第583話 事情を聞かせてもらいたい
「ああコレ、取得コスト重いわ。今は止めといた方がいい」
【霧術】が生えたというイケメンオタにして【霧騎士】の古韮は断言する。
「リン、『こすと』とはなんですの?」
「ああもう。それはね──」
すかさず日本語チェックに走るティアさんと悪役令嬢担当の中宮さんのやり取りはさておき。
「メインスキルっぽいよね。重たいっていうのもそうだし」
「だよなあ。なんで今更って感じだよ」
これまたティアさんが食らいつきそうな単語を使いつつ、文系オタにして【風騎士】の野来が古韮と神授職談義を始めた。
ウチのクラスにいる騎士職は五人。その内二人、【岩騎士】の馬那と【重騎士】の佩丘は順当に堅く、そして力強くなる騎士だ。
対して勇者が勇者である証拠みたいになっている【聖騎士】の藍城委員長と、こちらはしっかりとした資料にも登場する【風騎士】の野来は、魔術併用型の騎士となる。それぞれ【聖術】と【風術】を使えるのが持ち味だ。
では【霧騎士】の古韮は何者なのか。
アウローニヤで文献を漁った俺たちは【霧騎士】という単語を見つけはしたものの、その正体を掴みあぐねているというのが実情だ。
『霧のごとく捉えることのできない騎士』
とか言われても困る。実際、物語にはそう描かれていたのがなあ。
古韮にはすでに【水術】が出ている。
前衛系の神授職に魔術が生えている時点で魔術併用型と推測できるのだが、アイツは現状において力押しの騎士だ。目立つ技能といえば盾に魔力を纏わせて敵の魔力を削る【魔力伝導】。
そんな古韮が【水術】を取っていないのは、まずは騎士として強くなるという理屈に則っている。クラスの半数が後衛術師である一年一組の都合もあって、硬い盾は何枚でも欲しいからだ。
ついでにウチのクラスには、チャラ男な藤永、ポヤっと栗毛の深山さん、そしてお湯にこだわる笹見さんという三人の【水術】使いがいるので、四人目はどうなんだっていうのもあるな。
「俺としては謎の騎士のままでもよかったんだけどな」
「古韮くん、覚醒イベント狙い?」
「まあな。けど、この世界ってそういうの無さそうだよなあ。階位と技能と、本人の努力だろ」
いかにもオタな会話を繰り広げる古韮と野来だが、俺もその通りだとは思う。
俺が強キャラになると断言した【雷術師】の藤永は、ミアの鉄矢と組み合わせることでトウモロコシへの有効なスタンを繰り出したが、アレは覚醒とは違う。
想定以上に強くなった仲間としてはムチ使いの疋さんが真っ先に挙げられるが、元々のセンスと度胸、そして繰り返してきた練習の成果だ。
後衛職でも最前線に立った綿原さんも才能の塊で、さらには鮫愛こそが今日の巨大なサメを生み出した。
綿原さんだけ覚醒っぽい感じはあるけれど、サメ系技能にだけ集中したから成し遂げられたのだ。それでいて威力は野来の『風盾衝撃』に劣る。
「なんにしろ、追々だな。正直言えばよくわからん【霧術】よりも【握力強化】を優先したいくらいだ」
これまでの経験で一気に超パワーアップなんて信じていない古韮は、現実路線を目指すようだ。
つい数時間前に緊急で【鉄拳】を取ってしまっている以上、メインスキルっぽいからといって、ここで安易に手を出すべきではないのは本人も自覚しているのだろう。冷静な判断というよりは、ゲームもこなすオタクだからこその魔力管理ってとこだな。
しっかし、新しい盾を渡した途端にコレだ。
技能の生えるタイミングは時と場所を選ばないし、理屈もなにもあったものではない。確実な要素のひとつとして挙げられるのは、深山さんや滝沢先生が【冷徹】を出現させたように、精神的要素も含まれるだろうってところか。
そう、草間と俺の絵が、古韮を目覚めさせた可能性だって否定できない。
ウチのクラスの場合、先日の【鉄拳】騒動みたいに本来なら生えない職でも技能が連鎖することがあるので、もうごちゃごちゃだ。
「【霧術】はさておきだ。この盾、いいな」
「カッコいいよね」
「いや。それもだけど、魔力の通りがいいんだ。さすがは五層素材」
