑となる。分家の者として、主家の苦労がしのばれるのだろう。
ペルメッダの子爵はアウローニヤとは異なり、貴族として頂点に近い。
何しろここは侯爵家が治める国で、それ以前は辺境伯領だ。代々の伯爵なんているはずもない。
例外として侯王になれなかった親族が伯爵となるが、それも一代限り。ティアさんが該当するはずだったのだけど、彼女は現在ペルメッダの国籍を持たない。
今この国にいる伯爵様は、二人か三人だったはずだ。侯王様の姉とか妹だったかな。
そういうお国の事情もあって、ペルメッダの子爵はアウローニヤでは伯爵クラスの役職を担うことになる。要は偉い。
武官なら方面軍の軍団長クラスで、文官なら部署のトップだ。ニューサル子爵は守護騎士の頂点ではないけれど、副隊長辺りをやっているのだったかな。
国の重鎮ともなるわけで、不要な混乱を起こさないためにも、お咎め無しはある意味当然だ。
だからといって、本当に昨日までと丸っきり一緒かと言われれば……。ティアさんの言葉はそういうことなんだろう。
ニューサル子爵は侯爵家に対し、結構大きな借りを作ったのだ。
どんな返済内容が待っているのやら。
◇◇◇
「ではここまででよろしいでしょうか。繰り返しになりますが『一年一組』と『ニューサル組』は遺恨を残さないということで」
頃合いを見計らった委員長が会談を終了する方向に持っていく。
内容が重たかっただけに、ちょっとくたびれた感じになっている。気持ちは一緒だよ。
「ありがとうございます」
殊勝な態度でハルス組長代理が再び頭を下げた。これが最後の謝罪になるといいのだけど。
「では最後にこちらを」
そんな言葉と共にテーブルに置かれたソレは、ニューサルが腰にしていた五層素材の短剣だった。
次回の投稿は明後日(2025/11/19)を予定しています。