野来がオタク精神を前面に押し出すが、古韮は実益を口にする。
なるほど【魔力伝導】と【広盾】か。強弱までは見えないが、【魔力観察】をしてみるとアイツの盾が今まさに魔力に染められているのがわかる。
「古韮が強くなって目出度いということで、そろそろ明日以降の話をしてもいいかな」
「俺の誕生会はあっさり打ち切りかよ」
イベントの終了を告げた委員長に、古韮が冗談めかすようにツッコム。
「昼間が昼間だったからね。今日は──」
「早めに就寝か。まあ俺も賛成だ」
そうして委員長と古韮はお互い頷き合う。
今日の迷宮は対魔獣として、これまでで一番の激戦だったからなあ。
我ながら無茶なコトをしたと思っている。
「俺もとっとと横になりてぇ。今日一日で【解毒】の熟練がどれだけ上がったのやら」
「疲れたよね」
「明日は一番で武器の発注だな」
「たくさん矢を買いたいデス。ぜんぜん足りませんでシタ」
「組合の呼び出しが無いのが救いかな」
「わたくしはもう少し体を動かしたいところですが、仕方がありませんわね」
クラスメイトたちと仲間になったティアさんも概ね同意見らしい。
満場一致で今日は早めにお休みってことになりそうだ。
こうして古韮が十六歳となった夜は更けていった。
◇◇◇
「ですわっ!」
「うおっ!?」
ティアさんの拳が俺のジンギスカン鍋バックラーに炸裂する。
明けて翌日、時間は昼前。俺はティアさんに殴られて……、もとい訓練に励んでいるところだ。
場所は談話室の絨毯の上。お互いに革鎧を着てはいるが、ブーツを脱いで裸足という、見た目を無視した格好となっている。もちろんブーツを装備した状態での実戦的な練習も大事だが、足運びを身に着けるのも重要なのだ。
「コウシは小癪ですわねっ」
「こっちは必死なんですけど」
ティアさんのパンチは着実に良くなっている。
現在行われているタイマンルールだが、ティアさんは左右の正拳突きオンリーという縛りで、俺の方はとくになし。隙があれば木製メイスで『観察カウンター』もアリってことになっているのだけど──。
「温いですわよ」
「魔獣には通用するんですよ、コレ」
「泣き言は聞き入れませんわ!」
ティアさんは俺のカウンターを捌くんだよなあ。
後衛十一階位の俺と前衛十二階位のティアさんでは速度差がありすぎる。悪役令嬢様は俗に言う『見てから躱す』を普通にやってくるのだ。
俺としては体が突っ込み過ぎて避けられないタイミングを狙っているのだけど、『北方中宮流』の歩法を会得しつつあるティアさんは、ある意味気持ちの悪い動きで受け流す。
「ですわよっ!」
「くぅっ!」
「何故食らわないのです!」
「当たったら死んじゃいそうだからです」
とはいえ、ティアさんの拳も俺には届いていない。
俺の場合はティアさんみたいに見てから躱すのは不可能だ。スピードで潰される。もしくはパワーで吹き飛ばされるかだ。
よって見ながら流す。これでも中宮さんの木刀を人体実験のように見切らされてきた身の上だ。ほんの少しの『起こり』を見逃す俺ではない。
ティアさんの正拳突きが射出されるその瞬間、俺は予測される軌道に適切な角度でジンギスカン鍋を置くのだ。真正面ではなく、角度をつけて。
「どっちも頑張れぇ!」
「おらおら、お得意のカウンターはどこいったぁ?」
「ティア、親指二本、踏み込みが浅いわよ」
クラスメイトたちがはやし立てているが、どちらかというとティアさんの応援が多い。
これが人徳の差か。『一年一組』の悪役令嬢はカリスマに溢れているからなあ。
この戦いの目的だけど、ティアさんは先生直伝の正拳突きの修練に加えて十二階位のパワーに慣れること、俺はカウンターの精度を上げるのと【鉄拳】の熟練度稼ぎだ。
【痛覚軽減】もそうだけど、痛い思いをすればする程成長する技能ってイヤだよなあ。
試合開始からすでに三分。終了まであと二分となったが、なんとかしのぎ切りたいものだ。
「ですわぁ!」
今頃侯王様と次期侯王たるウィル様が直々にトウモロコシ刈り、もとい狩りをやっているはずなのに、ティアさんからは微塵も心配した様子が見受けられない。
ただひたすら拳を繰り出し、うっぷん晴らしのごとく俺を殴り続けている。
俺も古韮たちから侯王様の無双っぷりは聞かされているので心配無用なのは理解しているつもりだけど、それでもティアさんとっては父親なのにな。
いや、だからこそ心配をパワーに変えているのかもしれない。
結局俺は生贄みたいなものなのだ。
「戻ったよ」
そんなタイミングで、組合事務所に行っていた面々が戻ってきた。
今日の俺たちは基本的に終日オフで、明日は『シュウカク作戦』のレポートを組合に提出することになっている。
それでも毎日の情報集めのために組合事務所を訪れる必要はあるし、俺やピッチャーの海藤、アーチャーのミアなどは、装備のメンテナンスと消耗品を仕入れるために朝一番で『スルバーの工房』に行っていた。
たまたま俺たち装備組が先に帰ってきたので、ティアさんと俺がこうしていたというのが現在だ。
「……何かありましたの?」
すっと拳を下ろしたティアさんが委員長を問いただす。
俺もすでに気付いてはいたが、事務所メンバーの表情がおかしいんだ。
委員長と先生、馬那、草間、疋さん、そして綿原さんという面々なのだが、あの疋さんですら複雑そうな顔をしている。落ち着いているのは先生くらいのものだが、絶対に【冷徹】を使っているな、これは。
「『ニューサル組』の組長が交代になったっていう掲示がされていてね。あのハルス副長が組長代理になるみたいなんだ」
ティアさんだけではなく、全員集合している『一年一組』に向かって委員長は敢えて事務的な口調で淡々と語る。
「それって……」
「先触れの件に絡むんだろうね」
顔をしかめた中宮さんに、委員長は頷く。
今日の朝イチ、それこそ八時くらいに先触れを名乗る三人組がやってきたのだ。
キョドりながらも『ニューサル組』の組員を名乗るその人たちは、確かにティアさんとニューサルの決闘の時に見た顔で、騙りではないことは明らかだった。
曰く今日の午後、『ニューサル組』として話があるという。
やってくるのはハルス副長ただ一人。こちらとしても貴族ぶって高飛車なニューサルとは顔も合わせたくはないので、ならばと了承はした。
しかしまさか、『ニューサル組』は組長交代でコトを納めに掛かったのか?
べつに俺たちはニューサルに罰なんて求めていない。自分のバカを反省して、ティアさんをメンバーとした『一年一組』に二度と関わってほしくない、って程度だ。
強いて挙げれば賭けの対象になっていた、五層素材の神剣をもらい受けたいと思うくらいかな。いや、引き分け判定だったから、それも無理筋か。
とはいえ、ニューサル本人はあれだけの冒険者たちの前で面子を崩壊させたのに加えて、あまつさえ侯爵令嬢の顔に傷を付けたのだ。
俺たち高校生とはまた違う、罪の償いみたいなものが必要だったのかもしれない。
「それだけじゃないんだ……」
けれども、委員長は嫌な予感しかしない言葉を放つ。
「引退者としてユイルド・ニューサルの名があった。理由は一身上の都合」
「えっ!?」
続いたセリフにクラスのあちこちから驚きの声が上がった。
冒険者組合事務所には巨大な掲示板が設置されているが、そこには様々なお知らせが貼られている。
新しい冒険者についてや、任意ではあるが階位の更新、事件や事故、それにまつわる経緯報告や注意事項、組合内部の人事、しまいには標語なんてものまである。
ラノベとかの冒険者ギルドでは鉄板となる依頼任務もあるにはあるけれど、それはごく少数だ。
たとえば今日なら昨日実行された『シュウカク作戦』の結果概要がデカデカと掲示されていただろう。
いやいや、今はそれどころではない。
掲示板に貼りつけられる報告のひとつに、冒険者の引退についてというのもあるんだ。
当たり前ではあるが、冒険者を辞める人は少なからず存在している。
最近の魔獣の増加によって大怪我を負った人や、そもそも冒険者として向かなかった人、年齢や結婚、もしくは出産なんかで引退する人もいる。珍しいケースでは資金が溜まったから転職、なんていうのまで。
だがしかし、『一身上の都合』ってなんだ?
「そうですの……、残念ですわね」
言葉自体は殊勝だが、ティアさんは欠片も悪びれてはいない。さすがに邪悪な笑みってことはないけれど。
確実に言えることは、ティアさんとメーラさんがニューサル絡みの騒動を、直接侯爵家にチクったりはしていないということだ。
俺たちも知り得ない謎の通信手段があったとすれば話は違ってくるが、ニューサルの乱入からの決闘以来、二人は常に俺たちと行動を共にしている。いや、迷宮で二人とは一度だけ別れたけれど、まさかあそこで何かをできるはずもない。
そもそもティアさんはそういう小細工をするような人ではないと、クラスの全員が思っている。
要は、ニューサルが冒険者を辞めたという件について、侯爵家やヤツの実家であるニューサル子爵家がどういう思惑を持ったにしても、そこにティアさんの意思は介在していないのだ。
「ですが、ハルスとかいう者が経緯も含めて説明してくださるのでしょう?」
「それはまあ、そうなんでしょうね」
ハルス副長の名前すらどうでもいいっぽいティアさんの物言いに毒気を抜かれたのか、委員長がため息を吐く。
組合事務所で掲示された以上、手続きは完了している。
仮に『一年一組』が異議を唱え、ニューサルが翻意したからといって、無かったことにはならないのだ。ニューサルが冒険者として復帰するならば何かしらの紹介状が必要となるわけで、もちろん俺たちがそんな手間に関わるはずもない。
「とりあえず昼にしようや。俺たちがつべこべ言ってても始まらねえ」
佩丘の言葉に、クラスメイトたちは曖昧に頷いた。
◇◇◇
「最初に伝えさせてください。先日の件が無くとも、近いうちにユイルド・ニューサルは組長の座を追われていたはずでした」
軽い挨拶を交わしてからすぐに、副長改め組長代理となったハルスさんが口を開いた。
「ですので、お気に病まれませぬよう、まずはお願いいたします」
口調こそ硬いものの、どこか吹っ切れたかのように語るハルス組長代理は、先日とは違って落ち着いた様子だ。こっちが素なんだろうなって、簡単に想像できてしまう。
ダラダラと汗を流して顔色が悪かったおじさんはすでにいない。
四十歳くらいで茶色い髪を短くしているハルス組長代理は、ゴツいガタイでありつつ誠実な態度だ。十四階位の剣士らしいしこうしていると、貴族の出であることを押し出してウザかったニューサルよりも余程組長をしている。
「改めて、申し訳ありませんでした。ユイルドの暴走を止めることができなかった私にも責があります」
自らの責任すら認めて、こうして若輩に対して深く頭を下げることができる大人ってだけで、ニューサルとは別物だよなあ。
俺たちが昼食を終えたのを見計らったように拠点に現れたハルス組長代理は、談話室に揃った『一年一組』の面々に頭を下げてから、応接室に通された。
決して楽しい会談にはならないだろうから、一対二十四という構図はキツすぎるという委員長の判断である。
というわけでこの場にいる『一年一組』のメンバーは滝沢組長と藍城副長、組員としてティアさんとメーラさん、そして俺。毎度のごとくではあるが、俺の役目は【観察】でハルス組長代理の様子を窺うことだ。読心なんてできないのになあ。
前回とは違い、ティアさんの背後に立つメーラさん以外は全員が着席している。
「謝罪は受け取りました。不幸な行き違いはあったものの、すでに終わったことですし、決闘自体は引き分けです。『一年一組』としてはこれ以上『ニューサル組』に何かを求めることはありません」
あらかじめ用意していたセリフを委員長が述べていく。
ここでティアさんに語らせると、同じ内容でも上意下達っぽくなるし、当事者ではあるもののただの一組員だ。副長たる委員長が前に出るのはおかしくない。ちなみに先生は【冷徹】を使いつつ沈黙することで、組長の貫禄を演出している。
「ありがとうございます。組同士の諍いは解消されたものと受け止めます」
委員長の穏当な言葉にハルス組長代理は再び頭を下げて礼を言う。
こういう場合は本来組合の誰かが仲裁するか見届けるのが業界のルールなのだが、俺たちはニューサルを面白く思っていないだけで『ニューサル組』を恨んでなどはいない。
よって当事者の代表同士が穏便な方向でカタを付けるのならば、それが一番穏便な落としどころなのだ。
むしろ俺としては冒頭にハルス組長代理が言った、ニューサルが組長の座を追われるはずだったっていう言葉が気になっている。
「お伺いしたいのですが、ユイルド・ニューサルさんが組長を退くのはまだしも、冒険者を引退することになったというのはどういうことでしょう。僕たちはそこまで望みはしていなかったのですが」
「はい。そちらとしても気にされて当然でしょう。ご説明させていただきます」
話が通じる相手と踏んだのか、委員長は前置き無しに切り込んだ。応じるハルス組長代理もストレートに口を開く。
「ユイルドが当代ニューサル子爵閣下の三男であることはご存じかと思います──」
そんな前置きで、ニューサルがどうしてあんなコトを仕出かし、どういう沙汰を下されたのかが語られ始めた。
◇◇◇
ハルス組長代理の話を聞くに、ユイルド・ニューサルの前途は洋々だったとしか思えない。
ペルメッダ侯国がペルメール辺境伯であった時代から譜代の武家として知られるニューサル子爵家に生まれたニューサルは、幼少の頃からの修練もあり、見事【閃騎士】という神授職を得た。
となればたとえ御家を継ぐことはできなくても、職場は選び放題となる。守護騎士になるも良し、国軍に入れば部隊長クラスだって夢ではない。ペルメッダはアウローニヤと違い、ただ偉いからと部隊長になれるような気風ではないが、同じ実力や経歴であれば高貴なる者の方が選ばれやすいのは当然だ。
だが、ニューサルは冒険者となることを選択した。
決して貴族としてのドロップアウトではない。
冒険者を貴ぶこの国では、むしろ賞賛されるような生き様なのだ。そう、ベルハンザ組合長の毛髪を引き換えに、ティアさんが冒険者たちに好意的に迎え入れられるくらいには。
『ニューサル組』はその名の通り、ニューサル子爵家の人間が立ち上げた組だ。構成員には貴族関係者が多い。
三等級となったのは三代前の組長の時代。その人はニューサル本家の出身で、なんと『ペルマ七剣』の一人だったのだとか。ただしその人は、迷宮五層で行方知れずとなった。
以後先々代と先代組長はニューサル子爵の分家出身者が務め、そこに堂々と本家のユイルド・ニューサルが加入したといった形だ。
貴族系の組としては、歓迎すべき展開だったんだろう。
「組長となった際、ユイルドは三代前の栄光を再び、と謳っておりました……」
自嘲を含んだ口ぶりでハルス組長代理が語る。
実家の引きで冒険者登録時に十階位だったニューサルは、十三階位となった時点で先代から組長の座を譲られた。
ちょっと驚きだったのは、目の前に座るハルス組長代理はニューサルのレベリングや訓練を手伝ったこともあるらしい。剣士職のハルス組長代理は国軍を経て『槍列組』に所属していたのだとか。
そう、昨日の『シュウカク作戦』で要所防衛を委ねられた兵士出身者系の組だ。
そんな縁もあって、ニューサルが組長に就任した時に熱心にスカウトされたハルス組長代理は、『ニューサル組』の副長となった。
それはいい。問題なのはニューサルが言い放ったという『栄光を再び』という言葉だ。
「三代前の事件もあり、先々代と先代は堅実な迷宮探索を旨としました。三層を主な狩場と定め、四層に挑む隊は一つのみという体制です。ユイルドは四層で活動する隊に入ることを望みました」
ハルス組長代理の語りには悔やみが混じっている。ああ、なんとなくあのキャラが出来上がる過程が見えてきた。
「ユイルドには確かな才能があったのです。同時に本家出身であるという誇りも強く……」
続くセリフを聞いたティアさんが大きく鼻を鳴らす。
確かにニューサルは弱くはなかった。階位とリーチの差があったとはいえ、ティアさんが捨て身にならなければ完勝できていたかは怪しいくらいに。
あの時先生は、精神的な揺さぶりが無ければこちらの勝率は七割って言っていたか。
「故に増長したと?」
「……否定はできません」
容赦の無いティアさんの言葉に、ハルス組長代理が顔を俯ける。だが、この前のように震えるようなことはない。
「彼には焦りもあったのです。ご存じかもしれませんが、『ニューサル組』は昨年、中規模から小規模となりました」
そういえば古韮がそんなことも言っていたか。
意味するところは組員の減少だ。無茶を仕出かし集団遭難でも起こしたのか?
「ユイルドは横暴な者ではありません。本来無謀でも……、ないのです」
「あら、わたくしにはあの態度でしたわね」
「それについては幾重にもお詫びを」
「構いませんわ。続けなさいまし」
ティアさんの真っ当なツッコミを受けたハルス組長代理が何度目になるかもわからない詫びを入れる。
もちろんティアさんはそんなことより結論を求めた。
で、組員に無茶をさせないというなら、どうして『ニューサル組』は小規模になったのか。
「繰り返しになりますが、先代、先々代の『ニューサル組』は三層での活動を中心としていました。それをユイルドは──」
「そういうことですの。貴族出身の冒険者はぬるま湯を好む者も多いのでしょうね」
「はい。それこそが『ニューサル組』が小規模組になった理由です。多数の脱退者が出たが故に」
ハルス組長代理とティアさんのやり取りで、『ニューサル組』に何が起きたのかが俺にも理解できた。
三層でいいんじゃねって思っているメンバーにニューサルは組長として発破を掛けて、結果として逃げられたんだ。
なるほど、無体こそ働いていないかもしれないが、空気は読めていなかったってヤツか。
次回の投稿は明後日(2025/11/17)を予定しています。




